アイアンシュート
戦意を見せることもなく、ルルドはジェイドとてんとを連れて廊下を歩いている。そして入った部屋は屋内とは思えない環境だった。草木が生い茂り、緑豊かな世界が広がっていた。草の生い茂る道を歩きながら進んでいくと目の前にテーブルとイスが用意されてありルルドが腰をおろすとジェイドとてんともイスに座った。天光が差し込んで小鳥が幸せそうに飛んでいる。爽やかな風があたりを包みこみ、和やかな時間が流れていく。
「こんなところに連れてきて余裕だな、ルルド。」
「まあ、そういうわけでもないわ。本当はあなたとふたりっきりで話がしたかったのだけど・・・。」
「邪魔なら席を外すが・・・。」
「いいえ、前世で兄弟でもあるあなたにも関係がある話よ。
ここに居てちょうだい。」
「四天王ルルドが私達にどのような話があるというのだ。」
「そうね。とりあえず・・・・死んでちょうだい。」
その言葉の直後、ルルドから無数の刃がジェイドとてんとに襲い掛かってくるとジェイドが築いたアイスシールドにそれらは突き刺さった。その直後、アイスシールドは粉々に砕け散ったが無数の刃も地面に落ちる。ジェイドは落ちた刃を手に取るとそれをルルドに投げつけた。ルルドは簡単にそれをかわすと刃はルルドの後にあった大木の幹に突き刺さった。
「とりあえず、死んでちょうだいか。死んだら話はできないとは考えないのか?」
「斬撃の軌道を見切るなんてさすがよ。」
「なにかの試験か?
ルルド、四天王でありながらお前の行動は不可解な点が多すぎる。」
てんとの言葉にルルドは黙ったまま、立ち上がるとテーブルから離れ、天光の当たる草原へと歩いていく。ジェイドはなにかを察したように立ち上がるとルルドの待つ草原へと歩いていく。てんともまた、草原へと飛んでいく。草原では爽やかな風が草を揺らしている。
「おふたりとも、わかってくれたのね。凄く嬉しいわ。」
「皮肉なものだな。闘うことでしか互いのことを知ることができないとは・・・。」
「本当ね・・・私はてんとちゃんが好きなのにね。」
「ジェイド、ここは私が取り仕切ろう。」
てんとはマテリアルフォースを開放すると人型となり手には大鷲の薙刀を持つ。草原の風を感じながらルルドは両手を広げた。爽やかな風が止むとルルドは靴のつま先をコンコンと地面を叩いた。次の瞬間、鋭い刃の雨がてんとに襲い掛かった。緑色に輝くてんとは三つの球体を回転させるとそれらを撃ち落していく。それと同時に大鷲の薙刀を振り回し球体をすり抜けてきた刃をも撃ち落した。
「アイアンシュートは私の最大の攻撃よ。
こうも簡単にかわすとはさすがに落ち込むわ。」
「簡単ではない。マテリアルフォースと理力を最大限にまで引き上げ、刃に残る殺意を感じ取ることで撃ち落しに成功している。」
「そう言ってもらえると落ち込みも安らぐわ。私って結構小心者なのよね。」
「それにこの程度で四天王に選ばれることはなかろう。」
大鷲の薙刀の刃先をルルドに向けた緑てんとは腰を落として構えた。全力を賭して闘いを挑んでくるてんとにルルドは少し寂しい表情を浮かべた。そして一呼吸するとその身体が次第に茜色に染まっていく。茜色に染まったルルドは動く気配も見せず、大鷲の薙刀を構えるてんとをずっと見つめている。
「気をつけろ。奴のソウルオブカラーはリミット・タイプだ。」
ジェイドの言葉がてんとの耳に届いた。ジェイドの言うリミット・タイプとはソウルオブカラーと呼ばれる色玉の中でも稀な色玉である。ジェイドやてんとの持つ色玉はエボリューション・タイプと呼ばれ、ほとんどの色玉がこれに属する。色玉は所有者の力が増すにつれて能力を高めていく。つまり進化していくのだ。これとは別にリミット・タイプは所有者の力が増しても能力が高まることはない。これはリミット・タイプがすでに高い能力を持つ為に進化する必要がないと考えられているからである。
「なるほど、白玉やカオスの藍玉、ギガスの黒玉と同じ類。技のバリエーションこそないがその一撃にかける力は想像を絶するもの。」
「フフフ、さすがは学舎を主席で卒業したてんとちゃんね。あとジェイド君も凄いわ。その通りよ。私の茜玉、【すべてを覆い隠す者】の力・・・特別に見せてあげるわ。」
てんとの目前に立つルルドの姿が少しずつ薄れていくと完全に消えてしまった。姿が消えたのはルルドだけではない。ジェイドの姿も見えなくなってしまった。完全に孤立したてんとであるが、ルルドの気配だけは感じられた。周囲の風がルルドの位置をてんとに知らせてくれているのだ。
「無駄だ・・・お前の気配はすでに察知している。」
「だったら、攻撃してみたらどう?」
「緑玉上級理力 風撃波!」
鋭い風の衝撃がルルドの気配が感じられる方向に放たれた。だがそれがルルドに当たることはなかった。たしかにルルドの気配は感じられている。風撃波を繰り出すてんとではあるがルルドにダメージを与えることなど出来はしない。当たらない攻撃を繰り返すてんとはルルドからの殺気を感じ取った。鋭い刃が飛んでくると意図も簡単にかわした。
「ぐはっ!何だと?」
てんとは前のめりに地面に倒れ込んだ。驚愕したてんとは立ち上がると大鷲の薙刀を持ち身構えた。飛んできた刃はすでに察知していた。だが攻撃はそれとは逆の方向から行われたのだ。その方向からは殺気はまったく感じられてはいない。
「どうしたの、てんとちゃん?転んだようだけど、大丈夫かしら?」
姿こそ見えないがルルドの笑い声がかすかに聞こえた。てんとは気配のする方向に向けて再び風撃波を撃ち込んだ。するとルルドの気配が動いた。移動しているルルドの気配を追いかけたてんとは大鷲の薙刀を振り被ると一気にルルドに振り下ろした。だが、大鷲の薙刀の刃が捉えたのは草の広がる大地だった。地面深くに突き刺さった大鷲の薙刀を引抜こうとしたてんとの横にルルドが立っていた。ルルドに気づいたてんとが反撃する刹那、てんとの視界にルルドの右脚が映った。
「ぐあっ!」
再び地面にへばりついたてんとをルルドは笑みを浮かべながら見つめていた。そしてまたしてもルルドの身体が薄れていくと姿を消していった。ふらつきながら立ち上がるがルルドの蹴りによるダメージは残っている。
「何故だ。気配とはまったく違う位置からの攻撃。」
意識の混濁する中、次第にてんとに恐怖心が芽生えてきた。その事を察したのか、ジェイドもてんとの異変を気づいた。もちろん、ジェイドからもルルドとてんとの姿は確認できない。それこそがルルドの持つ茜玉の能力。そしてジェイドには茜玉がどのような能力なのかわかっていた。しかしそれをてんとに伝える術がない。
「映す・・・そうか!」
ジェイドの身体が蒼色に輝くと周囲に膨大な数の氷板を造りだした。それらはてんとの気配がある場所を中心に周囲を取り囲むように配置された。
「俺の考えが正しければ・・・。」
しかし、てんとはもはや反撃できる状況ではなかった。気配のまったくない位置からのルルドの攻撃はてんとには防ぎようがなかった。ルルドのアイアンシュートを受け続けたてんとは地面に倒れこみ起き上がることは叶わない。薄れる意識の中でジェイドの声がてんとの耳に届いた。
「てんと、徳寿様の言葉を思い出せ!虚見実裏 極実活世だ!」
「ジェ・・・・イド・・・・。」
耳にジェイドの言葉が届いた。虚見実裏・・・徳寿からよく聞かされた言葉だった。何故、今ジェイドがそんなことを言ったのか?てんとにはまったく理解できなかった。
「何を言いたかったのかしらね?さて、てんとちゃん。そろそろ終わりにしょうかしら?」
天道最強の四天王を相手に幾度目かの死がてんとに迫っていた。いままで幾度も死を感じた瞬間はあった。しかし、それは皆の協力により逃れることが出来ていた。今回は違う。てんと以外に仲間はいない。共にいたジェイドの姿もなく、これもルルドの能力なのだと理解している。そして、このルルドから逃れる術も力もてんとにはない。薄れる意識の中、てんとの脳裏にタカヒトのことが浮かんだ。
(そうだ・・・私はタカヒト・・・ミカを人道に連れて行かなくてはならない。だがそれも無理かもしれん。徳寿様の約束も守れそうにもないな。フッ、いつもタカヒトに約束を守れと言っていた私が約束を破るとはな・・・)
そんな事を考えるとてんとから笑みがこぼれた。てんと自身気づいたことがある。てんとはいままで心の底から笑ったことがなかった。死を前にしてやっと気づいた。ルルドの足がうつ伏せになっているてんとからも見えた。仰向けに身体を動かすとルルドの表情は曇っていた。哀しい別れになることを嘆いているルルドは最後の一撃をためらっていた。
「死を受け入れるしかないのか・・・・フフ・・・フッ、ハハハハ!」
てんとは生まれて初めて大声で笑った。それは死にたくなくて発狂したのでも死を受け入れて人生に悔いがないと笑ったのでもない。ただ大声で笑ったのだ。気分が良かった。てんとは笑うことがこれほど気分がいいと初めて経験した。もちろんこれが最後になるのだが・・・。いつもの冷静さも理性も失い、本能のまま、笑った。
「てんとちゃん・・・さようなら!」
ルルドの右脚がてんとの瞳に映る。それはスローモーションのように近づいてくると急にてんとの視界が真っ暗になった。そこにはルルドの姿もない。
「そうか、狭間にでも落とされたのか。」
「違うよ、てんちゃん!」
「緑の炎・・・おまえは・・・・。」
真っ暗な世界で緑色の炎がてんとの前に浮かんでいた。聞いたことはあるがてんと自身は初めて見る光景だった。
「やっと会えたね。みどりちゃん、嬉しいよ。」
「みどりちゃん・・・・緑玉なのか?」
「そうよ。みどりちゃんって呼んでね。みどりちゃんね、いつもてんちゃんのこと呼び続けていたんだけど、聞いてくれなかったんだよね。すごく寂しかった。」
「呼び続けただと?そんな言葉は聞こえなかったぞ。」
「それはそうよ。だって、てんちゃんたらいつも心を閉ざしていたんだもん。でも良かった。やっと心を開いてくれたんだね。みどりちゃん、嬉しい。」
心を閉ざしていると緑玉に言われたてんとは何も言い返せなかった。心を開いた相手がいままでいただろうか。ジェイドやユラでさえ、心を開いていたかわからない。
てんとの所有する緑玉にそう言われたことにより考えさせられた。
「あれ?もしかして落ち込んだ?ごめんね、てんちゃん。みどりちゃんってね、一言多いのがたまに傷だよねってよく言われるんだ。ごめんなさい。」
「いや、的は得ている。ところで緑玉がここにいるということは、私は死んではいないと解釈していいのだな?」
「そうだよ。ここはみどりちゃんとてんちゃんだけの世界。さっきのオカマちゃんみたいなのがいた場所とは異質の世界だよ。」
緑玉とてんとだけの世界とは天道ともほかのどことも繋がっていないことを理解した。タカヒトやミカに聞いてはいたが、たしかに周囲を見渡しても真っ暗なだけでなにもない。緑玉だけが妙に明るく見えることが印象的だった。
「ちょっと、てんちゃん!聞いてるの?」
「そのてんちゃんはなんとかならないか?」
「えっ、嫌なの?」
「そう落ち込むな。お前の好きにすればいい。」
「本当!ありがとう。ねえ、てんちゃん。みどりちゃんはね。てんちゃんのこと凄く好きになったから協力することにした。」
「協力・・・それはなんだ?」
「いいから、いいから。こう見えてみどりちゃんはつよいんだよ。大丈夫だよ、みどりちゃんを信じて!」