もっとも深き場所
「どこに行くんだい?」
「ミカちゃんのいるところ・・・。」
「ふぅ~・・・言っただろ?騙されてたんだってさ。」
「うん・・・でも・・・」
「いいから、いいから。タカヒトはなにも心配することないんだからさ。」
タカヒトはセシルと共に生活していた。そしてこの場所は地獄のもっとも深い場所にある業の塊でできた世界。常に青白い炎で大地は燃え盛り大地を溶かしていく。自ら命を絶った者はこの世界に集められ塊の一部となる。魂は焼かれそこから逃れることはできない。断末魔をあげる魂らから放たれた叫び声が青白い炎となって大地を焼き続けていた。何故この世界にタカヒトがいるのか?タカヒトとの戦闘の後、セシルがこの世界に戻った時にタカヒトがいたのだがこれにはさすがにセシルも動揺した。生きた者がこの地に足を踏み入れるなど有得ない。セシルも三匹の神獣以外に話相手がおらずオドオドしているタカヒトが妙に気にいったのだろう。今では家族のように接していた。
「いい食材が見つかってね。晩御飯は豪勢になるよ。」
セシルはリッパー・イン・ザ・ダークに食材を投げると瞬時に切裂いた。それをインフェルノが超音波で加熱するとパラディーゾが皿に盛り付けた。テーブルにはたくさんの料理が並べられてふたりはイスに座った。神獣達と食事をすることにもだいぶ慣れたタカヒトは最近では居心地すら良くなっていた。
「最近タカヒトって笑顔を見せるようになってきたね。」
「おかしいかな?」
「そんなことないよ。僕は嬉しいよ。リッパー達だって喜んでいるしね。」
「僕もね、こんな楽しい時間を過ごすの久しぶりだったんだ。昔はね・・・。」
セシルに気を許したタカヒトは人道での出来事を話した。タカヒトが話を進めるにつれてセシルの表情が険しくなっていく。それと同調するように三匹の神獣も殺気を高めていく。
「酷い話だね・・・イジメなんて許せない!」
セシルは立ち上がるとタカヒトに手を差し伸べた。その行動に理解できないタカヒトだがなにげにその手を握ると一瞬にして不思議な空間に飛ばされていた。トンネルのようにも見えるが何色にも見える渦巻きにも見える。そのトンネルを進んでいる?落ちている?それすら分からないがセシルとタカヒトはその先へ向かった。以前タカヒトはこれと同じ光景をとくべえと見ていた。しかし今回は少し違ったようだ。タカヒトは地面に降り立つと何故か足元がスゥースゥーして視線を足元に移すとスカートをはいていた。
「えっ?なんでスカートはいてるんだ?」
「心配することないよ、タカヒト。カップルに憑依したんだ。あと女の子なんだからそれなりにしてよ。」
セシルはタカヒトに声をかけた。たしかにセシルは制服に身を包んだ知らない男性になっていた。その彼女らしき女性に憑依したタカヒトは見上げるようにセシルを見つめた。辺りを見渡したタカヒトは見覚えのある人道の風景に少し涙ぐんだ。しかし少し風景が変わっているようにも見える。
「ここはね、タカヒトとミカがいた時代から少し歳月が経った世界なんだ。えっと・・・タカヒトがいた時から六年くらい経っているかな。あっ、いた、いた!」
セシルが視線を向けた方向にタカヒトも視線を移すとそこには四人の高校生らしき青年達がいてタカヒトは目を見開いた。それは間違いなく大樹であった。背は大きく身体つきもガッチリしている。ほかの三人もタカヒトを小学校時代にイジメた連中だった。大樹達は女子生徒にジッと視線を送るとタカヒトは気づかれたと思いうつむいた。そして声をかけてきたのは大樹からであった。
「おい、彼女。俺と遊ばねぇか?」
「そうだぜ。そんなヒョロヒョロといるより俺たちと遊んだほうが楽しいはずだ。なんせここにいるのは柔道全日本代表に選ばれた大樹さんだからな。大樹さんの彼女のひとりに加えてもらえたらこれほど名誉なことはないぜ。」
誇らしげに大樹は胸をはった。高校三年生の大樹が近づいてくるとタカヒトはその大きさにびっくりして見上げた。身長180cm以上はあるだろう。睨みつける大樹にタカヒトは怯えてうつむいた。するとタカヒトと共にいたセシルが憑依した高校生が口を開いた。
「彼女が怯えている。かまわないでくれるかい?」
「はぁ~・・・何がかまわないでくれるかい?だ!バカ野郎!」
大樹はセシルのむなぐらを掴むと持ち上げた。セシルが憑依する高校生も身長はかなり大きく180cmほどあるがスリムな体形をしているために簡単に大樹に持ち上げられた。
「いいか、てめえ!この大樹様が彼女を楽しませようって言ってんだよ。てめえは黙って帰りやがれ!」
「やれやれ・・・ちょっとお仕置きが必要かもね。」
「何!お仕置きだと?ああ、いいだろう!
てめえに俺様が直々にお仕置きしてやんよ!」
「ここは人目につくからほかの場所に移動しょう。」
「おお、いいぜ!命乞いしても許してやんねぇぞ!」
大樹はセシルの首を掴むと人目につきにくい場所に連れていく。大樹の連れに両腕を捕まれながら女子生徒に憑依したタカヒトも連れてかれていく。タカヒトは小学校時代にイジメられた記憶が蘇って逃げ出すことすら頭に浮かばなかった。
「さあ、人目につかない場所に来たぜ!命乞いするなら許してやる!」
「フフフ、命乞いか・・・笑える冗談だな。」
「てめぇ、殺してやる!」
眼光の鋭い大樹に対してセシルは余裕すらうかがえた。大樹は腰を落としセシルのむなぐらを掴むとそのまま一本背負いを仕掛けた。セシルの身体が簡単に宙に浮くと地面に落とされてた。タカヒトが目を覆ったその時、大樹は恐ろしい光景を目の当たりにした。
「・・・おまえ・・・なにしやがった?」
涼しい表情のセシルは何事もなかったかのように立っている一方、一本背負いを仕掛けたはずの大樹のほうが右腕をおさえて苦悶の表情を浮かべていた。その腕は明らかに曲がらない方向に曲がっている。
「投げられた瞬間に右腕を折っただけさ。痛かったかい?」
「ぐっ、投げ技だけがすべてじゃねぇよ!」
大樹は腰を落としてセシルの足元目掛けて体当たりしていく。目の前にセシルの脚が近づいてきた。この脚さえ掴めば体重差からいって大樹に分がある。負けることなど有得ないはずだった。セシルの脚が近づいて大樹は左腕を大きく広げたがその視線の先には見慣れない物体が近づいてきた。
「ゲフッ・・・はがが・・・」
大量の鼻血が地面に落ちていくと大樹は折れ曲がった鼻をおさえた。鼻の軟骨は粉砕されて息が思うようにできない。セシルは片膝をあげたままの状態で立っていた。どうやらセシルの膝が大樹の鼻に激突したようだ。苦しんでいた大樹にセシルが近づいていくと鋭い蹴りが大樹の左太ももに当たった。崩れるように大樹の身体が倒れると激痛に起き上がれないようだった。さらにセシルは大きく腰をひねると右脚で大樹の左腕を蹴りつけた。
「ぎゃあぁぁ!!・・・・・痛てぇ・・・。」
ダラリと垂れた左腕はどうやら骨折したようで動かない。先ほどまで笑みを浮かべていた三人の取り巻きも顔が蒼い。いつものように大樹の楽勝で地面に倒れているカップルの彼氏を置いて泣き叫ぶ彼女を連れていくと思っていた。しかし今、地面にひざまついているのはその大樹なのだ。大量の汗が額から流れ落ちる大樹はセシルを睨みつけることで必死の抵抗を見せた。
「全日本代表だぞ・・・こんなことをしてただですむと思うなよ!」
「代表選手なら何をしても許される・・・勘違いもここまでくるとめでたいね。」
セシルは地面にひざまつき両腕が折れている抵抗のできない大樹の顎を蹴り上げた。鈍い音とともに大樹は口から血を吐き出した。顎の腫れ具合からしてどうやら骨が砕けたようだ。涙を流しながら地面に顔を押し付けて動かない両腕をバタバタさせていた。恐ろしい光景に女子生徒に憑依したタカヒトを取り押さえていた三人組はその腕を離すと顔を蒼くして逃げていく。
「君の友達も酷いね・・・・まあ、いいか。」
そう言うとセシルは大樹の後ろに回りこんだ。顔を地面に押し付け両腕の折れた大樹は尻を突き出した状態になっている。その尻を思いっきり蹴りつけると悲鳴をあげながらうつ伏せになった。もはや何もできない大樹は全身を震わせながら怯えていた。セシルは大樹の右脚に近づくと脚をあげた。
「ぎゃあぁぁぁ・・・あっ、ががが・・・」
セシルは踏みつけた脚をあげると大樹の右脚がピクピク小刻みに動いていた。さらにセシルは左脚にも同様に脚を振り上げると悲鳴があがるほど踏みつけた。大樹の顔からは涙や鼻水が流れ落ちて全日本代表選手という自信に満ちた表情は伺えない。
「アキレス腱を切られるとさすがに柔道は出来ないだろうね。君の業は僕が受け入れるよ。」
そう言い残すとセシルはタカヒトを連れてその場を去っていく。大樹の悲鳴を聞いた誰かが警察を呼んだのだろう。しばらくしてからパトカーが数台やってきた。その後大樹は救急車に運ばれていったが全日本代表は・・・いや、いままでの生活も諦めなければならないだろう。そんなことを気にする様子もなくセシルはタカヒトの身体をポンッと叩くと憑依していた女子生徒からタカヒトが離れた。セシルも離れると憑依していた男子生徒と女子生徒は辺りをキョロキョロ見渡していた。
「さあ、帰ろうか。」
セシルはタカヒトの肩に触れると再びトンネルのようにも見えるが何色にも見える渦巻きにも見える空間へと入った。それを通り抜けるともともといた世界へと戻った。笑顔のセシルに三匹の神獣はまとわりついてくると頭を撫でていた。そんなセシルにタカヒトは言った。
「ちょっとやりすぎだったんじゃあ・・・。」
「えっ?やりすぎ?そんなことないよ。彼がいままでしてきた悪行に比べたらたいした罰じゃないよ。それにタカヒトだって気が晴れただろ?」
「・・・・・」
タカヒトには返す言葉がなかった。気が晴れなかったといえば嘘になるかもしれない。大樹が涙を浮かべている姿などタカヒトは見た事がなかった。女子生徒に憑依していたとはいえタカヒトの足元で泣き叫ぶ大樹の姿はスッキリしたし、タカヒトに変わってセシルが大樹を懲らしめてくれたことには感謝もしてはいた。
「でもモヤモヤが残る。泣き叫ぶ大樹君の姿がイジメられてた僕と重なったんだ。」
「・・・一生懸命したんだけど・・・なんか哀しいな。」
「・・・ごめん。」
「いいさ。ちょっとやりすぎた気もしてたし・・・疲れたし、お茶でも飲もうか。」
イスに座るとティータイムをとった。最初は恐かった三匹の神獣もいまではすっかりタカヒトになついている。今のタカヒトには記憶が断片的ではあるが途切れていた。セシルに倒されたことすら忘れていた。ミカのことだけは忘れてはおらずタカヒトは戻りたいとセシルに言い続けたが答えは騙されていたと言うばかりだ。
「いいかい、タカヒト。君はね、僕とここで暮らしていたんだ。ピサロを倒す為にね。僕達はピサロを倒す為にここにいた。ふたりで力を合わせれば倒せるんだ。でもそれに気づいたピサロの奴が君を捕らえて別の記憶を植えつけたんだ。」
「・・・ミカちゃん・・・てんとも・・・」
「植えつけられた偽者の記憶だよ。」
タカヒトは暗い表情をした。いままでのすべての出来事が作られたものとは信じられなかった。ピサロを倒さなければならないことだけは憶えている。ということはセシルの言うことは正しくミカやてんとは実在しない者だと自分に言い聞かせるしかなかった。
「哀しいよね・・・タカヒトにこんな思いをさせたピサロが僕は憎い!でも安心して。タカヒトの朱雀と僕の鳳凰で奴は必ず倒せる!!」
セシルから激しい闘気が放たれていく。セシルの背後には恐ろしいほどの火炎をまとった大型鳥がいた。それはタカヒトの朱雀とは比べ物にならないほど強力な炎を得ている。