タカヒトの望み
「リディーネ様、破壊神様の容態が急変しました!」
「えっ!」
リディーネが急ぎ、ドアを開けるとそこにいたのは弱々しくなった破壊神の姿であった。地獄道の覇王と呼ぶにはあまりにも小さな老人にしか見えない。タカヒト達も部屋に入るが誰一人リディーネに声を掛けられる者はいなかった。涙を瞳にためながらリディーネは気丈に破壊神のベッド横に歩み寄ると破壊神は細くなった手を差し出した。その手を握るとリディーネの瞳から涙がこぼれ落ちていく。破壊神は何も言うこともなく枕元にあった紙を取り出すとそれをアスラに手渡した。手紙を受け取ったアスラはそれに目を通して部屋を出ていく。咳き込む破壊神にリディーネは寄り添うことしか出来ないがそれでも懸命に看病する。すでに手遅れと分かっていてもリディーネはそうするしかなかった。破壊神は枕元から言霊を取り出すとそれは光を発した。
「これを聞いているということは・・・ワシももう終わりということかの。リディーネ、おまえには辛い思いをさせてしまった。ワシの注意不足でデメテルに母親を殺されてしまった。男手ひとつで育てたのじゃが悲しい少女時代じゃったのかもしれん・・・許してくれ。」
「そんなことないよ、アタシはパパとママの娘で本当に幸せだった!」
涙ながらにリディーネはベッド上の破壊神に抱きついた。もはや動くことも出来ない破壊神は抱きつくリディーネの髪を撫でることしか出来ない。言霊の破壊神はその後も話を続けた。
「細かい事はアスラに伝えておいた。てんとはおるんじゃろ?お前の戦術はアスラも感心していた。ぜひ、手を貸してやってほしい。頼まれてくれるか?」
「・・・・わかった。」
「・・・・タカヒト、聞こえておるか? 友を失い、まだ哀しんでおるのか?その哀しみはおまえを絶望へと導いていく心の闇じゃ。それはおまえの友が願った事ではないはず・・・今のおまえに大切なのはどう生きるのかではなくどう生きていくかじゃ。まわりを見よ。お前には沢山の仲間がおるはずじゃ。その大切な仲間を失わない力を身につけよ!ワシからお前に大切な仲間を守る力を与えよう。今は使いこなすことはかなわんかもしれん・・・必ずお前の力となる時が来よう!」
言霊がフッと消え去ると同時に瑠璃色玉、黒玉、藍玉の三つの色玉が破壊神の頭上に現れた。それは空中をゆっくり浮遊してタカヒトの身体の中へと入って消えた。驚くタカヒトであったが身体には何の違和感も異変もなかった。それを見届けた破壊神は静かに別れを告げた。
数十分ほど経っただろうか・・・部屋を出たタカヒトは胸をおさえながらジッと廊下の椅子に座り込んでいる。破壊神から渡された瑠璃色玉、黒玉、藍玉が気になっていた。赤玉達とは話をすることが可能なのだが瑠璃色玉達とは会話は出来ない。それはつまり今、現在のタカヒトでは破壊神の言った通り使いこなせないということだろう。
「ポンマンは助けられなかったけど・・・
もう誰も失いたくない!僕、もっと強くなって皆を守るんだ。」
決意新たに力強く拳を握り締めるタカヒトのもとにデュポンが歩み寄ってきた。
「タカヒトさん、てんとさんが呼んでやすぜ。」
デュポンの後を歩いていくとアスラとてんと、それにジンと名乗る魔物が円卓を囲んで話し合っていた。天道軍の襲撃時、西部迎撃を破壊神より任せられていたジンは偵察を遂行していた。
「現在は上空をデット・キャリーが飛来している。地上では下級魔物が屍と化した魔物から残物品をあさっているだけで天道軍の進行は今のところない。」
「だが奴らとてこのまま引き下がることはなかろう。知将レイのもと、十六善神のギルとインドラがいる。師団兵も約五万はいると考えていいだろう。」
「アリシアはこの戦争には参加していないのか?」
「アリシアに遭遇したことがあるのか?しかもあの悪女から生きて逃れたとは。」
「・・・無事というわけではない。」
被害もなく無事にアリシアから逃れたのではない。タカヒト達が今ここにいるのはジャンスとガルの命掛けの抵抗があったからである。アスラの話ではアリシアがこの地獄道に来ている可能性は低いらしい。アリシアはピサロを愛しく思っており片時も離れないのが理由だ。当初この地にピサロが乗り込んで来た時には同行していたのかもしれないが現在ピサロは天道へと帰還している。最終目標であるピサロを倒すには都合が悪いのかもしれないが今現在の戦況を考えるとアリシアがいないほうが有利なことは確かだった。アスラはてんと、ジンそしてタカヒトが揃ったところで最後の戦議を始めた。
「ここに集まってもらったのは破壊神様より最後の命令を授かったからだ。」
「最後の命令?」
アスラは破壊神より手渡された手紙を取り出すとそれを読み出した。その内容はその場にいた誰もが驚愕するものだった。アスラは破壊神の最後の命令だと中止を考えていない。ジンも同意見でてんとは仕方なく従うことにした。破壊神の最後の作戦・・・それは地獄道でもっとも最大の戦争となることは明白だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ホッ、ホホホ、死んだのね。嬉しいわぁ~。地獄道も私のモノとなる日も近いわ・・・実はね、私、あのデスサイドほしかったのよぉ~。別荘にと思ってね。」
「しかし我が師団も莫大な被害を被りました。ここは一時撤退を・・・」
「だまらっしゃい!何言ってんの。敵はすでに虫の息。トドメを刺すのよ!!!」
一方的にわめき散らしたピサロは通信を切った。通信器を下ろしため息をつく知将レイに雷神インドラが声を掛けた。
「お主もあのオカマ野郎には手を焼くのぉ~。」
「インドラ、主の命令は絶対だ。作戦決行は明日行う。」
「フォッフォフォ、お主ほど老人をこき使う者はおらんのぉ~。」
インドラが部屋を出ていくと知将レイは地獄道の地形図を見ながら師団兵の配置を考え始めた。兵力、兵数ともにレイ率いる天道軍が圧倒的上である。負ける要素などないが敵も必死で攻め込んでくることは分かっている。
「アスラの考えそうな戦略はわかっている。我が布陣はこれだ。」
知将レイは戦略をまとめるとそれをインドラとギル、各師団長に伝え、準備に取り掛からせた。地獄道のアスラも作戦準備に取り掛かっていた。タカヒトもジンと七鬼楽の混沌、窮奇と準備をしていた。混沌は大きな犬の姿をしていたが割と器用に細かい作業をしている。窮奇は翼の生えたトラの姿をしており砲台を持ち上げるなど機敏に動き回っている。ジンは実体が見えにくい半透明の人型の魔物であるが戦闘以外では皆に見えるように服を着ていた。
「ジンはなんで戦うの?・・・僕はね、本当は戦いたくない。話し合いとかで解決したいんだ。」
「そうだな・・・話し合いで済むのならそれが一番いいかもしれん。だが残念な事にすべての者達がタカヒトと同じ考えではない・・・もしタカヒトが国を治める王となったらすべてを話合いで解決できる世界を創るといい。」
「僕が王様?」
「現実性はある。タカヒトの極限まで高められた闘気は破壊神様に匹敵するものだった。力の使い方さえ間違わなければ立派な王になれるかもしれん。」
「タカヒトが王様?・・・だったら俺、大臣!」
「なんだと!じゃあ・・・オレは副国王だ!」
ジンとタカヒトの話を聞いていた混沌と窮奇はふざけて言い合っている。いがみ合う二匹にタカヒトは間に割って入った。
「ちょっと、混沌、窮奇。
駄目だよ、喧嘩しちゃあ・・・僕が王様・・・ありえないよ。」
学校で苛められてはミカに助けてもらってばっかりの自分が国を治めるなんて現実的にありえない。だが天道軍とも出来ることなら話し合いで解決させたい。それが無理なら・・・解決策のないままタカヒトはジンと共に戦闘準備をする。
その頃、天道ではピサロが机上で地獄道の地形図を眺めながら笑みをこぼしていた。
「すべては私のモノ・・・思い描いた通りに進んでいるわ。」