十六善神
「タカちゃ~ん!!」
闘技場の中央に立っているタカヒトにミカが走ってくると勢いよく抱きついた。急な出来事にタカヒトの顔は真っ赤になった。生きて逢えないと思っていたミカは涙を流しながらタカヒトにしがみついて離れない。
「・・・・・。」
タカヒトとミカの姿を確認したてんとは沈黙を保ったままコロシアムの最上部から姿を消した。勝利者のタカヒトにリナやポンマンも歓声をあげながら走ってきた。
「よくやった、タカヒト!」
「本当にあのギガスを倒したのね!」
「うん、ありがとう。みんなが応援してくれたおかげだよ。」
祝福をしてくれたふたりにタカヒトは嬉しそうに応えた。すると我を忘れてタカヒトに抱きついていたミカは急に恥ずかしくなってタカヒトから離れた。そんなタカヒト達の周りを観客が押し寄せてきた。誰が言うでもなくタカヒトを担ぎあげると胴上げが始まった。闘技場の中央で胴上げをされながら祝福されているタカヒトはいままで味わったことのない感覚に戸惑いを見せながらも次第に笑顔に変わっていった。
胴上げされているタカヒトを観客席からたばこをくわえながらルルドが見下ろしていた。ルルドがふと視線を移すとアレスが悔しそうな表情をしながらコロシアムを出て行こうとしていた。
「タカヒトか・・・面白い子だわ。アレスの坊やも計算が狂ったわね。
さて、いよいよ乱世に・・・混乱の世界に突入しそうね。愉しみだわ。」
決闘が終わりタカヒト達のもとに来たルルドは彼らを連れて大叫喚地獄で最もうまいと言われる料亭で祝賀会を開いた。てんともすっかり体力を回復して祝賀会には同席した。相変わらずポンマンの食欲はある意味恐ろしく衰えることもなく、料亭の料理人が驚くほど食べている。
「アレ?・・・てんと・・・・?」
料理を食べていたタカヒトは向かいの席に座っていたてんとがいなくなったことに気付くと辺りを見渡した。するとルルドと共にてんとが部屋を出て行く姿が見えた。不思議に思ったタカヒトも部屋を出ていくとルルドとてんとが何やら話をしていた。
「てんとちゃん達は破壊神に会いに行くつもりよね?」
「! 何故それを・・・・ルルド!おまえはいったい何者なのだ?」
「私?・・・私は十六善神のひとり、瞬撃のルルドよ・・・でも、勘違いしないでね。私は十六善神だけどピサロの陰謀も破壊神にも興味はないわ。」
「・・・では、私達の障害にはならないと解釈してよいのだな?」
「私はあんた達が好きなの。まあ、手助けをするつもりもないけどね!」
ルルドは笑顔でそう答えた。てんとは破壊神に会いに行く事をどうやって知ったのかを問い掛けた。不思議がっているてんとにルルドは言った。
「統括者同士の対立・・・特に徳寿とピサロのかしら。以前から十六善神の間でも有名な話だったわ。いずれ、徳寿が同じ統括者であるハデスと破壊神に助けを求めることは明らかだった。てんとちゃんは徳寿と関係が深いことは知っていたし、間違いないって確信したのよ。」
「なるほどな。しかし同じ統括者のハデスはわかるが破壊神もそうなのか?」
「元よ、元。こんなことを話して私の身も危険だけどピサロの組織は相当デカイわよ。気を引き締めてちょうだいね。」
そう言い残すとルルドはその場から去っていった。てんともしばらくその場に残っていたが、険しい表情をしながら会場に戻っていく。「敵?十六善神?破壊神?組織?」タカヒトは話をこっそり聞いていたが理解が出来なかった。わからない事だらけではあるが今はてんとを信じて着いて行くしかない。ギガスとの戦いで、てんとの風がなかったら今ここには存在していないのだから。「てんとを信じよう。」そう自分に言い聞かせるとタカヒトはミカ達のいる会場にひとりで戻った。
その後はルルドの計らいでコロシアム近くのホテルに一泊することが出来た。ホテルの最上階を貸切り、フロアをポンマンが舞うように飛び回っている。
「タカヒト、大浴場があるぞ!早く入ろう。」
ポンマンに強引に誘われてタカヒトは大浴場へ向かった。デカい湯船にライオンらしき置物の口から大量の湯が滝のように流れていた。眼を輝かせたポンマンはタカヒトと滝のなかに入り「修行だ!」といって少しの間ふたりは滝に打たれていた。
「よし、タカヒト!次はあれだ」
滝に打たれるのに飽きたポンマンは洗い場の床に石鹸を泡立てると勢いをつけてヘッドスライディングをして滑った。その姿を見たタカヒトは急にうずうずしてきてポンマンに続いて滑った。
「これ楽しいね!
ポンマン、あの桶を重ねてどっちが沢山倒せるか、競争しょうよ。」
「オッケー、もちろん勝つのは私だぞ!」
ふたりは桶を集めるとそれを重ねてタカヒトから滑りだした。ボーリングのように勢いよく桶に当たると「カラカラン」と音を立てながら崩れていった。タカヒトが目を輝かせて喜んでいるとポンマンも続けて滑った。貸切の大浴場をタカヒトとポンマンの笑い声が響いている。隣の大浴場ではリナとミカが湯船に浸かっていた。
「なんか、楽しそうね。それにしても今日のタカヒトはかっこ良かったわね。ミカもいままで以上にタカヒトのことが好きになったんじゃない?」
「なっ、・・・私は・・・。」
真っ赤な顔をしたミカは顔の半分を湯船に沈めてしまった。しかしリナの言ったことは当たっていた。人道の世界ではミカがタカヒトを守っていたのにこちらの世界に来てからのミカはタカヒトに助けてもらっている。守られる喜びとタカヒトへの想いがミカの意識の中に少しずつ芽生えていった。
「てんと?電気もつけないで・・・お風呂には入ったの?」
「いや・・・後で入る。」
タカヒト達が部屋に戻ると真っ暗な部屋にてんとがいた。照明電気をつけたミカも心配をして声を掛けたがてんとの反応はいまいちであった。ミカ達もてんとが悩みを抱えているのはわかっていたがてんとは悩みを打ち明けることはしなかった。沈黙が続く中、声をかけたのはタカヒトだった。
「ねぇ、てんと。悩んでいるのって十六善神や破壊神の事?」
タカヒトの言葉にてんとは動揺してリナは顔を急に蒼くした。冷静沈着なリナが身体を震わせたその姿をミカは初めて見た。
「タカヒト・・・今、十六善神って言ったの?」
「えっ・・・うん。この前の祝賀会で偶然ルルドとてんとが話をしているのが聞こえちゃったんだ。そのことを悩んでいるのかなって思って・・・それがどうかしたの?」
「わかるように説明してほしいわ。何も知らないまま、戦うのはゴメンよ!」
リナが普段は全く見せない険しい表情でしかも強い口調でてんとに言った。これにはミカもタカヒトも驚いた。リナがこれほどまで感情を出した事を見たことが無かったからだ。しかしそれだけ十六善神の存在が恐ろしいものだということだ。リナに言われたてんとは少しの沈黙の後、口を開いた。てんとが話を始めて数分経ったのだがそれはあまりにも唐突で想像を絶する話だった。リナが驚愕の表情をする。
「地獄道の破壊神への密会、天道のピサロ、十六善神。危険が多すぎるわ!」
「・・・たしかにその通りだ。しかし私ひとりでも行かなくてはならない。」
「どうしてなの? 徳寿さんに命令されたからなの?」
「たしかに命令ではあるがこれは六道の世界を混乱に導く恐れがある!」
てんとは地獄道と天道の間に戦争が勃発すればその波及はほかの世界にも及ぶ事を恐れていた。ピサロが何を企んでいるのかはわからないが破壊神の協力が両者の戦争開始を阻止するのに必要不可欠だった。てんとはたとえひとりでも破壊神に会いに行くと言っている。
「僕も一緒に行くよ!」
「タカヒト、今回はいままでとは違う。ルルド級の使い手が次々と現れるのだぞ!」
「僕はてんとがいたからここまで来れたんだ。僕はてんとを信じて一緒に行くよ。」
「タカちゃんの言う通りだよ。世界の混乱なら私達にも関係がある事なのよ。てんとはひとりじゃないんだからね。」
「そうだ、そうだ!ミカの言うとおりだ。及ばずながら力を貸そう。」
「ポンマン・・・タカヒト、ミカ・・・感謝する。」
「まったく・・・仲間って大変ね。私も行くわ。仲間だから。」
てんとはタカヒト、ミカ、リナ、ポンマンの四名の仲間を得て破壊神のいる大焦熱地獄へ向かうことを決意した。