死を待つ者
畜生道の世界から消えたタカヒト達は山にいた。いや正確にはそこは山ではない。見渡す限り様々な大小の金属らしきガレキが無造作に置かれてそれらが山を形成していた。タカヒトはここがどの世界なのかをてんとに問い掛けた。少しの沈黙の後てんとは口を開いた。
「ここは餓鬼道・・・死を待つ世界だ。タカヒト、あれを見ろ。」
タカヒトはてんとの指さした方向を見つめるとガレキ山のふもとに黒い塊が数体置かれていた。人の石像にも見えたがそれらは明らかに声をあげて呻いている。生きている石像を見てタカヒトは腰を抜かすほど驚く。生きている石像に震える指をさし向けて口をパクパク動かしているタカヒトにてんとは冷静に語りかけた。
「そうだ・・・あれが死を待つ者達だ!」
タカヒトは驚きながらも恐る恐るその石像に近づいていく。石、鉱物、溶岩の塊・・・表現はいくつもあるがそれが生きているとはとても思えない。呻き声をあげていなければ誰もがそう思うだろう。てんとは数体ある黒い塊のひとつの上にとまると心の声が聞こえてくる。前世での記憶が残っているらしく黒い塊はてんとにありのままを話した。
ある黒い塊の生きた人生・・・・
黒い塊は元々、人道の世界に生きる者だった。彼女は他人を騙し陥れては金を手にすることをこの世の至福と感じていた。彼女の生い立ちはそれほど貧しくはなくただ遊ぶ金ほしさに他人を騙すようになっていく。最初は万引きなどを行っていたがリスクが少なく金額の多い結婚詐欺に変えていく。頭の切れる彼女はパソコンを使うと会ったこともない男性とのやりとりを次々交わしていく。生い立ち・家族の不幸・自分の環境などから始まり、時に怒り・悲しみ・喜びを伝え相手との親密性を増していった。彼女は巧みな話術と心理学に長けて様々な性格を使いわけては人達を騙し続けた。
「男なんてバカばっかり。こんなので騙されるなんて単純だわ!」
彼女の通帳には毎日多額の金額が入金され続けた。自分は楽をして騙して金をむしり取る。その金を使って彼女は毎晩、高級車を乗り回しては豪遊に明け暮れていた。最初はただ、遊ぶ金ほしさに始めた詐欺だったが次第にその魔力にのめり込むようにエスカレートしていく。
彼女は騙しのテクニックを駆使していくつもの恋愛サイトを立ち上げていった。無論それらは無知な人々から金を巻上げるだけの手段でしかなかった。以前にも増して彼女は多額の金を手にする事が出来るようになる。まさに仕事をこなしていくかのように売上をあげていつしか人の手を借りなくてはならないほど利益をあげていった。彼女は数名の女性を集めて事業を拡大させていく。彼女達は更に売上を増していくのだが良い事ばかりが続くほど人生は楽には出来てはいないようだ。集めた女性の中に彼女を妬む者がいた。その女性は彼女の作り上げてきたサイトの実態と彼女の情報のすべてをサイト利用者に伝えた。人はのっている(幸運)時は悪いことは起きない。しかしそれは落ち目(不幸)の時に一気にやってくる。
「あっ、ははは 最高!こんな最高な人生はないわ。騙されるバカどもに乾杯!」
仕事を終えた彼女はホテルのカウンターバーで高級なワイングラスを口にしている。突然、背中に熱い感覚を感じたが彼女は気にすることなく喜びの美酒に酔いしれていた。意識が遠のきカウンターのテーブルに顔を埋めると睡魔に襲われた。
「・・・眠くなったわ。酔ったのかしら?・・・寒気も・・・・・・」
「あっ、愛子が悪いんだ。ぼっ、僕を騙すから!」
倒れたグラスからワインが流れテーブルを濡らした。うずくまった彼女の脇腹は真っ赤に染まり血が床の絨毯に滴り落ちる。その背後にはナイフを握りしめている中年の男が立っていた。
「どうやら殺されたことには気づいていないようだな。」
「えっ、どういうこと?」
「ホテルのバーで刺されたんだ。
内部事情を暴露されたことで騙された人々の知るところになってな!」
てんとは続けて語りだした。彼女は元々業より徳の多い魂であったらしい。それは彼女の前世が業を消費して徳を積む行いをしていた為だと語った。しかし彼女はその徳を人を騙し続けることに使い、騙された人々の恨みを買うことにより業を増やしていく。徳を使い果たした彼女にはそれまで増やしていった業が一気に押し寄せてこのような結果になった。しかし殺されても彼女の業はなくなったわけでなくこの餓鬼道で彼女は動くことも出来ずここで死ぬまで呻き続けなければならない。
「死ぬまで?・・・ねえ、てんと。じゃあ刺した人はどうなるの?」
「騙されたからと言って他人を恨めばそれだけで業が増す。さらに他人を傷つけたなら尚更だ!いずれ刺した者達もここか、更なる深い世界へ堕ちる事になる。騙された者は自分の持っていた業を消費しただけのこと。他人を恨まずそれを受け入れて生きていけばいいのだがな。」
「そうなんだ・・・ねえ、彼らはいつになったら死ねるの?」
「死は天が決めること!それに従い待つだけだ。これはどの世界でも同じ事だ。
さて、向こうのほうに町らしき建物がある。行こう!」
至る所にいくつもの黒い塊が存在してそれらと辺り一面のガレキの山を見渡しながら歩いていると人型の亜人種が一匹近づいてきた。その亜人種はトカゲに似てタカヒトより小さく、細い体であった。手には折れそうな棒を持ち何故か怒った表情をしている。するといきなり罵声をあげてきた。
「おい、おまえら!どこから入りやがったね?この盗人野郎!」
「盗人?・・・僕達は盗人じゃあないよ。」
「違うね?お客様とでもいいたいね!」
「その通り、私達は客だ!」
てんとの強気の発言に動揺したその亜人種はタカヒト達をじっと見渡す。タカヒトの足から頭まで見渡すとなにかを確認したようで急に笑顔になった。両手をすり合わせ頭を低くしたその姿勢はまさに商人であった。
「いらっしゃいませ!今日は何を御求めになさりますかね?
いやいや最近盗人が多くて疑ってしまったね。ごめんね。」
店の主人は額の汗を布で拭きながら言い訳をした。ガラクタにしか見えないが見渡す限りすべての物が商品だと主人は自慢げに語ってた。てんとは商品の説明を聞きながら町のほうへ行きたいことを伝えると店の主人は少し顔を曇らせた。少しの沈黙の後に主人は町について語りだしたのだが次第に主人の顔が険しい表情になっていくのをてんとは見逃さなかった。
町はアイスフィールドと呼ばれるところにありそこに鬼王と呼ばれる支配者がいる。鬼王は奴隷を使いアイスフィールドに近代独立国家オメガを建立したらしい。アイスフィールドの周りにはスクラップフィールドと呼ばれるガラクタの山々が覆っている。スクラップフィールドはハンターと呼ばれる二足歩行のトカゲの姿をした獰猛な亜人種がいるらしい。アイスフィールドの鬼王とスクラップフィールドのハンターは長年対立しており戦闘は未だに続いているとのことだった。
「話はわかった。ひとつだけ質問がある。何故このスクラップフィールドであんたは襲われず、商売が出来るのだ?」
「何故って・・・・それは私もハンターだからね。」
主人は牙を見せてニンマリと笑った。ハンターは爪と牙を持つ獰猛な亜人種と聞いていたが目の前にいるのは痩せ細った身体にボロボロの牙、鋭い爪を持たないタカヒトが押せば倒れそうな亜人種だった。タカヒトは思いっきり懐疑の目で主人を見つめた。
「うっ、疑ってるね?まっ、まあ、しょうがないね
・・・ハンターにもいろいろなタイプがいるってことね。」
「・・・それよりあそこにある機械は何?なんかゴツゴツしてかっこいい。」
目を輝かせたタカヒトはスクラップの山を指さした。そこにはところどころ壊れてはいるが二足歩行型のロボットが横たわっていた。主人は得意げに説明を始める。ドライブスーツと呼ばれる戦闘用のオメガ製兵器でかなり旧式だがまだ使えるらしい。変形が可能で乗ることも出来ると力説した。オメガの廃棄場で処分されているところを盗んできたと自慢げに語っていた。現在のオメガ兵は最新型を使用している。旧式よりスマートでパワーもあるらしくオメガ兵の全部隊がすでに装備を完了しているらしい。
「旧式はスクラップ品だからほしければくれてやるね。」
主人は言った。タカヒトは目を輝かせて熱望すると主人が続けて言った。
「しかしこのドライブスーツを起動させるには燃料石が必要ね。」
「燃料石とはどのようなものだ?」
てんとが燃料石について聞くと主人は燃料石について話をする。この世界で原動力を必要とするすべての機械は燃料石を使って動いているらしい。いろいろ話すと主人はタカヒトの持つ弁当を見つめた。その表情に気づいたタカヒトは持っていた弁当を取り出した。
「一緒に食べる?」
「いいね?いやぁ~~催促したみたいでわるいね。いい匂いがするね。」
主人はテーブルとイスを用意するとタカヒトは弁当を広げた。よだれを垂らす主人は嬉しそうに両手をあげた。タカヒトは主人の食欲に驚かされたがこの餓鬼道に来て初めて笑うことができた。その後主人は腰の痛みを訴えるとてんとは薬草をタカヒトに調合させて主人の腰に塗った。気持ちよさそうに主人はうっとりしている。
「こんなに安らいだのは初めてね。あんた達は神様ね。言う事をなんでも聞くね。」
主人から情報を得たタカヒト達はスクラップフィールドを離れて近代独立国家オメガへ向かって歩いていく。てんとはこの餓鬼道の世界を頭の中で整理しながら飛行していた。燃料石は名前こそ違えど六道の世界のどこにでも手に入る石で火を起こすのに使われているものだ。ハンマーなどで衝撃を与えると少しずつ熱を放ち火が発生する。しかしこの世界で生きる者には燃料石など必要ない。この餓鬼道は死を待つ者だけの世界。この世界に生きる者は何も生まず、何も壊さず、ただうずくまるだけ・・・ただ死を待つだけ。自らこの世界で罪を犯せば更なる下界へ堕ちる。何かを作ろうにもこの枯れた地では何も育たない。故にこの世界で生きる者は希望を忘れ絶望を胸に待つのだ。餓死するかそれともハンターに襲われるかを。ハンターはこの世界に最初からいる先住民であり二足歩行で鋭い爪と尖った牙を持つ獰猛な亜人種だ。ハンターは燃料石など使わない。餌を見つけたら捕らえ喰うだけだからだ。しかし共食いはしない。ハンターは獰猛な亜人種だが仲間意識が強く一族の繁栄を第一に考えている。獰猛なハンターと死を待つ者だけの乾いた世界。ここはそういう世界のはず・・・・。
てんとはこの餓鬼道がなぜこうも変貌したのかをずっと考えていた。アイスフィールド、近代独立国家オメガそして鬼王。それらがこの世界が変貌したキーワードとなるであろう。てんとの知っている餓鬼道とは明らかに違う。この餓鬼道の変貌の原因と因果関係があると思える鬼王の正体をてんとは知りたかった。
この先に火の山と呼ばれる山があり、この餓鬼道では燃料石はそこでしか取れないらしい。今その燃料石を巡って近代独立国家オメガとハンターとの間で争奪戦争が勃発している。ハンターは火を使うことはほどんどないが近代独立国家オメガはハンターを駆除するために大量の燃料石を必要としている。燃料石を使用してハンターの生きていけないアイスフィールドを展開してテリトリーを増やしているのだ。自分達の居場所を失うわけにはいかないハンターは燃料石の取れる火の山を占領してアイスフィールドの展開を阻止している。
「てんと、あれが火の山かな?」
タカヒトが指さした方向には巨大な火山がそびえ立っている。草木の生えてない山肌が見えて山の頂は常に炎を吹きマグマが流れている。あまりもの暑さに汗を拭ったタカヒトは辺りを見渡すと山頂の周辺は黒い雲が常にドンヨリ広がっていて恐ろしい光景を描いていた。火の山付近にはハンターが出没する可能性が高いと言われた事を思い出したてんとは襲撃に備えながら歩く事をタカヒトに伝えた。てんとに言われタカヒトは辺りを見渡したが草木も生えてはおらず身を隠すところはない。急に不安になったタカヒトはオロオロするとてんとに寄り添うように歩いていく。そんなタカヒトを相手にせずにてんとは周辺の異常な気配を感じとっていた。少し離れた高台から数匹のハンターがふたりを見下ろしていたのだ。眼光を光らせ爪を立て、ハンターは獲物の捕獲を待ち構えていた。
「タカヒト、くるぞ!」
「えっ?・・・・うわぁっ!なにアレ?」
高台から数匹のハンターが足爪を地面に食い込ませながら急な斜面を滑降してきた。タカヒト達の目の前に到達すると手足を地面につけて四つん這いの格好をとったハンター達は獲物の様子を伺っている。敵味方・強者弱者の判別をしているらしく微動だにしない。タカヒトは蛇に睨まれた蛙のように一歩も動けずに固唾を呑んだ。どれくらいたったのか・・・ハンターはゆっくり地面から立上がると二足歩行の体勢になった。中腰の体勢で鋭い爪の生えた両腕を前に構えたハンターは獲物の捕獲態勢になった。
「・・・どうやら、やる気らしいな。逃げるぞ!」
てんとはスッとその場を離れると飛んでいった。取り残されてビックリしたタカヒトは急いで後を追いかけていく。タカヒト達の行動に一瞬呆然としていたハンターはすぐに後を追いかける。ハンターは二足歩行から四つん這いの四足歩行に態勢を変えると速度が著しく増してタカヒトのすぐ後まで近づいてきた。
「駄目だよ、てんと!もう追いつかれるよ。紫玉使わないとこのままじゃ・・・」
「・・・・」
てんとは飛ぶのを止めてその場に浮遊するとハンターの方をクルッと振り向いた。ハンターはその行動が理解出来ずに立ち止まるとまた距離を保ちながら様子を伺っている。息を切らしているタカヒトにてんとはソウルオブカラーについて語りだした。
「タカヒト、結論から言って紫玉はこの世界では使えない・・・いや伝わらないと言ったほうが正解かもしれないな。」
ソウルオブカラーはその名の通り魂のことであり力を持った魂の総称でもある。つまりソウルオブカラーにも心や感情があるということである。ソウルオブカラーは共鳴した(認めた)相手からの心の声が届いた時にその能力を与える。逆を言えばソウルオブカラーに心の声が届かない場合、力は得られないと言う事になる。
六道の世界のどこでもソウルオブカラーの力を得られるわけではなくソウルオブカラーと所有者の心との共鳴が通じない環境には必ず共鳴亀裂が起こっている。餓鬼道ではタカヒトと紫玉との間に共鳴亀裂が発生しており、紫玉にはタカヒトの心の声が届かず能力を与えることができないのだ。
「共鳴亀裂?・・・それじゃあ、徳の力を使う!」
タカヒトは徳の水筒をじっと見つめた。ふたりのやりとりに痺れを切らしたのか、ハンターは二足歩行になると牙を剥き出しにして捕獲態勢に入った。タカヒトも水筒を手に掴み戦闘準備に取り掛かろうとするがてんとに制止された。
「徳の力は最後の切り札だ。ここで使う事はない。」
「じゃ、じゃあどうするの?逃げるの?あれから逃げ切るのは無理だよ。」
凶暴なハンターを目前にして紫玉も徳の水筒も使わず逃げ切れるわけがないとタカヒトはオロオロしている。そんなタカヒトの姿を見て、てんとはニヤリとした。
「逃げはしないが徳の力も使わない。タカヒト、おまえは私がただの案内役だと思っているのか?見せてやろう、戦い方というものを。緑玉よ、その静かなる力を示せ!」
てんとの身体が緑色に輝くとハンターは一瞬、後ずさりした。緑色に輝いているてんとの頭上に三つの緑色の球体がグルグルと回っている。様子を伺っていたハンターだったが変化のない緑てんとの姿を見て少しずつ距離を縮めていく。一匹のハンターが緑てんとに飛び掛った瞬間、三つのうち一つの球体がほかの球体から離れる。襲い掛かったハンターはその球体に吹き飛ばされた。離れていった球体は再び緑てんとの頭上へ戻ると三つの球体はまたてんとの頭上をぐるぐる回っている。吹き飛ばされて地面にへばりついたハンターはすぐに起きあがると緑てんとに再び襲い掛かってきた。その後に続くようにほかのハンターも襲いかかる。
三つの球体は襲い掛かってくるハンターに体当たりしては吹き飛ばすがハンターにダメージは全く無いようですぐに起きあがっては反撃してくる。
「てっ、てんと!これじゃあ、ハンターを倒せないよ。このまま逃げよう!」
「戦いとは兵力ではなく兵法ということを学ぶのに丁度いい機会だ。」
緑てんとの頭上で回っていた三つの球体はハンターのほうへ飛んでいくとハンターを中心としてトライアングルを形成するように三方に分かれた。三角形の形を取った三つの球体はハンターを眺めるようにピタッと静止した。しばらくハンター達は球体を眺めていたが痺れを切らした一匹が球体に攻撃を仕掛けた。しかし襲い掛かったものの球体の反発力によってハンターはまたも吹き飛ばされた。しかし今回は今までとは違う。吹き飛ばされたハンターが飛ばされた先にはもうひとつの球体が配置されてその球体に激突すると更に反発力によって弾き飛ばされた。勢いよく弾き飛されたハンターの先には他のハンターが集まっていた。その結果はハンター同士がぶつかり合う同士討ちとなった。てんとの球体は物質が当たる度に加速度を増していく構造をしている。ハンターの体重に加速度が加わることにより球体に弾き飛ばされたハンターのスピードは砲弾のそれと同等の衝撃力を持っている。球体に弾き飛ばされたハンターも体当たりされたハンターもその場に倒れこんでピクリともしない。ほかのハンターも次々に球体に対して攻撃を仕掛けるが同じように同士討ちとなった。恐怖を感じた最後の一匹のハンターが逃走していく。戦闘が終結すると頭上の球体を消して緑色の輝きもなくなった。突然の事態にタカヒトはただキョトンとしている。てんとはハンターが再び反撃をしてこない事を確認するとタカヒトの元に飛んでいった。