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未来のきみへ   作者: 安弘
旅立ち編
3/253

いじめの末路

 「隆人・・・本当に大丈夫?まだ、休んでもいいんだよ。」


 「もう、大丈夫だよ。遊んでて転んだだけなのに母さん心配しすぎだよ。」


 笑顔の隆人は玄関を閉めると学校へと足を進めた。正直学校には行きたくないが母親を心配させまいと無理をしていた。トボトボと学校の門をくぐり廊下を歩いていく。廊下では皆楽しそうに話をしていてタカヒトのことなど誰の目にも止まらないようだ。教室の中に入っていくと隆人の机には花瓶が置いてあった。白い菊の花が一輪だけ。辺りを見渡すとみんながクスクスと笑っている。隆人はため息をついてそれを片付けていると女の子がひとり近づいてきた。隆人の唯一の味方であり白鳥議員の一人娘の白鳥実花である。


 「隆ちゃん、手伝うよ。」


 実花は机の上の花瓶を持ち上げるとハンカチで濡れた机の上を綺麗に拭いていく。


 「ありがとう、実花ちゃん。」


 「隆ちゃん、いつもいいなりにならないで嫌だったら嫌って言わないと駄目だよ。」


 実花は隆人にそう促したが大樹の報復が怖くてどうしても言い返す事が出来ずにいた。隆人も心の中でその事について考えてはいた。


 (実花ちゃんの言う通りだ。これじゃあ、いつまでたっても状況は変わらない。)


 隆人と実花が花を片付け終えようとした時イジメっ子の集団の中からひとりの大柄の男子が出てきた。大樹である。このクラスのリーダー格で身長がタカヒトより20センチ位高く体格もいい。今年のわんぱく子供相撲で優勝した彼の将来は「横綱か!」と大人に期待されている。西小の大樹といえばこの地域の小学校の男子で知らない子供はいない位だ。もちろんこのクラスはおろか学校の全児童の中で大樹に逆らう児童はいない。


 「せっかく用意したのに何すんだよ。元にもどせ!」


 「こんなことして何が楽しいの? 」


 実花が激しい口調で言った。クラス委員長をしている実花から見ても大樹の行動は目に余るものがあった。しかし大樹にはクラスの児童はおろか教師の五味までもが逆らえずにいる。そして今隆人に対するイジメも判っていた。正義感が強い実花は今のクラスの現状を黙ってはいられなかった。


 「隆人!これ気に入ってるよな?おまえのためにわざわざ用意したんだからな!」


 大樹は隆人に近づいて行くと見下しながら鼻息荒く言った。それは逆らったらただではすまさないぞ!と言わんばかりの表情だった。隆人は怯えながらも状況を変えたいと考えて声は小さいがなんとか拒否をしようと心に決めた。


 「あのね・・・大樹君・・・僕は・・・もう・・」


 隆人が意を決して言おうとすると大樹はそれらを一掃するように激しい口調で叫んだ。


 「おまえに決める権利なんかないんだよ!」


 クラスの空気は一瞬にして凍りついた。大樹の顔は恐ろしい表情をして隆人は蛇に睨まれた蛙のように身動きとれない。いや隆人だけではない。クラスにいたすべての児童の身体が凍りついていたのだ。ただひとりを除いては・・・。


 「いいかげんにしてよ!」


 花瓶を持った実花は隆人を守るように大樹と隆人の間に割って入った。隆人が精一杯の抵抗を見せたのだから実花も懸命になって大樹から隆人を守ろうとした。実花の行動にクラスの凍りついていた一部の女子達が声をあげて抵抗してきた。女子の小さな抵抗だったが大樹には不愉快である。いままですべてを思い通りにしてきた大樹にとって実花を中心とした女子の抵抗は彼の理性を失わせるのに十分だった。


 「うるせえ、歯向かうんじゃねえ!」


 実花の行動に顔を真っ赤にして怒り狂った大樹は実花から花瓶を取り上げるとそれを実花に投げつけた。「ゴッ!」と鈍い音がすると同時に実花はうずくまりそのままうつぶせに倒れると頭から流れた血が教室の床に広がった。児童達は何か起こったのか理解できずに静まった時間が流れたが次の瞬間その空間は悲鳴でいっぱいになった。


 「きゃあぁぁぁぁ~~~!!」


 実花の周りには女子児童が集まり意識もなく倒れている実花の名前を泣き叫びながら数名の女子児童が叫んでいた。悲鳴を聞きつけた五味先生が教室に走り入ってきた。五味先生の目に映ったのは床が血だらけになりその中心に意識のない実花が倒れていた姿だった。


 「どうしたの?実花ちゃん!しっかりして。何があったの?」


 五味先生は驚き慌てたがほかの教師達も駆けつけてきてすぐに救急車を呼び実花は病院へ運ばれていった。教室では大樹が泣きながら教師に説明していた。隆人が急に暴れて実花に花瓶を投げつけたと。もちろんそれが嘘だということはクラスのすべての児童は分かっていた。だが児童達は大樹に逆らい報復に遭うのが怖かった。大樹を恐れ顔が青ざめている子供、ショックと自己嫌悪で泣き止まない子供達。何もわからないでいる教師達は子供達をなだめながら下校させた。ただ独り隆人を残して・・・。


 「隆人くん!なんであんな事したの?」  


 五味先生の罵声が響く職員室で隆人は数人に教師に囲まれていた。どうやら大樹の思惑通りに隆人がやった事になっているらしい。何とか説明しようとするがしどろもどろの隆人の話など聞くわけもなく教師達は話合いをする。今後の自分達について。そこへ病院から電話を受けた教師のひとりが「白鳥実花の意識が戻らない」と蒼ざめた表情で言った。動揺する教師達の所へ校長室から校長先生がハンカチで顔の汗を拭いながらやってきた。校長先生は教師達からことの経緯を聞きだした。


 「まずいことになった。白鳥実花といえば父親は白鳥議員。PTAや教育委員会、マスコミが心配だ。あと一年で定年なのに・・・五味先生なんてことをしてくれたんだ!」 


 「申し訳ございません。申し訳ございません!校長先生」


 校長先生は声を荒げた。顔は赤くなり吹き出る汗をしきりに拭いているがハンカチはグッショリ濡れている。五味先生の顔は蒼ざめていて頭を下げ続けた。どんなに五味先生が頭を下げ続けても校長先生の怒りは収まらずその怒りは加速していった。 そこへ教頭が走って職員室に入ってきた。服装は乱れいかにも形振りかまわず来ましたと思わせんばかりの姿だ。この教頭は非常に頭が切れる男だ。無能な校長の推薦がないと自分が次期校長にはなれないと考えて校長に嫌々ながら従っている。


 「校長!PTAと教育委員会の根回しは済みました。マスコミも大丈夫です。

ただ、議員のほうは・・・」


 「おお、そうかね!さすがは教頭先生だ!」


 教頭の一言に校長は安心した。校長先生には教頭の魂胆などわかる訳もなく自分を助けてくれる優秀な人材だと思っていた。校長がただひとつの問題について対策を練っているとそのたったひとつの問題がやってきた。


 「これはどういうことだ、校長!何故、私の娘なんだ!」


 体格がよく背もスラッとしている男性が怒鳴り込んできた。高額なスーツを身にまとっているが顔はものすごい形相をしている。校長先生は濡れたハンカチで汗を拭いながら挨拶をする。この時の校長先生の頭の中では保身と言い逃れの言葉を探していた。


 「これは、白鳥先生・・・・ご足労願いました。」


 「御託はいい。理由を言え!」 


 白鳥議員は意気込んでいるのは無理もなかった。一人娘が怪我をした上、意識不明の状態で病院にいるのだから。校長先生は今回の事件についての首謀者と被害を受けた実花の事を白鳥議員に話した。白鳥議員は校長先生の話を聞きながらも近くに立っている首謀者の隆人を睨み続けていた。隆人が実花を傷つけたのではないが職員室の異様な空気に隆人は自分が実花を傷つけたような錯覚を起こしていった。校長先生の話が終わると白鳥議員は激怒した表情で隆人のもとへ近づいて睨みつけた。


 「貴様がうちの実花を・・・。校長!今回の件の対処はわかっているだろうな!」


 白鳥議員は顔を真っ赤にして隆人を睨み付けながら怒鳴り散らした。しかるべき処置を取ることを約束すると校長先生を始め、教頭やほかすべての教師達は白鳥議員に頭を下げ続けた。白鳥議員は隆人を再び睨み付けると職員室を出て行った。


 「これは困った。いや、もしもの事があれば私の職歴にキズが・・・

五味先生、ちゃんとしてくださいよ!」


 校長は教頭を連れて校長室に消えて行った。これからのマスコミなどの対応相談らしい。頭を下げ続けた五味先生は疲れ切った表情で椅子に転げ落ちるように座った。そして立ちすくんでいる隆人を睨みつけると職員室中に響くくらいの大きな声で叫びだした。


 「隆人くん!なんてことしてくれたの!先生に迷惑かけてそんなに楽しいの?・・・

もういいから早く帰りなさい。はやく、出てって・・・出て行け!!」


 ヒステリーを起こした五味先生の口調は次第に激しく厳しいなっていく。その後、頭を抱えて苦しそうな表情をする。五味先生を心配してほかの教師達も五味先生をかばいだした。この空間で憎しみや憤りの視線が一気に隆人を襲った。教師達の視線に居られなくなった隆人は後退りすると逃げるように職員室を出て行った。

 隆人は逃げるように職員室を出て行く。いや逃げるようではなく逃げたのだ。ただ怖かった。自分のせいにさせられたのも怖かったがそれ以上に実花の意識がないのに教師達は自分の保身ばかり考えていることが恐ろしかった。隆人には教師達が人間に見えなかった。


          人の形をした別の何かに見えていた・・・・。


 それがとても怖かった。走った。ただ走った。辺りはもう真っ暗で秋とはいえ夜は冷え込んでいる。寒空の中隆人はただ独り走っていた。汗だくになり足はもつれその場に倒れこんだ。涙と埃まみれの隆人の身体は冷え切ったアスファルトにより少しずつ体温を奪われていく。


 「もうどうでもいい・・・・・・」


 そんな思いが隆人の頭をよぎり冷え切ったアスファルトの上に寝そべっていると実花の顔が隆人の脳裏に入ってきた。


 「実花ちゃんのところ・・・会って謝まるんだ。」


 隆人はゆっくり立ち上がるとズボンの埃を払って涙を拭くと病院を目指した。時計はすでに九時をまわっていて病院に着いた時には白い巨大な建物は暗く静まり返っていた。その空間は異質で隆人は急に怖くなった。


 「なんか怖い。化けとか出てこないよね?もし出てきたらどうしよう?

でも実花ちゃん・・・。」


 そう自分の心に言い聞かせると隆人は少しずつ前に進んだ。病院の窓やドアはすべて閉じられていたがそこにひとりの職員らしき人物が出てきた。その人物はそのまま駐車場へ向かうと車のトランクを開けて何かを探していた。病院へ入るドアは開いている。隆人は辺りを注意しながらそのドアから病院内に入ることに成功した。しかし病院は広く実花がどこの病棟にいるか?何階にいるのかも分からなかった。


 「どうしよう・・・どこの病棟に実花ちゃんいるんだろ?」


 病棟内中を歩き回ったが実花のいる部屋は見つからない。隆人は歩き疲れてその場に座り込んでしまった。座り込んでいると隆人の方に向かってくるライトの光が見えた。どうやら巡回の看護士のようだ。


 「誰か来る!」


 そう思った隆人は近くにあった長椅子の下に潜り込んだ。ライトの光はどんどん近づいてきた。それはふたりの看護士で実花の容態について話をしていた。


 「実花ちゃんの容態はどうでしょう?」 


 「意識がないので何とも言えないけど心配だわ。身体はほとんど無傷なのにね。」


 ふたりの看護士は話をしながら隆人の前を通り過ぎていった。音を立てずに看護士が通り過ぎるのを待っていると思いもよらず実花の情報を得ることが出来た。


 「実花ちゃんはあっちだ!」


 そう思った隆人は長椅子から出て看護士の来た方へ向かった。【白鳥 実花】と書かれたネームプレートはすぐに見つかった。個室のようだが【面会謝絶】と書かれてある。隆人はノブを回すとドアをゆっくり開いた。ビニールのカーテンがベッドのまわりを覆っていてベッドの上には実花が寝ていた。実花の頭は包帯で巻かれ酸素マスクが取り付けられている。腕には点滴の注射針が刺さり青ざめた表情をした実花に意識はない。


 「・・・・・」 


 ただ人形のように横たわっている実花を見て言葉を失った。隆人はいろいろな想いを頭に巡らせながらこの場に辿りついた。謝罪の言葉もたくさん考えた。だが実花の姿を見て頭が真っ白になってしまった。恐怖に身体は震え後ずさりするとビニールカーテンが身体に巻きついた。


 「うわぁっ・・・・!」


 恐怖を振り払うようにビニールカーテンから離れるが立ち上がることが出来ない。震える手足を使い四つん這いの姿で這いずりながらドアノブにしがみつく。歯がカタカタと音が鳴り汗がダラダラと流れてくる。もう一度実花の姿を見る勇気はなかった。ベッドの上に寝ていたのは実花には見えなかった。ドアノブをまわし転がるように廊下に出た。心臓の鼓動音は激しく息切れもした。


 「ハァハァハァ・・・・苦しい・・・息が・・・出来ない・・・。」


 廊下の窓から外を見ると普段の光景が恐ろしいものに見えた。震える身体を抑えながら廊下を歩いていくと向かいの病棟にポツリポツリと明かりが見えた。巡回中の看護士が戻ってきた。目を大きく見開いた隆人は靴を脱いで靴下姿になると素早く廊下を走り階段を降りていった。


 「ゼェゼェゼェゼェ・・・・」


 隆人は無言のまま病院を出てきたが涙はずっと止まらなかった。外に出ると雨が降っていた。それは隆人の涙を隠すように降り続いた。秋の雨は次第に激しく降るとそのうち雨は季節外れの雪に変わった。隆人の身体は冷え切っていたがそれは身体だけではないようだ。


 「嫌だ・・・何でこんな辛い目ばかりに遭うんだ。苦しい事ばっかりじゃないか。

 生きていても何も良い事なんかないんだ。

 生きるのが辛い・・・もう嫌だ!苦しみだけの人生を生きていくのはもう・・・。」


 ただ一人雪の夜空を歩き続けた。気温はどんどん下がり辺りは白一色に染まっていた。気が付くと昔よく遊んでいた公園に辿り着いた。ブランコにすべり台、砂場が妙に懐かしかった。


 「ここでよく遊んだっけ。あの頃は楽しかったなぁ~・・・なんでこんな事になっちゃったんだろう?」


 ここは昼間では子供達でにぎわう公園だが雪の降る真夜中の公園には誰もいるわけはなかった。公園の中央には人工的に作られた小さな丘があった。その中にはコンクリート管が埋められてトンネルのように子供達が行き来できるようになっている。隆人は土管の中に入り込んで座った。そんな悲しみと絶望だけが支配した空間に一匹の子犬が紛れ込んできた。


 「おまえも独り?」


 子犬は寄り添うように隆人の傍らに来た。抱きかかえた子犬をよく見ると子犬の身体は痩せ細りたくさんのキズ跡がある。その姿を見たときに隆人は子犬に自分の姿を見た。

 

「おまえも僕と一緒なんだ。だったらずっと一緒にいる?僕なんだか眠くなって・・・」


 何時間位そのコンクリート管の中にいたのだろうか?タカヒトは子犬を抱きしめたままずっと座り込んでいた。


 「お~い、タカヒトぉ~」


 「どこにいったんだ?そっちはいたか?」


 「いや、こっちにはいない!どこにいったんだ!」


 しばらくすると遠くのほうから呼び声が聞こえた。隆人が帰って来ないことを心配した母親が近所の人達の助けを借りて捜索をお願いしていたのだ。たくさんの人達の隆人を呼ぶ声が聞こえてきた。しかし隆人にはその声は聞こえないようだ。子犬も隆人の頬を舐めているが何の反応も無かった・・・。


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