最終捕食者
「デオルト、勇者殿はどうした? 戦っておるのか?」
「もちろんでございます。勇者殿と我が騎兵団はイーターと交戦中にございます。国王は安心してここで御休みくだされ!」
デオルトと国王そして数名の兵士は王の間の奥にあるレンガで覆われた隠れ部屋に居た。そこは襲撃にあったときに逃げ込む部屋であるがこのまま籠城していてもパピオン軍に勝機は無い。だが国王の命だけは守りたいという想いがデオルトの決断を鈍らせていた。国王を残して自ら戦場に向かうべきか、それとも国王と共にいるべきか。イーターとの交戦状況も分からずにいる自分が兵士長として情けなかった。しかしデオルトは国王と共にいることを選んだ。たとえ兵士達を見殺しにしても。
イーターとパピオン騎兵団の戦い・・・それは戦いとは呼べなかった。イーターの一方的な殺戮と晩餐である。本能のまま喰らうイーターと兵士長がいない統制が無く士気の低下した騎兵団。パピオン兵士は次々に倒され喰われていく一方、イーターの能力は次第に高まっていく。数百万ともいた騎兵団はいまではその半分いやそれ以下に減ってしまった。それと反比例するようにイーターの能力は上がっていく。パピオン騎士団が壊滅しかけていた頃デオルトのもとに傷ついた独りの兵士がやって来た。デオルトの足元に倒れ込んだ兵士はかすれる様なか細い声でデオルトに状況を報告していく。
「デオルト様。もはや我が騎兵団は総崩れ。
イーターの勢いは止められずいずれここへも・・・ガフッ!!」
そう言い残すと兵士は役目を終えたように力尽き絶命した。騎兵団の壊滅はパピオン国の崩壊と繋がっている。デオルトはこの敗戦は自分が原因であり兵士達はその犠牲者であると後悔している。唇を噛み締めながら国王の元へ向かっていくと騎兵団の壊滅とパピオン国の崩壊と涙ながらに伝えた。国王の周りにいた残り少ない兵士達も報告を聞くと膝を落して涙を流す。しかし国王は涙を見せることもなくデオルトや兵士達を励ました。
「仕方あるまい・・・デオルト、私にかまわずに残った兵士達を連れて逃げろ。」
「!なっ、何をおっしゃっているのです。国王を置いてなぜ私が・・・」
「デオルト、おまえが最後の希望。
皆を連れて逃げよ!そしてこの国をまた一から築き直せ。」
国王の言葉にデオルト達は涙を流し大声で泣いていた。この畜生道の世界で数少ない知識を持つ飛行系昆虫種の国が崩壊する。そんな現実を受け入れなければならないデオルト達の悲痛な叫び声が部屋中に響いていた。
「ちょっと、押さないでよぉ~。暗くて前がよく見えないんだから!」
一方、タカヒト達は空調ダクトの中にいた。隠れていた部屋にイーターが数匹入ってきた為に彼らは決めていた逃走ルートを進んでいる。幸いイーターには気づかれずタカヒト達は喚起口に逃げ込むことができた。狭い空調ダクトの中を這い蹲りながら進んでいくがいっこうに出口が見えなかった。しかも空調ダクトは真っ暗な為タカヒトは頭をぶつけては小声で文句をいいながら進んでいく。どれくらい進んだのだろうか・・・小さな灯りが先のほうに見えた。
「てんと!灯りが見えるよ。出口かな?」
不安がっていたタカヒトの心が進むスピードを速くさせて小さかった灯りも次第に大きくなってきた。灯りに近づくと網らしき柵がしてある。柵から下のフロアをタカヒトが覗くと広い部屋が広がっていて国王とデオルト達の姿が見えた。皆の無事な姿にホッとしたタカヒトが柵を外そうとした瞬間、大きな爆発音と共にレンガの壁が壊れ飛び散った。衝撃によりタカヒト達のいるフロア上部の喚起口にまで灰色の煙が届いた。
「ゴホッゴホッ、煙いよ・・・何なの、いったい?」
タカヒトがその煙を振り払うように手を左右に振っている下のフロアでは崩れたレンガの上を長くデカイ影がニョロニョロと動いていた。煙が収まるとそこには硬い殻で覆われ全長五十メートル位はある昆虫がいた。脚数が数え切れないほどあり頭部には鋭い牙を持っている。甲殻類で沢山の脚を持つ生物をタカヒトは人道で見たことがある。その姿はまさにムカデだ。
「デカい・・・あんなムカデ見たことない。」
イーターが小さく見えるほどの巨大ムカデは頭部を持ち上げて部屋中を見下ろすと国王の姿を確認した。ニヤリと笑みを浮かべて巨大ムカデは頭部を国王に近づけた。とぐろを巻いて威嚇する巨大ムカデに護衛兵達が槍を突き出して攻撃態勢を整える。
「こんな所に居やがったのか。国王、捜したぜ!
まったくイーターどもはほんっと役にたたねえ!さて少し小腹が減ったか・・・。」
巨大ムカデは素早い動きで護衛兵達に喰らいつくと一瞬にして飲み込んだ。国王から少し離れた位置にいたデオルトは何の反応も出来ずに仲間が巨大ムカデの腹の中に入っていくのをただ怯えながら見ていた。巨大ムカデは再び顎を開くと兵士達の持っていた槍や鎧を吐き出した。ドロドロの液体塗れになった鎧や槍が国王の目前にいくつも積み重なった。
「まずい・・・まあいい。本来の目的は国王、おまえだ!
さあ、おまえの持つ紫玉を渡して貰おうか!」
「デノガイドよ・・・私は紫玉を持ってはおらん。もしあるのならすでにおまえに渡しておる。私とて紫玉を守る為に国を潰そうとは思わんからの。もうわかったであろう。ここにはそんなものはない。イーター達を引き連れて帰ってくれ。このままでは国が壊滅してしまう。」
デノガイドは辺りを見渡すと続々とイーター達が部屋に入って来てそれらは国王やデオルトを囲むように集結していく。イーター達がこの場に集結しているという事はそれだけパピオン兵士達が命を失っているということになる。確かに国王の言うようにもはやこの国のすべてはデノガイドとイーターに支配されているようだった。
「そうだな。ここには紫玉は無さそうだ。しかしイーターどもの空腹を満たすことは俺には出来ない・・・・・実際なところ、この国がどうなろうと知ったことではないんだよ。腹が減れば喰らうし、暇なら壊すだけだ!」
「この畜生めが!」
デノガイドは国王のほうを睨むとそのまま顎を開き捕食体勢にはいる。そこに恐怖を押し殺したデオルトが国王を守る為にデノガイドの前に立ち塞がると剣を取り出して叫びながら突っ込んできた。
「おまえごときに虫けらに何が出来る。弾き飛ばしてくれるわ!」
デノガイドはその巨大な身体で体当たりするとデオルトは簡単に弾き飛ばされた。激しくレンガの壁に打ち付けられたデオルトは手にした剣を離し冷たい床へと落下していく。床に叩きつけられたデオルトはピクリともしない。デノガイドは再びとぐろを巻いて国王を睨みつけるとその大きな顎で国王に喰らいつきそのまま飲み込んだ。しばらくするとデノガイドの身体が一回り大きくなる。イーターと同様に魂を喰らう事により能力を増していくようだ。デノガイドの牙や爪は更に鋭くなり攻撃能力が著しく上がった。
「実に素晴らしい。紫玉などもうどうでもよいわ!このみなぎる力はどうだ!
この力さえあればこの世界で私に匹敵するものなどおらん。
最終捕食者として豊富な餌に囲まれる素晴らしい未来が開けた瞬間だ!」
デノガイドはその能力を試すように尾っぽを振り回すとレンガの壁をいとも簡単に叩き壊した。その破片がイーターに激突して数匹が死んでいったがそんなことは関係なかった。強力な能力を手に入れたデノガイドは床に倒れてピクリとも動かないデオルトを見下ろした。今のデノガイドにとってデオルト一匹を喰らったところで対して変わりはないだろうとイーターを引き連れてその場を立ち去っていった。だが餌に有り付けていない数匹のイーターは去っていくデノガイドには着いて行かずに部屋に残っている。なにやら話し合いをしているようだ。
「よし・・・・ほかの・・・部屋に行こう まだ・・・喰える餌・・・残ってる」
「喰える・・・」
「ギギ・・・ガ・・・」
部屋に残ったイーター達は相談を終えるとそのまま部屋を後にした。デオルトのように死んだ餌よりも生きている新鮮な餌を喰らいたいらしくデオルトには見向きもしなかった。喚起口から様子を伺っていたてんとはイーター達が部屋を出て行くのを確認するとデオルト救出作戦に取り掛かった。
「早くデオルトを助けるぞ。ほかのイーターに見つかる前にな!」