始まりの一滴
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運命は決っている・・・ならばこれから起こる出来事もすでに決っていた事なのか?
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「見て、見て!どうよ、私ん家。すごいでしょぉ~。
ちょっと、タカヒト。ちゃんと見てんの!」
タカヒト達はデスサイドが眼下に見える崖まで辿り着いていた。実際ここにくるまで数多くの魔物に遭遇したがそれらはリディーネの逆鱗に触れてことごとく消滅した。そんなこんなで辿り着いたのだがリディーネの勢いは止まらず崖を飛び降りるとそのまま滑り降りていく。タカヒト達もその後を追って崖を滑り降りていく。
彼らの目前に現れたのは巨大な石柱とそびえ立つ神殿のような建物だった。浮かれた表情のリディーネは正門から入ろうとするとそこに年配の女性らしき亜人種が現れた。
「現れ追ったな、怨敵め!これより先には一歩も入れさせはせぬ!!」
その亜人種は口を開くと歯を飛ばしてきた。信じられない攻撃だが、てんとが緑色の球体で襲い掛かってくる歯をすべて叩き落した。
「うぬぬ・・・・おのれぇ~・・・」
攻撃を阻止されると年配の女性らしき亜人種は苦虫を噛み砕いたような表情を浮かべた。両手をてんと達に向けると今度は指先を切り離し、飛ばしてきた。驚愕するタカヒトにリディーネは激怒した。
「うるさいわね。たいしたことないじゃん!紅玉中級闘気 焦土!!」
リディーネから激しく燃え盛る火炎の波が放たれると指ミサイルはすべて焼き尽くされた。闘気を高めた状態のままリディーネは年配の女性らしき亜人種に叫んだ。
「ちょっと、メイドババア!アタシに楯突こうってどういうつもり?殺すわよ!」
「これは、これは、お嬢様。お久しぶりでございます。最近、不審者が多いものですから・・・どうぞ、中へ。破壊神様がお待ちです。」
「ふん、しらばっくれちゃって!
アタシの事が分からなくなったわけないんでしょ!」
「最近、視力の低下が著しく・・・申し訳ありません。」
「ふん、もうろくババアめ!!」
リディーネは捨てセリフを吐きながらデスサイドの内部へと入っていく。メイドババアの手招きによりタカヒト達も後をついていく。ズカズカと冷たい石畳の廊下をリディーネは歩いていくその後をタカヒト達が続いていくと馬鹿でかい扉が目前に広がった。
「デカいなぁ~~・・・こんな扉見たことないよ。」
タカヒトが口をポカ~ンと開けていた。それはタカヒト達が大焦熱地獄に来る時に通った門よりもずっと大きくそびえ立っていたからだ。その扉が鈍く重い音を鳴らしながらゆっくりと開き始めた。扉が開ききるのを待てずにリディーネは扉の隙間から中へ入っていく。
「お客人、中へどうぞ。」
メイドババアに促されたタカヒトはゆっくりと歩いていく。扉を超えるとそこには白髪の老人が座っていてリディーネが甘えるようにベッタリくっついていた。リディーネの甘える姿を見てまたも口をポカ~ンと開けて立っているタカヒトをてんとが通り越して老人に近づいていった。
「破壊神・・・・だな?」
「・・・おまえ達は?」
座っている破壊神にてんとは近づくと何かを囁いた。それを聞いた破壊神はしばらく沈黙した。
「リディーネ、少し離れていなさい。この者と話がある。てんと・・・と言ったな。別室で用件を聞こう。メイドババア、あとを頼んだぞ。」
「かしこまりました。」
そう言い残すと破壊神はてんとを連れて別の部屋に向かっていった。タカヒト達はメイドババアに連れられて、てんととは別の部屋に通された。
「ちょっと!てんとのヤツ、どういうつもりなの!せっかくパパに逢えたのに!!」
リディーネは怒りを抑えきれずにタカヒトに当たり散らしていた。それは別室に移った後も変わらずその口撃はタカヒトに定められた。タカヒトがリディーネを怒らせたわけではないが、なんとなくタカヒトに苛立ちの矛先がいったらしい。リディーネの口撃は止む気配が全くなくタカヒトは次第に顔を下に向けると落ち込んでいた。その様子を見ていたメイドババアが激しく怒った。
「お嬢様!いい加減になさいませ。その方が何をなさいましたか!」
「メイドババアがでしゃばるな!だいたいねぇ~・・・」
「何かをなさいましたか!!」
メイドババアの激しい口調に激怒していたリディーネの表情が少し強張ったように見えた。メイドババアの鋭い眼光は激怒していたリディーネの心を無理やり押さえ込んだ。
「だって・・・・別に・・・・タカヒトが何かをしたわけじゃないよ。」
「でしたらお嬢様、皆様とティータイムはいかがですか?」
「・・・・・うん」
メイドババアはいれたての紅茶をティーカップに注ぐとそれをテーブルに並べた。香りに誘われてリナは椅子に腰を降ろすとティーカップを手に香りを楽しみながら飲み始めた。
「この紅茶とてもおいしいわ。」
「ありがとうございます。このパンケーキも吟味なさってください。」
「ええ、頂くわ。」
「私も紅茶飲みたい!タカちゃん行こ。」
「うん!」
ミカはタカヒトの手を掴むと紅茶を飲みにテーブルに向かった。それを見たデュポンとポンマンもテーブルに近づくとパンケーキを食べ始めた。ポツンとひとりたたずむリディーネをおいてタカヒト達はメイドババアの勧めるパンケーキをおいしそうに食べていた。少し悲しそうなリディーネにタカヒトは近づいていくとそっとパンケーキの皿を差し出した。
「なによ、同情のつもり?」
「違うよ・・・でもリディーネが怒ってるのって、てんとが原因なんでしょ?」
「そうよ!アイツがパパを連れていったから!・・・・・。」
やり場のない怒りにリディーネは戸惑っていた。てんとの行動であってタカヒトが悪くないのはリディーネも分かっていた。それでもリディーネは怒りをタカヒトにぶつけてしまったのだ。何故タカヒトに怒りをぶつけたのかはリディーネにも分からなかった。ただ怒りをぶつけた。
戸惑っているリディーネにタカヒトはずっとパンケーキの皿を持っていた。
「ちょっと、早く渡しなさいよ!」
それに気づいたリディーネは奪うように皿を取りあげるとむさぼるように食べ始めた。そんな姿を見ながらメイドババアは笑みを浮かべミカのティーカップに紅茶を注いでいた。
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「徳寿様からの手紙を渡すように言われて我々はここまで来た。」
「徳寿か・・・久しぶりに懐かしい名を聞いた。」
破壊神はゆっくりと椅子に座った。本棚にはびっしりと古びた本が詰められている。この部屋は破壊神の書斎のようだ。てんとは持っていた徳寿からの手紙を破壊神に手渡すとそれに目を通した。しばらくして破壊神はその手紙を手の平で燃やした。てんとはこの時、生きた心地が全くしなかった。破壊神の闘気は想像以上で底がまったく見えない巨大なものあったからだ。やっとの思いでこの大焦熱地獄デスサイドに辿り着いたのだが今、目の前の危機がてんとにはもっとも恐ろしかった。
「さて・・・・渡すものがまだあるのではないか?」
「・・・・」
冷静さを保ちながらてんとは黒玉と藍玉を取り出した。破壊神は手を差しだすとふたつの色玉はフワリと浮きあがり破壊神のもとに戻った。破壊神には単純な作業だったかもしれないがてんとの動揺を誘うのに十分すぎた。しばらくの間、沈黙の時間が流れて破壊神は目を閉じたままだった。
「タカヒト・・・ここに来ているのか?」
口を開いた破壊神にてんとは更に驚愕した。タカヒトの事など知るはずがない破壊神が何故その名を呼んだのか?動揺を隠せないてんとに対して破壊神はタカヒトをこの場に呼ぶように伝えた。完全に指導権を奪われたてんとに拒否する権限などない。
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「タカちゃん、どうしたの?」
「・・・・てんとが呼んでる。行ってくるね。」
風の呼びかけにタカヒトはパンケーキを皿に置くと呼びかけに反応するかのように破壊神の書斎室へと歩いていった。薄暗い廊下を歩いて行くと人影がタカヒトの視界に入ってきた。人影はタカヒトに気づくとスッと姿を消した。
「なんだろ・・・アレ?」
さほど気にする事もなくタカヒトは書斎室に着くとノックをしてドアを開けた。中には破壊神とてんとがいた。何も知らないタカヒトはてんとに話しかけた。
「てんと、どうしたの?」
「・・・・タカヒトだな?」
「えっ・・・うん。」
破壊神の低く重い呼びかけにタカヒトは強張りながら答えた。破壊神は椅子から立ちあがるとタカヒトに歩み寄っていく。その行動を見たてんとはタカヒトの前に立ち塞がると理力を開放させ三つの球体が現れた。理由は分からないが破壊神はタカヒトにとって危険な存在だと感じたてんとの行動は間違ってはいなかった。破壊神はそれでも歩むのを止めない。球体は破壊神の前進を阻止しようとしたが破壊神が触れるとてんとの理力とは関係なく球体は消滅していった。圧倒的な力の差にてんとが次にするべき手段は自らを犠牲にしてもタカヒトを守ることだけだった。
「・・・命を奪うつもりはない。」
破壊神は膝をつくとタカヒトをジッと見つめていた。てんとはこの時、破壊神がさきほど渡したふたつの色玉から当時の状況を読み取ったと悟った。実際てんとの想像通りで破壊神は手にした黒玉と藍玉からタカヒト達との出会いから戦闘そして敗北まで読み取っていた。ならば破壊神にとって三獣士のギガスとカオスを倒したタカヒトは憎き仇のはず。だが破壊神にその意図はなかった。
「・・・何故タカヒトをこの場に呼んだのだ?」
てんとの問いかけに破壊神は立ちあがると書斎の椅子に再び腰を降ろした。タカヒトとてんとが見つめる中しばらく沈黙の時間が流れた。タカヒトには状況が全く理解出来ていない。てんとに呼ばれたものの何故、破壊神から自分の命を守ろうとてんとは行動したのか?そして破壊神は何故それを否定したのか?何故自分がこの書斎室に居るのか?それすら分かっていたいなかった。白髪の破壊神のいる書斎室はタカヒトには学校の校長室に呼ばれているようでこの沈黙は耐えられなかった。
「ふふふ・・・タカヒト、ワシは校長ではないぞ。それにそう強張らんでもよい。」
「えっ・・・」
タカヒトは驚愕した表情で破壊神を見つめた。この瞬間、てんとの考えは確実なものになった。破壊神は手にした物だけではなく相手の思考まで読み取ることが出来る。破壊神の前では何の戦略も通用しないのだ。
「徳寿の手紙だが・・・」
破壊神は徳寿からの手紙の内容をタカヒトとてんとに伝えた。それは近い将来にピサロの大規模な攻撃がこの大焦熱地獄デスサイドに向けられているというものだった。すでにピサロの陰謀は破壊神の知るところであり迎撃の準備も整っているらしい。
しかしピサロの陰謀とはいえ大焦熱地獄デスサイドにまで本当に襲撃を仕掛けるのだろうか?いくら十六善神が集結したとしてもこの大焦熱地獄デスサイドにもそれに匹敵するレベルの魔物が存在している。三獣士のほかに五大鬼神、七鬼楽、四悪王、そして頂点を治める破壊神がいる。もし仮にこの戦が開始されたなら六道の歴史上、もっとも大規模で恐ろしい戦になることは間違いないとてんとは確信した。
阻止したい。出来れば起こってほしくない戦なのであるが・・・・。長旅の疲れを癒すように伝えるとタカヒト達は書斎室から出て行った。独りになった破壊神は椅子に座りながら目を閉じた。
「ジークフリードよ・・・・やはり我らは運命からは逃れられないようだ。」
ミカ達のもとへ戻ったタカヒトとてんとはポンマンの勧めでメイドババアの作ったケーキを食べ始めた。その日の夜には宴会が催されてタカヒト達は招待客として招かれた。大宴会は盛大に行われて、もちろんポンマンのポリックも披露された。久しぶりの愉しい時間の流れにタカヒトは心の底から喜んだ。
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タカヒト達が宴会を楽しんでいた頃、大焦熱地獄への門には大規模の師団と数名の十六善神が集まっていた。そしてその中心には笑顔のピサロがいる。
「さあ、皆さん!パーティの始まりよ。盛大に盛り上がって頂戴!」
大焦熱地獄の門がゆっくり開くとドッと師団が押し寄せていった。それはまさに水門が開き一斉に水が流れていくかの如く運命の大河が勢いよく流れ込んでいった。その流れはすべてを飲み込む勢いで迫ってくる。タカヒト達を逃れられない運命が翻弄していく。