マレチナ
それから月日が流れたが天道軍も地獄軍も動きは見られなかった為、長老達はこの地に留まることに決めた。やはり先祖から受継いだ部落を失いたくはないらしい。長老の話を聞いたてんとは部落中央に見張り台を築き監視を怠らないことを指示した。そして天道軍と地獄軍に動きが見られた場合の処置として部落周辺に罠を仕込んでおいた。天道軍、地獄軍ともに飛行能力のある者は少数であり、高射砲を破壊された今、彼らには近距離戦闘しか考えられない。そう判断したてんとは少しでも足止めをして部落の女子供を避難させる時間稼ぎをと考えた。
「しかしこうも動きがないところを考えると
高射台の修復を行っているのかもしれんな。」
「奴らは機械人形の大部分を失った。地獄軍の追撃を警戒して防衛戦線を張ることに集中しているはずだ。もっともいいタイミングだったこの時期に地獄軍から追撃はなかった。」
てんとの気がかりはそこにあった。高射砲と機械人形を失い管理者サーズには手駒がないはずである。勝機であったにも関わらず三獣士達は攻め込む事すらなかった。しかも今となっては防衛戦線も構築されてしまっている。こうなっては高射台の修復も完了していてもおかしくない。うかつに近づけなくなった地獄軍は管理者サーズの出方を伺っているのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「噂を流したことが功を奏したようだ。
高射台と機械人形の進捗はどうなっている?」
ほとんどすべてと言っていいほどの機械人形を失った管理者サーズは防衛戦線を張ると共に数名の兵士を地獄軍の本陣に送り込んで噂を流していた。「サーズはすでに高射砲の修復を終えており、さらに機械人形を凌ぐ強力な機械兵団が控えている・・・」その噂は地獄軍の猛者達を動揺させるのに十分であった。追撃のタイミングを失った三獣士達、地獄軍には打つ手がなかったが天道軍も壊滅的な状況に追い込まれていた。高射台は破壊されたままで修復のめどは立っていない。機械人形もそのほとんどを失い戦力と呼べる兵器はまったくない。敗戦色の濃い兵士達は管理者サーズからの撤退の言葉を待っていた。そして今、サーズは兵士達を集めた。
「我らは想定外の事態に陥ってしまった。そこで私は機械人形を越える機械兵士を投入しょうと考えている。協力を願いたい。」
頭を下げるサーズに兵士達は驚いた。管理者であるサーズが一介の兵士に頭を下げたのである。だが兵士達にひとつ疑問が浮かんだ。機械人形はピサロから与えられた兵器であるが機械兵士と呼ばれる兵器は兵士の誰ひとりとして見たことがない。兵士達から動揺の声があがると兵士長のひとりが声をかけた。
「サーズ様。その機械兵士なる者はどこにいるのです?」
「光栄に思いたまえ!君達が機械兵士となりこの戦争を終結させるのだ!」
サーズは両手を頭上にあげるとすぐに防毒マスクをかぶった。その直後、サーズの後ろに控えていた機械人形が兵士達を取り囲むと口から一斉に黒色の煙を吐き出した。ドアはロックされて逃げることもできない兵士達は密室の中で苦しみ悶えるように倒れ込んだ。黒色の煙がなくなった頃、サーズの前に死を恐れない機械兵士が立ち並んでいた。防毒マスクを剥ぎ取ったサーズは満面の笑みを浮かべていた。
「どうだ、私の兵士達は!地獄の者どもに見せてやろう。我が精鋭を!」
サーズが歓喜の声をあげる中、ファーストブロックとセカンドブロックの管理者達が現れた。サーズの敗北を確信していた彼らであったがここに来て好機を知ると態度が一変した。
「さすがはサーズだ。ワシは信じておったよ。」
「うむ、これで我らの勝利は確実じゃの。」
「これは、これは管理者の皆さん。丁度良かった。皆さんにお願いがあるのです。」
「お願いとは・・・同じ管理者ではないか。遠慮せずになんでも言うがよい。」
「ありがとうございます。本当にあなた方には感謝しております。それでは遠慮せずにお願いしたいと思います。では・・・死ね!」
サーズの言葉を理解できないふたりの管理者は首を傾げたがその直後、周囲を機械兵士達に取り囲まれていることに気づいた。蒼白い顔をした機械兵士達は微動だにしない。動かない機械兵士の間から管理者達がゆっくりすり抜けようとした瞬間、機械兵士達に異変が起きた。機械音にも近い悲鳴をあげていくと兵士達の身体から金属らしき欠片は飛び出してきた。それらは身体を覆う鎧のように敷き詰められていく。恐怖に顔が歪んだ管理者達は震える膝をおさえながら逃げていくが機械兵士がそれを許さない。ファーストブロックの管理者が悲鳴をあげた瞬間、セカンドブロックの管理者の目に映ったものは胸部に機械兵士の腕が突き刺さり、口から血を吐いている姿だった。恐怖に腰を抜かしたセカンドブロックの管理者は声を震わせた。
「何故じゃ・・・ワシらが何をしたというのじゃ・・・
助けてくれ・・・お願いじゃ。」
「却下します。
私が欲しかったものはあなた方の兵士です。老先短いジジイなどいらん。」
「きっ、貴様・・・やめろ・・・やめてくれ・・・ぎゃあぁぁぁ~~~~!」
大理石の敷き詰められた床に血の海がひろがっていく。だがその後の光景の方が恐ろしいものであった。管理者サーズですら目を背けるほどの光景であった。蒼白い顔をした機械兵士達はフラフラとよろけながら動かなくなった管理者の肉塊を見下ろした。倒れこむように膝をつくと貪るように肉塊に喰らいつく。ほんの数時間の間にそこにいたふたりの管理者は完全に消えていた。しかし口のまわりを血塗れにした機械人形の欲が満たされることはなかった。次に彼らの標的になったものは管理者サーズのまわりにいた機械人形であった。
「こっ、こいつらは機械まで喰らうのか!」
数十体いた機械人形を取り囲むと機械兵士達が涎を垂らしながら掴みかかった。恐ろしい光景であった。機械で構成されている人形に機械兵士と化した天道の者達が喰らいつくのである。ほんの数時間前まで機械人形を恐れていた者達が今では機械人形に恐怖を与えている。機械人形に感情などないが喰らいついてくる機械兵士にその表情は恐怖で歪んでいるようにも見えた。バリバリと金属を噛み砕いていくとその成分が機械兵士の身体に組み込まれていく。食事を終えた機械兵士達は床にたまっていた血すら綺麗に舐め、何事もなかったかのように綺麗になっていた。血塗れの口をした機械兵士達は管理者サーズの前に整列した。
「フ、フフフ・・・私には絶対服従のようだ。今から貴様等はミーン・ウォーリアと呼ぶことにした。さあ、卑しい兵士どもよ。お前達に新たなる食糧を与えよう。豪華な晩餐を楽しむがいい!」
なんとも言えない重低音の声のような雄叫びをあげたミーン・ウォーリア達は列を成して行軍を開始していく。眼下に行軍していくミーン・ウォーリアを眺めながら管理者サーズはニヤニヤしていた。そしてその手には小さな小瓶を持っている。
「ピサロ様に頂いたコレを使うことになるとは夢にも思わなかった。マレチナか・・・・恐ろしいものを造られたものだ。」
管理者サーズをもってして恐ろしいと言わせたこのマレチナと呼ばれるものはピサロ自ら開発した金属ウイルスである。この金属ウイルスが体内に入りこむとまず理性を失い、食欲だけが増していく。マレチナに犯された兵士達は食欲からふたりの管理者の肉塊を喰らったのだ。しかも金属ウイルスは金属すら喰らう。マレチナに侵食されたミーン・ウォーリアは喰らう事だけを考えて生きていく。金属を喰らうのは自身の身体を強化することが目的である。何故、管理者サーズだけが被害に遭わなかったのか?それはマレチナに施されたプログラムが原因なのである。ピサロの打ち込んだプログラムには管理者サーズを守ることが記載されていた。ふたりの管理者が犠牲になって管理者サーズが犠牲にならなかった理由がこれだ。
「機械人形は失ったが、最強の兵士を得たことは喜ぶべきか・・・」
独り残された管理者サーズは行軍していくミーン・ウォーリアを見つめていた。一方、ミーン・ウォーリアの気配をいち早く感じ取っていたてんとは長老達を連れて部落から避難していた。無色でありながらも乾いた殺気はてんとも感じたことがない。ミーン・ウォーリアの行軍を見たてんと達は戦慄を感じていた。行軍がてんと達の前を通り過ぎていく。
「ぷはぁ~・・・息するのを忘れてたぜ!あれはなんなんだ?あんな乾いた殺気に出会ったことないぜ!」
「ドレイクもそう感じたか。あれは兵士というより機械に限りなく近い。どうやら管理者は奥の手を隠していたようだ・・・我らはどちらにつくかを決めなくてはならない。」
「そうだな・・・・やはり共通の敵である管理者を倒すってことでどうだ?その後はその時に考えるってことで?」
「なんか行き当たりバッタリって感じね。」
「いや・・・あの兵士達を倒すことを先決にすることは間違ってはいない。アレを残すことは我らにとっても不利なことには違いないからな。」
「おお~し、そうと決まれば後を追うぞ!」
ミーン・ウォーリアの行軍からかなり離れて彼らは後をつけていく。行軍は数里ほど列をなしているが先頭を行軍するミーン・ウォーリアはすでに三獣士率いる地獄軍と交戦状態にあった。三獣士は地獄の猛者でもっとも強き者の集団である破壊神七十二布武に属している。彼らの率いる兵士もまた強力な戦闘力と結束力を誇っていた。だが・・・・
「くそがっ、こいつら一体なんなんだ!」
「バラム、兵を一時撤退させる。撤退命令を出せ!」
アロケンは指示を出すと不本意ながらもバラムは撤退命令を兵に伝えた。それは戦争とは呼べなかった。地獄の猛者達が悲鳴をあげながら逃げ惑っていたのだ。ミーン・ウォーリアの動きはそれほど早くはない。地獄の兵士は柄が長い槍を振り回すと一気に一匹のミーン・ウォーリアに突き刺した。しかしミーン・ウォーリアは呻き声をあげることもなく槍の刺さった状態のまま兵士に向かってきた。恐怖に硬直した兵士の腕を握り絞めるとミーン・ウォーリアは兵士の頭に喰らいついた。そのまま噛み砕くと断末魔をあげながら兵士は地面に倒れた。槍が胴体を貫いたままミーン・ウォーリアは膝をつくと食事を始める。ミーン・ウォーリアが食事中の光景が至る所で行われると地獄の猛者達の士気は低下していった。恐怖に支配された兵士達にいままでの結束力など期待できはしなかった。腰を抜かし四つん這いで這いずりながら逃げる獲物にミーン・ウォーリアは涎を垂らしながら近づいていく。撤退命令に従った・・・いや、撤退命令が伝わったのは兵士の1/3にも満たなかった。
「地獄の猛者が恐怖に支配されるとはの・・・堕ちたものじゃ。」
「久しく開かなかった口から出た言葉がそれか!」
「バラム、フルカス!言い合っている場合ではない。体制を立て直す。」
アロケンの右手にどす黒い煙のようなものが集まるとそれを地面に押し付けた。どす黒い煙はミーン・ウォーリアを包み込むと呼吸困難に陥ったらしく喉や胸をおさえ苦しんでその場に膝まつく。その隙をつき、地獄軍は撤退していく。だが、どす黒い煙が消えていくと倒れていたミーン・ウォーリアはムクリと立ちあがり撤退していく地獄軍に向かって行軍を開始していく。ミーン・ウォーリアには兵士を倒すといった概念はまったくない。彼らは腹を満たす食事を行っているだけだ。そう彼らにとってこれは食糧を得る行動でしかなかったのだ。生物として普通に行動をしている彼らは涎を垂らしフラフラと歩を進めながら捕獲を期待している。