地獄道の東にある小さな国で
「やめなされ!あの鬼には誰も勝てない。あの鬼王の言う事を聞いていれば村は救われる。」
村長が頭を下げながらジェイドの手を握り絞めた。地獄道の東にある小国デザイアは溶岩に覆われ、火山灰の大地からは何も実らない。熱せられた環境に適応できる魔物も少なく、細々と弱小魔物が生活していた。その小国で僻地にあるこの村では村民が生きる為にある犠牲を強いられていた。村に住む若い娘をデザイア国王に献上することである。
「やめれくだされ。たしかにあんたは強いのかもしれん。しかし鬼王には決して勝てぬ。反乱が起きたと鬼王に判断されれば、ワシら皆、殺されてしまう。」
「自分達の命が助かれば、娘達はどうなってもいいのか?」
「それは・・・・それしかないんだ。生き残るにはそれしかないのだ!」
「これは俺、個人のことだ。お前たちには関係がない。」
ジェイドはひとりデザイア国王の城へと歩いていく。長い道を歩いていくとマグマが流れる川が見え、その先にひと際目立つ城がそびえたっていた。マグマの堀に囲まれた城へは容易に侵入することは出来ないが、ジェイドはマテリアルフォースを開放するとフワリと身体が浮き上がり難なく中へ入り込むことができた。屈強な鬼達にすぐに囲まれたジェイドはユラのことを尋ねた。
「何を言っているのか、わからんがここはデザイア様の屋敷だ。貴様の言い分など通るわけがないだろう。大人しく我らに殺されるがいい。」
「拒否する・・・力ずくで聞き出すことにした。」
ジェイドの言葉に鬼達はゲラゲラ笑い出した。丸太のように太い脚に岩石すら粉々に砕く腕を持つ鬼達にしてみれば、押せば飛んでいきそうな、か細い体格を持つジェイドの口から出てきた言葉があまりにも現実離れしていたからだ。
「ガッ、ハハハ、久しぶりに笑えた。貴様の冗談に免じて許してやろう。さっさと出て行くが・・・・ゴエッ!」
一匹の鬼が首を押さえ苦しみ出すと両膝をつき悶え始めた。動揺する鬼達も息苦しさを覚えると皆が悶絶していく。ジェイドが差し出した手を引くと鬼達は苦しみからは解放されたがその身に恐怖という感情を植えつけられた。逃げるように離れていく鬼達を無視するとジェイドは城の中へと向う。
「貴様、このワシを誰だと思っておる?」
「別に誰でもいい・・・ユラという名の女を捜している。」
「聞こえんなぁ~・・・これらは皆、ワシへの献上品である。貴様にくれてやるものなどひとつもないわい!」
鬼の棟梁であるデザイア国王は王座から立ちあがると巨大な斧をジェイドに振り下ろした。床を斬裂いた破壊力は恐ろしく王座の脇にいた献上品の女達は震え上がっていく。ニヤリと笑みを浮かべたデザイア国王は二度三度と斧を振り回すと壁や床と破壊していく。それでもジェイドに当たることはなく、息を切らせたデザイア国王は最後の手段をとる。
「逃げ足だけは速い。ワシの一振りを避ける度に献上品をひとりずつ斬殺してくれる。」
デザイア国王は王座の脇にいる献上品の女をひとりその左手で握るとジェイドに迫っていく。悲鳴をあげる女の姿にジェイドの右の瞳は赤く左の瞳は冷酷な青色をしていた。巨大な斧がジェイドの頭上に降ろされると悲鳴が上がったが、デザイア国王の額からは汗が流れていた。
「貴様・・・一体、何者だ?」
ジェイドの左手には振り下ろされた斧の刃が握られて、その刃先は次第に凍りづいていくとデザイア国王は斧を手放した。ジェイドは凍った斧を床に投げると粉々に砕け散った。恐怖に怯えたデザイア国王は握っていた女を盾にするようにジェイドに向けるとジェイドの身体から蒼色と青色の輝きが放たれる。ジェイドの背後にはデザイア国王を見下ろす巨大すぎる蒼龍が現れた。恐怖に支配されたデザイア国王は女を離すと床に尻餅をつき、歯をガクガクとさせた。蒼龍の顎が開かれるとデザイア国王の眼に恐ろしい牙が映る。
「たっ、助けてくれ・・・欲しいものはなんでもやる。だっ、だから命だけは!」
「ユラはどこにいる?」
「それはわからん・・・でっ、でも必ず捜すから助けてくれ!」
タメ息をついたジェイドが蒼龍を見つめるとその顎がゆっくりと閉じていく。悲鳴をあげるデザイア国王は逃げることも出来ずに涙を流していると蒼龍の顎がデザイア国王の皮膚に突き刺さる寸前で止まった。献上品の女の中から見覚えのある女が蒼龍の瞳に映ったのだ。
「・・・ユラ。」
「ジェイド・・・」
愛らしく笑顔を見せるユラに蒼龍は姿を消すとデザイア国王は震える身体を抑えられなかった。ジェイドはゆっくり歩み寄るとユラをジッと見つめる。マジマジと見つめるジェイドにユラはクスッと笑った。
「フフ、おばけじゃないわよ。」
「夢じゃない・・・んだな?」
右手でそっとジェイドの頬に触れてユラの瞳からは涙が流れた。ユラの身体を抱き寄せたジェイドはギュッと抱きしめた。
「やっと・・・やり直せる。あの頃の続きを・・・」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ところで・・・あのぉ~、ジェイド国王様。」
王座に座ったジェイドの前にデザイア元国王と鬼達が平伏していた。デザイア国からジェイド国と名を勝手に変えたデザイア元国王はその旨をジェイドに伝えた。
「俺はユラを捜していただけ。用が済めばここにいる意味はない。」
「でっ、では私がこの城主でも宜しいのですか?」
「却下!おまえが城主だと何も変わらない。」
ガクッと肩を落としたデザイア元国王にジェイドはひとつ提案した。この城付近はこの地では珍しく草木が実る土があった。この広い土地に周辺に住む者達を呼び集め、巨大な要塞都市を建設すると言った。その計画が面白くないデザイア元国王は渋るように言った。
「お言葉ですが国王様、この地はマグマの川に取り囲まれております。民を集めるのはあまりにも危険かと思われます。」
「・・・問題はない。」
ジェイドから蒼色と青色の輝きが放たれると蒼龍が姿を現した。デザイア元国王は頭を押さえながら怯えているが蒼龍は上空へと飛び去っていく。蒼龍の眼下には煮えたぎるマグマの川が流れているが顎を開くと蒼い波動が撃ち込まれた。それはマグマを凍りつかせ城を取り囲んでいたマグマは完全に消滅した。更に蒼龍から青い波動が放たれるとマグマの川に水がにじんで清流の川が流れていく。
「これでマグマの危険は去った。ほかに異論はあるか、デザイア?」
「・・・・ございません。」
「都市が完全に機能するまでお前にも働いてもらう。国王に返り咲くのはそれからでも遅くはないだろ。」
ジェイドの言葉に涙を溜めたデザイア元国王は頭を下げ、すべてを受け入れた。ジェイドの計画通り、周辺に住む住民達を呼び集めると要塞都市の建設が始まった。最初はギクシャクしたこともあったがそれらも次第になくなり、今では誰もが笑顔で仕事をこなしている。
半年した頃、ジェイドは国王の座を降りて約束通り、デザイアに国王の座を譲った。以前とは全く変わったデザイア国王は民の為に懸命に働いた。それはジェイドが国王の座を降りる際に言った言葉がある。
「姿は見えずとも蒼龍の顎は開かれ、牙は今だ、お前の目の映るところにある。言っている意味はわかるな?」
その言葉を信じているのかはわからないがそれでもデザイア国王の懸命に働く姿を見ていると理由はそれだけではないようだ。王座を降りたジェイドはユラの姿を見つけると歩み寄っていく。ユラは植物の研究を行って今回は果物の生長について取り組んでいた。
「ユラ、研究が落ち着いたら逢わせたい人がいるんだ。」
「いいわよ。どんな人?」
「俺の・・・俺とてんとの恩師だ。」
「天道の徳寿様?」
「逢ったことがあるのか?」
「ううん・・・てんとに教えてもらったの。」
「そうか・・・」
「三人で逢いに行ったら徳寿様、驚くでしょうね。」
「三人?・・・!」
笑顔のユラはお腹を擦る仕草を見せるとジェイドはゆっくりと膝をつき、そのお腹に耳を押し付けた。そこには小さな鼓動が力強く音をたてているように聞こえた。