小さなおじさんとドレイク、ときどき幽霊
「ところでおっさん、ここはどこだい?」
「おっさんとは失礼な奴や。ここいらでワシは茂作と呼ばれとる。」
「茂作・・・ずい分変わった名前だな。まあいいや。でっ、その茂作さんはここで何をしてるんだい?」
茂作はここでの生活を話し始めた。茂作は若かりし頃からずっとこの地を耕して生計をたてているらしい。ヘドロの地層から育つ作物は限られていてコロの実とアイの実しか育たないことなどを説明しながら茂作はドレイクを自宅に案内した。用意されたモノはなんとも言いがたい形をしていたがどうやら食べ物らしい。ドレイクは皿にのっている固形のモノをひとつ手にとると口に入れた。
「なんとも・・・・経験したことのない味だな。」
「すぐになれるやろ。味はともかく栄養はあるで。」
茂作もそれを口に入れる。パサパサして口に残るカンジがなんともいえない。ドレイクが飲み物を欲していると茂作が茶碗に液体を入れた。それはドロッとした液体でドレイクは眉間にシワを寄せた。茶碗をドレイクに手渡すと渋々それを受け取った。マジマジとそれを見つめると茶碗にくっついているかのような液体?とはいえないのかもしれない。茂作の笑顔を曇らせたくないとドレイクは意を決してそれを口に含んだ。
「・・・・んっ?・・・うまい・・・。」
「そうやろ!この微妙なころあいがなんとも言えないやろ?」
ドロッとした液体状ではあるが飲んでみると意外にもスッキリした味わいだった。口に含んだ瞬間に水っぽさが増してゴクゴクと飲めることに驚いた。コロの実とアイの実をすり潰して乾燥させたモノを数日放置しておくとドロッとした液体になるらしい。その液体をろ過させたものが今ドレイクが飲んでいる液体であり、ろ過して残った固形物が最初に食べたパサパサした食物だと茂作は教えてくれた。
「茂作さんはここに独りで暮らしてるのかい?」
「そうやな・・・かれこれ数千年は・・・っておい!つっこみどころやろ!」
ドレイクの肩に乗った茂作はつっこみの右手を入れたがあまり相手をしないドレイクに茂作はすっかり落ち込んでしまった。完全なる敗北を喫した茂作は何も語ろうとはしない。
「・・・数千年って長生きしすぎやろ!」
「おお・・・おおう、おおう・・・・ずい分長い間やったの。まあ、ええやろ。」
「・・・・めんどくさいおっさんだな・・・。」
「なんかいうたか?」
「いや・・・なんでもない。それにしても本当になにもないところだな。茂作さん以外には誰もいないのかい?」
「俺だけや・・・たまに幽霊が来るようになったんやけどな!」
「幽霊?」
茂作は最近現れるようになった幽霊について話を始めた。この世界でずっと独りで生きてきた茂作はドレイクのような者に出会ったのも初めてである。それよりも先に出会った者が幽霊であった。
「何故幽霊だと思うんだ?」
「それなんやがな・・・」
茂作は話を続けた。何故茂作が幽霊だと思ったかというと実に簡単なことである。足がついてなかったらしい。いつの頃からかその幽霊は茂作の畑にやってきてはコロの実とアイの実を食べていった。茂作はその幽霊が恐くて恐くて何も言う事ができなかった。
「そんな状況で悪いんやけど助けてほしいんや。ええやろ?」
「なんでやねん?・・・いや、違う。なんで俺が茂作さんを助けるんだ?」
「飯食ったんさかい、頼むわ。」
「ぐっ、そうきたか・・・まあ、いいぜ。幽霊を倒してやるよ。」
「おっ・・・いやいや、そうじゃないんや。倒しては困るんや。」
茂作は両手を振って拒んだ。てっきり幽霊を倒してほしいものとドレイクは思っていたのだが違うようだ。茂作は幽霊を倒すことをドレイクには望んではいなかった。茂作は幽霊にコロの実とアイの実を食べられても気にしていなかった。茂作の望みは・・・・。
「友達になりたいだと!」
驚愕したドレイクに茂作はポッと頬を紅くしながら照れた。実はドレイクもそうなのだが茂作には心を割って離せる相手がいなかった。それがここにきて幽霊とはいえ、話が出来そうな相手が現れたのだ。もちろんドレイクもそうなのだが、友達は多い方がいい。
「話はわかった。しかしその幽霊が敵対する相手だったらどうする?茂作さんを喰らうかもしれないぜ。」
「・・・出来れば友達になりたいんや。ドレイクもいてくれる。俺は嬉しいんや。幽霊はんも友達になってくれると信じているんや!」
熱く語る茂作にドレイクはなにも言えなかった。一宿一飯の恩もあるドレイクは茂作の願いを聞き入れることにした。とはいえ、幽霊がいつどこに出現するかはまったくわかっていない。茂作も幽霊の出現についてはまったくわかっておらず、とりあえず畑にいればいずれ会えると信じていた。
「いつになったら現れるんだろうな・・・」
畑に来て数日が経過しているが幽霊には遭遇していない。ドレイクはコロアイ茶を飲みながら茂作の隣でジッと幽霊が現れるのを待っていた。依然、興奮気味の茂作は辺りを見渡しながら友達が来るのを待っている。
「茂作さんよぉ~・・・本当にいるのかよ?幽霊・・・いや友達がよぉ~。」
「いるに決まってるやろ!・・・来よった・・・来たで、来たで。」
ドレイクの頭に茂作が乗ると身を屈めて幽霊が近づいてくるのを待った。ゆっくりと近づいてくる幽霊は半透明な姿で茂作の言ったとおり、たしかに幽霊そのものだった。畑に近づいた幽霊はジッとコロの実とアイの実を眺めている。ドレイクの頭に乗っている茂作が小さな声で囁いた。
「ドレイクよ。どうやって声をかければええんや?」
「はぁ~?なんだよ!普通に声かければいいだろ。」
「普通ってなんや?友達なんて作ったことないからわからんやろ!」
「そうだなぁ~・・・・とりあえず挨拶からだな!」
「うむ、挨拶やな。」
茂作の指示を受けたドレイクは幽霊に歩み寄っていく。ドレイクの姿に気づいた幽霊は畑の上で浮遊しながらジッと様子を伺っていた。ドレイクに言われたとおりに茂作は幽霊に挨拶すると何も語らずにスゥ~っと消えてしまった。目を真丸くした茂作は真っ赤な顔をしながらドレイクの頭の上で怒りまくった。自宅に戻っても依然、茂作の怒りは収まろうとはしていない。
「そんなにカッカすんなよ。」
「せやかて、言われたとおりにしたんやで!」
「あのなぁ~、そんなに簡単に友達作れると思ったら大間違いだぞ。簡単に出来ないから友達って奴は大切なんだろ?」
「せやかて・・・。」
「とりあえず挨拶もすませた。もしかしたら恥ずかしかったのかもしれない。次に会うときにはなにかプレゼントするってのはどうだ?」
「プレゼント?・・・なにがいいんや?」
「・・・あるのはこのコロアイ茶とパサパサなスティック菓子しかないしな。」
ふたりは悩んだ末、コロアイ茶をプレゼントとして持っていくことにした。次の日に行動することにして今夜は早めの就寝をとった。茂作のいびきがうるさくてなかなか眠れないドレイクは独り外に出た。夜風が気持ちよく真っ暗な世界はとてもヘドロ一色の世界とは思えないほどだった。自分はたしかにセシルに殺された。両腕をもぎ取られ心臓を握られて潰されたような感覚だけはいまだに残っている。しかし両腕もついているし、心臓も動いている。 死んだとは思えないが確かに死んだのだと自分を納得させた。タカヒトは、ジェイドはどうなったのだろうか・・・自分と同じように辺境の地に堕ちていったのだろうか?
「リナにも会えないんだろうな・・・」
後悔しても何も変わりはしないがそれでもドレイクは諦め切れなかった。真っ暗な世界はドレイクの気持ちを受け止めることもなく、ただ静かな時だけが流れていた。
「抜刀術奥義庚の型、鉄山皇!そこから甲の型、装甲突!乙の型、輪斬刀!丙の型、便撃!変則に丁の型、岩動斬!戊の型、速連波!己の型、斬鉄剣!そんでもって辛の型、流受刀!壬の型、手斬輪!最後に癸の型、限無斬!」
日が昇った頃、ドレイクは斬神刀を振りかざして汗を流していた。何も考えられないドレイクは汗を流すことで気を紛らしている。どんなに剣術を極めようとも何も変わらないことはわかっていた。それでも剣を振っていればなにもかも忘れることができた。
「精がでるやないか。朝食の準備が出来たで!」
「ああ・・・」
日は昇り清々しい朝をむかえたがドレイクの表情は以前曇っている。コロアイ茶とスティック菓子を口に入れるも変わらない味に嫌気もさしていた。この地に来てからどれくらい時間が経ったのだろうか?時間の概念といったものがまったくなく茂作は日が昇っても畑を耕すことなく寝ている時もあれば、日が落ちてから畑へ向うこともあった。
「日が落ちたのにずい分と熱心だな。」
「熱心ってわけやない・・・コロの実とアイの実の受粉作業は日が傾いてからしかできへんのや。理由はわからへんけど、昔からそうやってんねん。」
「そうだったのか・・・そういえば茂作さん、家族はどうした?昔から独りってわけじゃないんだろ?」
「家族・・・?なんやそれは?俺はずっと独りでここにいるんやで。物心ついた時からずっとや。若い頃はコロの実とアイの実をそのまま食っていたんやが、あまりにマズくてマズくて試行錯誤の末、今のコロアイ茶とスティック菓子が出来上がったんやで。」
茂作は熱弁をふるうがドレイクにはわからないことが幾つかある。幼かった茂作が何故独りでこの地にいたのか?そして家族も誰もいない状態で幼い茂作が生きていけるのか?何より出生の秘密がわからない。茂作本人はそれほど気にはしていないようだが、ドレイクは気になって仕方がなかった。
「そないこと気にするなやんてドレイクは変わっているとちゃうか?」
「・・・・気にするだろ、普通。」
「そやろか?それよりも幽霊はんにはあれからずっと会ってへんな。
会いたいもんや。」
「そっちは気にしてんだな・・・日が昇れば会えるんじゃないか。」
「それはほんまか?会えるんか?」
「いや・・・わかんねぇけど・・・たぶん・・・。」
喜ぶ茂作にドレイクはなんとなく申し訳なく思った。畑仕事で疲れた茂作はそのまま就寝するとドレイクも床についた。
「はぁ~あ・・・朝日が気持ちいいぜ!」
日が昇ると同時に剣術の訓練を始めたドレイクは一振り一振りに力がこもった。すると挙動不審な茂作がオドオドしながらドレイクの前に歩いてきた。素振りを止めたドレイクが先に声をかけた。
「どうしたんだい、茂作さん?なにかあったのか?」
「日が昇ったら会えるって言ってたやろ?
今から会いに行こうと思うんやけど・・・。」
茂作は言葉を濁した。独りで会いに行くのは無理だからついて来てほしいとその瞳が訴えていることはドレイクにも察することが出来た。しかしドレイクとて昨日言ったことは話の流れで出た言葉であって、本当に幽霊がいるとは思っていない。今ここでそれを話しても聞き入れてくれる空気感ではない。斬神刀を鞘に収めるとドレイクは茂作を肩にのせて畑へと歩を進めた。話の流れで言った言葉である。あれ以来、幽霊は現れてはいない・・・いるわけがないのだ。
「ほんまにおったで・・・ドレイクの言う通りや。」
「・・・・・・」
驚く茂作とは違い、ドレイクは口をアングリと開けた。有得ない光景であったが確かに幽霊はそこにいた。以前見かけた時と同じようにコロの実とアイの実をジッと眺めていた。茂作が呼ぶと我にかえったドレイクは幽霊に気づかれないように近づいていく。近づいてわかったのだが、幽霊はドレイクほど大きくはないが割りとデカかった。警戒心がまったくないというわけでもない。茂作は友達になりたいと願っているが幽霊自身がそうとは限らない。斬神刀の柄を握りながら近づいていくと幽霊もドレイク達に気づいたようだ。
「ドレイク、気づいたようや。どうする?」
「どうするってプレゼントするんだろ?」
「そうや!プレゼント攻撃や!」
ドレイクの頭の上にのると茂作は両手でコロアイ茶を持ち幽霊に近づいていく。警戒した幽霊が姿を消そうとした瞬間、茂作が声を出した。
「まってや!友達になりたいんや!まってくれ!」
「#%$&!$?#¥$%」
「なんや・・・友達や!俺と友達になってくれ!」
「##!?$%&」
幽霊はドレイクに近づいてきた。斬神刀の柄を握り締めたドレイクはその手を放した。茂作の用意したコロアイ茶を見つめながら黙っていると笑顔でそれを差し出した。幽霊はそれを受け取ると飲み出した。透明な身体にコロアイ茶が流れていく光景がなんとも不気味だったが茂作の目はキラキラとしていた。
「どうや、旨かったやろ?」
「・・・$%#」
「なんや・・・旨くなかったんやな・・・せやけど、ほかのあらへんしの・・・」
「!!?$%&#$%」
「なんや?ああ、これか?これはパサパサしてあまり・・・おい!」
幽霊は茂作が持っていたパサパサするスティック菓子を奪うように取ると食べ始めた。どうやら口に合ったらしく次から次へと要求してきた。持ち合わせがなくなることを茂作が伝えた。するとしばらく考え込んだ様子でジッと動かなかったが急に目を見開くとススッとドレイクの後に位置した。
「どういうことだ?ついてくるってことか?」
「そうかもしれん・・・スティック菓子をえらく気に入っていたようやし。」
ドレイクが茂作の家に戻る態度をとると幽霊も同じ行動をした。ドレイクと茂作は確信すると幽霊を連れて自宅に戻っていく。
「簡単に信用していいのか?後になって幽霊の大群が押し寄せて来ても知らんぜ!」
「なんの、その時はドレイクの剣術でズバズバっと解決や!」
「なにか解決やだよ・・・。」
ブツブツ言いながらドレイクは後をついてくる幽霊を警戒しながら自宅へと歩を進めた。家に入るやいなや、幽霊はスティック菓子を見つけるとモシャモシャと食べあさっていく。かなり気にいったようだがドレイクには信じられない光景だった。
「幽霊と味覚が違ってある意味良かったぜ。」
満腹になった幽霊はしばらくして姿を消した。茂作はショックを受けたように落ち込んでしまったが幽霊はスティック菓子が気に入ったからいずれまた来るだろうとのドレイクの言葉に励まされた。
「そうやな。それなら次に来た時にスティック菓子がなかったらまずい。」
そう言うと茂作はコロの実とアイの実を集めてスティック菓子を作り始めた。それから数日が経った頃だろうか?定期的に幽霊は茂作宅を訪れるとスティック菓子を食べにやってきた。茂作は必死にスティック菓子を作り、幽霊は旨そうにそれを食べていく。ドレイクが心配したような幽霊の大群が押し寄せてくる事もなく、幽霊は茂作に見つめられながらモグモグと食べていく。幽霊の訪れる頻度も多くなり、そのうち幽霊は茂作宅に居つくことになった。ドレイクと茂作が畑に行く時も後をついてくるようになり、始めはただ見ているだけであったがそのうち手を出して手伝うようになった。
「おい、そんなことやってたら日が沈むぜ!」
幽霊にくわを持たせたもののへっぴり腰でうまく耕せないことにイラッとしたドレイクはくわを取りあげると畑を耕していく。奇妙な関係を築いていたドレイクだが案外この生活を楽しんでいた。どんなにもがいても逃れられない死後の世界を畑を耕し、剣を振るわなければ気が狂いそうだったのかもしれない。