レイン再び
「ここは・・・・アタシ、死んじゃったの?」
白い天井を見上げながらリディーネはベッドに寝かされていた。起き上がろうとしたが両肩両足の痛みで起き上がれない。しかたなくジッとしていると部屋に何者かが入ってきた。
「アンタ誰?」
「レイン・・・安心しろ。ここは安全だ。」
「とか何とか言って・・・変なことしないでよね!」
「それだけの元気があれば大丈夫だな。」
笑顔のレインが部屋を去ろうとした時、ドアを開けて中に入ってくる者がいた。リディーネも見覚えがあるその者はレインの顔を見ながら言った。
「おっ!意識を取り戻したようですね、師匠。」
「師匠・・・・アレス、アンタ何言ってんのよ!」
「んっ?オレの事知ってんのか?
いやぁ~若い娘に知られてるとはオレもイケてるな。」
「ちょっと、アンタバカじゃないの!アタシのこと忘れたの?」
「・・・いや、こんな可愛い子に会えば憶えているはず・・・初対面だろ?」
「・・・・・」
「許してやってほしい。
アレスは以前の記憶を失っている。今は私のもとで修行中だ。」
ニコニコするアレスに以前のような冷静さは見られない。リディーネが知っている冷酷なアレスはそこにはいない。それから数日が経ち、車椅子で移動できるまで回復したリディーネはレインとアレスの稽古をジッと眺めていた。剣術はレインのほうが上手でアレスは真面目な表情で剣術を習っていた。
「あのアレスがね・・・信じられないな。」
稽古を終えたアレスは手拭で汗を拭いながらリディーネに歩み寄ってきた。
「リディーネちゃん、食事の準備するから待っててね。
今日はヘルシースープだよ。」
「リディーネちゃんって・・・・」
アレスは台所に入るとトントンと軽快に包丁で野菜を切っていく。小皿で味見をすると満足した表情でダイニングテーブルに料理を並べた。レインはチェアに座るとアレスはリディーネを乗せた車椅子を押してテーブルに近づけると自らも座った。レインが目を閉じて瞑想するとアレスも目を閉じた。御馳走を目の前にして目を閉じる行為にリディーネは困惑したが同じように目を閉じた。
「さあ、食事にしょう。」
レインの言葉にアレスとリディーネは目を開けるとスープを口に入れた。優しい味わいにリディーネは驚いているとアレスはニヤニヤとした。その表情がイラッとしたがこの旨さには勝てなかった。美味しすぎて全部食べたリディーネは満腹で腹をさすっていた。
「もうムリ・・・」
「リディーネちゃん、スィーツもあるよ。」
「頂くわ!」
リディーネは用意されたスィーツをおいしそうにほおばっている。レインが紅茶を口に含むと笑みを浮かべた。楽しい食事を終えるとリディーネは早めの就寝を取った。そして次の日、レインは早朝からアレスに剣術を指南していた。懸命に剣を振るアレスにレインは何かを感じたようだった。剣術の訓練を終えるとアレスは朝食の準備を始めた。ダイニングテーブルに料理が並ぶとレインと共にリディーネもアレスも目を閉じた。
「さあ、朝食にしょう。」
温かいコーヒーを飲むと苦いものが嫌いなリディーネだったがなんとなく安らぐ感じがした。パンもアレスが作ったものらしくほんわかしてリディーネはかなり気に入った。満腹で動けないリディーネにアレスは嬉しそうにコーヒーをカップに注いだ。両手を合わせ感謝の念を伝えるとレインは席を外した。アレスとリディーネがコーヒーを飲んでいると再びレインが戻ってきた。
「アレス、よくここまで鍛錬した。もはや私が教えることはない。そこでおまえに卒業試験を与えようと思う。」
レインは小さな棒をダイニングテーブルに置くとアレスは驚いた表情をした。リディーネには何故アレスが驚いているのかまったく理解出来ない。テーブルに置かれた棒はゴツゴツしたなにかの塊のように見えた。
「師匠・・・これは・・・もしや魔人のこん棒では・・・。」
「そうだ。卒業の記念におまえに授けよう。そして卒業試験の内容だが・・・。」
レインの用意した卒業試験とはこの中層エリアより下層に位置するエリアで戦闘が行われようとしている。その戦闘を止められたらアレスの卒業を認めるとレインは言った。準備が整ったアレスは笑顔で出発した。見送るレインにリディーネは少し悔しそうだった。
「リディーネよ。安心しなさい。アレスは戻ってくる。友を連れて。」
「友?なによそれ。」
レインは笑みを浮かべ部屋に入った。独り残されたリディーネは友達の意味もわからずに車椅子に座り流れる雲を眺めていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「てんと、ミカの限界が近いわ。」
「うむ、しかしアダムに対抗すべき手段がない・・・いや、あれをやるか。」
大量にへばりついたアダムに巨大な桜の葉は崩壊しかけていた。ミカの理力を考えるとこれ以上の負担は危険である。最後の賭けにでたてんとはリナとマイコに作戦を伝えるとミカに理力を解くように言った。
「皆、準備はいい?いくわよ!」
ミカが理力を解くと巨大な桜の葉にしがみついていたアダムが地面に落ちてくる。辺りをキョロキョロと見渡し獲物を発見すると勢いよく迫ってきた。緑てんとは皆を連れて浮かび上がると地上を離れていく。
「牡丹玉ハイエレメント インドラ!」
リナが巨大な雷玉を地上に落とすとその中にアダム達は吸い込まれていく。すべてのアダムを吸い込むと雷玉は小さくしぼんでいく。中のアダム達は身体を押し付けあうように身動きがとれなくなると緑てんと達は地上に降りた。緑てんとは理力を極限まで高めていく。
「極限理力 風化連撃」
てんとの三つの球体が雷玉内に侵入すると内部を跳ね返りながら移動していく。球体の速度が次第にあがっていくと雷撃を帯びた球体がアダムに激突していく。悲鳴をあげ倒れていくアダムに雷玉は更に小さくなり球体の速度も上がっていく。高速移動する球体をさすがによけることも出来ず、すべてのアダムは地面に倒れた。球体と雷玉が消滅すると地面には舌をダラリとたらしたアダム達がピクピクし痙攣していた。
「やったわね。ミカ、大丈夫?」
「うん・・・ちょっと疲れたけどね。」
座り込むミカを心配するリナ。しかし次の瞬間、リナに襲い掛かる影があった。馬乗りされたリナの視線の先には巨大なアダムが映った。そして巨大なアダムはミカにも襲い掛かっていた。ロードギアにも数匹のアダムがまとわりついている。
「ミカ、リナ、大丈夫・・・ぐあっ!」
緑てんとは衝撃を受けると地面に倒れた。数体の巨大なアダムが背中にのしかかるとてんとから輝きが失われた。ミカやリナからも輝きは失われ、ロードギアは完全に沈黙していた。完全なる敗北・・・教祖の高笑いが響き渡る。
「アダムの力を見くびったな。言っただろう?電気と衝撃によるショックはアダムを進化させると。忘れたか!」
細胞単位の結合により十メートル程の巨大なアダムが数体出現した。てんとに勝機はなかった。最後の手段だったのである。その手段が通用しなければ・・・教祖の指示を受けた巨大なアダムはその鋭い爪を振り上げた。だがその爪がミカ達に振り下ろされることはなかった。巨大なアダム達の視線が一点に向いていたのだ。その先にはひとつの影がユラユラとうごめいていた。肩まで伸びた黒髪。その姿は人道の世界で西洋の騎士を思わせるが眼は恐ろしく黄色く光り頭には角が生え、その風貌は正に鬼である。その者はてんともミカもリナも幾度となく苦しめられた相手である。
「くっ、ここにきてアレスとは・・・」
てんとはアレスの出現にすべてを諦めた。地獄道の三獣士でありながら天道の十六善神であるアレスはピサロの配下である。アレスは右手の小さな棒を握り締めると何かを唱え始めた。すると小さな棒はアレスの身の丈を越える、いや倍近いこん棒に姿を変えた。
「オレね♪オレね♪つよいんだ♪すごいんだ♪どんな相手もビシバシやったるで♪」
身の丈を越える、いや倍近いこん棒を肩に担いだアレスは歌を歌いながらご機嫌な様子で歩いてきた。アダム達はアレスに興味を示したようでジッと見つめていると追い詰めていたてんと達のことなど忘れたかのように立ち上がり、歌に引き付けられるようにアレスに近づいていく。
「ふんふんふん♪らんらんらん♪んっ?オレにようかい?君達には悪いけどオレにとって大事な卒業試験なんだ。師匠に褒められたいオレの気持ちわかってくれるかい。」
アレスは身の丈を越える、いや倍近いこん棒を振り上げると一気にアダムとの距離を詰めていく。アダムも爪を光らせ迎撃体勢に入った。
「ねえ、アレス独りで大丈夫?弟子は心配じゃないの?」
「心配?・・・何故かね?」
「何故って・・・もういいわよ!」
「アレスはすでに私を越えている。あの魔人のこん棒こそアレスの為に作られた武器。卒業試験も友もそして自信も得てアレスは戻ってくるだろう。」
「・・・・」
心配そうなリディーネはただ空を眺めていた。そんなことなど露知らずアレスは魔人のこん棒を振り回していた。すねを打たれたアダムは激痛に前のめりに倒れるとその顔面にこん棒がブチ当たる。師匠の期待に応えるべくアレスは懸命にこん棒を振りぬいていくとバタバタとアダムが倒れていった。リナやミカに押しのっていたアダム達も魔人のこん棒で打ち抜くと遠くに飛ばした。
「ホームランってかんじ!オレが来たからにはもう安心。カワイ子ちゃん達はそこにジッとしててちょ!」
「カワイ子ちゃんって・・・・」
アレスはこん棒を振り上げるとてんとやロードギアにまとわりついていたアダムを打ち落していく。雷撃や衝撃に対して進化していたアダムもどういうわけかアレスのこん棒には変化が見られない。それどころかアレスのこん棒が当たるたびに悲鳴をあげていた。恐怖に怯えた表情のアダムをアレスが追いかけながら一撃を与える構図がなりたっていた。
「なんてスピードだ・・・あれがアレスの力なのか・・・。」
てんとが驚愕するのも無理もなかった。攻撃どころか逃走にすべてを費やすアダムの動きにアレスはついていっている。いや、ついていっているのではない。それを上回るスピードでまわりこむとこん棒の一撃を与えている。
「なんなんだ!あれはなんだというのだ・・・想定外だ・・・ヒィィ~!」
「さて、残りはおまえだけか?バシッといく!覚悟してちょ!!」
教祖にこん棒の影が映ると悲鳴をあげる間もなく、グシャッと地面にへばりついた。てんとがあたりを見渡すといたるところにアダムの屍が倒れていた。アダム相手に恐ろしい力を発揮したアレスをてんとは異常なほど警戒していた。しかし軽いノリで言葉をかけてきたのはアレスのほうだった。
「お礼なら気にしないで!君達ってリディーネちゃんの友達でしょ?」
「・・・何故そうだと思う?」
「だってリディーネちゃんから聞いた通りの姿してるし・・・違う?」
「いや、たしかに我々はリディーネの友ではある。」
「でしょ!やっぱりね!ついておいでよ。リディーネちゃんも待ってるよ。」
そう言うとアレスはアダムの屍をまたいで歩いていく。リナもてんともアレスの言葉を信用できなかったがミカとマイコは後をついていった。リナとてんとは警戒しながらも同行することにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「なんだ・・・これは・・・」
リナ達を追っていたドレイクが驚いた表情で言った。ドレイク達の目の前には夥しい数の遺体が折り重なり合うように倒れていた。それは修道者のようで遺体の痛みはかなり激しい。
「どうやら撲殺といったところか・・・しかし想像を絶する衝撃を受けたようだ。」
ジェイドが遺体のひとつに近づくと死因を分析している。タカヒト達は修道院を通りぬけてきたがここまで誰一人合っていなかった。やっと出会えたかと思えばこの遺体の山である。魔物の仕業でもましてはてんと達の仕業でもない。第三の人物の出現に警戒しながらもミカ達の身を案じたタカヒト達は急いで中層エリアを目指し走っていく。