静かな森の別荘にて
タカヒトとミカそれにてんとの三人はキングダムシティに程近いスイートレイクと呼ばれる別荘地に来ていた。キングダムシティは天道でも一握りの高級官僚らが住む一等地でもある。そんな彼らは天使の最高位のひとつであるセラフィムと呼ばれていた。そのセラフィムがステイタスとして欲しているひとつにこのスイートレイク地での別荘の所有があった。
「凄いね・・・なんかセレブってカンジがする。」
「ミカちゃん、セレブってなに?」
「えっと名士とか有名人・・・まあお金持ちってことかな。」
「ふぅ~ん・・・じゃあ、とくべえさんはお金持ちなんだ。」
「着いたぞ。」
てんとの目の前にはほかの別荘とはあきらかに違う巨大な建物がそびえたっていた。スイートレイクを一望できるその別荘にタカヒトは開いた口が塞がらない。しかし徳寿の別荘には天道兵が数名配置されて中に入ることはできそうもなかった。するとてんとはふたりを連れて裏口へとまわった。
「昔、徳寿様に聞いたことがある。たしかこの辺りに・・・」
てんとは周囲を見渡すと錆びた焼却炉を見つけた。タカヒトは焼却炉の扉を開けると中は石炭が詰まって、それを取り除くと奥に小さな扉があった。タカヒトもミカも後を追って入っていくと台所らしき部屋に出てきた。タカヒトとミカは煤塗れの顔で外にいる天道兵士達に気付かれないように部屋を捜索するがすでに天道軍により捜索されたらしく物色された跡が残っている。
「どこも捜索済みみたい。」
「徳寿様はこうなることをすでに承知しておられたはず・・・
どこかにあるはずだ。」
「何が?」
「メッセージだ。」
どこかにあるメッセージを探すとてんとは言っているがタカヒトにはどこにもないような気がしていた。台所でなにげなく棚にもたれかかった瞬間、棚の中に整理されてあった皿が床に落ちて割れてしまった。
「なにやってるの、タカちゃん!」
「ゴッ、ゴメンなさい。この皿って高価なもの?」
「それどころではないぞ。天道兵士に気付かれた!」
台所にあったテーブルの下に隠れるとすぐに天道兵士達がやってきた。割れた皿を見つけると周囲を警戒するように指示している。
「隊長、どこにも不審者はおりません。」
「うぬ・・・しかし皿が自然に落ちることなどありえん。不審者を・・・んっ?」
隊長が声を止めた。気付かれたと感じたてんとが飛び出そうとしたがその瞬間、猫の鳴き声が聞こえた。隊長が台所の窓に視線を向けると猫が隊長を見ていた。
「猫とは・・・窓はしっかり閉めておけよ。」
不要な戦闘を回避したてんと達はテーブルから出るとホッと胸をおろした。
「なんとか気付かれずにすんだね。タカちゃん、気をつけてよね・・・んっ?どうしたの?」
「床に落ちたあの皿の破片・・・なんか揺れてない?」
タカヒトが指さした先にはたしかに皿が揺れていた。いや、揺れているというよりは振動により震えていたと言ったほうが正解かもしれない。てんとが床を観察すると一枚だけ床板が取れるようになっていた。それを取り除くといくつもの紙を丸めた束と共鳴石があった。
「共鳴石・・・そうか!」
共鳴石は他の共鳴石が近づくと振動を起こす。それを利用して徳寿は床下に隠しておいたようだ。丸められた紙を開くとアルカディア人の歴史が書かれた古文書だった。てんと達はそれを持ち三階へと移動する。三階の窓から外を眺めるとさすがにキングダムシティが近いだけあって兵士達の数も多い。天道兵の逆手を取ってこの別荘で徳寿からのメッセージを確認することにした。
「ねえ、てんと。それって徳寿さんの手紙?」
「いや、これは古文書・・・アルカディア人の歴史書だ。」
「アルカディア人?」
てんとは古文書をもとに説明を始めた。天道を創りあげた創設者達はアルカディア人と呼ばれる高度な文明を誇っていた人種である。彼らは数々の研究を行いそれら研究の結果、怪我や病気などは一切受け付けない細胞を持ち自己復元力が高くその命は数百年以上と言われていた。永遠の命を得たアルカディア人は他の星をも欲していくようになる。
「それでどうなったの?」
ミカの問い掛けにてんとは別の古文書に目を通した。それにはある星の侵略を行っているとある種の放射能を浴びてしまったらしい。当初、戦況はアルカディア人の圧倒的有利だったにも関わらず次第にアルカディア人は変死していく。しかしすべてのアルカディア人が死んだわけではなく生き残りがいた。生き残ったアルカディア人は種の絶滅を恐れ、先の戦で得た六亡星の地を終の住処とした。
「六亡星・・・黄泉の国にいた六亡星のこと?」
「ああ、本来この天道は彼らの所有地であった。そこにアルカディア人が流れ込み彼らの土地を脅かした。超古代戦争ル・ゲハ・ロドンのことだな。」
「酷い・・・」
「その土地を開拓したアルカディア人はそこを天道と呼んだ。そして現在生き残っているアルカディア人は・・・ピサロと徳寿様など数名だけだったらしい。」
タカヒトやミカは驚いたがそれ以上にてんとが一番驚いた。徳寿がアルカディア人とは知らなかったのである。古文書にはそれ以外にもさまざまなことが書かれていたが一番てんとが興味を持ったものが創造神システムである。ジークフリードにより開発された六道管理システムはこれまで天道・人道・畜生道・餓鬼道・修羅道・地獄道、そして黄泉の国を管理してきた。それを支配したピサロを止めなければならない。
「徳寿様が命掛けで得た情報だ。この中にピサロの手から創造神システムを奪い取る方法が書かれてあるはずだ。」
てんとはタカヒトとミカと一緒にその方法が書かれている古文書を探していく。ミカとてんとは古文書をジッと見つめているがどうもタカヒトにはこういう作業は苦手のようである。落ち着きなくキョロキョロと辺りを見ているとミカに叱られた。
「タカちゃん!」
ションボリするタカヒトはペラペラ古文書をめくっていると気になる文章が目についた。それは創造神システムを起動するにあたり必要な四神の事が書かれていてさらに別の内容も書かれていた。
朱雀は輝ける未来に向かう力を
青龍は失いし過去取り戻す力を
白虎は現在を安定させる力を
玄武はすべての時間を束ねる力を
四神には陰陽あり 陰陽の四神が現れる時、世界の滅亡を次げる
「世界が崩壊するなんて・・・でも陰陽ってことはタカちゃん達以外にも四神がいるって事よね?玄武に朱雀、青龍に白虎以外にいるんだね。」
「そういうことだな。世界が崩壊するのは穏やかではないがシステムを奪取するヒントになるかもしれん・・・どうした、タカヒト?」
黙りこんでいたタカヒトを不思議に思ったのか?てんとが声をかけた。しばらく黙ったままのタカヒトだったが意を決すると口を開いた。
「セシルに聞いたことがあるんだ。」
「セシルに?何を聞いたのだ?」
「セシルには黙っておくように言われていたんだけど・・・。」
「私達は信用できないか?」
「・・・・」
タカヒトはしばらく考え込んでいると話を始めた。それはセシルが最後の時を迎えようとしていた時の話だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「セシル、唯一の肉親って・・・」
「・・・・」
ピサロにより瀕死の重傷を負ったセシルは身体を動かすのもかなり辛そうだった。以前セシルはタカヒトとは兄弟で同じ場所で生まれたと言ったことがあったがそのことをタカヒトは問い掛けていた。そんな思いを知ってかセシルの口から出た言葉はタカヒトの想像を絶するものであった。タカヒトが人道に生まれ出でる前の魂はセシルと同じ業の塊の世界で生きていた。もちろん、タカヒトにはそんな記憶はない。しかしセシルと共に生活した業の世界は何故か懐かしいような感じもしていたことは否定できない。
「信じられないかもしれないけどね。でも神獣達は会ったこともないタカヒトになついていた。彼らは知っていたんだよ。」
その後、セシルは自らをアムルタート人であると語りタカヒトも同じ人種であると言った。アムルタート人とはアルカディア人と同様に高度な文明を誇っていた人種である。アルカディア人がある星の侵略を行った際、放射能を浴びて変死した。その星こそがアムルタート星なのだ。
「高い技術力と豊富な資源にかこまれて戦争もなく平和な日々を送っていた。でもね、突然アルカディア人がやってきたんだ。」
セシルは歯を食いしばると悔しそうに言った。戦争のない平和な世界で生活していたアムルタート人には武装といった備えはまったくなかった。アルカディア人の侵略に対してなにも抵抗できずにアムルタート人は殺された。圧倒的な勝利を確信したアルカディア人であるがアムルタート星が高度な文明を誇っていた根底に原子力エネルギーがあることを知らなかったらしくその施設の破壊行動に出た。核爆発により砂やレンガが1500度以上の炎により一瞬に溶けガラス化した。アムルタート人が働いていたビルが、平和な日々を送っていた家が、すべてが一瞬にして消滅してしまった。
「その時に僕達も死んでしまった・・・僕にはアムルタート人としての記憶が残っていたんだ。そして辿り着いた場所が業の塊の世界だった。」
アムルタート人の記憶を残したままセシルは新たな力を得た。それが鳳凰の力である。彼はこの業の世界でアルカディア人への報復を狙っていた。同じくアムルタート人としてこの地に辿り着いたタカヒトであったが記憶は残ってはいなかった。
「数年経った頃かな・・・タカヒトは死んでしまったんだ。あっ、でもその頃の名はルイムだったけどね。」
独り残されたセシルは天道へと向かい四天王までのぼりつめた。その間もルイムの事を忘れたことはなく六道の世界の隅々まで捜していた。
「やっと出会えたルイムがタカヒトだったんだ。でもタカヒトは僕のこと忘れていたし、ほかの仲間と一緒だった・・・正直言って妬けたよ。」
「ごめん。」
「まあ、いいけどさ。ゴホッ!もう長くないみたいだ・・・あっ、肝心なことを言い忘れてた。アムルタート人として生きていた頃、僕とルイムは兄弟だった。」
「・・・・」
「ルイムとタカヒトがどうして同一人物なのかって顔してるね?もちろんわかるさ。だってタカヒトはルイムと同じ顔しているし、同じ表情で笑うからね。ハッハハ・・・ガハッ!降り掛かった災いを運命や誰かのせいにするか、それとも乗り越える努力をするか・・・タカヒトは僕とは違う道を選んだんだね。タカヒトは僕がいなくても大丈夫だ。もし生まれ・・・変わったら・・・。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そんなことがあったのか・・・」
「うん、前に赤玉とかが聞いたことのない者の声が僕の意識の中で聞こえたって言っていたんだ。その声を聞いた瞬間に意識が飛んで朱雀が現れた。その声ってたぶんルイムなんだってセシルから聞いて分かったんだ。」
少し俯いていたタカヒトは腰袋から三つの卵を取り出した。それはピサロにより殺された三匹の神獣が残したものである。
「この神獣がピサロを倒すのに必要なカードだって言っていた。」
「なるほど、陰陽の四神とは玄武、朱雀、青龍、白虎の陽の四神とリッパー、インフェルノ、パラディーゾそして鳳凰の陰の四神というわけか。」
「これで創造神システムを止めることができるってことよね?」
「いや・・・それはこの古文書を分析しなければまだわからないな。陰陽の四神が現れる時、世界の滅亡を次げる・・・この謎を解明する必要がある。タカヒト、私達を信じてくれて感謝している。」
「・・・」
顔を真っ赤にしたタカヒトは照れて下を向いてしまった。てんとがタカヒトにそんなことを言ったことなど今まで一度もなかったからだ。
「ねぇ、少しお腹空かない?何か作るよ。」
「しかし外には天道兵もいるのだぞ。」
「大丈夫よ、簡単なものだけどいい?」
ミカはそう言い残すと一階の食堂へと階段を降りていく。ふたりっきりになったタカヒトは真剣に古文書を見ているてんとに声をかけられなかった。しかし声をかけてきたのは以外にもてんとの方だった。
「タカヒト、この戦いが終わったら人道に戻るのか?」
「えっ?・・・・うん、そうだね・・・戻ることができたらいいな。」
「・・・」
その言葉を最後にてんとからもタカヒトからも口を開くことはなかった。てんとは古文書を見続けている。タカヒトはいままで多くの別れを経験してきた。しかしてんとと別れることは想像したことはない。想像もしたくない。そんな現実が迫っていることを考えなくてはならないところまで来ていた。
「タカちゃん、てんと!ご飯できたよ!」
何も知らないミカが笑顔で部屋に戻ってきた。タカヒトはミカの用意した料理の皿を受け取るとテーブルに並べていく。割と手の込んだ料理に驚いたが天道兵には気付かれていないらしい。
「てんと、ご飯冷めちゃうよ。早く食べよう。」
てんとは古文書を読むのを止めるとミカとタカヒトと共に食事にした。ミカは嬉しそうにタカヒトとてんとの皿に料理を盛り付けていたがタカヒトはあと何回てんととこうしてご飯が食べられるのだろうと思っていた。
「古文書の内容も把握できた。天道兵の警備が手薄になる深夜にここを出るぞ。」
「次は何処に行くの?」
「キングダムシティを目指す。皆と合流する・・・決戦も近いぞ。」
てんとの言葉にタカヒトもミカも気を引き締めていく。いよいよピサロとの決戦。生きる可能性も低いが逃げるわけにはいかない。徳寿のことも気になる。そして一番気になることはもしピサロを倒したら・・・タカヒトとミカは毛布に包まると仮眠を取ることにした。てんとは周囲を警戒する為に部屋を出ていく。
「てんととも別れるのかな。」
「ん?なにか言った、タカちゃん?」
「ううん・・・なんでもない。」
なんともいえない感情が入り乱れタカヒトはなかなか眠れなかった。それからしばらくするとてんとが部屋に戻ってきた。天道兵の警備も手薄になったことを伝えるとミカとタカヒトは用意してあった荷物を持ち屋根づたいに外に出た。外はすでに暗く灯りもまばらだった。てんとは理力を最大限まで落とすと球体を発生させ三つの球体にタカヒト達は乗ると別荘から脱出した。