恐怖のくまパンチ
「まったく、門が壊れていたってどういうこと?」
ピサロは報告書に目を通しながら眉間にしわを寄せていた。額の汗を拭きながら天道建設省大臣は細かく説明した。当初、門は閉門されていたのだが、地獄の猛者達の間で開かずの門として知れ渡り、開けた者が強者といつのまにか腕自慢の門として有名になってしまった。
「それで何、門を開けた者に賞金みたいなのが賭けられて流行ったってわけ?」
「おそれながら・・・地獄の魔物達が躍起になって門に攻撃を仕掛けまして・・・もちろん門に損傷はなかったのですが・・・度重なる衝撃にシステムのほうがダウンいたしまして・・・。」
「それで門が開いてしまったというのね。」
「門が開いていた期間については不明でして・・・空白の時間が数十年ほど・・・すでにシステムの修繕は完了しておりまして、現在は閉門されております。数年前にさかのぼり監視カメラの映像を確認いたしましたが破壊神と思われる者や地獄軍の動きは映されておりませんでした・・・。」
「安心だと言いたいの?」
「おそらく・・・・」
「まあ、いいわ・・・今後は気をつけてちょうだい。
それにしても誰が開けたのかしらね。」
建設大臣は一礼すると部屋を出ていった。その後、建設大臣は謎の死を遂げて、当時、建設副大臣が建設大臣として後を引き継いだ。一方、サクヤ姫奪取の成功を聞きつけたジャンスは姫の無事な姿を早く見たいと急いていた。
「戻って来たか!・・・してサクヤ姫は何処におる?」
タカヒト達はサクヤ姫とヘルズ達を連れて大叫喚地獄城に戻っていた。ジャンスはてんと達のいる部屋中をキョロキョロとサクヤ姫の姿を捜した。そこにはサクヤ姫はおらず、ガッカリするジャンスにてんとは事の経緯を話し始めた。クーデターではなくサクヤ姫とヘルズ達によるストライキであったことやその行動で迷惑を掛けたと反省をしている事も伝えた。椅子に座り話を聞いていたジャンスの表情が次第に険しいものになっていく。
「何を言っておるか!さてはお前等もクーデターを決起した奴らの仲間か!許せん!ワシの心の弱っているところに追い討ちをかけるとは!」
「話を・・・聞いてなかったのか?」
ジャンスはゆっくり立ちあがると脚を大きく開いて腰を下ろし、右拳を返すと腰に押し当てた。力を込め出したジャンスに身の危険を感じたてんとはタカヒト達に逃げる合図を送ると一斉に王室から飛び出した。逃げながらてんとはミカに大きな声で叫んだ。
「かなり危険な存在だ!ミカ、ヤツの攻撃を回避する準備をしておくのだ。」
ミカは最後尾に位置すると理力を高めて回避体勢をとった。てんとが危険だと判断した相手に生半可な防御では防ぐ事は出来ないとミカは最大限まで理力を高める。ジャンスは呼吸を整えながらタカヒト達の逃げる方向に視線を向いた。
「無駄だ!ワシの攻撃から逃れる術など無い!動物拳法 くまパンチ!」
ジャンスの突きあげた右拳からバカでかいクマの前足の形をした衝撃波が飛ばされた。くまパンチは王室のドアも壁もぶち壊して逃げるタカヒト達に襲い掛かる。ポンマンが後を振り返ると壁がくまパンチに激しく壊されて向かってくる光景が映った。
「マズイよぉ~、もうダメだよぉ~~。」
「桜玉上級理力 桜吹雪!」
桜吹雪を放つとミカの周りを数え切れないくらい沢山の桜の花びらが舞い、タカヒト達はその場から姿を消した。追ってきたくまパンチが壁を貫通すると大叫喚地獄城の一部を破壊してそのまま飛んでいった。破壊された壁穴からタカヒト達が消えたことはジャンスからも確認できた。ジャンスは王室のドアを蹴り破るとほかの部屋のドアや壁を破壊しながら追いかけてくる。
一方、リディーネやサクヤ姫がいる武器庫にいた。サクヤ姫達は万が一を考え武器庫に待機させていたのだ。作戦の失敗にポンマンはウロウロと落ち着きがない。
「どうする、どうする、どうするの?本当の事を話しても信じてくれなかった。」
「たしかに全く聞き入れてはもらえなかったな
・・・あそこまでするとは相当の親バカだな。」
ジャンスの攻撃を免れたタカヒト達は武器庫に身を寄せている。真実を話したことが返って裏目に出てしまった。
「私・・・お父様と話してみます。」
決意を固めたサクヤ姫はジャンスの出現を待った。くまパンチによる衝撃音が聞こえてそれは次第に大きく近づいてきた。サクヤ姫を武器庫へ入るドア付近に立たせ、その後ろでは万が一に備えタカヒト達は闘気を解放ながら臨戦体勢を整えていた。
突然、ドアが吹っ飛ぶとそれはサクヤ姫の足元まで飛んできた。壊れたドア枠を手で掴むとジャンスがゆっくり入ってくる。
「見~つ~け~たぞ・・・サクヤ!
・・・貴様等、サクヤを盾にするとは卑怯な!それでも俺は負けねぇ!」
「違うの!パパ、話を聞いて!」
サクヤ姫の言葉など耳に入らないほどジャンスは興奮していた。興奮したジャンスは腰を落すと左右の拳に力を溜めこんでいく。
「サクヤがいるのにアレをここで放つの?」
ミカは桜玉中級理力レインボーウォールを放った。サクヤ達とジャンスの間に結界が張られたがジャンスは不敵な笑みを浮かべた。
「無駄だ!そんなものに俺は負けねぇ!連続くまパンチ!!」
ジャンスは左右の拳を交互に振り出すとくまの前足の形をした数十発の衝撃波が襲い掛かってきた。くまパンチはレインボーウォールに激突するといとも簡単にそれを破壊していく。
ミカは理力を高め続けてレインボーウォールを何層にも構築しているがそれ以上に連続くまパンチの破壊力は強力でレインボーウォールの構築速度を上回っていた。
「ダメェ~、もう耐えられない!」
床に膝をつき理力が尽きたミカに襲い掛かってくるくまパンチを激しい火炎がそれらを消し去った。ミカが顔をあげるとそこには赤色に輝いたタカヒトが立っていた。
「ミカ、あとはこの俺様に任せろ!」
ジャンスの前に立ち塞がる赤タカヒトは攻撃体勢をとり身構えた。ジャンスは再び腰を落とすと左右の拳に力を溜め込んでいく。久しぶりの強敵に赤タカヒトの闘志が高まっていく。
「うし、かかってきやがれ!・・・おっ、なっ、なんだ?」
急に身体がフワリと浮きあがると連続くまパンチによって開けられた壁穴から赤タカヒトは外に飛ばされた。何が何だかわからない赤タカヒトがキョロキョロと辺りを見渡すとミカ達も飛ばされている。
「てめぇの仕業か!」
赤タカヒトは緑色に輝くてんとを睨んだ。赤タカヒトがジャンスと戦闘を開始しようとしたその時、てんとは理力を高めてタカヒト達を浮遊させるとある場所に向かった。しかし激怒しているのはジャンスより赤タカヒトのようだった。
「おい、てんと!どういうつもりだ!」
「おまえの言いたい事は大体わかる。しかしジャンスは強敵。もう少しで広場に着く。そこで総攻撃を浴びせるのだ!」
「俺様一人じゃあ、役不足っていうのか?バカにするんじゃねえぞ!俺様がひとりでやってやる。邪魔するんじゃねえ!」
てんとは後から追ってくるジャンスの姿を確認すると大叫喚地獄城下町から離れた荒野に降りた。赤タカヒトはてんと達を退けると腕を組み一番前に仁王立ちした。
浮遊術を解いたジャンスも荒野に降り立つと闘気を高め、戦闘体勢をとっている赤タカヒトを見つめた。
「なかなかの面構え。この俺と対決するつもりか?」
「おおよ、俺様がお前を倒してやる!」
「面白い!俺は負けねぇよ!」
ジャンスは腰を低く落とし腰元の両拳に力を溜めこむと連続くまパンチが赤タカヒトに放たれた。赤タカヒトは闘気を両腕に集めるとくまパンチの衝撃波を殴り撃ち落としていく。
「くそったれ、痛ぇ!っていうか、硬ぇ!」
赤タカヒトは連続くまパンチを撃ち落としながら少しずつジャンスに近づいていく。赤タカヒトはくまパンチをかわし一気に懐に入り込むとジャンスのぽっこりした腹に右拳をめり込ませた。顔を歪めたジャンスが片膝を地面につけた姿を確認すると赤タカヒトは瞬時にその場を離れた。
大したダメージもなく再び立ちあがるとジャンスは連続くまパンチを繰り返し放ってくるが赤タカヒトはそれらすべてを撃ち落とし再びジャンスの懐に入ると脇腹に今度は左拳をめり込ませた。悶絶するジャンスからまたも距離を取ると赤タカヒトは様子を伺っている。
「そうか、ヒットアンドアウェーか!」
ヒットアンドアウェーとは攻撃をした後、すぐ後退することで相手から攻撃を受けないようにする戦術である。スピードと集中力が重要であるが相手から一定の距離を保てることからこの名がついている。重量級のジャンスはパワー重視の為、スピード重視の戦術でスタミナを奪う作戦に赤タカヒトはでたのだ。
この赤タカヒトの戦術にてんとは少し驚いていた。いままでの赤タカヒトの戦術はどちらかと言えば力のぶつけ合いみたいなところがあったからである。それが今回はどうだ。ジャンスとの力のぶつけ合いがまるでない。しかしジャンスにはヒットアンドアウェーは効果覿面で見る見るうちにスタミナが奪われていった。ジャンスとの距離を取った赤タカヒトは何やら独り言を言っている。
「おい、こんなんでいいのか?
もっとこう・・・ド突き合いみたいなのがやりてえんだけどな。」
(これでいい。この戦術がヤツに勝てる唯一の方法なのだからな。) (紫玉)
(そうだよ。赤ちゃんだけじゃあ無理だよ・・・だってバカだし!) (白玉)
「っんだと!・・・ったくしょうがねえなぁ~。まっ、ここは協力していくか。これが俺達の総攻撃ってやつだからな。」
赤タカヒトは闘気を高めると赤色、紫色それに白色が混ざり合うように輝く。白玉のスピードと赤玉のパワーそして紫玉の戦術と技がひとつになり三つの色玉の総攻撃が繰り出される。
両膝を地面につきジャンスにもはや反撃する力は残ってはいなかった。度重なる腹部への攻撃がジャンスからスタミナと戦意を奪っていった。ミカやてんと、戦闘を目にしたすべての者達が驚愕していた。十六善神のひとり、豪傑のジャンスと呼ばれた男がたったひとりのそれも少年に敗れたからである。その少年を見上げるジャンスは立とうにも膝はすでにガクガクして立てなかった。