ギルの猛攻
「タカちゃん、気をつけてね。」
「うん、ミカちゃんもね。」
ミカはタカヒトに見送る言葉をかけたがこれからタカヒトは学校へ行くのでも旅行に出掛けるのでもない。タカヒトの行き先は天道軍約六万対地獄軍二万の戦場である。アスラは地獄の猛者達の前で激を飛ばした。
「我らの作戦は乾坤一擲!落ちてくる水滴が長い歳月をかけて硬い石を穿つが如く。目標は、知将レイのみ!」
アスラが力強く右腕を挙げると猛者達は勝鬨をあげた。天道軍の一箇所を集中的に攻撃するという作戦の最終目的は知将レイ。知将レイを討ち取るまでは例え味方が倒されようとも突撃を止めることは許されない。今生の別れになるかもしれないと思うとミカは涙が溢れてくるのを必死で堪える。タカヒトとミカは手を握り合っていると地獄軍総大将アスラの出陣の号令が聞こえた。ミカは必死で笑顔を作りタカヒトを送り出す。
「タカちゃん・・・いってらっしゃい。」
「行ってくるね。」
タカヒトのいる大隊が前に進みだすとミカとの手が外れてしまう。涙を流しながら手を振るミカの姿をタカヒトはずっと歩きながらも見つめていた。見送るミカの姿が次第に小さくなっていくとタカヒトは逃れられない現実を受け入れていく。
数時間が経ちデスサイドも見えなくなった頃、大仏崖に辿り着いた。「地獄に仏」などというがこの大仏崖はそんな甘いものではない。崖の落差は約一万メートル。この落差はその昔、一つ目の巨人サイクロプスが得意の鍛冶技術を試した為に出来たとも、頭部がなく胴体に目や口がついているといわれる亜人種の巨人がシリモチをついて出来たとも言われている。だがこの大仏崖があることでデスサイドは鉄壁の要塞と呼ばれていたのは事実だ。アスラが崖から見下ろすと天道軍約六万の兵が布陣を敷いていた。アスラの考え通り知将レイは兵数を生かした布陣を敷いており地獄軍の進撃を何処からも許さない形だった。
「てんと、見よ。布陣の一番奥に本陣らしき砦がある。兵力を考えるとやはり集中攻撃しかなさそうだ。」
「そのようだな・・・だが、突撃の速度が遅れると左右から挟み撃ちされるぞ。」
それはアスラにもわかっていた事であった。もう少し兵数があれば別の作戦も立てられたのだが・・・しかし迷っている時間はない。アスラは大隊をいくつかの中隊に分けると突撃準備をさせた。タカヒトはジンと混沌、窮奇に兵士五千の中隊、てんとはリナとアスラに兵士五千の中隊。リディーネはデュポンに兵士五千の中隊、饕餮と檮机に兵士五千の中隊。これら四つの中隊に分けて攻撃をする。突撃前にアスラはすべての者に激を飛ばした。
「敵は知将レイのみ。それだけを考えるのだ・・・我が軍に勝利を!」
「混沌、行くよ。」
「おっしゃ!」
タカヒトは混沌にジンは窮奇の背に乗ると兵士五千を連れて勢いよく崖を下り天道軍の布陣へと突撃を開始していく。
「アタシ達も行くわよ!」
その後をリディーネの中隊と饕餮の中隊が追って進軍を開始していった。一方、独りデスサイドに残ったミカは数名のメイドと共にタカヒト達の無事を祈っていた。
「タカちゃん達が無事帰ってきますように・・・」
「大丈夫ですよ、ミカ様。我が地獄軍はあたしの作った飯を食らって強くなったんだ。絶対に戻ってきますって!!」
割腹のいいメイドのオバが哀しい表情をするミカをなぐさめるように言った。オバの笑顔にミカも笑みを見せると窓からタカヒト達の出立した方角を見つめる。
「くっ、倒しても倒しても次から次に来る・・・」
先陣を切って戦っている紫タカヒトは混沌の背に乗り師団兵士を倒していく。しかし次々と襲い掛かってくる兵士に手を焼いていた。知将レイの本陣は森を抜けたところにあるがこの森も紫タカヒト達の進軍を遅くさせていた。上空は天道軍が完全に支配しており森を抜けることしか本陣へ近づける術はない。師団兵士を倒しながらジンはタカヒトに激を飛ばした。
「タカヒト、のんびりはしていられん!別師団が挟み撃ちに向かって来ている。ここの師団兵士は無視して先を急ぐ!」
「了解した!」
紫タカヒトを乗せた混沌は攻撃を仕掛けてくる師団兵士を相手にせず全速力で森を駆け抜けていく。タカヒトの中隊五千の魔物兵は飛行能力を持つ者が集められている。低空飛行に成功した魔物兵のほとんどは無傷のまま森を駆け抜けていった。その頃、紫タカヒト達の快進撃の報告を知将レイは受けていた。
「予想通りの展開だな。第二布陣に移行せよ。インドラ、敵殲滅をお願いしたい。」
「・・・帰ったら酒を用意しておくんじゃぞ。」
「よかろう。さすればギル、
貴様も我が十六善神の恐ろしさをあやつらに見せつけよ!」
眼をギラリと光らせるとギルはインドラと共に上空へ飛び去っていった。上空には天道軍の第十三師団が飛行能力を駆使して空を支配している。しかし上空からは地獄軍の兵を見つけることは困難な上、味方師団兵士も地上にいることから攻撃は出来ない。インドラとギルは地獄軍の先陣を捜すがなかなか見つからない。
「やれやれ、年寄りにこんなことさせおって・・・ギルよ、地上に降りて休憩でもせんか?茶でも飲もうぞ。」
地上に降り立ったインドラは雷撃で木々を伐採すると器用にテーブルとイスを作り、茶を煎ずる準備に取り掛かった。
「鳥がさえずる声・・・いいものじゃ。」
地獄の鳥がさえずる森の中でインドラとギルはお茶を飲みひと時の安らぎを楽しんでいる。爽やかな風に木の葉が踊る。さえずる鳥の声に耳を傾けインドラは目を閉じるとそこには天道の世界が広がっていく。そんな安らぎの時間が消え去るのにそう時間は掛からなかった。森を抜けてきた紫タカヒト達はお茶を飲んでいる老人と鎧に包まれた巨人を発見した。紫タカヒト達に気づいたインドラはため息をついた。
「やれやれ・・・安らぎの時間はもう終わりかの?ギル、ワシは片付けがあるから奴らの相手を頼むぞよ。」
そう言い残すとインドラはお茶の片付けを始める。よっぽど高価な茶碗なのであろう。念入りに茶碗を布で拭きいつまでも茶碗を眺めていた。
「戦場でお茶とは余裕だな。中隊左右に展開しろ!」
インドラが丁寧に茶碗を拭いているとギルが紫タカヒト達の中隊に歩み寄ってきた。紫タカヒトの言葉に魔物兵は左右に分かれ十六善神ギルを囲みこんだ。キョロキョロと魔物兵を見回すがギルは攻撃する意思もないようでその場に座り込んでしまった。あまりもの突然の行動に罠の存在を感じた紫タカヒト達は近づくことが出来なかった。しかし地獄の猛者にいつまでも待ち続ける忍耐力はなかったようだ。痺れを切らした一匹の魔物兵が身体から針を飛ばして攻撃すると四方八方を取り囲んだ魔物兵が次々とギルを攻撃していく。魔物兵のすべての攻撃を受けたギルは座ったまま動くこともなく沈黙している。茶碗を磨き綺麗になったと納得して片付けを終えたインドラはギルに声をかけた。
「ギルよ、ワシは先を急いでおるから後は頼んじゃぞ。」
「・・・ワカッタ、アトヲヨロシクタノマレタ」
沈黙していたギルは何もなかったかのように立ちあがると飛び去っていくインドラに手を振って別れを告げた。そのギルの態度に怒りを覚えた魔物兵達が再び一斉攻撃を仕掛けるとギルは無防備な体勢のまますべて受け止めた。
「なんてヤツだ!」
恐ろしいのは五千匹の魔物兵の総攻撃のすべてを受け止めるギルの耐久性である。戦意喪失の魔物兵に対してギルは地面に両手を突き刺すと巨大なハンマーを取り出した。
その巨大なハンマーを力いっぱい振り回すと魔物兵は羽毛のように飛ばされていく。地面に叩き付けられた魔物兵は二度と立ち上がることはなかった。総攻撃を仕掛けた五千匹の魔物兵のほとんどが瞬時にハンマーの餌食となった。辺りを見渡すと残ったのは紫タカヒトと混沌、ジンと窮奇に数匹の魔物兵だけだった。
「なんて強さだ・・・ジン、私がヤツに攻撃を仕掛ける。
援護を頼む。いくぞ、混沌!」
紫タカヒトを乗せた混沌はハンマーを持つギルに突っ込んでいく。ギルが振り上げたハンマーを紫タカヒトに振り下ろすが混沌は素早い動きでそれをかわした。理力を高めていた紫タカヒトはギルの懐に入ると紫玉最大理力アルティメットバスターを放った。膨大な数のアレストにより構築された巨大な砲筒から粒子砲放たれるとギルに直撃した。
「よし、後退だ!」
「了解!」
手応えを感じた紫タカヒトは混沌にギルから距離を取るように伝えるとジン達のところまで後退した。ギルは動くこともなく沈黙していて紫タカヒトは勝利を確信した。先を急ごうと行軍を開始すると沈黙していたギルが再び動き出した。
「インドラニタノマレタ・・・オマエヲトオスワケニハイカナイ。」
動きだしたギルの鎧は紫タカヒトの最大級の攻撃を受けて陥没していた。しかしダメージを受けている様子もなくギルはゆっくりと近づいてくる。困惑しているのは紫タカヒトである。最大級の攻撃にまったくダメージを受けないギルにショックを受けていた。そこに赤玉と白玉が追い討ちをかける言葉を発した。
(流石の紫玉さんもお手上げかな?)(赤玉)
(僕が戦うから代わってよ。)(白玉)
「・・・傷口に塩とはお前達のことだな。ここは協力してヤツを倒す事にしょう。」
(協力?・・・まっ、いっか!)(赤玉)
(協力♪協力♪)(白玉)
紫タカヒトが赤玉と白玉と言い合っている頃、ジンはギルと一戦交えていた。ハンマー攻撃をかわしているものの窮奇と共に防戦一方だった。渾身の一撃をジンがかわすとギルはハンマーを地面に打ちつけ柄が折れた。するとギルは再び地面に両手を突っ込んだ。地面から取り出した巨大な斧を振り回すと数匹いた魔物兵をなぎ倒していく。その鋭い斧はジンにも襲い掛かる。寸前のところでギルの一撃をかわしたが剣圧にジンの身体は斬りつけられた。地面に這い蹲るように倒れたジンの頭上には鋭い刃が光っていた。
「くっ、・・・」
振り下ろされる刃にすべてを諦めたジンは刃が撃ち落される瞬間を見ていなかった。「バキッ」と割れたような音が響き、恐る恐る閉じた目を開けると赤紫白色に輝くタカヒトの姿が見えた。
「そんなところで寝てると風邪引くぜ!さて、ギルを仕留めるか。まあ、馬の分だけ俺様は有利だよな?」
「俺は馬じゃねえ!」
「おっと、ワリい。んじゃあ、いくぜ!」
馬・・・混沌の背に乗った赤紫白タカヒトは衝撃波を放ちジンに振り下ろされそうになっていた斧を撃ち砕いていた。ジンも窮奇に助けられるとギルの標準は赤紫白タカヒトに向けられた。
「ジャマスルヤツ・・・コロス」
ギルは地面に両手を突き刺すと今度は両手に斧を持ちだした。防御を無視して両手持ち攻撃を仕掛けるのは最強の防御力を自負するギルならではの攻撃であろう。双斧を振りかぶると赤紫白タカヒトの頭上に振り下ろした。
「くらうかよ!」
混沌の素早い動きがギルの双斧をかわし再び赤紫白タカヒトはギルの懐に入った。白色の輝きが増した赤紫白タカヒトは両手を鎧の腹部に当てると最大級の衝撃波を放った。最強の防御力を誇るギルの鎧は衝撃により陥没しひとすじの亀裂が発生した。再び紫色の輝きを増した赤紫白タカヒトは続けて最大級の攻撃を仕掛ける。
「いくぞ、本日二本目、紫玉最大理力アルティメットバスター!」
紫色の巨大な砲筒から放たれる粒子砲がギルの鎧に激しく突き刺さると鎧の亀裂が広がりその中にギルの生身の肉体が現れた。紫色の輝きが薄れると同時に赤色の輝きが増した。赤い目をした赤紫白タカヒトは広がった亀裂を両手でこじ開けると胸当て部が割れた。闘気を最大に高めて最後の攻撃を仕掛ける赤紫白タカヒト。
「いくぜ、赤玉最大闘気 テラアグニギ・・ぐあぁっ!」
赤玉最大闘気を放出した瞬間、赤紫白タカヒトの顔にギルの左拳がめり込んだ。激しく地面に叩き付けられた赤紫白タカヒトは朦朧とした意識の中、立ちあがろうにも足が動かない。そこに巨漢が迫ってくる。振り上げた足の影が赤紫白タカヒトの頭上を覆った。
「紅玉最大闘気 獄熱地獄!」
赤紫白タカヒトの頭上に恐ろしく巨大な火炎輪が上空より堕ちてきてギルは大火炎に包まれた。チャンスとばかりに赤紫白タカヒトは立ち上がり火炎塗れのギルに両手を差し向けた。
「赤玉最大闘気テラアグニギガント!」
荒々しい巨大な火炎龍がギルに襲い掛かると最強の防御力を誇った鎧が溶けていく。溶けた鎧は地面に崩れ落ち、その鎧の中から地面を這いずり回る土ヤモリが現れた。「ピ~ピ~」と鳴く土ヤモリをリディーネが簡単に捕まえた。
「んっ、なにコレ?」
「どうやらギルの正体はピサロに造られたその鎧だったようだな。土ヤモリは鎧を安定させる為に必要だったのだろう。」
「へえぇ~~・・・」
ジンの解説にさほど興味を示さなかったリディーネは土ヤモリのシッポをつまむとグルグルと振り回している。それよりも自信満々にギルを倒したと豪語している赤紫白タカヒトが気に入らないようだ。
「ちょっと、アタシが来たからアンタ助かったのよ。礼ぐらい言ったらどう?」
「んだと、コラ!てめぇ~、調子くれてんじゃねぇぞ!」
「なによぉ~、ヤル気?」
「おっ、おい、お前たち・・・」
いがみ合うふたりをジンがなだめると赤紫白タカヒトは「チッ」と舌を鳴らし地面を蹴飛ばした。そして赤紫白タカヒトは不満タラタラの表情で混沌に跨る。リディーネもつまんでいた土ヤモリを遠くへ投げて憂さを晴らした。デュポンに乗り、ジンも窮奇に乗ると生き残った魔物兵と共に知将レイのいる本陣を目指す。