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未来のきみへ   作者: 安弘
黄泉の国編
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眠りのタカヒト

 こうしてギフシ族の部落に数日留まる事になったサンギガトン。依然タカヒトは意識を戻さず眠りの中にいた。この頃になるとギフシ族の者達もサンギガトンが昆虫人とは異なる者であると認識してきた。


 「イタさん、相撲を教えてよ。」


 「おう、ええで!」


 イタ太郎は手を子供達に引かれ土俵にあがると相撲を取り始めた。イタロスは器用さを生かして裁縫を部落の女性達に教えていた。イタロスの裁縫は高い技術を必要としていた為教えを乞う者が後を絶たなかった。活躍するイタロスとイタ太郎であったがただ独りギガイーターだけがポツリと佇んでいた。ため息をついているギガイーターの前にヨシカに車椅子を押されて村長がやってきた。


 「ため息などついてどうかされたか?」


 「お世話になっておいて悪いんだけど

  いつまでもここにいるわけにいかないのよね。」


 「ほう、旅立ちを急ぐ理由があるのかね?」


 「ええ・・・我が野望を成しえる為にね。」


 村長は屋敷の外に目を向けた。そこには子供達と戯れるイタ太郎と女性を相手に裁縫と教えているイタロス。二匹とも笑顔が絶えない様子だった。


 「笑顔があふれておる。当初、見せなかった笑顔じゃな。」


 「ええ・・・本当に困るわ。あんな笑顔したことない奴らなのに・・・。

  私の野望なんかどうでも良くなってきたってかんじだわ。」


 「どうかな、しばらく滞在しては?」


 「そうね。タカヒトの回復も気になるし・・・しばらく世話になるわ。」


 そう言うとギガイーターはイタ太郎とイタロスをずっと見つめていた。ギガイーターの美貌を世界に広めるという野望はここに来て少し揺らいでいた。目の前にある部下達の笑顔に、部落の者達に必要とされる喜びがその決断を鈍らせた。それから程なくしてタカヒトが目を覚ました。


 「うっ・・・うう~ん・・・・」


 ぼんやりした視界の中、見覚えのある少女が映った。しかしそれが誰なのか思い出せない。視界がハッキリするとその少女は見覚えのある少女ではなかった。ぼんやりと浮かんだ少女の顔が誰なのか思い出せない。目の前にいる少女も見た事がなかった。かすれるような声でタカヒトは言った。


 「・・・あなたは誰ですか?」


 「気がつかれましたね。私はヨシカと言います。ここはギフシ族の部落です。」


 「僕は・・・どうしてここに?」


 「おい、タカヒト!意識を取り戻したらしいな。」


 「・・・・」


 「おい、どうした?」


 タカヒトが意識を取り戻した事を聞きつけたサンギガトンが部屋に入ってきた。イタ太郎とイタロスがタカヒトに話しかけるがキョトンとした表情のタカヒト。イタ太郎もイタロスも理解出来ない表情をしていると車椅子に乗った村長が口を開いた。


 「どうやら、記憶を失っておるようじゃな。」


 「記憶喪失?」


 村長の言葉にサンギガトンは声を揃えて驚いた。タカヒトがどういう経緯で記憶を失ったのかは分からないが症状からいって間違いないと村長は豪語した。


 「ちょっと、治らないの?」


 「いや、なんらかのきっかけがあれば可能なのだが今はまだ無理であろう。」


 ギガイーターはタカヒトを見つめるが確かにタカヒトの反応はイマイチであった。意識を取り戻したが完全回復にはまだ時間が必要ということでヨシカを残して村長やサンギガトンは部屋を出て行った。夕食の最中もサンギガトンは元気がなく落ち込んでいた。


 「タカヒトが記憶喪失だなんて・・・俺達の事忘れちゃったのか?」


 「ほんま・・・ごっつう寂しいのぉ~。」


 「まったくこの美貌を忘れるとは・・・罪作りな男だわ。」


 サンギガトンの落ち込んだ姿はタカヒトにも伝わっていた。タカヒトの休んでいる部屋ではヨシカが懸命に看病を行っている。


 「・・・あの人達、僕の事知っているみたいだった。」


 「そのようですね。」


 「でも僕は憶えていないんだ。あんなに哀しい顔していたし・・・僕と友達だったのかな?・・・それも思い出せない。」


 「焦らないでください。自然に記憶が戻るまで待ちましょう。」


 ヨシカは寝ているタカヒトの額の汗を手拭いで拭った。するとタカヒトの脳裏に同じ光景が映った。ヨシカと同じ位の少女が寝ているタカヒトを看病してくれている。しかしそれが誰なのかは思い出せない。それから数日が経った・・・タカヒトの体調は完全に回復して走り回れるほどになっていた。


 「タカヒト、なまった身体を鍛え直すんや。ホレ、かかってこいや!」


 イタ太郎に胸を借りてタカヒトは相撲の勝負をしていた。土俵の周りには子供達が応援している。必死にタカヒトはイタ太郎にぶつかっていくがいとも簡単にそれを受け止めた。


 「なんや、そのへっぴり腰は!」


 イタ太郎はタカヒトの足を払うと簡単に土俵に倒された。再び立ち上がるとタカヒトは腰を低くしてイタ太郎に体当たりした。イタ太郎はそれをガッチリ受け止めると今度はタカヒトを放り投げた。埃まみれのタカヒトにヨシカが近づく。


 「イタさん、タカヒトさんは病みあがりなのですよ!」


 「いててて・・・大丈夫だよ。それにしてもイタ太郎さんは本当に強いや。」


 「まあの。しかしタカヒトの最後の腰を落とした体当たりは凄かったで。」


 イタ太郎はタカヒトの手を取ると身体を起こした。土俵の周りを囲んでいた子供達が我先にとイタ太郎にぶつかっていった。イタ太郎は人気者で子供達に好かれているようだ。相撲の稽古を笑顔で見つめているタカヒトの隣にヨシカが座った。埃塗れの顔を手拭いで拭取ろうするヨシカにタカヒトはドキッとした。


 「大丈夫だよ。僕自分で出来るから・・・」


 ヨシカから手拭いを取ると顔を真っ赤にしながらタカヒトは顔を拭き始めた。タカヒトの横顔を見ながらヨシカは言った。


 「タカヒトさんはずっとここにいてくれるんですよね?

  遠くには行かないですよね?」


 「えっ・・・僕は・・・」


 「す、すみません。変な事言って・・・手拭いもういいですか?」


 ヨシカはタカヒトから手拭いをもらうと顔を真っ赤にして走っていった。そんな穏やかな生活をいつまでもタカヒトに続けさせてはくれない出来事が起こった。朱雀により最小分隊と編成された昆虫人のウォーリア達が部落に近づいていたのだ。最小分隊といってもウォーリアの数は二・三十匹いる。草原に足を踏み入れたウォーリアは張り巡らされている糸に気づかなかった。


 「敵襲、敵襲!」


 穏やかだった部落の者達に戦慄が走った。音寄せ糸にウォーリアが引っ掛かったのだ。音寄せ糸とは昆虫人の襲撃に備え周囲の草原に張り巡らせてある細い糸でこれに衝撃が加わると電気が発生し村長の屋敷に警戒音が流れる仕組みとなっていた。警戒音が鳴ると同時に正門が閉まっていく。部落の周囲は高さ八メートルの防御壁に囲まれている。しかもそれは外側に反るような異形の壁で侵入者を阻止するような構造をしている。


 「女、子供は村長の地下室に行け!」


 部落の男達は防御壁に梯子を使って登っていく。女子供は村長の屋敷へと向かって行くがタカヒトは呆然とその場に立っていた。ヨシカがそれに気づくとタカヒトの手を取って地下室へと向かっていく。


 「おい、昆虫人だ。攻撃用意、放て!」


 防御壁は周囲を歩けるような構造で撃ち降しが出来る絶好のポイントとなっていた。弓を引き、矢を一斉に放つと昆虫人の身体を貫いていく。しかし矢を数本受けても昆虫人は倒れる事もなく前進してくる。昆虫人は防御壁に近づくと羽音が鳴り飛び上がった。撃ち卸し体勢が逆転した昆虫人は手にした槍で防御壁の上にいる男達に襲い掛かった。弓で防御するも鋭い爪でへし折られ、槍を突き刺すと部落の男達はバタバタとその場に倒れていく。


 「ぐはっ・・・」


 「ふん、下等生物め!我らはスオウ様に仕えるウォーリアを見くびるな。」


 完全に防御壁を掌握したウォーリアは正門を開けると続々と進軍してくる。村長は死を覚悟した。スオウとは昆虫人を束ねる王でありウォーリアはその精鋭部隊である。もはや部落を守る男達は生き絶え戦力もなくこのまま篭城を続けられるわけもない。すべてを諦めた村長の視線の先にある人物が映った。車椅子から立ち上がりおぼつかない足取りで地下室の格子アミから外を見つめた。


 「さあ、お前達行くわよ!」


 村長の屋敷の屋根から三つの黒い影が降りてきた。着地と同時にポーズをとるその者達はサンギガトンであった。


 「なんだ、貴様らは?」


 「我らサンギガトン!愛と正義の戦士よ!」


 「ふん、何者か知らんが邪魔立てする者は死あるのみ。」


 精鋭部隊ウォーリアとサンギガトンの戦いが今火蓋をきって落とされた。


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