孤独な者
「その後、戦況はどうかしら?」
「はっ、我らの優勢にあります。」
「そう・・・継続してちょうだい。」
キングダムシティの一室ではピサロの膝にうずくまるアリシアの姿があった。将軍の報告を受けたピサロは戦況の結果は当然の如く受け止めている。押迫ってきた地獄軍は総勢五千万、迎え撃つ天道軍は総勢二千万程である。しかし地獄軍はすでに兵士の3/4を失っていた。圧倒的戦力を誇ってはいても統制の取れていなければ取るに足らない存在なのかもしれない。破壊神七十二布武はリディーネの指示など従うわけもなく好き勝手な行動をした。分散した戦力をまとめるのに躍起になったアスラには戦力の統制までできなかった。
「残りは・・・タカヒト達ね。厄介は厄介よね。四神が残っているのだから・・・案外、地獄の有象無象の衆より障害になるかもしれないわ。」
ピサロはティーカップに注がれた紅茶の香りを楽しみながら言った。創造神の力を得たピサロには地獄軍のすべての行動が理解できている。それは将軍からの報告を受けたからではない。すでに知っていたことなのだ。故にピサロにとって天道軍の勝利は当然のことであり、天道軍の兵士が喜ぶ顔は逆に気分が悪かった。
「まったく・・・勝って当然なことにあんなに喜んじゃって・・・いやね。」
天道では歓喜の声が鳴り響いていた。地獄の猛者を倒したと武勇伝まで語り出す輩もでてきた。浮かれた天道と離れたフィフスブロックではリディーネが独り天道本部の庭先でベンチに座っていた。すでに天道軍の兵士は誰ひとり居らず、タカヒト達の寝床となっていた。タカヒトはリディーネの姿を見つけるとベンチの隣に座った。何も言わずに黙っているリディーネにタカヒトも何も語らずにただ座っていた。
「なによ・・・なんか用?」
先に声をかけたのはリディーネだったが、タカヒトは無言のままベンチに座っている。いつもなら怯えたり、泣いたりするタカヒトなのだが今回は違った。リディーネの罵声を浴びても堂々とした表情で聞いていた。これにはリディーネも困惑した様子だった。
「ちょ、ちょっと・・・なんか言いなさいよ・・・・言われっぱなしでいいの?男でしょ?」
それでもタカヒトは黙ったまま座っていた。再び沈黙の空気が流れるとリディーネも黙ったまま座っていた。それからしばらくして・・・・いきなりリディーネが立ち上がるとタカヒトの前に仁王立ちしてその襟もとを掴んだ。
「いいかげんにしなさいよね!アンタ、アタシのこと憐れだと思ってるんでしょ。破壊神七十二布武には裏切られ、デュポンを失い・・・・そうよ!デュポンはピサロと闘えなんて言ってないわよ!あのバカは死に際に逃げろって言ったのよ!・・・でも・・・でも逃げられないのよ!パパ・・・破壊神の死に顔、デュポンの死に顔・・・目に焼きついて忘れたくても忘れられないのよ!あの光景が・・・離れないのよ・・・すべてを失い・・・アタシ独りだけが生きているのが辛いのよ。わからないよね?アンタなんかにわかるわけがないんだ!・・・アタシの気持ちなんて・・・」
リディーネは崩れるように座り込んだ。瞳から涙が流れ落ちていく。それでもタカヒトはただ、黙ったまま座っていた。今、リディーネの脳裏にはデュポンが言った本当の言葉が流れていた。
「姉・・・い・・意地を・・・張る・・・やめましょ。ゴフッ!・・・最・・後の・・・でや・・・・・逃げて・・・破壊神様・・・の言う通り・・・ピサ・・・ロ・・・手を出さ・・・ほうが・良かっ・・・す・・・。」
デュポンが消えた場所には色玉である霞玉が落ちていた。デュポンが最後の力を振り絞って創り上げた色玉だ。リディーネはそれを手にすると爽やかな風に包まれる感触を感じた。その風に身体を委ねると低空ではあるが空を飛べることができた。リディーネはそのまま別のブロックを進軍していたアスラ率いる地獄軍と合流してフィフスブロックへと侵攻してきた。そのアスラ率いる地獄軍ももはやこの地には存在してはいない。
「ちょっと!いいかげんになんとかいいなさいよ!」
激怒したリディーネはタカヒトの頬をひっぱたいた。するとタカヒトの頭が地面に落ちてしまった。ゴロゴロと転がるタカヒトの頭部にリディーネは顔面が蒼白した。
「あっ・・・あのね・・・えっ・・・そんなに強く叩いたつもりは・・・・あの・・・」
「大丈夫だ。それはタカヒトではない。」
リディーネが振り向くとジェイドとてんとが立っていた。ジェイドが指をパチンッとならすと首の取れたタカヒトは崩れ落ち水溜りがベンチのまわりに広がっていく。烈火のごとく怒り出したリディーネは紅い輝きを放つと火炎玉を手に作り出した。それと同時にジェイドの身体も蒼色に輝く。
「止めておけ・・・俺の絶対零度はおまえでは溶かせない。」
「そんなこと、やってみないとわからないでしょ!」
「ジェイド止めるのだ。リディーネ、おまえもだ。」
ジェイドから蒼い輝きが薄れて消えるとリディーネも火炎玉を消滅させて輝きも失った。少し不機嫌な表情のリディーネは濡れたベンチを炎で乾かすと口を膨らませながら座った。 その隣にてんとが座ると少しの間、沈黙が流れた。
「リディーネよ。おまえの気持ちは察したつもりだ。その上でおまえの復讐に付き合うつもりは毛頭ない。それは破壊神との約束でもあるからな。」
「パパ・・・アンタが先代破壊神となんの約束をしたっていうのよ!」
「いいのか、言っても?ならば言おう。破壊神はこう言ったのだ。これから先、ピサロが侵攻してくることは間違いない。無鉄砲で考えもなく行動するリディーネが心配だ。だからお前達にリディーネの行動を抑制してほしい。親バカかもしれんが一人娘だ。心配でたまらん。頼まれてくれるか・・・・そう、言っていた。」
「・・・・パパはなんでもお見通しだったんだ。」
「そうだな。ピサロの脅威も察していたようだ。破壊神との約束を守れて私もホッとしている。これからも約束を守るつもりだ。おまえも無鉄砲なことは控えてもらう。」
「アンタ、破壊神に指図するつもり?聞けないわ、そんな事は!」
「だろうな・・・お前が指図を受け入れるわけがないからな。」
「でしょ!アンタ、アタシのことわかってるじゃない。安心したわ。」
「その上でリディーネに、いや破壊神に言っておくことがある。無鉄砲な行動は控えろ。約束が守れない場合はお仕置きも辞さない。これは先代破壊神との取り決めでもある。」
「はぁ~・・・アタシは破壊神よ。地獄道のトップに対していい度胸ね。この場で焼き殺してあげようか?」
「それは無理だな。蒼龍のジェイド、朱雀のタカヒト、玄武のドレイクと四神のうち、三名がここにいる。私とリナの色玉も極限まで高められている。おまえに勝ち目など万に一つもない。」
「・・・何よ!なんだってんだよ!なんでアタシの邪魔ばっかりするんだよ!」
「破壊神との死に際の約束だ。私も命を賭して守らねばならん。おまえの傷が治るのも数日はかかるだろう。その間によく考えることだ。」
てんとはリディーネを置いてその場から去っていくとジェイドも後を追っていく。ベンチに取り残されたリディーネはしばらくの間、なにも語らずに黙ったまま考えこんでいた。てんとが戻ってくると心配したミカが声をかけてきた。
「てんと、リディーネの様子は?」
「しばらく独りで考える時間が必要だろうな。どう行動するかはリディーネ自身が決断することだ。」
その言葉の通りにリディーネは自ら考えて行動した。次の朝、ミカが血相を変えててんとの前に走ってきた。リディーネの姿がどこにもなく、見つからないらしい。
「やはり行ったか。リディーネの行動はわかっている。心配するな。」
冷静な態度をとるてんとはミカを連れて、司令室に向った。てんとはパネルを操作すると前方の大きなスクリーンに図面と点滅するポイントが現れた。てんとの説明によるとそれは次なるブロック、シックスブロックの地形図が写されている。そして点滅するポイントはリディーネに取り付けた発信機だと言った。
「発信機?でもこのスクリーンに映されているってことは天道軍にも知られているって事じゃないの?だとしたら危険よ!」
「リディーネには悪いが囮になってもらうことにした。天道軍の情報によれば地獄軍の残党がシックスブロックに集結しているらしい。リディーネもそこに向ったことはたしかだ。やはり避けられそうにはないな。」
「ちょっと、てんと!オトリなんて何考えてるの!そんなことダメに決まってる!怪我だってまだ完治してないんだよ。」
ミカが声を荒げた。そんなミカにてんとは自らの考えを伝えた。囮と言ってもリディーネの救出も兼ねている。今のリディーネには破壊神としての力はなく、地獄道の残党にしてみれば、地獄軍の大将の首を捧げることで天道の恩恵を受けようと考えている輩もいるとてんとは考えている。そこで現在のチームを二手に分けて一方をリディーネの救出に向わせると言った。
「もう一方はどうするの?」
「天道のシステムにリディーネの情報を流すことで天道の注意はそちらに向うであろう。もう一方のチームがシックスブロックの本部を一気に叩くことで天道軍の残党を挟み撃ちすることができる。」
てんとの考えも理解することができた。しかしミカにはどうしてもわからないことがあった。それはリディーネがどうやってシックスブロックに行くことができたのか?ということだ。ミカの疑問にてんとは司令室を後にすると階段をふたりでのぼっていく。廊下の先に小さな扉がひとつだけあり、てんとは壁に取り付けられたパネルを押すと扉が開いた。
「あそこにカプセル状の装置がある。あの装置でシックスブロックへと移動できるらしい。司令室にこの扉の解除パネルがあった。操作していたらここの扉を開放することができたのだ。ビックボスもアリシアもそしてリディーネもここからシックスブロックに移動したことは間違いない。」
「ほかは誰か知っているの?」
「いや、まだだ。はたしてドレイクやジェイドが賛成してくれるか。リディーネとは関係がない者達だからな。」
ミカとてんとは夕食の後、皆を集めてリディーネとシックスブロックについて話を進めた。てんとの話を誰もが黙って聞いていたがジェイドとドレイクの反応はイマイチであった。
「私の話は以上だ。異論のある者もいると思うが協力してもらいたい。」
「まわりくどい言い回しは相変わらずといったところか。俺とリナはいいぜ。リディーネを餌にする案も悪くない。まあ、ジェイドがどう言うかはわからないけどな。」
「・・・異論はない。」
「異論はないか・・・
リディーネは復讐を糧に生きているらしいがおまえはどうなんだ?」
「・・・答える義務はない。」
そう言い残すとジェイドは部屋を去っていった。しばらく沈黙が流れた後・・・ドレイクは再び口を開いた。
「義務はないか・・・てんと、おまえは聞いていないのか?」
「聞いてはいない・・・・だがたぶん復讐といった類ではないだろうな。」
「たぶん?」
「いずれわかることだ。推測でものを言うのはやめておこう。皆の協力に感謝する。マイコのメンテナンスももう少し時間がかかるだろう。私もそれまでにプランを練っておくことにする。」
そう言い残すとてんとも部屋を出ていった。マイコもメンテナンスがあると言い、部屋を出ていくとドレイクとリナも出ていった。残されたミカはタカヒトを見つめた。少し疲れているようだった。
「疲れているみたいだね、大丈夫?」
「うん、マイコちゃんってけっこう人使い荒いんだよね。
まあ、楽しいからいいけど。」
たわいもないミカとの会話がタカヒトから疲れを奪っていく。ミカの笑顔はタカヒトに幸せを与えてくれているようでずっとこの会話が続けばいいと思った。