いざ、大海原へ
大切な友人との別れにタカヒトは落ち込んでいた。馬車の荷台ではタカヒトを心配しつつも声を掛けられないミカと計画を確認しているリナとてんとが同乗して、薄暗い鍾乳洞をルサンカの操る馬車は少しずつ進んでいく。
「・・・タカちゃん・・・これ・・・直接、手渡すの恥ずかしいからって。」
ミカはタカヒトに手紙を渡した。それはミカにウイルが手渡したものだった。タカヒトはウイルの手紙を読み始めた。ジッと見つめるタカヒトの横顔をミカは黙って見ている。涙を流しながら読んでいたタカヒトであったがそれを読み終えると涙を拭き決意した表情でミカに言った。
「ミカさん、ありがとう。」
「えっ・・・どうして?」
「ううん・・・なんとなく。」
顔を赤らめ照れているタカヒトにミカはニッコリした。なんとなくタカヒトとの距離が近づいた気がしたからだ。それからミカは少しの間、タカヒトと他愛もない話したがそれでもミカは楽しそうに喋っている。そんなミカの笑顔がタカヒトにとってとても心地よく安らぐ感じがした。
「ねぇ、タカちゃん・・・ウイルの手紙には何が書いてあったの?」
「・・・・内緒。」
ミカが嬉しそうに笑った。タカヒトが記憶を失って以来こんなに楽しい時間を過ごしたことなどなかった。ミカは涙が込み上げるのを必死で抑えながら笑顔をタカヒトに見せていると馬車を止めてルサンカが声を掛けてきた。
「出口に到着しました。」
薄暗い鍾乳洞の先に一寸の光が差し込んできた。てんとの指示で馬車を止めたまま、ルサンカとてんとは偵察に向かい、しばらくすると二人が戻ってきた。安全を確認すると再び馬車は光の先へと進んでいく。
タカヒトは飛び込んできた眩しい光に目を覆った。少しずつ目が慣れてくるとそこは広大な海原が視界に映った。青く透き通る様な空に砂浜に押し寄せる波は穏やかそのものであった。静かに流れていく時間の感覚は数日前までクトゥルーが支配していたとは思えない。しかしその幻想はすぐに壊された。
「船は出せんよ。」
それは船場での出来事だった。ジェイド達を追う為に船長に船を出してもらうおうと交渉したがすぐに決裂してしまった。理由は簡単な事だ。ジェイド達が向かった場所は闇夜の岬であり原因はわからないがクトゥルーら旧支配者達も向かっていると船乗りの間で噂されていたからだ。
「ワシ等船乗りは恐いモノなしと言われているが流石に旧支配者達の集結する闇夜の岬へ船を出す者はおらんよ。」
「そうか・・・・ならば船の売買は出来ないか?」
船長は首を傾げた。素人に操れるほど海は甘くはない。だがてんとも負けてはいない。航海術を心得ていると伝えた上で現在の海や風の状況を考慮してこの船場で最も小さい船を捜していく。
「これを売ってもらおうか。いくらだ?」
てんとが選んだ船は小さな漁船だった。型もかなり古くタカヒトは不安を感じていた。てんとは船長に金を払うとルサンカに馬車を船に積むように伝えた。リナとミカには食料と水を運び込むように伝えると三人はそれぞれに準備に取り掛かった。
「あのぉ~・・・僕は何をしたら・・・」
「・・・別に何もない。」
冷たい一言にタカヒトは落ち込んでしまった。それでもてんとが漁船に向かっていくとその後を追うように着いていった。てんとは漁船を満遍なく点検していく。何もわからないタカヒトは黙って後を着いていくしかなかった。するとてんとは振り返るとタカヒトに言った。
「タカヒト、塗料を貰ってきてくれ。」
「塗料・・・うん、わかった。」
タカヒトはなんとなく嬉しくなると走って塗料を貰いに行った。戻ってくるとタカヒトはてんとに言われた通りに漁船に塗装を施していく。そんな準備が二日ほど掛かった。
「お前さん達、気をつけてな。無茶な事はせんでおくれよ。」
「ありがとう、船長さん。」
「よし、では大海原へ出航だ!」
タカヒト達を乗せた漁船は闇夜の岬を目指して大海原へと船出を開始した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アレス、ここは一時退くぞ!」
ジェイドは念力を使い、岩を持ち上げるとダゴンの顔面にぶつけた。ダゴンがひるんだ隙にジェイドは手負いのアレスを連れて岩場へと身を隠した。顔面に着いた岩の破片を取り除いたダゴンが辺りを見渡したがすでにそこにはジェイド達はいない。怒声をあげながらダゴンはその巨体を動かし大陸へと歩いて行った。
「九死に一生を得たってところだな。大丈夫か、アレス?」
ジェイドが言うとアレスは悔しそうな表情を浮かべた。数分前に彼らはこの大陸に上陸して来た。そこに海中から姿を現したダゴンに遭遇してしまったのだ。
「ふん、また現れたか!返り討ちにしてくれる!」
アレスは身の丈よりもデカイ大剣を振りかぶると向かってくるダゴンに振り下ろした。鋭い剣風がダゴンに襲い掛かったが剣風はいとも簡単にダゴンの硬い皮膚に弾かれてしまった。アレスは再び大剣を振りかぶると鋭い無数の剣風を繰り出した。ダゴンはダメージを受ける事も怯むことなく砂浜に足を踏み入れた。
「ほう・・・ならばこれならどうだ?」
アレスは大剣を八相に構えると走りダゴンに向かっていく。砂を蹴りながらダゴンに向かっていくアレスの表情は自信に溢れていた。
「チェェェ~~~スト!」
気合いの一撃がダゴンの身体を斬りつけた。マテリアルフォースによりアレスの力は常人の数十倍にも達していた。大剣も普通の者なら十名でも持てない代物で岩盤も大木も簡単に斬り裂いていった。斬れぬものなどないとアレスは常に豪語していた。その大剣がダゴンの肩で止まった。アレスの柄を持つ手に激しい痺れがあった。
「なっ、なんだと?バッ、バカな!俺の斬撃を受け止めるだと!」
動揺するアレスの視界に巨大な影が映った。次の瞬間、アレスは衝撃と共に砂浜に身体を打ち付けられた。頭を激しく打ちつけ、意識が朦朧とした中、薄っすらダゴンの姿が見える。震える身体にしっかりしない意識・・・アレスの戦意はもはや喪失していた。
「アレス!」
ジェイドは意識を集中させて岩を持ち上げるとダゴンの顔面にそれをぶつけた。ダゴンは両手で顔面を覆い苦しんでいる。激痛を堪えながらもダゴンは両手で顔についた岩の破片を取り除こうと必死だ。その隙にジェイドは手負いのアレスを連れて岩場へと身を隠した。視界を確保したダゴンは辺りを見渡すがジェイド達はすでに身を隠した後だった。
「グガアアア~~~!」
怒声をあげながらダゴンは大陸へと歩を進めた。身を隠しながらジェイドはダゴンが去っていくのを監視していた。
「ダゴンを侮っていたようだな・・・流石は旧支配者といったところか。今後はそのつもりで対応していかねばならんな・・・まずは怪我の治療だな。集落を探すとするか。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一方、船出したタカヒト達は穏やかな航海であった。海が荒れることもなくタカヒトは釣りをしながら大きな欠伸をしていた、
「ふぁあああ~~~あああ・・・」
「どう、タカちゃん。釣れた?」
ミカがタカヒトの座る横に置いてある大バケツを眺めた。数匹の魚が大バケツの中を泳いでいた。
「すごい。タカちゃんって釣りの才能があるんだね、知らなかった。」
満面の笑みで微笑むミカにタカヒトは少し顔を赤らめて照れた。褒められた事がとても嬉しかった。記憶を失ったタカヒトは褒められた記憶がない。それだけにミカの満面の笑みと言葉が心に響いた。機嫌を良くしたタカヒトは大物を釣上げ、ミカの喜ぶ顔を見ようと釣り糸を海にたらすとそこにてんとがやってきた。てんとはミカからタカヒトの釣果を聞いたがさほど反応を示さずにタカヒトの隣に来た。少し緊張しながらもタカヒトは横目でてんとを見ているがそれでもてんとは無反応だった。ニコニコと笑みと浮かべるミカと無反応のてんとにはさまれてなんとなく不安になるタカヒト。
「てんとさん、なっ、何か僕に用事でもあるの?」
「・・・別に用はない。ただ釣りを見ているだけだ。迷惑か?」
「べっ、別に迷惑って訳じゃあないけど・・・ちょっと、やりずらいかな。」
「そうか・・・なら離れよう。」
てんとはそう言い残すとその場を去ろうとした。しかしなんとなく罪悪感を感じたタカヒトは立ち上がるとてんとを引き止めた。てんとは疑問を感じるとタカヒトを見つめた。
「・・・・離れなくてもいいです。」
顔を赤らめタカヒトは言った。そう言われるとてんとも不思議に思いながらもその場に留まった。タカヒトははじめ緊張して強張っていたのだが次第に落ち着いてきた。それは不思議な感覚だった。ミカともてんと共それほど親しい訳ではない。もちろんそれは記憶を失っているからなのだがそれでもタカヒトはなんとも心地良い感じがしてきた。ミカとてんとにはさまれてタカヒトは心が穏やかに釣りを楽しむことが出来た。
「なんだろう、この落ち着く感じは?」
「うん?何か言った、タカちゃん。」
顔を赤らめ首を横に振ると釣りに専念するように竿を握った。ミカとてんとがいるこの空間がタカヒトにとってとても幸せだった。
「おい、竿が引いてるぞ。」
「えっ?・・・・あっ!」
竿が急にしなるとタカヒトは竿を引き寄せるように強く握りしめた。折れるくらいにしなる竿を必死に引き寄せる。ミカの声援が耳に響いた。ミカとてんとが見守る中、懸命に竿を握っては引き寄せていく。
「うわっ!」
糸が切れてタカヒトは竿を持ったまま後ろに倒れ込んだ。ミカが手を差し伸べると頭をかきながらタカヒトは恥ずかしそうに立ち上がった。
「タカちゃん、残念だったね。」
「ううん・・・」
恥ずかしそうに笑みを浮かべながらタカヒトは言った。ミカもタカヒトの嬉しそうな表情を見て喜んでいた。てんとは海面に目を向けると大陸が近づいてきた事に気がついた。
「いよいよ大陸に上陸するぞ。」
タカヒトが固唾を飲み込み緊張感が走った。大陸はその巨大さを見せ付けるように次第に大きくタカヒト達に迫ってくる。