研究者の願い
死臭の漂う空間で天井からは滴がピシャンピシャンと落ちてくる。その音だけが静けさの中でひときわ目立っていた。先に動いた者は研究者達だった。勢い増して飛びかかるとアリシアに喰らいつくがスミレ色の球体に阻まれてアリシアへのダメージは与えられない。睨みつけたアリシアは冷静な口調で言った。
「始末する相手を間違えてはいないかしら?スマイルシステムで脳みそも腐りやがったか、このうすらバカどもめ!」
スミレ色に輝いたアリシアは球体を一回り大きくすると喰らいついた研究者達は衝撃により床や鉄壁に叩きつけられた。それでも立ちあがると再び喰らいついていく。
「どうしたのかしら?」
「気を抜くな!味方ってわけじゃないぜ。」
研究者達の突然の行動に戸惑いを隠せないリナとミカだが、警戒だけは怠らないようにとドレイクから激がとんだ。しかしそのドレイクですら困惑は隠せない。スミレ色の球体を研究者達が噛み付き、斬り裂いていくとアリシアは防戦一方となっていく。
「あっ・・・」
それは一瞬のことだった。スミレ色の球体が一部裂け、そこに鋭い爪がアリシアの服を斬り裂いた。球体を解き、逃げるようにアリシアは研究者達から距離をとる。破れた布をただ呆然と見つめているアリシア。そのアリシアを取り囲むように配置する研究者達。
「よっ、よくもピサロ様より頂いた大切な生地を・・・殺してやる!」
スミレ色の衝撃が部屋中を覆うように見えた次の瞬間、ドレイクはハンマーで頭を打ち抜かれるほどの激しい頭痛を感じた。それはリナ、ミカだけではなく、研究者達も同様であった。
「くそ・・・なんなんだ、コレは!」
「痛い・・・うぅ~・・・頭が痛いよぉ~。」
「うるさいわね、アレス!アンタだけじゃ・・・・痛い・・痛すぎる!」
床を転がりまわるアレスとリディーネ。立ちあがることもままならないドレイクは斬神刀を手放した。ミカにはこの激しい頭痛に憶えがある。それは以前、アリシアとの戦いの際、やはりハープを壊したことにより激怒したアリシアが我を忘れ、周囲を包み込むほど大きく巨大な球体を創り出した瞬間、ミカ達は急激な頭痛に襲われた。
「このままだと・・・最大理力エラト・アグライア」
桜色に輝いたミカは巨大な桜の葉で覆うとそれはアリシアの創りし球体と拮抗していく。激しい頭痛から開放されたドレイク達は立ちあがると周囲を見渡した。そこには気が狂ったようなアリシアと激しい頭痛で動く事もままならない研究者達がいた。
「助かったぜ、ミカ。」
「本当、ミカがいなかったら覚悟を決めていたかもしれないわね。」
「状況は変わっていないけどね。」
「まずは戦況を見守る事にしょう。あの発狂もいずれ止むだろう。気になることは何故、研究者達が俺達じゃなくて、アリシアに攻撃を仕掛けたのかだが・・・」
「私、思うんだけど、もしかしたら研究者としての意識が残っているんじゃないかなって・・・」
「たしかにそうかもしれねえ。昨日の敵は今日の友っていうしな。」
「昨日っていうよりはさっきまで敵だったかしら。」
「よし、んじゃあ、いっちょ、やったるか!抜刀術奥義 丁の型、岩動斬!」
斬神刀からほとばしる斬撃は床を剥がし破壊しながらアリシアに飛ばされた。だがアリシアの球体に阻まれ、反発して跳ね返ってきた斬撃。
「おし!バッチリ読みどおりだぜ。抜刀術奥義 辛の型、流受刀!」
腰を落としたドレイクは跳ね返ってきた斬撃を斬神刀で受け流すとクルリと身体を回転させてアリシアの方向に跳ね返した。威力を増した斬撃が再びアリシアに向うと球体を粉々に粉砕した。斬撃と球体が消滅するとアリシアは我を取り戻したように冷静な表情を作った。
「私としたことが・・・また、やってしまいましたわ。アラ?あなた方は無事のようですわね。どうしてかしら?私に襲いかかってきたこの不届き者達は瀕死なのにね。」
そう言うとアリシアはピクピクして動かない教授達を蹴飛ばし、踏みつけた。一体は頭を潰され、一体は首をへし折られた。さらにもう一体は胸部を踏みつけられて悶絶死した。
「残りは教授だけかしら。こいつももう用なし。」
「ちょっと、待って!仲間じゃないの?なんでそんなことするの?」
「ホッ、ホホホ!こんなものは人形に過ぎないわ・・・仲間?この私と対等なわけがないでしょう。そんな言葉を聞くだけでも汚らわしいわ。」
アリシアは教授の脚を踏みつけると悲鳴をあげ始めた。その悲鳴を聞きながら快くしたアリシアはそのまま、脚を踏みつけへし折った。
「最悪な女だぜ・・・んっ?どうした、ミカ?」
「ミカ?」
「許せない・・・・絶対に許さない!」
ミカから激しい怒りが表現されると桜色の輝きに神々しさが増していく。その変化にリナとドレイクは驚くが肝心のミカは気付いていない。すでに最大理力エラト・アグライアを解き、無防備になっているミカにアリシアは音符を放った。強烈な破壊力を持つ小さな音符であったが、ミカに直撃することもなく消滅していく。これにはアリシアも驚いた。烈火の如く激しい怒りのミカはゆっくりアリシアに近づいていく。
「十六善神のしかも四天王である私に対等な立場で近づいてくるとは・・・調教が必要のようね。いいでしょう、我が最大の技で葬ってさしあげましょう。メロディー、リズム、ハーモニー・・・・菫玉極限闘気 ヘブン・オーケストラ!」
流星の如く散ばった音符が竜巻のようなものに巻き込まれた。竜巻のような渦により回転速度と圧縮力を増した音符は彗星に姿を変え、ミカに放たれた。
「絶対に許さないって言ったでしょ!桜玉極限理力 オーロラ・ホワイト・ブレス!」
白いモヤのようなカーテンが舞い降りてくると音符の彗星が包まれていく。それが消滅するとアリシアが悶え始めた。
「痛い、痛い、痛い!助けて、痛い!」
アリシアは顔を手でおさえ、叫びながら部屋を去った。ミカから桜色の輝きが消えると倒れて動かなくなった教授のもとへと歩いていく。倒れている教授の前に膝をつけると涙を流した。
「ごめんなさい。もう少し早ければ・・・」
「おっ、譲さんが謝ることではない。」
「えっ!意識がある?」
「さっきの光、あの温かいが光が私を救ってくれた・・・いままでも意識はあった。傷つけてすまなかったな。私達はこんなことをする為に研究をしていたのではない。それだけは本当なんだ。」
「うん、資料読ませてもらったからわかるよ。」
「ありがとう。誰かを傷つけるのではなく、誰かの笑顔を見たい。そんな研究のはずだった。ハッ、ハハ、どこかで道を外してしまったようだ・・・ガフッ!」
「おじさん!」
「グッ!・・・どうやら、時間が来たようだ・・・私達を許してくれ。私達、研究者は本当に幸せだけを望んでいた。結果的には間違った方向に進んでしまった。それでも私達は・・・ゴフッ、ゴフッ!」
「もうわかったよ。嘘だなんて思ってないし、信じてるよ。おじさん達は皆の笑顔の為に頑張ったんだよね?」
「ありがとう・・・もし生まれ変わるなら・・・また・・・」
閉じた教授の目が開くことはなかった。頬に涙跡を残すミカの肩にリナは手を添えた。ミカは立ちあがるとドレイクとリナと共に部屋を後にする。息絶えた教授の隣にはアルファGの小瓶が置かれていた。