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未来のきみへ   作者: 安弘
黄泉の国編
125/253

選ばれし者は・・・

 「いよいよだね、なんか緊張してきた。」


 「なんでタカヒトが緊張するさ?」


 「だって・・・」


 黙り込むタカヒトを見てウイルは笑った。選抜試験でウイルの演奏するパートには二十名の参加者がいる。皆、演奏の順番を待ちながらも練習を欠かさない。試験会場から肩を落としながら出て来た者、涙を流しながら出て来た者。誰も笑顔や自信に満ちた表情を浮べていない。


 「十八番!中に入りなさい。」


 「!ウッ、ウイルの番だ!・・・ウイル、がんばって!」


 「楽しんでくるさ!」


 ウイルはドアを開けると部屋の中へと入っていった。部屋の中には五名の審査官が対面するように座っていた。なるほどこれなら本来の実力の半分も出せないなとウイルは納得した。いつものウイルなら動揺していただろう。だが今のウイルは違う。ウイルの頭の中は心配そうな表情をするタカヒトの顔が浮かんでいる。


 「フッ、フフ・・・そんなに心配することないさ。さあ、演奏するさ!」


 ウイルはトランペッターを口にすると勢い良く演奏を始めた。ウイルの繰り出す音の響きは部屋中に広がり審査官の心を揺さ振った。その魂の叫びのような音の響きは審査官の心を握り締めてはなさない。演奏するウイルには審査官の事など頭になかった。ウイルの頭の中にはタカヒトと遊んだ愉しい日々が浮かんでいた。ウイルはうまく演奏する事だけを考えてそれが一番上手くなる方法だと思っていた。


 「タカヒト、音楽の素晴らしさが今、分かったさ。」


 そう、上手く演奏するのではなく自分が心の底から愉しむ事。そして大切な友達の喜ぶ顔を見たいから演奏する。今、ウイルは心配そうな顔をするタカヒトが笑顔になる事を願ってそれだけを考え演奏していた。すべての演奏を終え、ウイルはトランペッターを口から離した。少し余韻を残したように審査官の一人が口を開いた。


 「・・・よろしい。次の者を呼びなさい。」


 一礼するとウイルは部屋から出ていった。その姿を見たタカヒトは走ってウイルに近付いて行った。


 「どっ、どうだった?」


 「タカヒトのおかげで上手くできたさ。」


 「???」


 頭を傾げるタカヒトをウイルは笑顔で応えた。結果は後日発表される。それまでタカヒトはウイルのトランペッターをずっと聴いていた。


 「やっぱりウイルが一番だよ。」


 「そう言われると少し自信がつくさ。」


 そして発表の日となった。ウイル達二十名のトランペッター演奏家達は個室に集められた。そこには審査官がひとりだけおり手には合格者の名簿を持っている。緊迫した空気の中、試験管が口を開く。


 「皆さんの演奏には大変感動させられました。しかし残念ながらこの場に選ばれない方がおられます。

  今から名前を呼ばれた方は真に残念ではございますが退室を願います。」


 審査官は淡々と名前を読み上げると続々と部屋を演奏家達が出ていった。選ばれる者は五名と決まっている。五人、十人と名前を呼ばれていくがウイルの名前はまだ呼ばれてはいない。演奏家の数が減っていくにつれてウイルの緊張感はピークに達しようとしている。


 「ウイル・・・退室を願います。」


 「えっ!・・・あっ、はい・・・・・。」


 最後のひとりの名前が呼ばれた。ウイルは振り返るとそこには選ばれた五名がいる。あとひとりというところで惜しくもウイルは落選してしまった。部屋のドアを開けたウイルの目にタカヒトの姿が映った。


 「・・・ごめんさ、タカヒト。落ちてしまったさ。」


 「僕、抗議してくる。だって、ウイルの演奏が一番上手かったんだ。あんな審査なんておかしい!」


 「タカヒト、やめるさ!・・・気持ちは嬉しいさ。でも審査は絶対さ。」


 タカヒトを引き止めるとウイルは言った。そうなのである。ウイルの言うとおりなのだ。審査官がウイルは落選と決めた。それならば従うしかない。正直言ってウイル自身、今回の演奏の出来ばえはいままでにないくらいの最高の出来栄えだった。練習量も過去最高であり、いままでにない手応えも感じていた。


 「悔しくないって言ったら嘘になるさ・・・でもまだ諦めたわけじゃあないさ。今回の演奏で一つ学んだ事があるさ。」


 「学んだ事?」


 首を傾げるタカヒトにウイルは笑顔を見せた。ウイルはタカヒトと出会った事でもっとも大切な事を学んだのだ。それは音楽際のメンバーに選ばれる事でも名声を手にすることでもない。もっと単純な事であった。


 「さて、タカヒト。緊張が解けたら腹が減ったさ。飯でも食べるさ。」


 ウイルはタカヒトの肩に手をまわすと笑顔で食堂に向った。食堂には選ばれずに涙を流している者達がいた。哀しみを押し殺すように酒を手に飲んだくれている。そんな彼らのテーブルにタカヒトとウイルは座った。


 「おいちゃん、ダブルゴマ丼たのむさ。」


 すぐに料理されたダブルゴマ丼をウイルはかきこむように食べていく。腹一杯になったところでウイルはひと息つくようにコップの水を飲み干した。ウイルが辺りを見渡すと已然として落選者のドンヨリした空気が食堂に漂っていた。


 「さてと・・・いっちょ、やるさ!」


 「えっ・・・何を?」


 笑みを浮かべたウイルはトランペッターを手にすると演奏を始めた。それは哀しみや辛さと同時に未来への希望や情熱を表すようにタカヒトには聞こえた。それを聞いていた落選者達は涙を流し、酒を浴びるように飲んでいた酒を止めると次第にその表情から落胆や挫折感というものは消えていった。いやそれだけではない。絶望感に包まれていた彼らは涙を拭うと持っていた楽器を手に演奏を始めていった。最初はバラバラだった音も少しずつまとまるようになり、それは一体化したハーモ二ーとなっていく。その演奏はタカヒトが聴いた事もない情熱的なものだった。その演奏を耳にした合格者も続くように楽器を手にした。食堂の演奏会は音が鳴り止むことがなくずっと続いた。


 「もう行ってしまうのか?凄く残念さ。」


 ウイルはカッガリした表情を浮かべた。実はウイルが音楽精鋭隊の試験を受けている日にてんとはリナと共に斥候としてルサンカの代わりに鍾乳洞の先へ偵察に向かっていた。ルサンカの情報ではクトゥルーが船の出航を妨げるように位置していると言った。ところがリナとてんとが港に着くとそこにはクトゥルーはいなかった。この事を確認する為に二人は港で話を聞いた。


 「彼らの話だとクトゥルーは数日前にこの港を離れたらしいわ。理由はわからないけど、どうやらアレス達を追い掛けたと語っていたわ。」


 「ほかにも情報を得た。我々を襲ったハスターも闇夜の岬の方角に飛行したと証言を得た。ジェイド達にどういう目的があるのかはわからないが旧支配者達にとってスカルマスターは重要な存在のようだな。」


 これらの結果、てんと達がこの地に留まる理由がなくなった。だが、タカヒトは違った。


 「僕はまだ、ウイルの演奏が聴きたい!」


 しかしそれはてんとには聞き入れてはもらえなかった。旧支配者達の行動やジェイド達の目的が解からない以上、こちらも行動を早める必要があるとてんとは譲らない。しばらく黙り込んでタカヒトは考え込んだ。そしてウイルにすべてを語ったのだった。


 「・・・・ごめんね、ウイル。」


 「しょうがないさ。本当は音楽祭も見て貰いたかったさ。」


 タカヒトたっての願いもありてんとは出発の日を音楽祭の当日とした。音楽祭のチケットを貰ったタカヒトはウイルに最後まで演奏を見るようにいわれていた。そのチケットを手にタカヒトとミカ、それにリナの三人は椅子に座った。音楽祭の開催されるホールはウイル達演奏者の憧れの舞台に相応しいものだった。天井はどこまでも高く音響も完璧な構造をしている。観客席はすぐに満席となった。演奏会はこの世界ではかなり有名でチケットもなかなか取れないプラチナチケットとなっていた。そのプラチナチケットを手に入れることが出来た幸福な者達が世界中からこの鍾乳洞へと集結した。


 「うわぁ~~すごいね、リナ。

  私、音楽の演奏会って久しぶりだからドキドキしちゃう。」


 「私はこういうの初めてだから楽しみだわ。タカヒトはどうなの?」


 「僕は・・・本当はウイルの演奏が聴きたかった。」


 タカヒトはうつむきチケットを握り締める。すると照明が暗くなり緞帳幕が上がった。マエストロが一礼すると指揮台にあがり指揮棒を振る。


 「音の・・・運動会だ。」


 音の運動会とタカヒトは感じたのはそれが衝撃にも音と音が競うように鳴り響いたからであった。音楽の知識が全くないタカヒトにはそう聴こえたのだろう。演奏は次第に盛り上がっていよいよクライマックスをむかえた。マエストロが一礼すると観客は一斉に立ち上がり地響きのような歓声と拍手の嵐がホール中に鳴響いた。それはいつまでも止む事なく鳴り響いていた。緞帳幕が降りてくると観客も余韻に浸りながら帰路へと向かっていく。


 「タカちゃん・・・私達も行こ。」


 観客も演奏者もいなくなり静まり返ったホールの観客席で残っているのはタカヒト達だけだった。タカヒトはチケットを握り諦めるように立ち上がる。


 「ちょっと、待つさ!」


 声を聞きタカヒトはステージ上を見た。そこにはトランペッターを手にウイルが立っていた。タカヒトは走ってステージに近づいていく。息を切らせながらタカヒトはウイルをジッと見つめた。


 「お待たせしたさ、タカヒト。今日はウイルオンステージに来てくれて感謝してるさ。大切な友人の旅立ちに送る曲を聴いてさ。」


 ウイルのトランペッターが勢い良く鳴り響く。それは哀しい別れを前にウイルが懸命にタカヒトに対して激を飛ばしている、背中を押しているかのようにも聴こえた。演奏を聴きつけた警備員がステージ上のウイルを見つけると取り押さえた。選ばれた者だけが立つ事が出来るステージでウイルが演奏することは重罪なのだ。ウイルはトランペッターを取り上げられるとステージの床に顔を押し付けられた。タカヒトはステージ上のウイルを助けようと走っていく。


 「ウイル!」


 「来るな!」


 ウイルの叫び声にタカヒトはその場に立ち止まった。


 「選ばれし者でない者がステージに上がるのは重罪さ。それでも僕はタカヒトに伝えたいさ。」


 「・・・?」


 「タカヒト、乗り越えられない壁が自分の前に立ち塞がる事はないさ。乗り越えられる壁しか自分の前には現れない。タカヒトの捜しモノは必ず見つかるさ。僕も諦めない!だからタカヒトも諦めるな!」


 「ウイル、ウイル!」


 警備員はウイルの手を縛るとステージ上から引きづり連れていった。ウイルを追い駆けようとするタカヒトをミカがおさえた。それでも抵抗するタカヒトにミカは激しい言葉を飛ばした。


 「ウイルの気持ちを考えて。」


 その言葉を聞きタカヒトは抵抗をやめた。ウイルがどんな想いでステージに立ったのか?重罪を覚悟してまで何を伝えたかったのか・・・。タカヒトは涙を流しながら大切な友人との決別をした。


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