幼きリナ
「そしたらさぁ、ロエルがさぁ~・・・」
「そうなの?フフ、ロエルってかわいいのね。」
ミカとルキアが話を始めてからかなり時間が経っていた。緊張気味のミカも今ではすっかりルキアのペースにのせられて笑顔で話をしていた。すると天幕の中がゴソゴソと動き出し親方とリナが出てきた。
「アラ、楽しそうね。」
「交代の時間だぞ!」
ふたりの言葉にミカとルキアは顔を見合わせた。会話が弾んだせいか?時間が過ぎた感覚が全くなかった。ルキアはまだミカと話がしたかったようだったが親方に眠るように命令されて渋々、天幕に入っていく。中に入るとロエルが寝袋でスヤスヤと眠っていた。ルキアも寝袋に入ったものの興奮している。
「とりあえず、会話することも出来たし・・・やっぱりかわいいや!」
隣の天幕にミカが眠っていると考えるとルキアは興奮してなかなか寝付けなかった。それでも疲れが溜まっていたらしくしばらくして眠りについた。見張りを交代した親方は小銃に弾薬を充填している。ふとリナのほうに目をやると固形燃料の火を絶やさないように火の番をしていた。親方の視線に気づいたリナが口を開いた。
「女が火の番をするが珍しいのかしら?」
「そうではない。実はその能力についてなのだが・・・」
「能力?・・・ソウルオブカラーのことかしら?」
「ソウルオブカラーと言うのか。詳しく聞かせてくれ。」
リナはしばらく考えた後でソウルオブカラーについて親方に教えた。ソウルオブカラーは色玉とも呼ばれ能力者の体内に存在するかあるいは物質に封印されている。ソウルオブカラーにはいくつかの能力があり扱う者によりその能力を上げる事が可能なのである。ソウルオブカラーを能力者がどのように手に入れたかは不明である事を伝えた。
「どうやって手に入れたのか、わからないのか?」
「ほかの能力者のことは解らないわ。私の場合は・・・」
リナはソウルオブカラーを手に入れたのはリナがまだドレイクと出逢う数年前の事だった。その頃のリナは修羅道の世界で争いの行われていない数少ない部落で生活をしていた。幼いリナは燃料に使うための薪を森の中で拾い集めていると大樹木の根元に見たこともない光輝く生物を発見した。見た感じは眼が赤くそれ以外は黄色とも透明にも見えるフワフワの毛で覆われている。興味を持ったリナは少しずつ近づこうと歩み寄るとその生物は「ギュルルル」と牙を見せて威嚇しだした。リナの足元が雷撃により数箇所陥没していく。恐怖に身がすくんだリナだったが自らの感情とは逆に身体はその生物に歩み寄っていく。
「あの時の事を考えると今でも雷獣との出逢いは運命としかいいようがないわ。」
リナはたき火の火を絶やさないように固形燃料を刻んで投げ入れていく。親方もリナを見守るようにその話を黙って聞いていた。
「大丈夫よ・・・安心して。怖くないからね。」
「ギュルルル~~」
リナは威嚇している雷獣にゆっくり近づいていく。その度に雷撃をリナは浴び続けたがその雷撃も次第に弱まっていくとリナはその場にしゃがみこんだ。足元にいる雷獣の頭を撫でているとリナの心が穏やかに優しい気持ちになっていった。
「不思議だったわ・・・・
初めて逢った雷獣が長年付き合っていた友のように感じたのだから。」
その後、リナは家の手伝いが終わると急いで大樹木に向かい雷獣と会っていた。リナの姿を見た雷獣は警戒心を解き、大樹木の下でチョコンと座った。リナが持ってきた木の実を与えると雷獣は黙って食べている。リナは雷獣の頭を撫でながら食べ続けている姿を見つめていた。最初と違って雷獣は雷撃を出すこともなくリナを完全に受け入れていた。リナには雷獣の言葉はわからなかったがその表情からなんとなく理解することが出来た。友達のいなかったリナに初めての友達が出来てリナは楽しい日々を送っていた。しかしそんな平穏な生活も長くは続かなかった。この平和な部落にも戦乱が押し寄せてきたのだ。
「おい、アイザック!こんな錆付いた部落なんか金にならねえぜ!」
「モルザック、こんな部落にこそ宝があるとは思わんか?逆の発想だ、逆の発想。」
アイザックの合図のもと、一斉に部落へと襲撃に兵隊が向かっていく。この修羅道で少数でありながらも部落を襲い少しずつ戦力を高めていったのが残虐非道で名をあげた武装集団ザック兄弟である。
部落を襲っては人身売買を行い軍資金と兵力を集めている。野蛮なモルザックと計算高いアイザックのコンビは常勝を続けていた。思いもよらない襲撃に気づいた部落のひとりが大声をあげた。
「襲撃だ!襲撃だ!がはっ!」
馬上のモルザックが巨大なバトルアックスを振ると大声をあげていた男の背中に突き刺さる。突き刺さったままモルザックはバトルアックスを振り切ると男は地面に叩き付けられてそのまま息絶えた。部落の人々はパニックに陥り逃げ惑うがアイザックの緻密に計算された戦略になすすべもなく壊滅状態に陥っていく。辛うじて生き残った部落の人々はアイザックの指示のもと人身売買の査定を行う。査定をクリアした者は奴隷として売られ老人など査定をクリア出来なかった者はその場で殺されていく。
「何で?どうしてこんなことに・・・逃げなきゃ!」
雷獣との遊び終えたリナがいつも通りに部落に戻るとザック兄弟の襲撃を目の当たりにした。ワケもわからなくどうすることも出来ないリナはその場から逃げることしか思いつかない。
草むらから逃げようとした瞬間、パチンと足元に落ちていた小枝を踏みつけてしまった。青ざめたリナの視線の先にアイザックが映った。アイザックは馬上のモルザックに合図を送るとリナのいる方向に馬を走らせてきた。恐怖を押し殺して急いで走って逃げるリナをモルザックとアイザックが追ってくる。
「ハァハァハァ、怖いよ・・・誰か助けて!」
走り逃げていくリナにモルザック達の馬の駆ける足音が近づいていく。リナは雷獣のいる大樹木まで走って逃げてきたが幸い雷獣の姿はなかった。リナが大樹木に身を隠し、息を潜めているとモルザック達が到着して馬上より降りた。
「くそ・・・どこに行きやがった。ん?・・・なんだアレ?」
「気づかれた!」とリナは身をかがめた。モルザックの足音が次第に大きくなっていく。モルザックは大樹木の根元にある穴を発見した。ちょうどその穴の反対側にはリナが身をかがめている。モルザックは穴に手を入れては中を探った。
(いるわけない・・・あの子は警戒心が強いんだもん!)
リナは大樹木の穴に雷獣を住まわせていた。雷獣は異常なほど警戒心が強くリナと出会った頃の雷獣は警戒して穴から出てこなかった。しかしリナの考えは間違っていた。雷獣はリナと出会ってから野生の警戒心が薄れていたのである。モルザックの手を見た雷獣は警戒心もなく穴から出てきた。
「うぉっ!なっ、なんだコイツ?」
(何で・・・何で出てきちゃったの?)
「そいつは雷獣だ。気をつけろよ、モルザック。雷撃をくらうと死ぬぞ!」
リナが大樹木の陰から少し顔を出すとそこにはアイザックの姿が見えた。モルザックとアイザックの異様な空気感を察したのか雷獣は牙を見せて威嚇を始めると周囲の空気がピリピリとしていく。雷獣の赤い眼が光るとモルザックを雷撃が襲う。
「ぐわぁっ、痛てぇ!」
モルザックは右腕をおさえながら後退した。その腕は火傷をおこしている。依然、闘争心を剥き出しにしている雷獣を見たアイザックはマントを取り出すとモルザックに投げつけた。それを受け取るとモルザックは不思議そうな顔をしている。
「モルザック、そのマントを使え。不通の葉で作った絶縁マントだ。」
マントをまとったモルザックは恐る恐る雷獣に近づいていった。牙を剥き出しにして威嚇している雷獣は再び雷撃を発生させたが絶縁マントをまとったモルザックにダメージを与えることが出来ない。ニヤけた表情でモルザックは雷撃を出し続ける雷獣に迫っていく。
「効かんな。火傷のお返しだ、獣め!」
モルザックは雷獣を見下ろすと右足で思いっきり蹴飛ばした。悲鳴をあげながら雷獣は大樹木に叩きつけられる。小刻みに身体を震わせている雷獣を踏みつけたモルザックは得意そうにアイザックに言った。
「こいつはいいぜ。アイザック、この雷獣はどうするんだ?」
「ふむ、とりあえず生け捕りにしておくか。たしか皇族のなかに変わった趣味の持ち主がいたはずだ。割と高値で売れそうだな。」
「ダメッ~!」
大樹木の陰に隠れていたリナが飛び出してくるとモルザックの足元にしがみついた。踏み付けられている雷獣はリナの姿を確認するとすがるような表情を浮かべた。
「こいつは運がいい。雷獣と小娘か。更に高値で売れそうだな。」
アイザックが髪の毛を引っ張ると身体の小さいリナは簡単に持ち上げられた。痛みに泣き叫んでいるリナの姿を見た雷獣は雷撃を発生させるがモルザックの絶縁マントにすべて阻まれた。
「ビリビリくんだろ、くそ獣め!」
モルザックはまた雷獣を蹴飛ばした。髪の毛を捕まれて身動きの取れないリナと雷撃が通じず泣き叫ぶしかない雷獣には絶望という言葉しか頭になかったであろう。
(売られていく?この子はどうなるの?・・・・私が守らないと!)
絶望の中でなんとか幼い雷獣だけは逃がしたいとリナは思った。自らの命を犠牲にして雷獣を守ろうとしたリナ。いや幼いながらも自分より小さい雷獣を子供のように思っていたリナに初めて母性というものが芽生えたのかもしれない。頭を捕まれているが足は自由が利く。
「ぐおっ!」
リナは渾身の力を込めてアイザックのすねを蹴飛ばすとあまりの痛みにリナの頭を離してしまった。地面に足をつけたリナは絶縁マントに雷獣を包もうとしていたモルザックに体当たりした。突然の出来事に尻餅をついたモルザックから雷獣を奪い取ると一心不乱に逃げていく。
「逃げなきゃ、急いでにげなきゃ!」
一発の銃声が鳴り響くと雷獣を抱きかかえているリナがその場に倒れこんだ。アイザックの手には銃口から白い煙を吹く拳銃があった。地面に倒れこんだリナは起きあがろうとするが身体が言うことを効かない。
「アレ・・・身体が?・・・逃げなきゃ・・・いけないのに。」
腹部からは大量の血が流れ出していた。雷獣はリナから離れることもなく傍らでか細い声をあげながら離れようとしない。意識が薄れていく中、アイザックとモルザックの足音が近づいてきた。
「逃げなきゃ・・・この子を・・・守らなきゃ・・・。」