哀しい別れ
「ミカさん・・・ちょっといい?」
ミカに話かけてきたのは意外にもヨシカだった。話があるからとミカを連れていくとヨシカは水車の小屋に歩いていく。ミカは内心不安があった。もしタカヒトを連れていかないでほしいと頼まれたらどうする・・・そんなことを考えていると小屋の中に入っていった。そこは以前タカヒトと二人っきりになった場所だ。くるりと振り返ったヨシカは思い詰めた表情をしていた。ミカは諦めたように受け入れる覚悟を決めた。
「ミカさん・・・私は読心術を使えます。」
「えっ・・・・?」
「でっ、ですからあなたの心を見せてください・・・それを確認しないとタカヒトさんを渡したくない!あっ、ごめんなさい。つい強い口調になりました・・・・。」
ミカにはヨシカの気持ちが痛いほどわかっていた。それだけに意を決して思いをぶつけてきたヨシカの想いに応える為、瞳を閉じて両手をヨシカに差し出した。その手を握るとヨシカはマテリアルフォースを開放していく。瞳を閉じたヨシカにはミカとタカヒトの数多くの想いが入り込んでいく。すべての想いを受け入れたヨシカはその場に座り込んでしまった。ミカが心配して身体を支えるとヨシカに言った。
「どうしたの、気分でも悪くなったの?」
「大丈夫です。読心術を使うといつもこうなるんです。ミカさんとタカヒトさんの事はよくわかりました・・・でも少し哀しいです。もし私とタカヒトさんの出会いがもっと早かったらって思うと・・・でも無理だったかな。ミカさんとタカヒトさんは運命で結ばれているのですね。これで私も諦めがつきました。」
「・・・・」
「タカヒトさんの記憶が戻るといいですね。私、応援してます。」
「ヨシカちゃん」
一礼するとミカをその場に残してヨシカは去っていった。そして旅立ちの朝が来た。その朝は清々しく寝起きの悪いタカヒトもパッチリと目が覚めた。顔を洗い朝食をとる。皆が集まっての食事であったがいつものような騒がしさはなく静かな朝食であった。食事が終わると部屋に戻りすぐに出発の準備をした。
「村長、お世話になりました。」
「タカヒトよ。記憶と徳の水筒を取り戻したらまた遊びにおいで。」
村長の笑顔にタカヒトの緊張もほぐれた。そしてタカヒトは独り屋敷に残っているヨシカの姿を確認すると歩み寄っていく。普段ならすんなり会話する事が出来たヨシカとなかなか会話が出来ない。出発が迫っているのに何を言っていいのか思いつかない。先に声をかけたのはヨシカの方だった。
「タカヒトさん・・・私の事を忘れないでください。」
「忘れるわけないよ。」
「ありがとう、タカヒトさん。」
「また会いにくるから。」
「はい、待っています。」
ヨシカは涙が頬を伝わるのを我慢しながら笑顔でタカヒトを見送った。タカヒトは振り返らずに前を向いて歩いていく。その瞳に涙をためながら歩いていく。サンギガトンが、スオウが、村長が、そして部落のみんなが見送る中、タカヒトは何も言わずに歩いていく。タカヒトの脳裏に部落での楽しい思い出が走馬灯のように駆け巡っていく。生きて戻って来れる保障は全くない。どんなに哀しくても、辛くてもタカヒトは前に進むしかない。失った徳の水筒を取り戻す為に、失った記憶を取り戻す為に・・・。
ルサンカの馬車に乗りタカヒト達は闇夜の岬を目指していく。馬車の荷台に揺られながらタカヒトはギフシ族の部落をずっと見つめていた。リナもミカもなんとなく声を掛けずらく蹄の音だけが響いていた。最初に口を開いたのはてんとであった。
「タカヒト、戻りたいのなら構わないぞ。」
「そういうわけじゃないんだけど、前にもこんな事があった気がして・・・。お面を被ったへんな顔をした人が僕に笑いかけているような・・・そんな記憶があるんだ。」
てんと、リナやミカもそれがポンマンの事だとすぐに分かった。それはタカヒト達が地獄道にいた時、十六善神のジャンスと一人娘のサクヤ姫との別れの事である。
「その者を思い出しそうなのか?」
「分からない。でもその人はここにはいないようだし。別の所に行ったの?」
「タカちゃんが・・・思い出したら分かるよ。」
「えっ?・・・なんで?どうして?教えてよ!」
「・・・・・死んだのだ。」
「えっ・・・・死・・・・・」
「その者の名はポンマン。おまえの親友だった男だ。ポンマンは地獄道での大戦で私達を守る為に命掛けで戦い、そして死んだ。」
てんとの言葉にミカは涙を浮かべ、リナも悲しい表情をしている。それを見たタカヒトは自分が興味本位で聞いた事がとんでもない事であると知った。
「ごめんなさい・・・僕、みんなを傷つけたんだね。しかも親友の事も忘れてしまっていて・・・僕は・・・・。」
「タカちゃんが悪いわけじゃないよ・・・でももしタカちゃんが思い出したらタカちゃん自身が一番悲しむと思う。」
落ち込むタカヒトにミカは懸命に言い聞かせた。しかしタカヒトは自分自身が許せなかった。例え記憶を失ったとしても一番の親友を忘れている事が許せなかった。タカヒトが思い詰めたような表情を浮かべているとルサンカが声を発した。ルサンカのもつ千里眼が遠くの方角にハスターを発見したのだ。
「奴はまだこちらには気づいてはいない。ルサンカ、林に馬車を隠すのだ!」
てんとに言われルサンカは急ぎ馬車を走らせると林の中へと入っていく。木々が馬車を覆い隠すことでハスターからは発見されにくいはずだった。しかしすでに時遅くハスターは逃げ隠れた馬車を視界に入れていた。ハスターは爆風を発生させると馬車を覆い隠していた木々を簡単に取り除いた。ハスターは陥没した頭に六本の鋭い腕らしきものがある。脚部は三本の足らしきものがついているがどうやって飛行しているのかはまったく不明だ。爆音と共に馬車の上空を通り過ぎると馬車の荷台の帆が取り去られ車輪が外れた。荷台から放り出されたタカヒト達は立ち上がろうにもなかなか立てない。爆音により三半規管を震わされ、平衡感覚がなくなってしまっていた。ハスターは爆音を鳴らしながら再び向かってきた。
「皆、私の傍に来て!」
叫び声をあげたのはミカだった。立ち上がれないまま四つん這いで這いながらタカヒトとリナ、ルサンカにてんとはミカに近づいていく。ミカは瞳を閉じて意識を集中させると地面が次第に盛り上がっていった。地面の土がミカ達を覆い隠していくとそれはシェルターと化した。
「ありがとう、タカちゃん。」
「ううん、ミカさん達のおかげで助かったんだ。だから僕も皆に協力をしたい。」
タカヒトのマテリアルフォースである治癒力でミカ達の負傷した傷は完全に回復した。しばらく土のシェルター内で篭城することとなったが依然、ハスターの攻撃は続けられシェルターを削る音が鳴り響いた。薪に火をくべて灯りが灯っているのが唯一の安らぎであったのかもしれない。身体が回復したことで恐怖感はいっそう深くなっていく。ミカの創り上げたシェルターはそう長くはもちそうもない。ハスターから身を守る術もない。ゆっくりと近づいてくる死にタカヒトはいたたまれなくなった。
「タカちゃん、大丈夫?顔が真っ蒼だよ。」
「・・・僕・・・怖いんだ。」
「大丈夫だよ、タカちゃん。」
「・・・・どうしてそう思うの?」
「だって、こういう時はいつもタカちゃんが助けてくれたから。だから皆で力を合わせて乗り越えてこれたんだよ。」
「でも・・・今の僕は・・・・」
「ううん・・・今のタカちゃんも昔のタカちゃんも一緒だよ。」
「どこが同じなの?僕はこんなに怖がりでなにもないんだよ・・・怖いんだ・・・
死ぬのが怖いんだ。」
「あの頃のタカちゃんも物凄く怖がりだった。確かにソウルオブカラーや徳の水筒で能力は得ていたけどそれでも怖がっていたよ。でもタカちゃんは自分よりも強大な相手から私達を守る為に戦ってくれていたよ。」
「どうして・・・怖がりなのに・・・・」
「それはわからないわ。それはタカちゃんだけが知っていることだから。」
タカヒトはてんとを見るとこの状況から脱出する方法をリナとルサンカに話していた。ミカの言うとおり彼らは誰一人として生きることを諦めてはいない。