死からの大脱出
「さて、皆に集まってもらったのは脱出をする為にやってもらいたいことがあるからだ。このまま篭城していてもハスターの攻撃を回避できないであろう。その方法なのだが・・・」
てんとはシェルターからの脱出方法を語り始めた。それは確かに生き残る可能性が高い作戦であるがあまりにも地味な作戦だった。
「準備できたわ。いつでもオッケーよ。」
ミカの合図にてんとは作戦の開始を告げた。ルサンカとてんとは意識を集中させるとてんとは身体を形成させルサンカは肉体強化された。それを確認したミカは攻撃を受けたシェルターの亀裂から外に出た。上空にハスターが円を描くように飛んでいる。ミカの存在に気がつくとハスターは急降下してきた。ミカは意識を集中するとシェルター周囲に生茂っていた木々が急生長していく。シェルターを覆うように木々は巻きつくと強固なシェルターが完成した。ハスターは巻きついた木々を切刻んでいくが何層にも巻きついた木々に阻まれてシェルターを破壊できない。再びシェルター内に戻ってきたミカが合図を送るとルサンカとてんとは作業を続行した。ハスターの攻撃は止む事はなく何層にも巻きついた木々は次第に削りとられていく。シェルターはハスターの攻撃を阻むほど強固なものである。それでも巻きついた木々を削りとり土の層が露出されるとハスターは遥か上空へと上昇して一気に急降下してくる。シェルターに体当たりしたハスターの頭はシェルターの土の層を破壊して内部に入りこんだ。しかしそこにタカヒト達の姿はなく薄暗い空間が広がっていた。獲物を発見できない以上、狩りはできない。ハスターは顔を引き抜くと奇声をあげ、再び上空へ上昇して遥か彼方へと飛行していった。
「うまく逃げ切れたわね。」
「うむ、村長からの情報が役に立ったな。」
タカヒト達は地下の鍾乳洞を歩いていた。ミカの創りあげた木々に覆われた土のシェルターはハスターの進撃を阻止するのに十分すぎた。村長から得た情報のひとつにこの地域の地下に無数にひろがる鍾乳洞の存在あった。その事に気づいたてんとはシェルター内をくまなく調査を行ったところ地面から下へと流れる水を発見した。そこでルサンカとてんとは強引に穴を掘り続け鍾乳洞へと降りていった。
「てんとさんは本当に凄いんですね。あんな状況で冷静に判断できるなんて。」
「てんとはいつでも冷静に分析しているんだよ。タカちゃん。」
ミカは嬉しそうにそう言った。てんとを先頭に鍾乳洞を進んでいくと天井の広い空間が目の前に広がってきた。周囲に危険がないことを確認するとてんとは休憩を提案した。ルサンカは肉体強化により背負っていた荷台を地面におろすとてんとの指導を受けながら修理を始めた。リナも馬を近くの水溜りに連れていく。ミカはタカヒトを連れてと火を起こす準備を始めた。
「タカちゃん、固形燃料を貰ってきてくれる?」
ミカに言われるとタカヒトはルサンカに固形燃料を貰いに歩いていった。火を起こし辺りがほのかに明るくなるとミカとリナは食事の準備をしていく。てんとは村長に貰った鍾乳洞の地図を見てルサンカも荷台の修理に懸命だ。独りタカヒトは火の番をしながらミカを眺めていた。
タカヒトにはミカが笑顔で接してくれる理由が正直わからない。いや何故協力してくれるのかもわからないのだ。もしかしたら自分は騙されているのかと薄暗い洞窟の中でタカヒトの心に懐疑心が膨らんできた。
「どうしたの?はい、タカちゃんの分。」
うつむいているタカヒトにミカはご飯の入ったお椀を手渡した。笑顔のミカにキョトンとするタカヒト。受け取ったお椀には温かいご飯におかずが入っていた。笑顔のミカはタカヒトの隣にチョコンと座った。おいしそうにご飯をほうばるミカの姿を見てタカヒトは深い罪悪感に襲われた。正直、過去の事は全く憶えていない。しかしそんな自分の事を心配してくれるミカがいる。
「・・・僕は最低だ。」
「んっ、何か言った?」
タカヒトは無言のままお椀を口に近づけるとかきこむようにご飯を食べ始めた。その姿を見ながら幸せを感じるミカ。ルサンカは固形燃料を火にくべながら不穏な気配を感じとっていた。
「てんとさん、先ほどからなにやら気配を感じます。」
「うむ、しかし攻撃をする意志はないようだな・・・・少し探ってみるか。」
てんとはリナを見つめるとリナはスッと立ち上がり気配のする方ととは逆の方向へと歩いていった。この気配はひとつだけであるのだがてんと達に近づくわけでもなくただその場を離れようとはしない。てんとの脳裏にジェイドの姿が浮かんだ。てんとも立ち上がるとゆっくりと気配のある方向へと歩いていく。
「偵察にしては下手だな。」
てんとが気配のある方に声をかけると愕いたようにその気配はオロオロした。そして逃げるように後方に後退りしたがそこにはリナが回り込んでいた。
「アラ、偵察はおしまいなの?」
「!!!」
てんと達を偵察していた者はいとも簡単にリナに捕まるとタカヒト達のもとに連れててかれた。小柄な姿でタカヒト達と姿形が似ている。しかし色白できゃしゃな身体つきからは戦士の面影はない。
「目的は何だ?・・・ジェイドの指示か?」
「ジェイド・・・?腹が減ったさ・・・」
「お腹が空いているの?」
ミカが鍋からご飯をお椀にそそりそれを手渡すと勢いよく頬張っていく。その勢いは止まることはなく鍋のご飯が空っぽになってしまった。その者は膨らんだ腹をおさえ座り込んでいる。
「はぁ~~食っさ、食っさ。」
「満足したか?それでは私の質問に答えてもらおうか!」
てんとは腹をおさえ食休みをしている者に問い掛けた。その者は自らをウイルと名のり仲間とはぐれてしまったと言った。ウイルは金物の筒を持っていたがそれは武器の様には見えなかった。ミカがそれについて問い掛けるとウイルは得意そうな表情で言った。
「これはトランペッターさ。僕は鍾乳洞の音楽隊の一員さ!」
「鍾乳洞の音楽隊?」
「そうさ、有名だから知っているさ?」
「いや、全く知らん!」
「・・・・いいさ・・・世間の広さを今知ったさ・・・」
ウイルはてんとの言葉にかなり落ち込んだ。それでもミカの希望で演奏が行われた。ウイルはトランペッターを手にするとそれまでのオドオド感は消え勢いある音が鳴り響いた。広い鍾乳洞の空間にトランペッターの音が鳴り響いている。
「どうさ?」
「うむ、いい音だ。」
てんとの褒め言葉やミカ達の笑顔にウイルはご機嫌な表情だ。ウイルはリクエストの希望があればと言ったがてんとは「もう結構。」と答えた。
「なんさ・・・もっと聞かせたかったさ。」
「まあ、機会があったらまた演奏してもらうことにしょう。それよりも音楽隊と言ったがおまえのほかにも仲間がいるのか?それともうひとつ、お前達は鍾乳洞でのみ生活しているのか?」
「仲間は沢山いるさ。音楽隊はこの鍾乳洞でのみ活動をしているさ。だからこの鍾乳洞のどこかにはぐれた仲間がいるはずさ。」
ウイル達、鍾乳洞の音楽隊はマテリアルフォースや特殊な能力はない。武器を持たない彼らは昆虫人や旧支配者達の脅威から逃れこの地下に潜り込んだ。音楽を愛し、演奏を続ける彼ら音楽隊は力だけの世界を離れ生きている。仲間とはぐれたことを思い起こすとウイルは急に落ち込んでしまった。
「そんなに悲しまないで。私達も一緒に捜してあげるから。」
ミカの一言にいきなり元気を取り戻したウイルは立ち上がり座っていたタカヒトの手をとると踊りだした。戸惑うタカヒトのことなど関係のないように笑顔で踊るウイルに次第にタカヒトも笑顔で踊っていく。その姿にミカは涙が込み上げてきた。
「アラ、どうしたの?タカヒトが笑っているのがそんなに嬉しいの、ミカ?」
「うん、嬉しい。今のタカちゃんはどこかで私達の事を警戒している風に見えるの。でもウイルと踊っているタカちゃんにはそんな警戒心がないの。だから嬉しい。」
「でもそれはミカに向けられたものではないのよ。」
「今はそれでもいいの。
いつか必ずタカちゃんが私に微笑んでくれるって信じているから。」
ミカの笑顔にリナは納得したように微笑んだ。ミカから離れたリナはてんとに近づいていく。
「てんと、あなたはどうなの?」
「タカヒトの事か?
私は別にどうとも思わない。しかしひとつ気になることがある。」
「気になること?」
「あのウイルと名乗る者・・・どことなくポンマンに似ていないか?」
それはリナも感じていた。ウイルは姿形こそ違うのだが仕草や陽気なところはポンマンにソックリだった。記憶を失っていてもタカヒトの心のどこかにポンマンがいるのかもしれない。それからもタカヒトはウイルにだけ心を開くようになっていった。ウイルの仲間である音楽隊の捜索に乗り出したてんとはまず情報収集から始めた。
「ウイル、仲間は何人位いるのだ?」
「おおよそ数百人はいるさ。」