初めての恐怖
「そろそろ出発するじゃん!」
たまちゃんはミカ達に声を掛けると部屋を後にした。たまちゃんの医術?によってポンマンとリナはなんとか歩けるようにはなったが依然てんとは意識不明となっていた。ポンマンはてんとを背負うとたまちゃんの後を追って歩いていく。部屋で休んだのが良かったのかミカ達はあまり疲労感を感じず出口まで辿り着けた。
「やっと着いたじゃん。皆よくがんばったじゃん!」
額の汗を拭ってたまちゃんは床のスイッチを押すと出口のドアを開いた。少しずつ明かりが暗い道に差し込んでくるとその眩しさに目を覆い隠したミカ達。次第にそれになれてくるとそこには雄大な海岸線がミカ達の眼下に広がっていた。
少し入江かかったところにテトラポットが無造作に設置されている。広大な海が青く輝ている。漁へ出航するのだろうか数隻の船舶では慌しく準備をしていた。ミカ達は雄大な大海原にひと時見入っていた。ひと時の安らぎを現実に引き戻したのはたまちゃんの言葉だった。
「近くに船が用意してあるじゃん。それに乗ってここから脱出をするじゃん。」
周囲を警戒しながら歩いているとたまちゃんの言った通りに船が沖に浮かんでいた。
「あそこまで泳いでいくじゃん!てんとはそこの木の板に乗せるじゃん。」
たまちゃんは浜辺に打ち揚げられていた木の板をポンマンに拾わせるとてんとをゆっくりとその上に降ろした。海に浮かべて沈まない事を確認するとゆっくりと船に向かって泳いでいく。
ポンマンの後を追ってミカとリナも泳ぎ始める。すると上空より何かが接近して砂浜を陥没させた。砂煙がおさまるとそこにはギガスとカオスがいた。
「ふふふ・・・逃られるとでも思っていたのかしら?
私達は勝利したって浮かれているアレスの坊やほど甘くはないわよ!」
三獣士のギガスとカオスのふたりだけだったが、そのふたりが最悪であった。ソウルオブカラーの能力を吸い取るギガスと無属性であるカオスの衝撃波は唯一ギガスの能力の及ばない力である。最強の矛と最高の盾を持つこのふたりと戦う事は絶望を意味している。
「くっ・・・やるしかないわね!」
リナとミカは浜辺に戻ると戦闘体勢を取った。しかしその前にたまちゃんが仁王立ちするとたまちゃんの発した一言にミカは驚いた。
「ここはオイラに任せてさっさと船に行くじゃん!」
「何を言っているの?ここは皆で協力して・・・えっ!」
ミカが声をあげた瞬間たまちゃんの頭上の殻にヒビが入った。そのヒビは下まで一直線に届いて頭上の殻が次第に剥がれていく。ポロポロと殻が剥がれていくとたまちゃんは安堵したような表情をしている。
「ミカ・・・もう大丈夫じゃん。いよいよタカヒトの覚醒じゃん。
オイラもやっと役目を終える事が出来る。皆との晩餐は楽しかったじゃん!」
たまちゃんがそう言い残すと黒い殻がパックリと半分に割れて神々しい光りが放たれた。そしてその光りの中からタカヒトが現れた。
「タカちゃん!」
閉じた瞳をタカヒトはゆっくり開けると立ちあがった。少しの間呆けていながら辺りを見渡してミカを見つけるとタカヒトは口を開いた。
「ミカちゃん・・・てんとを連れて早く船に行って。」
「ひとりじゃあダメだよ!皆で協力しないと!」
「大丈夫だよ。たまちゃんを通していままでの事はなんとなく分かっているから
・・・てんとは誰に傷つけられたの?」
「ふふふ・・・この私が殺ったのよ!」
高笑いが辺りに響くとタカヒトは表情をあまり変えずにギガスを見つめた。ミカはタカヒトのその表情に少し戸惑いを感じた。最強の戦士を相手に逃げようともせずいつものタカヒトらしからぬ姿を初めて見たからだ。タカヒトがゆっくり歩を進めるとギガスの前にカオスが立ち塞がった。前回タカヒトと対戦していることでカオスの思考回路にはタカヒトの戦闘データがすでに分析されている。
「リミッターカイジョ・・・」
「あらあら、いきなり仕留める気?私の出番も残しておいて頂戴ね。」
全力で一気に仕留めようと身構えるカオスに対してタカヒトはふらっと身体を揺らす。次の瞬間、カオスの目前にタカヒトが立っていた。
呆然とするカオスの顔面にタカヒトの右拳が触れると合金製の顔が水飴のようにグニャと曲がった。次にカオスの目にタカヒトが映った時にはすでにカオスの頭は胴体から離れていた。カオスの頭が砂浜に落ちると主を失った胴体はグシャと崩れ落ちる。
それはまさに一瞬の出来事だった。タカヒトの身体がふらっと揺れた瞬間、カオスの目前にいた。カオスは何の反応も出来ないまま頭部と胴体をふたつに分離されていた。
ミカ、リナも目の前の出来事に理解が出来なかったがそれはギガスも同様だった。ギガスにもタカヒトの姿が全く見えなかったのだ。ギガスは頬に流れる冷たい汗に気づく。この時ギガスは初めて恐怖感を憶えたのだ。タカヒトという恐怖に膝はガクガクと震え動く事すら出来ない。そんな状況になりながらもプライドの高いギガスは異常なほどの憎悪をタカヒトに向けている。歯をグッと噛み締めて何とか動き出すと砂浜に落ちているカオスの頭部を拾い上空へ飛び去っていった。
この戦いで一番驚いていたのはタカヒト自身だった。しばらくの間、タカヒトは自分の両手をジッと見つめていた。浅瀬にいたリナとミカが戻ってきてタカヒトのところへ近づく。ミカの顔を見つめるといつもの様に微笑むタカヒトがそこにいた。その笑顔を見て安心したミカはタカヒト達と共に船へ泳いでいく。
「皆、無事で良かった。」
タカヒト達が船に着くとポンマンがてんとを甲板に寝かせていた。てんとの容態が気になったタカヒトは急いで近寄り様子を伺ったが依然てんとは危険な状態を抜けてはいなかった。そこへ船室のドアを開けてひとりの亜人種が近寄ってきた。
「はぁ~い、みなさん元気でいらっしゃるかしら?アラ!病人がいるじゃないの?」
この亜人種は船の所有者であり水先案内人のルルドと名乗った。てんとを船内の医務室に連れて行くとルルドは手際が良く応急処置を施す。するとてんとの顔色が少し良くなったように見えた。医務室を出たルルドはタバコに火をつけると一息つき言った。
「ふぅぅ~~・・・かなり重傷ね。ここの設備では回復は期待できないわ・・・
あんた達、何をしてきたの?」
「・・・・」
「まあ、いいわ。詮索はしないから。」
ルルドはあまり深い事を聞いてはこなかったがタカヒト達の姿を見て大体のことは察したらしくチャートルームに入っていった。タカヒト達も後に続いてチャートルームに入るとルルドが海図を広げてコンパスと定規を使って作業をしている。このルルドの船、アレクサンダー4号は地獄の一丁目と大叫喚地獄を結ぶ定期便らしいのだが客人の容態が危険と判断した為に針路を変更する事を伝えてきた。行き先は地獄一の医者がいる孤島。アレクサンダー4号が右舷に大きく傾くと帆を張り出して孤島へと向う。
一方、館に戻ったギガスは全身を映し出すほどの大きな鏡の前に立っていた。両手でカオスの頭部を抱えながら涙を浮かべて立っている。
「無様な思いをさせおってぇ~。この怨みはらさずにおくべきかぁ~~。」
髪を乱して怒りに狂うギガスは壊れたカオスの頭部から眼球を引っこ抜くと持っていた頭部を投げ捨てた。ギガスの手にした眼球が色と形を変えて藍玉に変わっていく。