たまちゃん!
地響きのようにデモンズ・ヘルズ軍団の足音が聞こえてくる。恐怖と絶望がすぐそこまで近づいてきている・・・ミカは座り込んだまま呆然としていた。目の前にある黒い卵はミカを追い詰める壁のように置かれている。
「タカちゃん・・・どこに行っちゃったの?タカちゃん・・・」
ミカは急にタカヒトの事を思い出した。タカヒトはリナ達と戦っていると思い、この部屋を出て行ったがそのタカヒトはどこにもいなかった。そして部屋に戻ってきてもタカヒトの姿はない。ミカの頭の中で最悪の状況が駆け巡っていくと部屋中に響く位の大きな声タカヒトの名を呼び続けた。
「タカちゃん、タカちゃん!」
「うるさいなぁ~寝てられないじゃん!タカヒトならここにいるじゃんかぁ~。」
「えっ?・・・・・何?」
ミカがハッとして黒い卵を見つめた。動揺するミカに対して周囲を警戒したリナが攻撃体勢を整えると黒い卵は慌てて声をあげた。
「ひぇ~ ちょ、ちょっと待つじゃん!味方、味方!
正義の味方じゃん。タカヒトは俺の中にいるじゃん!」
「それどういう事?タカちゃんが中にいるって?」
ミカは黒い卵に迫るとタカヒトについて詳しい話を聞きだそうとした。黒い卵は自分が共鳴石とウンディーネにより創り出されたものだと説明した。
「命と引き換え?」
「ウンディーネが命を懸けて創りあげたのがこの俺だ。どうだ、尊敬すべき存在だろ?っていうか、尊敬しろ!」
ウンディーネの命と引き換えにタカヒトの能力をあげる存在。その為にウンディーネはこの世界にはもはや存在せずデカイ共鳴石もその機能を失って今はただの石となってしまった。
「すべてを受け入れたタカヒトは今、静かに眠っているじゃん。
復活には時間が掛かるじゃん。だから、待つじゃん!」
「でも・・・このままだと、三獣士達がこの部屋まで押し寄せてくるわ!」
「その心配はいらんじゃん!このたまちゃんに任せるじゃん。え~と・・・ホイ!」
卵のたまちゃんから野太い足が二本生えるとスクッと立ちあがりスタスタと奥のほうへ歩いていった。
「何をボサッとしてるじゃん?着いてくるじゃん!」
「・・・うっ、うん。」
たまちゃんは着いてくるようにミカ達に伝えると警戒しながらもミカ達は歩を進めた。たまちゃんは共鳴石とウンディーネの生命により創りあげられた存在でありウンディーネよりある使命を受けていた。
「使命って?」
「それはアンタ達をこの地から逃す事に決まってるじゃん。」
奥に来たたまちゃんは床を強く踏んだ。ただの壁が仕掛け扉となっていてそれが開くと暗く狭い道が続いていた。たまちゃんはミカにたいまつを持たせるとスタスタと進んでいった。続くようにミカ達も歩いていくと仕掛け扉は次第に閉じていく。どれくらい歩いたのか?それすらわからないほど暗い道を歩き続けた。何処までいくのだろうか・・・もしかしたら騙されているのかも・・・。そんな思いがミカの頭をよぎっているとたまちゃんが急に立ち止まった。
「さあ、着いたじゃん!」
「着いたってまだ道は続いているよ。」
「もちろん出口はまだ先じゃん。でも歩き疲れたじゃん。こう見えて、たまちゃんは体力ないじゃん。だから、休ませるじゃん。休息も必要じゃん!」
たまちゃんはまた床を踏むと道の壁からドアが現れた。中に入ると小さい部屋があり布で出来たハンモックが吊るされていてそこにてんとを寝かせるとミカ達は束の間の休息を取った。この道は数千年前にウンディーネが万が一の為に造った道でこの部屋はトレブシェルと脱出口の中間にあり、休息場として造ったらしい。
「ミカ、ちょっと手伝うじゃん。」
たまちゃんはミカを連れて奥の部屋へ行くと薬草と水を用意させた。ミカはリナの右脚を洗い流し薬草を塗りつける。
「ポンマン、いくじゃん!とりゃあぁぁ~~~!!」
「!!!・・・イッ、タイ!」
ポンマンの外れた右肩はたまちゃんの蹴りにより元に戻った。リナとポンマンもハンモックに休ませるとたまちゃんはミカを連れて食料庫へ向かった。そこには乾燥肉やタルに入った水がいくつか置いてある。
「ミカ、ここの食材を使って飯を作ってほしいじゃん!」
ミカは食料庫から材料を取り出して料理に取り掛かった。あまり見た事のない食材であるがミカは苦労しながらも何品か作りあげた。
「右肩が痛いよぉ~~。んっ?・・・・なんかいい匂いがしてきたぞ!」
たまちゃんにより右肩は治ったもののその強引な治療法にポンマンは痛みを堪えてハンモックで休んでいた。奥の部屋からミカの作る料理のいい匂いにポンマンは吸い寄せられるように近づいていくとテーブルの上に沢山の料理が並んであった。ポンマンは並べてあった料理の皿に手を出そうとする。
「ちょっと、ポンマン!」
包丁を振りあげたミカに制止させられたポンマンは大人しく椅子に座った。料理ができあがると安静中のてんとは休ませたまま、たまちゃんとリナをテーブルに呼んで食事を始める。かきこむようにポンマンは食べ始めると満面の笑みを浮かべた。
「うまい!ミカこれうまいよ!!」
「もう~、ポンマン!喋るか食べるかどっちかにしてよぉ~。」
「でも、これ本当においしいよ。」
「ありがとう、リナ。」
ミカはほんの少し顔を赤らめるとたまちゃんとポンマンの料理皿に料理をのせてわけてあげた。たまちゃんの食欲は尋常でなく次々と料理を平らげていく。ポンマンも負けじと食べていくのだがたまちゃんの食欲には勝てずポンマンは腹一杯となるとその場に倒れ込んだ。しかしたまちゃんの食欲は限界がないらしく黙々と食べ続ける。
「たまちゃんってホントよく食べるのね。ポンマンに勝つなんてすごいよ。」
「オラっちが沢山食べないと中で寝ているタカヒトに栄養がいかないじゃん。だから俺としてはこうしてムリして食べているってわけじゃん。」
「・・・・ねえ、たまちゃん。タカちゃんはどうなの?元気なの?」
「無事に覚醒に向かっているじゃん。この道を抜けて出口に辿り着く頃にはタカヒトは元気な姿を見せるはずじゃん。心配は無用じゃん。」
たまちゃんはそう言ったがミカには不安が残った。本当にタカヒトが戻ってくるのか?不安でたまらなかった。ミカのそんな思いを知ってか知らずか、たまちゃんはテーブルの上に料理を食べている。そんなたまちゃんの姿を見ていたミカは悩むのを止めて追加の料理を作る準備に取り掛かった。たまちゃんの食慾もおさまりミカが後片付けを始めた頃、腹を出してハンモックに横になっているポンマンと同じようにハンモックに寝ているたまちゃんの姿があった。食事を終えたテーブルをミカがひとり拭いているとリナがコーヒーの入ったカップを持って歩いてきた。ミカはカップを手に取ると一口飲んで椅子に座り一息ついた。
「ミカの作る料理は最高だったわ。ミカは何でも出来るのね。」
「何でもってわけでもないんだけど・・・
お母さんが死んでから私が父親の身の回りのことをしていたからかな?」
「・・・・ごめんなさい。変な事聞いちゃって。」
「ううん・・・いいの。」
「・・・あとひとつだけ聞きたいことがあるんだけど聞いてもいい?」
「聞きたいこと?」
リナがミカに聞きたかった事とはタカヒトとのことである。リナのいた世界、修羅道では強さこそがすべてであった。その世界ではドレイクは圧倒的な強さを誇りそんなドレイクにリナは惹かれたのである。リナから見てもミカは魅力的な女性でありそんなミカがどうしてタカヒトのことを想っているのか不思議だった。
タカヒトがドレイクや数多くの強敵に勝利することが出来たのもすべてソウルオブカラーの助けがあったからでありタカヒト自身には全くと言っていいほど力が無い。気の弱いタカヒトをどうしてミカがそこまで想っているのだろうか?リナはその答えが知りたかった。
「タカちゃんのこと、そこまで言わなくても・・・」
リナのストレートな言い方に少しガッカリしたがミカは話を始めた。それはミカがタカヒトと初めて出会ったのは幼稚園の頃の話だ。途中入園してきた小柄なタカヒトがオドオドしながら先生に紹介されているのがとても印象的だった。この頃のタカヒトはほかの園児達とは遊ばずに独りで絵本を読んでいることが多かった。先生からはほかの園児達と遊ぶように言われその時は皆と遊ぶのだが少し経つとまた独りで絵本を読んでいた。ただの大人しい男の子でミカはタカヒトのことを気にすることはなかった。
ミカは明るい元気者でこの頃からほかの園児達のリーダー的な存在であった。共通点の全くないミカとタカヒトであったが彼らを引き寄せる事件がこの後に発生した。ミカの住んでいる家は幼稚園から近いこともありバスに乗る事もなく幼稚園には歩いて通っていた。
しかしこのミカの通園にはひとつだけ問題があった。それは幼稚園の付近に当時この町の権力者の家があったことだ。議員でもあったこの権力者は大の犬好きで門柱の近くに凶暴な犬が常に鎖でつながれていた。この犬について近所の住民からは不安な声が数多く出ていたのだが誰一人この権力者に口答え出来る者はいなかった。ミカの父親もこの時すでに議員であったが新人議員ということもあり何も出来なかった。ミカと近所に住む園児達が歩いているといつも閉まっている門柱が開いて犬が頭を出して睨んでいた。ヨダレを垂らし品のないその犬相はやはり飼い主に似ているのか。
「だっ、大丈夫だよ・・・鎖でつながれているんだもん。」
自分とふたりの園児に言い聞かせるようにミカは言った。しかし犬は門柱を通り抜けてミカ達のところまで歩いてきた。有り得ない状況にミカ達は一歩も動けずにその場に立ち竦んでいる。大型で凶暴なこの犬は鎖を支えている木杭を引き抜いていたのだ。ミカの身長をはるかに超えるその犬はヨダレを垂らしながらゆっくり歩み寄ってくる。驚いたふたりの園児はミカを残して走って逃げていった。
「あっ・・・・ああ・・・」
生まれて初めて恐怖を感じたミカはその場に座り込んでしまった。ヨダレを地面に垂らしながらすべてを切り裂いてしまいそうな牙を光らせている。犬の影がミカに覆い被さった瞬間、その犬が急にミカから距離を取った。涙を流しているミカの視界にタカヒトが棒切れを持って立っている姿が映った。
「離れろ・・・離れないとぶつぞ!」
ミカに襲い掛かろうとしていた犬にタカヒトは棒切れを振り下ろしたのだ。偶然ミカ達を見かけたタカヒトが落ちていた棒切れを持って犬に挑んでいったのだ。怯んだ犬が後ずさりするとタカヒトは座り込んでいるミカの前に立ち塞がった。犬を前にして震えながらもタカヒトは棒切れを手にミカを守ろうとしていた。
激しく吠える犬にタカヒトは棒切れを振り回したが犬が棒切れに噛み付くといとも簡単にタカヒトの棒切れを奪いとった。棒切れを噛み砕いた犬はタカヒトに飛び掛かるとその小さな左腕に噛み付いた。子供のただならぬ叫び声に近所の大人や幼稚園の関係者が飛び出してきた。
「この狂犬め!離れろ!」
「痛い、痛いよ!うわぁぁ~~ん・・・・痛いよぉ~・・・」
大人達は犬をタカヒトから引き離したがその左腕は血が流れ、骨が見えていた。救急車に乗って病院へと運ばれていくタカヒトをミカはずっと見つめていた。この事件により狂犬は薬殺されてこの地の権力者であった議員も職を失うこととなった。今もタカヒトの左腕には狂犬に噛み付かれた傷跡がはっきりと残っている。
「ミカを守ったんだね・・・ごめんね。気が弱いなんて言ってしまって。」
「ううん・・・たしかにタカちゃんって頼り無さそうに見える。実際、助けてくれたのってその時だけでどちらかって言うと私が守ってあげたほうが多いかな。」
「フフフ、お姫様に守られてる騎士さんね。」
「本当にそうね。」
ふたりっきりでクスクスと静かに笑っているとポンマンが寝ぼけ眼で起きてきた。ウロウロしながら水を飲み干すとまたハンモックに戻って眠った。ポンマンの滑稽な姿を見たふたりは顔を見合わせてクスクスと笑った。