ミスターポリック
地獄の一丁目への侵入に成功したてんと達は建物と建物の間に身を隠し様子を伺っていた。地獄の一丁目はてんとが学舎時代に勉強した通り江戸時代の下町のように長屋が並んでいた。道端では商売をしているヘルズもいてヤケに活気づいている。
しかし警備も厳重になっており地獄の一丁目から遥かなる泉へ向かう門には巨大なヘルズ兵が二匹立ち周囲を警戒していた。
「現状はかなり厳しいな。」
「ねえ、てんと!僕に考えがあるんだ。」
てんとが悩んでいるとポンマンがある作戦を思いついた。てんとはその作戦にはかなりの抵抗があったがほかに考えも浮かばず仕方なくポンマンの作戦に便乗する事とした。ポンマンは地獄の一丁目のメインストリートを堂々と歩き出すとてんともその後をついていく。歩いているとすぐに屈強そうなヘルズに囲まれた。一匹のヘルズがポンマンを見下ろすと睨みつけた。
「おい、おまえら!ここいらで見かけない面だな?」
「これは、これは、皆さん。お待たせいたしました。
私はミスターマジックことポリックと申します。お見知りおきを!」
挨拶がてらポリックはポケットからスカーフを取り出すと両手で丸めた。ヘルズ達が見つめる中、再び両手を開くとスカーフが鳥に変わり空へ飛んでいった。
「おおぉ~~ すげえぞ!」
そのマジックに驚いたヘルズ達は歓喜に沸いた。マジックにより感動と刺激をモットーに地獄の世界を興行していると伝えると喜んで道を開けてくれた。
「どうやら成功したみたいだね。」
ポンマンの作戦とは芸人であることをアピールしてこの地獄の一丁目を把握し遥かなる泉へ向かうチャンスを狙うものだった。しかしこの作戦は意外な方向へと向かった。
「本日のマジックはこれにて閉演。次回のご来店をお待ちしております。」
それはポンマンの作戦が成功した数時間後のことだった。
「ヘイ、ユー達!ちょっと芸能関係に興味はないかね?」
「・・・・」
「おっと、私は怪しい者ではない。」
その者はポンマンに名刺を手渡した。名刺にはロマンス・ヘルトンと書かれて、地獄の一丁目で商いをしているらしい。他のヘルズに比べるとかなり小柄で戦闘よりもそろばんをはじくことが得意と語った。最近では感動を与える商売がしたいと願っていて偶然ポリックのマジックが目に止まった。
「私に協力してほしい。もちろん金に糸目はつけん。
才能を捜していた。これは運命であると思わんかね?」
そんなこんなでロマンスの芸能プロダクションに所属したポリックとてんとは巧みな話術とマジックを披露していく。ロマンスの戦略は見事に成功して感動と刺激に飢えていたヘルズ達はポリックのマジックショーを見るためにチケットを奪い合うほどだった。連日に及ぶ大盛況でポリックは与えられたステージでマジックを披露する度に彼の名は地獄の一丁目中に広まって一躍時の人となった。
「ポリック殿、本日はあるパーティーへの参加を熱望しはせ参じました。」
幾度かの公演を成功させたポリックのもとへギガスの使者が現れた。これにはロマンスもかなり驚いていた。使者はポリックの公演をギガスの館で披露する事を熱望した。なんでもギガスが三獣士となって666周年となるらしい。そのパーティーでマジックを披露して盛りあげるのが今回の依頼だ。ロマンスはビジネスチャンスと興奮して、てんとも三獣士に遭えるチャンスだと依頼を引き受けた。ポンマンを見つめ、てんとは言った。
「一時はどうなることかと思ったがチャンスは意外な形でやってきたものだな。」
その頃、館では666周年パーティーの準備が忙しく行われていた。館はいくつもの和室からなっているがそれは忍者に憧れているギガスの趣味らしい。その一番奥にある和室に彼女はいた。パーティーの服装について悩んでいるらしくいくつもの着物を着替えては吟味していてその傍らにはリディーネがいた。
「ねぇ~、リディーネ。この着物はどうかしら?」
「なんでもいいんじゃない。好きにすればぁ~。」
「そうはいかないわよ!
この美貌に着物を合わせて私の美しさを地獄の隅まで広める必要があるわ!」
リディーネは無視しているが、低くまとわりつくような甘い声を発するこの女性こそが三獣士のひとり、ギガスである。彼女は地獄界最強のギガントス一族の長であり、リディーネの幼時期の戦闘教育係でもある。
ギガントスは地獄道で最も怪力を誇り凶暴な怪物であるがギガスは千年に一度生まれるという伝説の女型。美しさと強さを兼ね備えたギガスは自分のような女型が生まれる事を恐れその力で一族を滅亡させた。唯一のギガントスとなった彼女のその残虐さと能力が買われ三獣士となったのだ。
準備も整い、いよいよパーティーが始まった。パーティー会場は館に似合わず洋室で床がフローリングとなっている。会場の隣にある控え室ではポリックとてんとがマジックの準備をしていた。会場にリディーネがいるとも知らずに・・・
「・・・いよいよギガスと対面だな。」
てんとの一言にポンマンもうなずき衣装に身を通すと用意された飲み物を口にした。破壊神に仕える最強の戦士 三獣士のギガスがどういう姿をしてその能力はどの程度なのか?てんとの興味はその一点だけだった。
舞台のそでに着くとすでにパーティーは始まっておりヘルズ達はドンチャン騒ぎの真っ最中だった。ポリックの人気はかなりのものでヘルズ達はポリックのマジックを今や遅しと待ち望んでいた。ギガスの姿をてんとが捜していると一瞬にして凍りつくほどの衝撃を受けた。
リディーネがこのパーティー会場にいたのだ。リディーネはてんと達の姿を見たことがあり、見つかれば逃げることすら出来ず確実に死が待ち受けているだろう。ポンマンは何も知らず舞台そでから舞台中央部まで出て行ってしまった。
「ポンマン、ちょっと待て!・・・ちょっと、くっ!」
てんとも裏方のヘルズに促され中央部まで飛んでいく。
「レディースアンドジェントルマン ミスターマジックことポリックの登場だ!」
歓喜の声援を受けポリックとてんとは一礼するとマジックが披露されていく。その度にヘルズ達の驚きの声と歓喜の声が入り混じりパーティー会場は盛大に盛り上がった。
「あれ、どこかで見たような・・・!」
リディーネがてんと達に気がつくのにそう時間は掛からなかった。無事にマジックが終わるとポリックとてんとは一礼をして舞台を去ろうとした。
「いい余興であった。褒美を取らす。」
上座に座っていたギガスがポリックに声を掛けると歓喜と興奮に包まれていた会場が一瞬にして静まり返った。ゆっくり立ちあがり舞台のほうへ歩いていくと舞台を覆っていたヘルズ達は波が引いたようにギガスの通る道を作り出した。舞台から降りてギガスの前に平伏したポリックとてんとは怯えていた。てんとはギガスではなくその後を歩いてきたリディーネに怯えていた。
「褒美を取らす。何がよいか申せ?」
てんと達の前に立ち止まったギガスが尋ねると怯えているポンマンの代わりにてんとが答えた。
「私達は旅をしながら芸を磨いております。
この地より北に向かいたいので北門を開放して頂きたいのですが・・・」
「そんなことで良いのか?ならば・・・」
「ちょっと待って!アンタ見かけた顔ねぇ~。」
リディーネがてんとに声を掛けるとてんとは一瞬動揺してしまった。その様子を見ていたギガスが腰の刃に手をつけると陽気に笑っていたヘルズ達の目も鋭く光った。
絶対絶命!もはや逃げることも出来ない状況である。てんとの頭の中は後悔の二文字が過っていた。するとポンマンがスッとてんとの前に出てきた。
「私達のことをご存知とは・・・あなた様はかなり通ですな!わかりました。
あなた様のアンコール、このポリックがお受けましょう!」
「?・・・何を言ってんの。アンタ?」
ポリックの言葉にリディーネやギガスそれにヘルズ達はポカンと口を開けているとポリックはリディーネの手を掴み強引にステージに連れていく。そしてステージ上で騒いだ。
「レディースアンドジェントルメン!!リディーネ様のアンコールに応えまして本日最後の最も危険なマジックを披露いたしましょう!!!」
ポリックは大きめのボックスを用意するとそれをリディーネの前に設置した。ポリックはリディーネにボックスの中に入るように促すがリディーネは拒んだ。するとポリックは両手を広げて大きな声をあげた。
「まさか、リディーネ様ともあろう方がそんなに怖いのですか?」
ヘルズ達のざわつきに異常なほど抵抗していたリディーネは渋々ボックスの中に入った。顔と足のみをボックスから出したリディーネの姿をギガスとヘルズ達は固唾を呑んで見守った。
「それでは・・・最大のマジックを披露いたします。」
ポリックはいつもより真剣な顔つきで近くに立掛けてある長刀に手をやるとリディーネに向ける。ヘルズが食べていたキャベツを拝借するとその長刀でザクザク切裂いた。
「ちょ、ちょっと・・・冗談でしょ?」
動けず恐怖に怯えるリディーネのボックスにポリックは長刀を刺した。
「ちょっ・・・ちょっと待ちなさいよ!待って・・・ぎゃぁぁ~~・・・あれ?」
続けざまに長刀をボックスに刺していくがリディーネには全く痛みを感じない。その異様な状況にヘルズ達の口は開いたまま驚愕していた。何本かの長刀が刺さったところでリディーネが騒ぎ出した。
「ちょっと、いつまで刺してるつもり!いいかげんに・・・」
「最後の仕上げは、これだ!」
リディーネの入っているボックスをポリックは二つに割った。するとリディーネの上半身と下半身が離れていく。言葉を失うリディーネと口を更に大きく開けて驚愕するヘルズ達は一瞬で凍りついた空間に身を置いた。
「すげえぞぉぉ~~!」
しばらくすると物凄い拍手と喝采が会場を包んだ。あまりもの衝動に泣き出すヘルズ、雄叫びをあげて喜ぶヘルズ、拍手はいつまでも鳴り止まなかった。
「ちょっと、聞いてるの?」
リディーネがなにか騒いでいたが喝采と拍手によりそれらは全て打ち消された。しかしギガスの手があがった瞬間、ヘルズ達の騒ぎは一瞬にして止んだ。
「見事・・・実に見事であったぞ!ポリック。
これほどの感動・・・良き余興である!!」
「有難きお言葉。至極幸せにございます。」
ポリックとてんとは一礼すると再び喝采と拍手が鳴り響いた。その後、ギガズの計らいによって門の開閉の許可を貰ったてんと達は地獄の一丁目を出ることになった。
てんと達は更に一礼して舞台を後にした。興奮冷め止まぬヘルズ達はてんと達の後を追って門まで着いて行く。ギガスは満足して会場を後にした。 ただ、誰もいない舞台の上でボックスに入ったままリディーネだけはポツンと佇んでいた。
「・・・・・あのさぁ~・・・私のこと忘れてない?」