厖大なる力を持つ者
「!!きっ、貴様等!何の真似だ?この私に喰らいつくとはどういうことだ!」
砦から脱出すべく階段をおりようとしたタカヒト達は悲鳴を聞き振り返るとデノガイドが複数匹のイーターに囲まれていた。グーモー族の作戦に壊滅的な被害を受けたが数少ない生き残りのイーターが砦に戻っていた。そして瀕死状態のイーターにとってデノガイドを喰らう事は生き残る唯一の手段である。デノガイドの下半身には数匹のイーターがすでに喰らいついて、餌にありつけなかった残りのイーターがデノガイドの上半身に近づき飛びついてきた。飛び出した内臓に数匹のイーターが我先にと鋭い牙で喰らいつくと同時にデノガイドの悲鳴がフロア中に響きわたる。
「ゴカァ~~、やめろぉ~!このデノガイド様がこんな、こんなことが!ウギャ~~やめろぉ!やめてくれぇ~~ たっ、助けてくれぇ。ウワァ~~ゲガァ!」
イーターはデノガイドの内臓を喰らいながら内部をくり貫くように喰らい進んでいく。イーター達がデノガイドの脳に達するまでのわずかな時間・・・・デノガイドは激痛と恐怖を味わいながら死を迎えなければならなかった。
「まさに畜生の世界だが。早く脱出するだが・・・!!!」
その恐ろしい晩餐の光景にタカヒト達は急いで階段をおりる。だが階段をおりた先にも数匹のイーターの姿がありタカヒト達は急いで引き返す事となった。引き戻ったフロアには見るも無残なデノガイドの肉片が辺りに散らばっていた。もはやこのフロアに残った餌はタカヒト達だけのようだ。複数匹のイーターがヨダレを垂らしながら彼らを取り囲んだ。フロアの中央にタカヒト達、そしてその周囲には複数匹のイーターが取り囲む構造が成り立っていた。もう一度、徳の力を使おうと決意したタカヒトは徳の水筒の蓋に触れたが蓋は回らない。戸惑うタカヒトに餌を求めて複数匹のイーターが間合いを詰めてきた。
「どうしだが?さっきのアレになれないのだがぁ?」
「それが・・・水筒の蓋が取れないんだ!徳の力が使えない!!」
「そげなこつあるだがか!!」
グラモは絶叫にも近い声をあげて右往左往している。タカヒトは必死になって徳の水筒の蓋を開けようとする。徳の力以外でこの絶望的な状況を回避すべき方法はタカヒトにはない。複数匹のヨダレを垂らしたイーター達に囲まれている状況にデオルトは死を覚悟すると水筒の蓋を開けようとしているタカヒトの肩をポンっと叩いた。
「タカヒト・・・君達のおかげで本来の目的であるデノガイドは倒すことが出来た。やはり君達は勇者であったのだな。後はグーモー族がイーターの残党狩りをしてくれると確信している。我々は決して犬死では無い!」
「・・・そうだが、タカヒトは一生懸命戦ったがね。ワシらもようやったが・・・
もういっぺん、かかあの飯が食いたかっだがねぇ~~!!」
デオルトの言葉を聞き、グラモは死を受け入れた。グラモは諦めて座り込むと最後の願いを叫んだ。デオルトは笑みを浮かべ複数匹のイーターに囲まれている状況で床に膝をつき覚悟を決めた。数匹のイーターが我先にと言わんばかりにふたりに襲い掛かった。その瞬間、タカヒトの脳裏に学校でミカがタカヒトをかばって床に倒れこんだあの光景が重なった。
「嫌だ!もう大切な人を失いたくない!!」
タカヒトの心の叫びが、皆を守りたいという想いが強まった瞬間、デオルトの身体が紫色に光り輝いた。それと同時にタカヒトの周囲が暗闇に包まれるとデオルトもグラモもそれにイーター達も誰もいない空間が広まっていた。状況を理解出来ないタカヒトは暗闇の空間をキョロキョロと見渡している。すると紫色に輝く炎が目の前にひとつ見えた。タカヒトはその輝きに吸い込まれるように近づいていくと炎は更に輝きを増した。
「私を呼んだのはおまえか?」
「えっ、喋った?炎が喋った??」
タカヒトが驚いて腰を抜かすと炎は自らを厖大なる力を持つ者 紫玉と名乗った。タカヒトの大切な者を守るという心の叫び声に長い歳月の間の封印から開放されたと語る。だが封印を解かれたことに紫玉は嘆いていた。紫玉の力は絶大。故にこの力を得た者は殺戮、強奪、破壊とありとあらゆる罪を重ねていく。その事を常に嘆いていた紫玉は二度とこの世界に現れないようにパピオン国王に頼んでデオルトの中に封印されていた。それからの紫玉はデオルトの意識の深いところでずっと眠っていたらしい。無論デオルトはこの事を知らず国王だけが唯一紫玉の存在を知っていたのだ。
「そうか!デノガイドの捜していた紫玉はデオルトの中にあったんだ・・・
紫玉、僕達を助けてください。このままだと、皆が殺されてしまう。」
「もしお前が私の力を受け入たいのなら契約を交わそう。だがこの力を己が欲望に使い罪を重ねれば死を受け入れたくなるほどの業がお前に降り掛かるがそれでも良いのか?」
「皆を助けることが欲望かなんて僕にはよくわかんないけど・・・
それでも業が降りかかっても僕は皆を助けたい!」
力の使い方を間違えれば業が降り掛かる。紫玉の力がどのようなものなのか?正直、タカヒトには紫玉を使いこなす自信は全く無かった。しかし皆を助けられるのなら今はその力がほしい。どちらにしても紫玉の力がなければイーター達に喰い殺されるわけで選択の余地は無かった。自分の身に何が降り掛かろうと皆を助けたい。心の整理がついたタカヒトは真直ぐしかも素直な表情で紫玉を見つめた。
「僕は君と・・・紫玉と契約を交わします。」
その言葉を聞いた紫玉はタカヒトの目の前から消えた。すると辺りを包んでいた暗闇も消えて数匹のイーターがデオルトとグラモに飛び掛る前の囲まれていた状況に戻った。時間が少しだけ戻ったようだ。紫玉は消えていく際タカヒトに一言伝えた。
(契約を交わした。しかし忘れるな。己が欲を望めば破滅に向かうことを。)(紫玉)
タカヒトの目の前で数匹のイーターがデオルトとグラモにジリジリと近寄ってくる。目を閉じて覚悟を決めたデオルト、頭を抱え恐怖に怯えるグラモ。
「むっ、無念!もはやこれまでか・・・タカヒト、ここまで共に戦ってくれたことに礼を言う。ありがとう。」
「もういっぺん、かかあの飯が食いたかっだがねぇ~~!」
タカヒト達を囲む複数匹のイーター達は餌を目の当たりにして少しずつ距離を縮めていく。デオルトもグラモもすでに逃げるのを諦めていた。てんとは依然沈黙していた。その姿を見たタカヒトは三人を守るようにイーター達の前に仁王立ちした。この時タカヒトの心は皆を守りたいという想いでいっぱいだった。
「僕の中の紫玉よ!みんなを守る力を・・・・僕に力を貸してください!」
大声で叫んだタカヒトの身体が紫色に輝き始めると髪の毛と瞳が紫色に変わりデオルト達はその変貌ぶりに驚いた。いつもとは違う落ち着いた表情の紫タカヒトは両腕を広げるといくつもの小さな紫色の炎が周囲を覆うように現われた。次第に紫色の炎が薄らぐと紫色のピラミッド状の角すいが姿を見せた。右手の人差し指を頭上にあげると紫タカヒトが口をひらいた。
「アレスト、ターゲット・ロックオン!」
紫タカヒトを中心として複数のアレストと呼ばれる角すいは円周上にイーターを包み込むように配置された。角すいの尖端部をイーターに向けてアレストはただ浮遊している。アレストの数はイーターの数をはるかに上回っていてその厖大な数のアレストをイーターは警戒している。だが食欲には勝てずイーター達は顎を開くと鋭い牙を鈍く光らせて紫タカヒトに襲い掛かっていく。その瞬間、紫タカヒトは頭上にあげた右手の人差し指を水平までおろした。
「紫玉理力 アルティメット・アタック!」
紫タカヒトの身体から眩しいほどの輝きが発せられると動かずに浮遊していたアレストの尖端から紫色の細い粒子砲が放出された。その粒子砲がイーターの身体に触れると次第に溶け出して断末魔をあげながら死んでいく。その後、円周上に配置されたアレストは分散していく。
数体のアレストが円周上に回転していくといくつかの小さな円形を形成していく。再び粒子砲を放出しながら円周上を高速回転すると紫色の円盤状の粒子砲刃がいくつも形成された。紫色の粒子砲円盤刃は硬い甲殻に覆われたイーターの身体をいとも簡単に斬り裂いていく。紫色の粒子砲円盤刃に斬り裂かれていく同族の姿を目の当りにしたイーター達は食欲よりも恐怖が勝り、我先にその場を逃げようと必死に砦の窓から外へ出ようとした。その騒ぎ声に気絶していたてんとが目を覚ました。
「ムッ・・・あれは・・・紫玉・・・か?」
「てんと殿、気がつかれたか!・・・あれは一体?」
「紫玉・・・六道に存在するソウルオブカラーの一つ。なぜタカヒトが?」
砦の窓から飛び降りたイーターは転落死、フロアを逃げ回っていたイーターもアレストの追撃に斬り裂かれていく。畜生道で最も多く生息していた肉食系昆虫種のイーターは紫玉の膨大な力により一掃され絶滅した。それを確認したかのようにアレストはその場から消えると紫色に輝いていたタカヒトの身体も本来のタカヒトの姿に戻った。フラフラした身体で周囲を見渡したタカヒトは戦いが終わりデオルト達の無事を確認すると意識を失いその場に倒れこんだ。
「タカヒトよ・・・厖大なる力の使い方を誤らないことだ。」
塔を見上げながら茶色の厚手のマントを前にかき合わせ深々とハット帽をかぶっている人物は振り返るとその場から去っていった。
「タカヒト!タカヒト!しっかりしろ、タカヒト!」
気を失ったタカヒトにはデオルトやグラモの呼びかけに何の反応も示さなかった。てんとは周囲を見渡すと想像を絶する光景に戸惑っていた。自分の知らない間に何が起こったのか?デノガイドの残骸にイーターの斬り裂かれた姿はすべてタカヒトによるものだ。気絶しているタカヒトを見つめてこれから起こる想像も出来ない現実にてんとは不安を隠せなかった。