ファッション通り
「それで地獄軍の侵攻状況はいかがかしら?・・・ええ・・・そうなの。そう・・・ええ・・・私が戻るまでどうかしら?そう・・・なら頼んだわよ。」
「ピサロ様・・・どうかされましたの?」
「どうやら地獄軍の侵攻が進んでいるみたいよ。」
「地獄軍はセシルが壊滅したはずでは・・・。」
「そうよ・・・でも壊滅させた地獄軍は囮だったようね。その隙をついて本隊が別ブロックから侵攻しているわ。しかもその本隊にセシルをぶつけようと思ったんだけど、リッパーを勝手に扱ったことに激怒しているらしいわ。」
「ルルドをぶつけるのはいかがでしょうか?」
「ルルドさんねぇ・・・気まぐれだから、無理かも。残るは・・・いいえ、やめておきましょう。アレはマズイわ。私が戻ればいい事だしね。ごめんなさいね、アリシアさん。ショッピングは次の機会にいたしましょう。」
「わっ、私のことを気遣って・・・ありがとうございます。感激です。」
瞳をウルウルさせながらアリシアは両手を目前で合わせた。ピサロとアリシアはすぐに出発準備を整えると部屋を出ていった。ピサロの専用列車はキングダムシティへと走り去った。そんな事態になっているとは露知らず、リナとミカは並べられた服を見つめながらお喋りに夢中になっている。荷物係として同行したタカヒトであったがやはり居場所がないようで隅にあるベンチに腰掛けていた。
「はぁ~あ・・・またこんな役割。僕じゃなくて、てんとやドレイクがやってもいいと思うんだけどなぁ~。」
ベンチでブツブツ独り言を言っているタカヒト。リナとミカの買物に同行することなどなく、今日も情報収集に出かけたてんと。マイコは必要な工具と部品を探しに出かけた。ドレイクはというと・・・
「ねぇ、リナ。ドレイクはどこにいったの?」
「さぁ、起きた時にはいなかったから・・・それより、これはどうかしら?」
「どこに行ったのか、気にならないの?」
「気になる?別にならないわ。彼の行動を束縛するのは疲れるし。」
ミカには少しリナの考えが理解できなかった。もしタカヒトがミカの知らない場所に行ってしまったらやはり気になるし、探してしまうかもしれない。ドレイクを完全に信じきっているリナはやはり大人の女性なのかもしれない。ちょっと、反省?したミカだった。
「えっ?信じきっている?」
「違うの?信じているから気にならないんじゃないの?」
「違うわよ。彼ってああ見えてプレイボーイなのよ。ここだと綺麗な美女が多そうだし、みんなに声をかけているかもしれないわね。」
「えっ!許せないよ、そんなの!」
「ミカが怒ることないわ。タカヒトじゃないのよ。私はねドレイクがそうしたいのならそれでいいと思っているわ。最後に私のもとに戻ってくればね。」
「う~ん、やっぱり理解できない・・・まだまだ子供かも。」
「フフ、ミカはミカのままでいいと思うわ。
大丈夫よ、タカヒトはドレイクとは違うから。」
それからもリナとミカは洋服選びを楽しんでいる。そんなふたりとはかけ離れた環境にタカヒトはまたも陥っていた。ベンチに座っていたタカヒトを取り囲むように買物袋を両手に抱えた女の子達が現れた。威圧感に襲われたタカヒトは黙って立ち上がるとその場から逃げるように走っていった。買物を終えたリナとミカはタカヒトの待つベンチへと歩いていく。
「アレ?タカちゃんがいない?何処に行ったんだろう。」
「だいぶ待たせたから、何処かに暇つぶしに行ったのよ。心配ないわ。」
「うん・・・・」
リナはそう言うがやはりミカはタカヒトのことが心配になっていた。そう考えると自分はまだ子供なのかもしれない。リナのようにはなれないとミカは思った。その頃、逃げるように走ってきたタカヒトは辺りをキョロキョロとしていた。
「アレ?ここは何処だろう?・・・もしかして迷った?」
タカヒトは同じところを行ったり来たりしているがミカ達にいるショップには戻れなかった。どこを見渡しても洋服店が並ぶ同じような光景だったからだ。急に心細くなったタカヒトはオロオロしながら歩き回るがさすがに疲れたのだろう、隅にあったベンチに腰をおろした。
「どうしょう、完全に迷子になっちゃった。宿もわからないし・・・。」
途方に暮れていたタカヒトの前を数人の天道人が通り過ぎていった。その誰もが興奮した表情で共通の言葉を発していた。そしてどういうわけか、タカヒトにはその言葉がとても気になってしまった。彼らは一応に「強者が現れた!」と繰り返しては階段を降りていく。その言葉に釣られるようにタカヒトは立ち上がると階段を降りた。階段を降りた先には人だかりができている。皆が興奮した様子でタカヒトが声をかけようにも耳に入らないようだ。仕方なく、人だかりをかきわけながら歩いていくとステージ上いる人物達に皆が熱い視線を送っていた。どうやらステージでは腕相撲が行われているようだ。タカヒトが足元に落ちていたチラシを拾うとそれには「挑戦者募集。君こそ未来のアーム・ウォーリアだ!」と書かれていた。そしてチラシには現チャンピオンの写真がデカデカとプリントされていた。
「あっ、このチャンピオンってあの人だ!うわぁ~、大きいなぁ~。」
タカヒトの視線の先には背中の毛がフサフサしている巨漢のチャンプがいた。戦績を見るとここ数年は誰にも負けたことがない。唯一、一敗を期してはいるが五百戦もしているのだから大した敗戦ではないだろう。どちらにしても最強のアームウォーリアには違いない。しかし誰もが強者と口を揃える者はチャンプとは違うようだ。そのチャンプと今、まさに対決しようとしている者が強者と呼ばれている。タカヒトの隣では興奮した天道人達が声をあげて叫んでいた。
「チャンプは五百戦しているが今回の挑戦者は稀に見る強者だ。流星のように現れたかと思ったら対戦者をことごとく倒していった。まさにダークホースだ!」
「俺もそろそろ次のチャンプを見たかったところさ。見ろ、あのチャンプの後を!女連れでもう勝ったつもりだ!」
確かにチャンプの後には天道人の女達が、しかもスタイル抜群の美女達がステージ上で華やかに並んでいる。誰もがチャンプの勝利を信じているようだ。タカヒトの目から見てもチャンプの勝利は揺ぎ無いと思ったが観客の誰もが強者と呼ばれる挑戦者の勝利を望んでいる。それにしても流星のように現れた強者とは何者なのだろうか?タカヒトの位置からは巨漢のチャンプの背中が邪魔をして挑戦者が見えない。
「すみません・・・通してください。」
人だかりを掻き分けならがステージに近づいていくと最前列まで来る事が出来た。フェンスがあってそれ以上進めないがここからならステージ上の挑戦者を見ることが出来る。タカヒトが初めて挑戦者の顔を見る事ができた。
「えっ?ドッ、ドレイク!」
ステージ上には上半身が裸で額に捻りハチマキをしたドレイクがチャンプを睨みつけていた。しかしドレイクが気になったのはチャンプではなく別の事のようだ。
「おい、俺が貴様に勝ったら後の女を全部頂くぜ!」
「ゲッ、グッア、グッア・・・勝てたらな!」
このやりとりには観客が歓喜の声をあげて喜んだ。このパフォーマンスとも取れるドレイクの言動がさらに彼を強者として認めさせる結果となった。だがこのことに激怒したのは現チャンプである。チャンプはアーム台を両手で力一杯叩くとそれまで響いていた歓喜の声が一瞬にして止んだ。沈黙の広がる中、ドレイクはそっとアーム台に腕を差し出すとニヤリと笑ったチャンプがガチッと腕を組んだ。
「ゲッ、グッア、グッア!細い腕だ!へし折ってくれるわ!」
顔を近づけて威嚇するチャンプにドレイクは冷静に言った。
「・・・勝負する前に歯を磨いてくれ。臭くてたまらん。」
この一言に観客達から笑い声が鳴り響いた。顔を真っ赤にしたチャンプが後を振り返ると彼を取り囲む美女達もクスクスと笑っていた。
「審判!早くゴングを鳴らせ!へらず口を消してやる!」
真っ赤な顔をしたチャンプと相反するように冷静なドレイク。双方に手を掴むと審判は一呼吸した。
「レディー・・・・ファイト!」
審判が手を離すとチャンプは歯を食いしばり一気に押し込んできた。それに耐えるようにドレイクの表情も険しくなる。歯を食いしばりながらも笑みを浮かべる余裕のあるチャンプに観客は静まりかえった。
「今回も同じ結果か・・・あのチャンプの鼻をあかす挑戦者が現れたと思ったが。」
劣勢に追い込まれてはいるが必死に抵抗するドレイクの姿を見てタカヒトは声をあげずにはいられなかった。
「ドレイク!がんばれ、がんばれ!」
懸命に応援するタカヒトの姿を見た観客の一人が声をあげた。
「おおよ、俺達は新チャンピオンの誕生を期待しているんさ!」
タカヒトのまわりにいた観客達が声をあげて応援するとそれは渦となって広がっていく。誰もがドレイクの、新チャンピオンの誕生を期待して応援する。その声はドレイクの心に届いた。
「この声援に応えねぇようじゃあ、男の価値が落ちる。
んじゃあ、いっちょ、いくぜ!」
額の捻りハチマキが千切れ、落ちるとドレイクの勢いが増していく。劣勢だった体勢も持ち直してきた。笑みを浮かべていたチャンプに焦りの色が見えてきた頃、ドレイクが優勢になっていたがさすがに五百戦してきた猛者である。チャンプも抵抗を続けるが劣勢には違いない。それでもドレイクが手を緩めることはなかった。額からアブラ汗が流れるチャンプの腕はピクピクと小刻みに震えていく・・・「ビキッ!バキッ!」と枝の折れるような音が鳴ると同時にチャンプの叫び声があたりに響き渡る。ドレイクの勝利が確定した瞬間だ。蒼ざめた表情の元チャンプは腕を押さえながら痛みに顔を歪めていた。そのままステージ上に膝をついた元チャンプは動く事ができない。新チャンプとなったドレイクは両手を高々とあげると同時に観客から歓喜の声が鳴り響いた。元チャンプは頑丈にできた担架に乗せられるとそのまま病院へと運ばれていく。歓声の鳴り止まないまま、ドレイクはステージから降りてくると観客によって創られたチャンピオンロードを歩いていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ドレイク、僕だけど入ってもいい?」
控え室に入ったタカヒトは利き腕を氷入りバケツに入れて冷やしているドレイクの姿が目に映った。
「大丈夫?」
「ああ、さすがにチャンプは強かったぜ。もう少しで闘気を使うところだった。」
「なんで腕相撲してたの?」
「・・・・まあ、暇つぶしだ。それよりいい情報を仕入れたぜ!」
情報収集をも行っていたドレイクがタカヒトに伝えようとしたその時、控え室のドアが「カチャ」と開く音がした。ぞろぞろと美女達が入ってくるとドレイクの前に並んだ。よく見ると彼女達は元チャンプが引き連れていた女達であった。
「私達はあなたの所有物となります。宜しくお願い致します。」
「はっ?・・・・さっき言ったこと気にしてるのか?あんなの観客を喜ばせるマイクパフォーマンスだぜ。気にするな。」
「ですが、私達は囲われた女・・・所有者なしでは生きていけません。」
「・・・・それじゃあ、元チャンプのところにいろよ。俺がタイトルを返上すれば、奴がチャンピオンに返り咲きできる。そしたら元通りに収まるぜ。」
名案だとドレイクは思ったがそれも無理なことだった。元チャンプが病院に行った結果、利き腕の肘が粉砕骨折を起こしているらしい。
「もう、彼が輝ける場所はないんです・・・・。」
落ち込む彼女達にドレイクはかける言葉がなかった。勝負とは非情なもの・・・勝てば富と名声を得られる反面、負ければすべてを失う。そんなことなど百も承知なのだが目の前にいる彼女達を見ていると言い様のない重いなにかがドレイクの背中にのってきた。