始まりの日
いつものようにランドタワーやビル郡は盛っておりこれから起ころうとする現実を誰もが受け入れる準備はなかった。調和と平和を愛するスカルマスターを信じてここまで発展してきたこの大都市をひとりの男がそびえ立つビルの屋上から笑顔に溢れている人々を見下ろしていた。茶色の厚手のマントを前にかき合わせ深々とハット帽を被っている。その者は世を儚う者レインであった。
「やはり流れを変えることは不可能なのか・・・・。」
レインはそういい残すとビルから姿を消した。レインが見下ろした先にはアレスとジェイドは潜んでいた。カイザーとジャスティスが現れたということは間違いなくピサロの命令でふたりを消す為にきたとアレスは理解している。ならば生き残る為にはスカルマスターを捕獲するしかなかった。月太陽ももうじき現れる。その時こそがスカルマスターを捕獲する絶好のチャンスなのだ。カイザーとジャスティスに脅えながらアレスは月太陽の現れるのをジッと待っていた。だがジェイドは違う。カイザーらに殺されるとは思っていない。それよりもユラを手に掛けねばならない事が恐怖として背中にズシンと圧し掛かっている。
「・・・また失うことになるのか?」
「ジェイド、何か言ったか?」
「いや・・・・!」
ジェイドが携帯端末に目をやると画像に南の都市でハスターが暴走しているとの情報が流れていた。ハスターと都市の警備兵との戦闘が拡大、被害が大規模に及んでいた。それに続くように今度は北の都市ではダゴンが海面より現れ都市を破壊しているとの情報も流れてきた。
何かが動いている・・・・そう確信したジェイドはアレスを連れてランドタワーの状況がギリギリ見える場所まで後退していくことにした。
「ジェイド、何を考えている?スカルマスターを捕獲しなければ命がないんだぞ!」
「捕獲してもピサロは俺達を殺すだろう。俺達はピサロにもてんとにもそして神野国の達人にも追われている。生き残るには情報の収集とタイミングが必要だ。」
「・・・・」
アレスは言葉を失った。もはや天道の十六善神という肩書きは過去のものであり現在は逃亡者なのだ。味方と呼べる者はジェイドしかいない。渋々ジェイドの後を着いていくこととした。ハスターとダゴンの破壊活動は拡大して北と南の都市はほぼ壊滅状態に陥っていて、次に狙われたのは東の国である神野国と西の都市であった。西の都市はクトゥルーがやはり海面から現れた。北と南の都市の壊滅情報を得ていた西の都市の防衛隊はすでに防衛戦線を張っていた。西の都市は防衛に関わる兵器をツァトゥグアから購入しておりその兵器類は高い殺傷能力を持っていた。その兵器のひとつである長距離弾道レールガンはすでにクトゥルーに標準を合わせていた。
「我が国の力を思い知らせてやる。撃て!」
合図とともにレールガンが一斉に砲撃を開始した。強靭で柔軟性のあるクトゥルーの身体をレールガンから放たれた弾丸は貫くことは出来なかった。笑みを浮かべるクトゥルーに対して次なる手段に打って出た。それは対クトゥルー用の弾丸である。兵士達は慎重に弾丸をセットすると再び標準をクトゥルーに合わせた。
「化け物め、これでもくらえ!」
レールガンから放たれた弾丸はクトゥルーに直撃した。まったくの無傷で笑みを浮かべたクトゥルーの表情が一瞬にして曇った。身体が急激に冷え脚部から硬直していく。高濃度に圧縮された液体窒素が弾丸に搭載され直撃を受けたクトゥルーは文字通り氷付けにされた。弾丸すら跳ね返す強靭で柔軟性のある皮膚も凍結すれば意味もなくなる。薄れる意識のなかクトゥルーの眼に映ったものは複数のレールガンから放たれた弾丸だった。激しい爆発にクトゥルーの身体は焼け焦げ、一部はただれ落ち、もはや原型を留めてはいなかった。防衛隊の歓声に敗北を味合わされながらクトゥルーの残骸は海中へと沈んでいった。
西の都市からツァトゥグアに兵器の追加注文が殺到。その情報を聞きつけた北と南の都市からも注文が殺到した。すでに回線がパンク寸前だった。
「北と南の都市が壊滅寸前と聞いた時は心臓が破裂しそうやったで、ほんま。まあ、これでワシも当分安泰やな。ゼニに比べればワシ以外の命はクズやわ。」
ツァトゥグアは葉巻をくわえながらニヤケている。北と南の都市が壊滅寸前であるが六亡星のクトゥルーが消滅で戦況は五分五分である。ツァトゥグアの商戦としては都市に兵器を売り続け残りの六亡星との大戦争を続けられれば兵器は常に需要がある。ツァトゥグアの思い描いていたシナリオ通りに事は進んでいった。情報を得たてんとは冷静に分析していた。北の都市・南の都市・西の都市と戦闘が行われている。東の都市がまったく無傷である。地図上を指差しルサンカが言った。
「東には神野国とその先にツァトゥグアの兵器製造国家があるだけです。」
神野国にはなんらかの破壊行為が行われても誰もそれに気づきはしないだろうがツァトゥグアの国は小国家とはいえ破壊行為が行われれば情報が流れてくるはずである。それどころか兵器の製造が追いつかないほどとなればこの戦争にツァトゥグアが関わっているのは確実である。てんとはツァトゥグアの行動に懸念を感じながらもランドタワーに向かうことにした。
ツァトゥグアは異なった行動をしているが他の六亡星は東西南北の都市の壊滅行為を行っている以上ランドタワーへいずれ集結するであろう。それは大都市の者達の不安をあおり闇夜の岬にスカルマスターが現れることを期待している。
「スカルマスターの命を狙っている・・・と解釈するべきだな。」
「・・・もしそうであっても私は行きます。」
ユラの決意は揺らぐ事はなかった。諦めにも近い表情でてんとは戦術について考える。不安要素がいくつかある。カイザーとジャスティスの存在とこの戦争を後ろで操作する人物の存在だ。
「やはりピサロが糸を引いている。」
北、南の都市の崩壊情報はすでにランドタワーのそびえ立つ大都市にも伝わっていた。人々はパニックに恐れ逃げ惑うが逃げる場所すらなく荷物を抱え右往左往している。都市の破壊を終えた六亡星達はすでに大都市に向かっている。恐怖に支配された人々がすがるのは神と崇めたスカルマスターしかいない。必然的に人々は闇夜の岬に集まると両手を合わせスカルマスターが現れるのを祈っている。薄曇のなか、月太陽が輝いていた・・・・。
破壊活動を完了したダゴン、ハスターに神野国を破壊したナイアルラトホテップがすでに大都市に近い海底を移動していた。てんとは海中を移動するナイアルラトホテップの姿を確認した。
「ナイアルラトホテップも大都市破壊に向かっている。他の六亡星も同じ行動をしているはず。急がねばなるまい。飛行艇の出力を最大まで上げるのだ!」
飛行艇は出力を上げると海中を移動するナイアルラトホテップを追い越し大都市へと全速力で飛行していく。ユラはスカルマスターとして鎧をまとい準備をして、てんと達も戦闘体勢を整えていく。神野国の武器技術は相当進んでおりそれぞれのマテリアルフォースに合った武器を装備する。ミカは小さいながらも自然の力を操る事が出来る事から与一の弓矢を、リナは大地の鞭を装備した。ルサンカは力王のベアナックル、てんとは大鷲の薙刀を手にした。
「いきなり実戦での使用となるが無理はしないようにな。」
「ねぇ、タカちゃんのはないの?」
「もちろんある。タカヒトだけにしか扱えないとびっきりの武器がな!」
その頃シェルター内ではドレイクとタカヒトが疲れきった姿で仰向けに倒れていた。なんとか上半身を起こしたドレイクが息を切らしながら倒れているタカヒトに言った。
「ふぅ~・・・どれ修行はこれくらいにしておくか。明日には大都市に着くはずだ。最後の一日はゆっくり休むことにしよう。」
タカヒトはうなずくとゆっくりと身体を起こした。膝はガクガクして壁に寄り添いながら一歩一歩進んでいく。ゆっくりとシェルターの扉を開けるとそこにはミカが立っていた。
「ミカさん・・・お腹が空いた。」
「がんばったね、タカちゃん。ご飯用意できてるよ。」
ミカの肩を借りながら食堂へ向かっていくといい匂いがしてきた。タカヒトは急ぎ椅子に座ると用意されたご馳走をぺロリと平らげてしまった。おかわりを要求したタカヒトがむせて咳き込むとミカが優しく背中を摩った。
「ほらほら、タカちゃん。誰も取らないからゆっくり食べなさい。」
咳込みながらうなずくタカヒトは抱えていた皿をテーブルに置きゆっくり食べていく。
「ミカがいないとてんで駄目な奴だな・・・ゴボッ、ゴホッ!!」
隣で食べていたドレイクは呆れていたが同じように咳込みむせた。やはりリナに背中をさすってもらっていた。
「たいした違いはなさそうだな。」
てんとの一言に顔を赤くするドレイク。食事を終えたタカヒトはシャワールームで汗を流す事にした。シャワーを浴びるが両腕が上がらず髪の毛をなかなか洗えない。なんとかシャワーを浴びて着替えるとベッドの上に倒れこんだ。久しぶりのフカフカのベッドにタカヒトは深い眠りについた。どれくらい眠ったのだろう・・・タカヒトが起き上がり操縦室へと歩いていくとすでにてんと達は戦闘体勢を整えていた。オドオドするタカヒトにミカが笑顔で近づいてきた。
「タカちゃん、ゆっくり眠れた?」
「うっ、うん・・・・僕・・・どうするの?」
ミカがタカヒトの手を引いて操縦室を出るとメインホールに来た。そこでタカヒトに装備品を指さすと準備するように言った。タカヒトの目に映ったのは二本の鋭い刃とも言える武器だった。飛行艇はナイアルラトホテップを追い越したがダゴンとハスターはすでに大都市の見える位置まで近づいていた。防衛システムがそれに反応すると警報音が大都会中に流れ出す。防衛システムの警報音が鳴り止むと同時にランドタワーやビル郡が地下に沈んでいく。大都会の最も外側に位置する部落の更に外側の地面がひび割れを起こすと巨大なウォールが飛び出してきた。
ウォールは大都市の四方八方を覆い隠すようにそびえ立つ。ダゴンはウォールに近づくとその鋭い爪で切り付けた。だがウォールには傷ひとつつかずダゴンは爪撃を繰り返していく。上空を旋回しているハスターからはウォールに包まれていない上部からランドタワーが丸見えだった。旋回を止め急降下していくハスターはランドタワーを目の前にして何か強固な物体にブチ当たった。再び旋回をして周囲を確認するハスターの眼にはウォールの上部を覆う透明な球体状のウォールが映った。実は大都会には侵略に対して攻撃を行う兵器はない。
調和と平和を掲げるスカルマスターの意に反するからだ。しかしそれを補う防衛システムがある。すべての管理をコンピューター化にすることで人的な作動は伴わず全自動で防衛システムが働く。北南東西の都市に懐疑心を与えないように秘密裏にこの防衛システムは開発されていた為に大都会に暮らす人々には知られてはいない。ウォールの発生に驚愕していたが防衛システムだとわかると恐怖に支配されていた人々から歓声が沸いた。大都会の防衛システムが働いた事はすぐに映像として黄泉の国中に流れた。それはもちろん飛行艇にも流れた。
「ユラ、防衛システムの事は知っていたのか?」
ユラはうなずいた。防衛システムについて知っている事を語り始めた。このシステムはユラが第二十九代目スカルマスターとなる以前、第十二代目のスカルマスターが計画したらしい。それから数百年の間、歴代のスカルマスターを経て第二十七代目のスカルマスターにより完成したらしい。ユラ自身、防衛システムは先代のスカルマスターに聞いただけで実際に目にしたことはないと言う。
「人々が無事で良かった・・・」
涙を浮かべながら喜んでいるユラにミカはそっとハンカチを手渡した。飛行艇は大都会には入れないがこれだけの鉄壁の防御力があれば六亡星達もいずれ諦めるだろうとてんとは語った。
「甘いぜ!六亡星はともかく
この世界にはカイザーとジャスティスがいる事を忘れるな。」
ドレイクの言葉にてんとは考えを巡らせた。これだけの防衛システムを攻略できるほどカイザーとジャスティスの力は強大なのか。ドレイクの表情からはそれも有り得ると納得すると共に警戒を怠らないように皆に伝えた。そしてそれは現実のものとなった。依然、ウォールに爪撃を繰り返すダゴンと透明な球体に体当たりを繰り返すハスターにウンザリしながら更に上空で見下ろすカイザーとジャスティスの姿があった。
「本当に六亡星は低能な集まりのようだな。どうする、カイザー?」
「想定と一致。援護を開始。」
「馬鹿の相手は疲れるものだ。まあ、あの飛行艇がどうするのかも見ものだな。」
急降下したカイザーとジャスティスはダゴンとハスターから見えない死角に潜むと共に神々しい光をダゴンが爪撃を繰り返すウォールとハスターが体当たりを繰り返すウォールの上部に放った。衝撃音と共にダゴンやハスターの攻撃を受け止め続けた強固なウォールはいとも簡単に融けていく。その融けた穴からダゴンが大都会を覗き込むと歓声をあげていた人々から悲鳴があがった。ダゴンはその穴に爪を引っ掛けると簡単にウォールを引き裂いた。ゆっくりと身体をウォールの内部に入れていくと人々の悲鳴がダゴンを歓迎してくれた。歓喜にも近い表情をしたダゴンは足元に広がる部落を踏み潰していくとなんともいえない表情を浮かべる。それはハスターも同じだった。透明な球体を破壊して内部を旋回している。標的を定めると急降下していった。ハスターの標的となったのはそびえ立つビル郡だった。六本の鋭い腕らしきものと三本の足らしきものを巧みに使いビル郡を切り裂いていく。それらを切り裂く度に悲鳴が鳴り響く。それがハスターには心地よかった。ダゴンもハスターも黄泉の六亡星としてこの世界で与えられた場所で生を保っていたが本来は凶暴で破壊を楽しむことが彼らにとって生と呼べるものであった。彼らは今、生きているのである。だが生きるということは死もまたあるのである。生を楽しんでいるダゴンとハスターに今、死が迫っていた・・・・。