天道最高機密機関
「なかなかの太刀筋であったぞ、タカヒト。」
「本当!」
「うむ、剣術の基本は流れを読むことにある。気の流れ、剣の流れ、力の流れ・・・それらの流れを肌で感じ取る。お主は荒削りではあったが見事、我が陰陽活殺術を会得した。どれ少し休憩でもするかの。」
ビックボスは剣を鞘に収めるとタカヒトに歩み寄っていく。最初は毛嫌いしていたビックボスだったがタカヒトの素直すぎる態度に気持ちが変わってしまい、今では剣術を教える間柄となっていた。剣術の鍛錬を終えて、タカヒトとビックボスはビックママが用意したお茶を口にした。
「それにしてもお主と同じような太刀筋をした男に会ったことがある。短期間のうちにふたりの才能に巡り会うとは・・・これも我が陰陽活殺術を世に広めよとの神のお告げかもしれんな。」
「えっ、なにか言った?」
「・・・お主、師匠に対してその口のきき方はあるまいて。」
「ねえ、そのお菓子食べてもいい?」
「・・・・」
アンノウンと三匹の神獣達は庭で遊んでビックママは難しい顔をしながら何かを読んでいる。老眼鏡を外し、ビックママは神妙な面持ちで言った。
「ピサロから手紙が来たわ。近日中に天道最高機密機関での極秘会議が行われるから出席しろとの話よ。」
「天道最高機密機関じゃと?面倒なことになりそうじゃわい。徳寿に・・・レインも動きも掴めておらん今、何を話し合うというのじゃ。してタカヒトはどうするのじゃ?」
「タカヒトには出て行ってもらうわ。」
「えっ!・・・なんで?」
「これ以上、タダ飯喰らいを養っておけるほど裕福ではないのよ。それに行くべき場所があるでしょ?」
「奴隷は終わりなの?」
「あんた、自分が奴隷だなんてこれっぽっちも思ってないでしょ!いいから行きなさい。ここより数里ほど南に行った場所に朱雀を祭る神殿があるわ。」
「・・・・わかった。」
次の日、タカヒトは朱雀を祭るといわれる神殿に向った。ビックママは姿を見せず、ビックボスとアンノウンだけが見送ってくれた。
「気をつけていくのじゃぞ。」
「うん・・・」
ビックボスとアンノウンとの別れを済ましたものの、なんとなく後ろ髪ひかれる想いのタカヒトは三匹の神獣と共に神殿を目指して歩いていく。タカヒトの姿が見えなくなった頃、ビックママが姿を現した。
「別れを告げずによかったのか?」
「情がうつっては戦いに支障をきたす。私達にもなすべきことがあるのだから。」
「そうじゃったな。」
これより先、ビックボス達はアンノウンを残し、ピサロが最高責任者を勤める天道最高機密機関にて行われる極秘会議に参加した。天道最高機密機関といっても徳寿不在の為、現在ではピサロの独壇場といっていい。そこにはピサロにアリシアが寄り添うように座っていた。
「夫妻揃っての参加、恐れ入りますわね。」
「揃って来るように手紙には書いてあったわ。ところで薬の開発は順調に進んでいるんでしょうね?」
「ええ、ビックママ。開発にはこの私も関わっております。すでに臨床実験も終了して投与可能になっております。」
「すぐに投与してちょうだい!」
「いいえ、しばらくは様子を見させてほしいわ。私の知らないところで四神に協力している者達がいると聞きました。その者達の動向をしっかりと見極めた上で・・・あっ、いいえ、いいえ。おふたりを疑っているわけではありませんよ。実際、その者達が誰なのか?私にはわかりかねますので。」
「・・・・・」
「それにしても神も仏もありませんこと。たった独りのご子息をあのような姿にしてしまう病気がこの天道界にあろうとは・・・しかし安心してください。薬はすでに完成してますから。」
「本題に入らせてもらおうかの。」
「ええ、そうですね。実は不穏な動きを察知しました。
徳寿とレインについてです。」
ピサロはビックボスとビックママに座るように促した。そして徳寿とレインの所在について細かい情報を伝えた上で彼らの抹殺を指示した。その頃、神殿を目指して歩いていたタカヒトは急に寂しい想いに陥ってしまった。その表情を心配そうにリッパーが見つめていた。
「大丈夫だよ・・・ビックママ達がいなくなって少し寂しかっただけだから。僕には皆がいる。独りじゃない。だから大丈夫。よし、みんなで競争だ!」
タカヒトはリッパーの背に乗ると一気に駆け始めた。上空を飛行しているインフェルノもパラディーゾも追いかけてくる。何も考えず、ただ駆けていくことで哀しさを忘れようと必死になるタカヒトは風を浴びながら神殿へと向かう。ビックママに言われたとおりに神殿へ向っていくが次第に険しい道のりになっていく。斜面を歩いていくにつれて標高が高くなり空気が薄くなるような感覚に襲われていく。草や木々もなくなり、ゴツゴツした岩場が目立つ。空気が真っ赤に歪んで見えるとマグマが流れ固まった塊が増えてきた。
「熱い・・・火山でも近くにあるのかな?」
額の汗を拭い、極度の疲労に襲われたタカヒトは岩場に座り込んでしまった。空気も薄く、さらに熱気がタカヒトの体力を奪い去っていく。ビックママに用意してもらった水筒を手にとるとゴクゴクと飲んだ。カバンから固形食料を取り出すとリッパー達に与え、タカヒトもそれを口に入れた。パサパサと味気ないものだったが、栄養価が高かったらしくすぐに元気を取り戻した。
「さて、行こうか!」
立ちあがるとタカヒトは再び歩き始めた。それからどれくらい経っただろうか・・・タカヒトの目前に大きな二匹の鳳凰と一匹の朱雀の銅像が左右に設置されていた。
「こんな大きな像・・・誰が造ったんだろうね・・・」
呆気に取られているタカヒトはリッパーに促され、神殿内へと歩を進める。ここで不思議な出来事をタカヒトは体験することになる。神殿周囲はマグマが流れるがそれらは神殿を避けるように流れている。しかも内部に入ったとたん、熱気をまるで感じなくなった。一番不思議に感じたのは三匹の神獣達である。さきほどまで元気に飛びまわっていた神獣達が神殿内に入ると入口付近に留まり動こうとしなかったのである。それはタカヒトの呼びかけにも反応しないほどであった。
「どうしたんだろう・・・僕だけが先に行けばいいのかな?」
オドオドと挙動不審者のような動きをしながらタカヒトは先を進んでいく。巨大な円柱がいくつか立ち並び、周囲を見渡せるように配置されている。ただ一部分だけ薄暗く現在のタカヒトがいる位置からはなにも見えない場所があった。しかしタカヒトにはそこに独りで入る勇気がまったくない。
「リッパー達も来てくれたらいいのに・・・
やだなぁ~・・・入りたくないなぁ~。」
ブツブツ言いながらタカヒトは一歩、一歩そこに近づいていく。ジワリジワリと近づいてくる薄暗い場所はまるでタカヒトを飲み込むかのようにも見える。進んでは立ちすくみ、進んでは立ちすくみといったことを繰り返していくうちにタカヒトの顔は次第に蒼ざめていく。
(なにをしておる・・・早く進まぬか!)(朱雀)
朱雀の声が聞こえるとタカヒトはホッとした表情をした。しかしこの表情が朱雀の怒りを買ったことはいうまでもない。
(貴様、独りではなにも出来ぬか!愚か者めが!)(朱雀)
「ごめんなさい。」
(フン、情けない奴め!
ワシの所有者でなければ、貴様など焼き殺してくれるものを!)(朱雀)
「・・・・」
(先を急がぬか!)(朱雀)
「えっ・・・中に入らないとダメ?」
(・・・この場で殺すか。)(朱雀)
朱雀の低い声に蒼ざめたタカヒトは急いで薄暗い場所へ走った。先ほどまでは恐くてしょうがなかったこの薄暗い場所も入ってみれば案外なんということもなく、タカヒトは辺りを見渡している。するとタカヒトの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
(タカヒト・・・)
「えっ・・・・セシル?」