剣術家族
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ・・・」
仕込み刀を地面に刺し、もたれかかるように体力の回復を待つビックママ。タカヒトに一撃も浴びせることできず、距離をとると様子を伺う。タカヒトに動きはなく、表情だけは曇っていた。
「お疲れのご様子ですね、ビックママ。」
「ピサロ!・・・様。」
ビックママとタカヒトの間に現れた者は紛れもなくピサロその人であった。しかし実在しているのではなく、映像だけが映しだされている。そのピサロが指をパチンと鳴らすと空間が歪み、ビックボスとドレイクが現れた。驚いているドレイクはタカヒトに言った。
「おい、どういうことだ?ピサロの仕業か!」
「ホッ、ホホホ、玄武のドレイクに朱雀・・・鳳凰も一緒かしら?タカヒトさん。」
「・・・・」
「ご想像の通り、ここは私が創った空間。ビックボスさん達には良い仕掛け材料になっていただきました。」
「どういうことじゃ?」
「ホッ、ホホホ。あなた方、もしかして四神に勝てると本当に思っていたのですか?だとしたら滑稽ですわね。あなた方は朱雀のタカヒトをここに誘き寄せる餌に過ぎないのですよ。もっとも玄武のドレイクまで引っ掛かるとは運が良い。」
「私達との約束は?」
「約束・・・・ええ、ご子息の病のことですね?心配なさらないで。」
そう言うと空間におぞましい魔物が出現した。魔物というにはあまりにもグロすぎたがタカヒトにはそれに見覚えがあった。それはビックママとの生活で知り合い、仲良くなったアンノウンだった。
「ご子息がこのような姿になり、本当に忍びないことですわね。薬の件ですがそのようなものは開発しておりません。」
「なんじゃと!・・・どういうことじゃ。」
「どうもこうもご子息をそのような姿にしたのは私自身なのですから、治すことなどできませんよ。」
ピサロの言葉からすべてを悟ったビックママは不可解な過去のパズルを繋ぎ合わせていく。それは息子が剣術を学び始めた頃、ピサロからハルワタート家に伝わる宝刀を授かった。その宝刀を手にしてから息子の身体に異変が起きた。当時は流行病と診断されたが今に思えば、その医者はピサロ直属の配下であった。白く細かった息子の身体はゴツゴツした岩のような皮膚に腫れあがり、身動きの取れにくい身体へと変化した。
「あなた方は最後まで私に忠義を誓いませんでした。当時の私にとってあなた方はとても脅威でしたわ。最強剣士であるケインを育てた方々なのですからね。保険が必要だったのよ。
ですが、今の私には必要のない保険・・・せめて四神と共に死んでくだされば、私としては保険をかけておいた甲斐があると思えるのよね。」
ビックママは立ちあがると斬撃を放った。しかし映像だけのピサロに当たるわけもなく、高笑いしているピサロがそこにいた。
「遊びもこれまでにいたしましょう。すべては私の思い描いた通りに進んでいます。私は小説家になったのですよ。そして私の描いた世界であなた方の役目は終了しました。消えてください。楽しかった思い出にさようなら。」
ピサロが姿を消すと空間が歪み、縮んでいく。ピサロによって創られたこの空間自体が消えてしまうということだ。ドレイクは入ってきたドアを捜すがもちろんそんなものなど残っているわけがない。
「くそったれ!ジェイドかアレスがいたらなんとかなったんだがな。」
「ビックママ、ゴメンね。僕、知っていたら・・・。」
「・・・・」
「ええんじゃ、タカヒト・・・それより済まなかったの。お主達を巻き込んでしもうた。ワシらはの、息子が可愛かった。こんな姿になっても治ると信じておった・・・浅はかであった。」
ビックボスはアンノウンの隣に座り込んでいるビックママの肩に手を置いた。うなだれているビックママにタカヒトはなにも言葉をかけることが出来なかった。そこには勝ち誇ったビックママは居らず、すべてを失った女性がいるだけだった。
「逃げ場がないぜ!さすがに今回はヤバイかもしれねぇ!」
ドレイクは辺りを見渡したが突破口を見出せていなかった。空間は歪みながら縮み、すぐそこにまで迫っていた。
「ドレイク。お主の太刀筋は悪くないが、不完全じゃ。」
「はん?ジジイ、こんな事態でなに言ってんだ?ボケたのか?」
「口の減らん奴じゃ。ケインも酷かったが、お主はその上をいくわい。じゃが、お主なら我が陰陽活殺術最終奥義を会得できるやもしれん。」
「ケッ!そんなもんなくても俺は強いんだよ!」
「最後じゃ・・・ワシがお主に教える最後の奥義じゃ。」
「ジジイ・・・」
ビックボスは二本の小太刀を頭上にあげると波動力を高めていく。その神々しい輝きはドレイクのそれに匹敵していた。ビックボスの隣にビックママが並ぶと仕込み刀をやはり頭上にあげた。ビックボスと同じ輝きを放つビックママ。
「なんじゃ、同じ考えか?」
「せめてタカヒトだけは帰してやりたいからね。」
「そうじゃの・・・では、参るぞ!陰陽活殺術最終奥義 天照大神!」
神々しい光の一閃が歪んでいる空間を斬り裂いた。その先には別の世界が見えているが次第にそれが狭まっていく。仕込み刀を鞘におさめたビックママはタカヒトに語りかけた。
「さあ、お行き・・・」
「ママは?」
「私達はここに残る・・・これを報いよ。これまで多くの者達を殺めてきた。息子を助けたいからと言ってほかの誰かを殺めることなど許されない。」
「・・・・ママ・・・」
「フフフ、そう呼ばれるのは息子以来かしら・・・嬉しいわ。さあ、早く行きなさい。あなたにはまだやるべきことが残っているはず!」
ビックママはタカヒトの頭を撫でると背中を押した。タカヒトが振り返るとそこには優しい母の姿があった。
「ドレイクや、しかと授けたぞい。」
「ああ、たしかに受け取った。必ず会得してみせる!」
「最後の弟子・・・そう呼んでもよいか?」
「いいぜ、ジジイ。」
「本当に口の減らん奴じゃ!はよ、行け。」
「ああ、行ってくる。ジジイも身体には気をつけろよ。」
「ジジイではないわ!師匠と呼べ!師匠と!」
ビックボスに手を振るとドレイクはタカヒトに歩み寄っていく。タカヒトから神々しい輝きが放たれると朱雀が現れた。その朱雀にタカヒトとドレイクは乗ると炎の翼を広げ、歪んだ空間の亀裂へと羽ばたいていった。
「行ってしまったの・・・さて、久しぶりに家族団らんじゃな。」
「久しぶり?この間まで一緒だったじゃないか?ボケたのかい?」
「ボケとらんわい!まったく、口の減らん女房じゃわい!」
「アラ、この子笑っているわよ。どうしたのかしら?」
「嬉しいんじゃろ。久しぶりに笑顔が溢れた家族団らんじゃしな。」
「そうね・・・今、思えば幸せな日々だったわ。」
ビックボスとビックママ、アンノウンに笑顔が戻っていた。歪んだ空間の亀裂から抜け出たタカヒトは振り替えるとそこには楽しく笑う家族の姿があった。