無空間のタカヒト
「ガハッ、ゲホッ!ガボッ・・・」
「タカちゃん・・・タカちゃんを元に戻しなさい!」
床に這いつくばり咳と嘔吐を繰り返すタカヒトの姿を見て喜んでいるディーノ。ミカの怒りは理力と共に高まっていく。両腕を前に差し向けるとサクラリーフを放った。今のミカには攻撃技はないがサクラリーフと部屋の壁に挟まれればディーノとてひとたまりもないだろう。後の壁とサクラリーフを見たディーノは恐怖に顔中が汗だくになった。
「ちっ、違うらよ!!タカヒトは死なないらよ。これは頼まれたことらよ!」
「頼まれた???」
ミカは理力を解くとディーノはヘナヘナとその場に座り込んでしまった。ミカが問いただすとディーノは汗だくになった顔をハンカチで拭きながら答えた。タカヒトが飲んだのは徳寿から渡された活魂水と呼ばれる水である。活魂水とは・・・
「だから信じてほしいらよ!ディーノは死神だけど嘘はつかないらよ。」
「信じられるわけがないでしょ!」
ディーノは徳寿から言われた言葉を伝えた。タカヒトの魂は高いエネルギーを持っておりそれがなんらかの理由で制御されている。何故、高いエネルギーの持ち主かという一つ目の理由としてそもそもソウルオブカラーは高いエネルギーを持つ魂の持主でないとコントロール出来ず、そうでない者は玉の存在を確認することすら出来ないらしい。タカヒトは赤玉と紫玉をすでに使いこなしている。意識を明け渡しているとはいえ二つの色玉を同時に使いこなすなど並大抵の魂では不可能である。
二つ目の理由としてタカヒトが人道を離れた時に狭間に堕ちたことである。狭間に堕ち、各界を行き来出来るということ自体が誰しも出来ることではなくタカヒトには何か特別な能力があると徳寿は考えているらしい。そこで活魂水を使いタカヒトの隠されている自我を開放させることを計画したのだ。自我を開放させるのは極めて危険なことであるがミカの助けがあればそれも可能だとも言っていたらしい。先ほどまで苦しんでいたタカヒトは容態も落ち着き、今は眠りについたようだった。その様子を見たミカはしばらく考えた後、ディーノに問い掛けた。
「私はどうすればいいの?」
「ワスと一緒にタカヒトの中に入るらよ。」
「??? どうやって?」
ディーノはミカの頭をポンと触るとミカの身体がスッと倒れ込んだ。しかしミカはそれには一切気づかずふと足元を見ると自分の身体が倒れていた。
「えっ!」
一瞬、ミカは動揺したがすぐにそれがディーノの仕業とわかった。死神であるディーノにとって霊魂を取り出すことなど容易いのだがそれは無空間という世界限定なのである。
一時的に霊魂となったミカはディーノと共にタカヒトの精神に入り込み制御されているタカヒトの力を引き出そうと試みる。
「あれ?ここは・・・ミカちゃん??」
活魂水を飲み苦しんでいたことまでは覚えているが今どこにいるのかはわからなかった。活魂水を飲んだタカヒトは一時的に霊魂となったが移動できる範囲は自らの体内だけだった。つまりこの世界はタカヒト自身の身体の中だった。そうとは知らずにタカヒトは相変わらず辺りを見渡してはウロウロしていた。
「おにいちゃん、どうしたの?・・・迷子?」
「えっ・・・?」
タカヒトが振り返ると小さな男の子がそこにいた。白い布に身を包んだ男の子はタカヒトの前に立つとニコニコと笑っていた。
「ねえ、一緒に遊ぼうよ。」
男の子がタカヒトの手を引っ張るが人を捜しているとタカヒトは拒んだ。すると男の子は辺りを見渡した。
「誰もいないよ。人捜しだなんて、そんなことしてもムダだよ!
君は誰からも相手にされないんだ。必要とされてないんだよ!」
「そんなこと・・・・」
「考えてごらんよ。いままでの事を!君は無力で無意味で価値の無い生き物だ。
君は存在してはいけないんだ!」
「・・・・・」
「君はいらない。さあ、何も考えず僕と一緒に行こう。」
男の子は白いオーラを放つとそれにタカヒトは包まれていく。それは妙に温かくタカヒトは穏やかな気持ちになっていった。
いらない。必要ない。無力・・・・・・
白いオーラに包まれながらタカヒトの頭の中をそんな言葉が流れていく。そして、次第に意識も薄れて遠のいていった・・・。
「ディーノ・・・どこまで歩くの?」
「ワスにもわからないらよ。」
ディーノの後を歩いて来たミカだがどれだけ時が過ぎたのだろうか。辺りを見渡すと黒くくすんでおりこれがタカヒトの心の中とは到底思えない。歩いていると急にディーノが止まり指さした方向をミカが見つめると赤い炎と紫色の炎がふたつ並んで浮いていた。赤い炎がゆっくりとミカ達の方へ近づいてくる。
「あれ?ミカじゃねえか!どうしたんだ?こんなところに来て。
てゆぅ~かどうやって来れた?」
「あれ?赤玉なの?・・・もうひとつは紫玉?」
「・・・どうやってここに来た?」
「うん、実はね・・・。」
ミカ達がここに来た理由を聞いた赤玉達は一緒にタカヒトを捜すと言い出した。しかし赤玉と紫玉はタカヒトが霊体になる前にテーブルの上に置いたはず。それが何故ここにいるのかミカには不思議なことだった。
「私達はすでにタカヒトの意識の中に存在している。タカヒトの持っている玉は私達が封印されていた玉にすぎないのだ。」
「実はな。ミカ達が来る少し前からタカヒトの心模様が急激に変わってな。辺りが急に黒くくすみだして・・・俺達も気になっていた。」
「そうだったの。わかったわ。力を貸してくれる?」
「もちろん、いいぜ!」
ミカと赤玉、紫玉そしてディーノはタカヒトを捜し再び歩き始めた。ミカには以前から気になっていた事があった。その疑問を思い切って聞いてみた。
「ねえ、何故赤玉と紫玉はタカちゃんの意識を乗っ取って赤タカヒトや紫タカヒトとなることが出来るの?」
「よし、その疑問は俺様が答えてやろう。俺達は自らの力だけでは攻撃も何も出来ない。共鳴する能力者の力を借りることで力を発揮できるわけだ。だが、共鳴する波長の・・・なんか説明するのがめんどくせえ。」
「・・・私が変わりに説明しょう。波長の同調性が高ければつまり我らソウルオブカラーと所有者の同調率が高ければ高いほど我らは持てる力をすべて発揮する事が出来る。それが更に高く昇華されると我らは能力者の身体を操ることも出来るようになるのだ。」
「タカちゃんとの同調率が高い・・・ってこと?」
「まあ、偉そうに言ってるが俺もタカヒトほど同調した所有者には会った事がない。
身体の乗っ取り自体初めてだったしな。」
「そうよね。私と桜玉やてんと達もそこまでの同調はないものね・・・。
ねえ、どうしてそこまで同調出来るの?」
「そんなの・・・・知らん!」
「知らんって・・・。」
ミカが口をアングリ開けていると赤玉は話を続けた。出会った頃はタカヒトの意識を支配できるかはわからなかったがなんとなく出来る様な気がしたらしい。だが今ではタカヒトの身体と意識の波長の同調率が高いのは証明されて赤玉の能力をすべて使いこなせると豪語した。紫玉もそのことだけは赤玉と同意見でタカヒトという器に赤玉と紫玉という液体が混ざり合う事により、強敵を撃破していったことだけは否定できないと語った。
原因はともかく、今はこの力を活かしてタカヒトと共に地獄道を乗り越えていくべきだとも紫玉は語る。ミカもそれを聞いて納得した。そんな事を話しているうちに辺りのくすみがどんどん酷くなっていく。その先には白いモヤに包まれたタカヒトがいた。
「タカちゃん!」
ミカがその姿を発見して急ぎ走りタカヒトに近づく。声を荒げて何度も呼んだがタカヒトはなんの反応もなく座り込んでいた。その傍らに白い衣を着た男の子が立っていた。
「あなたは誰?タカちゃんに何をしたの?」
「別に何もしてはいないよ・・・
ただ彼は僕とずっと一緒にいてくれるって約束してくれたんだ!」
「嘘っ、そんなこというわけない。ねぇ、タカちゃん!タカちゃんってば!!!」
座り込んでいるタカヒトの身体を揺すりながらミカは叫び続けるが何の反応を示さない。白い衣を着た男の子の手がタカヒトの背中に触れる。すると急に白く輝き出してミカを振り払った。
「きゃあああ!」
白いオーラを放つその姿はいつものタカヒトとはまったく異なっている。押し倒されて驚いているミカに紫玉は言った。
「ミカ!あれはタカヒトではない。あれは白玉だ!!」
「白・・・玉?」
「そうだ!あれは間違えなく白玉だ。だが何故白玉がタカヒトの中にいる?白玉は本来とてつもない力を封印する制御玉として使われるはず・・・!!まさか・・・いや、もしそうならば・・・」
両腕を広げた白タカヒトは急激に心力を高めていくと周囲の空気がビリビリと振るえていく。その直後、ミカや赤玉、紫玉とディーノが何かに吹き飛ばされた。絶大な力の前に赤玉も紫玉も無力であり、唯一タカヒトを救えるのはミカの能力だけだ。
「どうやら戦闘開始のようだ。攻撃体勢を整えるぞ。」
「けっ、なんでてめえの言いなりにならなきゃなんねえんだよ!」
「タカちゃんの身体は大丈夫なの?」
紫玉はミカと赤玉にタカヒト救出作戦を伝えたがミカはタカヒトの身体が心配だと言い、赤玉は紫玉の命令など聞くものかと拒んだ。
「今はそんな場合ではない。やらなければやられるぞ!」
「うっ・・・うん、わかった!」
「ケッ、しょうがねえな!」
紫玉の必死の説得に応じてミカと赤玉は作戦に従った。もし紫玉の考え通りであるならば必ず元のタカヒトに戻る。