プロジェクトS
「・・・とまあ、こんなわけだ。」
「それで彼女達を連れてきたのね。」
ドレイクの言葉にリナもミカも呆れてしまった。ミカとリナが眠る隣の部屋にはドレイクが連れてきた美女達が休んでいるがいつまでも彼女達をおいておけるほどの財力はないし、同行して連れて行くわけにもいかない。誰もいいアイデアが浮かばないでいると部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「すみません・・・お話があるのですけど・・・・」
申し訳そうに入ってきたのはドレイクが連れてきた美女達のリーダー格でカトリアと言った。
「なんだと!そんなにいるのか?」
ドレイクは大きな声をあげて驚いた。カトリアと一緒に部屋にいるのは八名ほどであるが、元チャンプには数十名・・・いや百名近くの美女達がいるらしい。元チャンプはいろいろな障害を受け、生きていけない女性や子供達を受け入れ、彼独りの収入で養っていた。そう言われるとドレイクにも思い当たる節がある。元チャンプの後にいた彼女達の身なりは良かったが、肝心の元チャンプはヨレヨレした衣装を着ていた。
「あいつ、そんなことしてたのか・・・。」
「いいえ、ドレイクさんは悪くはありません。勝負は非情なもの・・・彼もいつかは敗北を味わう時が来ると言っていました。」
「それで彼は・・・元チャンプはその時の為になにかしていたの?」
「はい、私達もいつまでもお世話になっているわけにもいきませんでした。彼の考案したこのプロジェクトを成功させようとしていたのですが・・・。」
カトリアは一冊の本をミカに差し出し、それを読んだミカは驚愕した。そしてカトリアは自分達だけではプロジェクトを成功させられないと語った上で協力を求めてきた。
「いいわ・・・私がなんとかする!」
「なんて書いてあるの?」
「タカちゃんも皆も協力して!いい、プロジェクト名はプロジェクトS。さて、今日のところはこれでおしまい。アトリエさん、五日後からハードになるからね。」
「アトリエと呼んでください、ミカさん。
それよりも五日後になにかあるのですか?」
「もちろんプロジェクトSの準備よ。なんか、忙しくなるわね。リナとマイコちゃんも手を貸してね。」
「アラ、楽しそうね。もちろんいいわよ。」
「私も!」
女同士で楽しく会話が弾む中、タカヒトとドレイク、てんとはすっかり蚊帳の外だった。
「ところでドレイク、タカヒトから聞いたのだが良い情報とはなんだ?」
「このブロックからフィフスブロックへの行き方なんだが・・・事情が変わってしまった。」
「うむ、そのようだな。自ら招いた罪を悔い改める必要があるのかもしれんな。」
「・・・・結構、キツイこと言うねぇ~。」
それから五日後・・・ミカはアトリエ達を集めて広いホールにいた。貸切の為に誰も入ってくる者はなく、完全に外部との接触をなくしていた。動揺するアトリエ達にミカは手をパチパチと叩き合わせた。
「はい、注目!これからプロジェクトS計画を始めます。私がプロデューサーのミカです。宜しくお願いします。」
ミカプロデューサーは手にした紙をホワイトボードに貼り付けると各自確認するように伝えた。その紙にはこのホールにいる全員の名前が書かれて、彼女達はそれに従うように床に貼られている四角いテープの中に歩いていく。アトリエ達はピッタリ百名いる。そしてホール内には区切られた十個の四角いテープが貼られている。
「いいですか。今、同じテープにいる人達が今後、活動していくチームメイトです。しっかり名前と顔を覚えてください。」
「これはどういうことですか?」
彼女達の疑問にミカプロデューサーは答えた。プロデューサーによると事前にアンケートに記入したものをマイコがロードギアで分析して、最良のチームを作った。このチーム編成でイベントや芸能に挑戦していく。実はこのブロックではサービス業といった類がほとんど進んでいない。故に腕相撲のようなイベントでも観客を引き寄せられた。元チャンプも最初は独りでステージ上に立って戦っていたが彼女達を引き連れることによって観客がそれよりも多く集まってきたことに気づいた。いつまでも戦えられない元チャンプは彼女達の将来を考えてこのプロジェクトを計画していた。
「この案は皆さんを育ててくれた恩人が考えたものです。いつまでも彼に頼っていていいのですか?彼は皆さんを守る為に必死で戦ってきました。でも傷ついて今は動けません。これからは皆さんが戦う番です。皆さんのやりかたで戦います。」
プロデューサーの言葉に彼女達は黙り込んでしまった。彼女達はいままで大きな力に守られならが何不自由なく生きてきた。自らの意思で戦う、生きていくことなど考えたことなどない。不安と恐怖が彼女達の頭の中を入り混じっていく。
「甘ったれんじゃねぇ!お前達はアイツの所有物でもなんでもねぇ。自分の意志ってもんはねぇのか。チャンプはお前達の事を考えながら戦ってきたんだ!その想いをいい加減気づきやがれ!」
ドレイクの罵声がホールに響き渡ると彼女達の瞳から涙が流れた。不安と恐怖が表面に現れてきた。シクシクと泣く彼女達にかける言葉がない。そこにてんとが言った。
「今の言葉は・・・キツイようだが間違ってはいない。私達もお前達を養う財力もなければ、その気もない。私達には目的がある。故にこのブロックに残ることもない。お前達の面倒など見るつもりは毛頭ない。生きる術を失ったと嘆いているようだが助けてくれる者がいると妄想することはやめることだ。しかし絶望だけではない。お前達には同じ境遇の仲間がいる。まわりを見てみろ。」
静かなホールにてんとの声が響くと涙を流している彼女達の耳にも届いた。そして彼女達は同じ境遇の仲間を見つめ、手と手を取り合っていた。涙を拭き、立ち上がったアトリエは皆に言った。
「いつまでもメソメソしていても変わらない。プロデューサー達が協力してくれているのだから努力して、皆で生きていこう。」
涙を拭き、次々と立ち上がってきた。最後の一人が立った時、彼女達の瞳には涙ではなく決意に溢れていた。
「プロデューサー、お願いします!」
「厳しくなるわよ。覚悟しなさい!」
声を揃えるように大きな声が響く。プロデューサーとしてミカはこれ以上ない喜びに身を震わせていた。その日から数週間、厳しいレッスンは続いた・・・
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「チャンプ、体調はどうだい?」
「・・・元チャンプだ。敗者に声をかけるとは侮辱をする気か?」
「俺も元チャンプだぜ。すでにタイトルは返上したからな。」
「・・・・」
ドレイクは病室のパイプ椅子に腰掛けると腰ダルマと呼ばれる酒をテーブルに置いた。角升をふたつ並べると一升瓶の封を切り、注いだ。こぼれるくらい注いだ角升をひとつ手にすると一気に飲み干した。置いた角升に再び酒を注いでいく。
「どうした?うまいぜ。この腰ダルマは幻の酒って呼ばれているんだろ?たしかに手に入れるには相当苦労したぜ。まあ、そんな苦労もこの一杯で吹き飛ぶけどな。」
「病院で・・・しかも病人に酒を振舞うのか?」
酒を注いだ角升を手にまたも一気に飲み干したドレイクはなんともいえない表情を浮かべていた。ほのかに辛口な味わいでありながらも水のようにス~と身体に染み渡る。
「ふぅ~、さすがは幻の酒だ!身体中に染み渡るぜ!・・・・怪我はもう治っていると主治医が言っていたぜ。チャンプの身体は治りもチャンピオンだって言ってた。」
「怪我が治っていることは承知・・・だが、もう戦えない。」
角升に手を伸ばすと元チャンプは一気にそれを飲み干した。テーブルに角升を置くと再び俯いてしまった。ドレイクはその角升に酒を注ぎながら言った。
「もう、無理をしなくてもいいんだ。お前が守ってきた彼女達は今、懸命に努力している。
その成果を見せたくてな。必ず来てくれよな。お前が来なくちゃ、意味がない。」
ドレイクは懐からチケットを取り出すとテーブルに置いた。そのまま何も言わずにドレイクは病室から去っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「皆よく頑張ってきたわ。このプロジェクトSのSはスタートって意味を込められているの。チャンプは皆が立ち上がって歩き出すことを願っていたのね。そして今、皆はその名に恥じないくらい成長したわ。これからチーム名を発表します。」
10チームに分けられた彼女達の前にミカはゆっくりと歩いていく。そして各チームリーダーにブレスレットを渡していった。それにはSを中心にスタートとそれぞれのチーム名が彫られていた。
「チーム・シャイン。ステージ上で常に輝きを放つあなた方は誰もが魅了し続けるわ。チーム・スター。暗い夜空に光る星達。あなた方の光に誰もが目を奪われるわ。チーム・シスター。妹のような初々しさはすべての愛を一身に受けるでしょう。チーム・スカイ。透き通った青空が誰よりも似合うあなた方に誰もが清々しい気持ちを取り戻すでしょう。チーム・ショート。あなた方の明るく元気な姿を見れば誰もが元気になるでしょう。チーム・シャウト。あなた方の歌声は平和と幸せを届けてくれる。歌姫の誕生よ。チーム・スマイル。あなた方の笑顔で同じような境遇の人達に愛と幸せを与えてあげて。チーム・スペシャル。あなた方はスバ抜けたマジックを体得したわ。その素晴らしいマジックで驚きと夢を与えてあげて。チーム・スノー。あなた方は透明感のある清らかな心を得ているわ。ステージ上に立つあなた方は感動を皆に与えられるでしょう。最後にチーム・シー。母なる海のように寛大で広い心を持つあなた方はすべてのチームを取りまとめて、崩れない結束を築いてください。これらの言葉はあなた方を育ててくれたチャンプの言葉です。しっかりと胸に刻み、互いが助け合って、幸せを手に入れてください。」
ミカプロデューサーは一礼するとその瞳から涙がこぼれた。彼女達の卒業と幸せへの旅立ちにミカは嬉しくも哀しいなんとも言えない気持ちになっていた。そんなミカの想いをわかったのか、チームSの皆が近づいてきた。ミカを中心に円を描くように集まると大声をあげて泣き出した。
「ミカは大したものだな。あれだけの人数をまとめてしまうとは・・・まさに良妻賢母だ。タカヒト、いい女を手に入れたな。」
「うん、そうだね・・・えっ!
ちょ、ちょっと、待ってよ。僕達はまだそんな・・・。」
顔を真っ赤にしたタカヒトを連れてドレイクはホールを出ていった。彼らにはやらなければならないことがあるのだ。途中でリナにてんと、マイコと合流すると準備に取り掛かった。