イジメの対象
うん、僕は君に伝えたいことがあるんだ。そう 君に・・・。
だから・・・生きていく。
ぼく・・・僕らは生きていくよ。
君に伝えたいことがあるから・・・・
「ここは・・・どこだろう?真っ暗だ。あれ・・・?」
辺りは真っ暗で何も見えない。地面に立っているのか、浮いているのかさえ分からない。だがタカヒトの周辺だけは妙に明るい。この時、タカヒトは自分が死んだと思っていた。しかしここがどこなのか?タカヒト自身全くわからない。何処?天国?地獄?
「まあ、いいや・・・別に急いでいないし・・・。」
これほど能天気な死人?はいない。まあ、こんな感じだから人道では苦労したのかもしれない。タカヒトは自分が物語の世界に入り込んだと思い少し嬉しかった。タカヒトにとって今まで生きていた場所以外なら何処でも良かったのである。真っ暗な世界を歩き続けると光輝く世界へ希望のある世界へ行けるというそんな物語を読んだことがある。タカヒトはそんなことを考えながら道をまっすぐ歩いていく。まあ、まっすぐといってもタカヒトがなんとなく選んだ方向に進んでいるだけなのだけれど・・・。どれ位の時間歩き続けたのだろうか?光輝く世界など何処にもなく、どこまでも真っ暗な世界だけがタカヒトを包み込んでいた。
「どこまで行けば・・・ここを出られるんだろう?」
現実?はタカヒトの考えているほど甘くはなかったようだ。暗闇の世界で恐怖感に押し潰されそうなタカヒトは唇が真っ蒼になっていく感覚を初めて知った。急に走り出したタカヒトは背後から何かがやってくる恐怖に襲われていた。
「ゼェ、ゼェ、ゼェ、ハァハァハァ・・・」
息苦しくなったタカヒトは立ち止まり振り返った。もちろん背後からなにかが追いかけてきているわけでもなく、安心しきったタカヒトは足に激痛を感じた。走っている最中には気づかなかったがどうやら挫いてしまったらしい。それでも辺りの風景はまったく変わってはいなかった。恐怖と痛みに涙が溢れてくるが、ここには手を差し伸べてくれる人も優しく声をかけてくれる者もいない。
タカヒトは足の痛みを我慢しながら再び暗がりの中を歩きはじめた。それからしばらく歩いていると遠くにひとだまのような、なにかが見えた。暗闇に突然現れたそれにタカヒトはここが光輝く世界ではなく、とてつもなく恐ろしい世界であると連想した。
「どっ、どうしょう・・・。」
オロオロしながら辺りを見渡すが隠れる場所もない。恐怖感いっぱいのタカヒトは腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。ひとだまが次第に大きく近づいてくると同時にタカヒトの恐怖心も大きくなっていく。目を閉じて両手で頭を抱えたタカヒトはすべての終わりを悟った。
「キッ、キィキキー」とブレーキ音が響くと八つのタイヤのついた乗物がタカヒトの目の前で止まった。わりと大きめのワンボックスタイプの乗物で【とくべえのくいしんぼう】とボンネットにペイントされてある。ライトの眩しさに手で目を覆うタカヒトは腰を抜かして動く事も出来ず、その乗物を見つめることしかできなかった。タカヒトの目前で止まった車は数分程経ったであろうか?中から老人が降りて来た。
「おお?これはめずらしい。狭間に子がおるわい!・・・お主、名前は?」
白髪で鼻の下に白い髭を生やしている老人は甲高い声で驚いた。白いコックコートの着こなし見るからに料理人ようだが、その老人はタカヒトの頭から足の先までマジマジと見ている。その瞬間、タカヒトの脳裏には学校で聞いた事がある【変質者出没】という言葉が頭を過ぎった。更に見つめてくる老人に怯えながらもタカヒトは答えた。
「えっ?ぼっ、ぼくは・・・あのぉ~・・・タカヒト・・・っていいます。」
「わしはとくべえじゃ!それはそうとタカヒトや、腹は減ってはおらぬか?
わしの自慢のパンでもどうじゃな?」
満面の笑顔でとくべえは乗物の中に入っていった。中でジューサーをまわし、それをグラスに注ぐと、とくべえは特製ジュースをタカヒトに渡した。
「元気が出るジュースじゃて。飲みながら待っているのじゃぞ。すぐに用意するでの。」
とくべえは再び乗物の中に戻り釜に火を入れた。発酵させておいたパンを取り出すと釜で焼き始めた。こんがりと焼けたいい匂いが辺りに広がるのをタカヒトが特製ジュースを飲みながら待っている。いや、待っているのではなく、もし逃げたら何をされるかわからない。タカヒトの経験上?ここは大人しく指示に従ったほうがよいと考えた。しばらくするととくべえはニコニコしながら乗物を降りてきた。手に持ったバスケットには表面がこんがり、中はフワッとして見事に焼き上がったパンが入っている。目の前の焼きたてのパンを見たタカヒトのお腹が「グゥ~~」と鳴ると笑顔のとくべえはタカヒトにバケットを手渡す。タカヒトは恐る恐るそれを受け取った。香ばしい匂いが広がってくるバケットを見つめるとさきほどまでの恐怖など吹っ飛んだかのようにタカヒトから笑顔が見られた。
「わっ、おいしさそう。ちょっとおなか減ってたんだ。いただきまぁ~す。モグモグ・・・!!おいしい!こんなにおいしいパン食べたことないよ!」
「そうじゃろ、そうじゃろうて。このパンはわしの自慢の一品じゃからのぉ~。」
とくべえは自慢げな表情を見せた。タカヒトがパンを食べている間中とくべえはパンに対する情熱とうんちく延々と語っていた。パン職人のアツイ知識を披露しているのだが、タカヒトはパンを食べるのに夢中でほとんど話を聞いてなかった。
「うまかったか?・・・ところでタカヒトよ。これからどうするのじゃ?」
「どうするって・・・」
手にしたバケットをジッと見ているタカヒトにとくべえは神妙な面持ちをした。正直タカヒトは今自分がどういう状況に置かれているのか?全く理解していない。無理もなかった。タカヒトは気がついた時にはこの暗闇の場所にいたのだから。そしてとくべえという人物に出逢い「どうする?」といきなり質問されたタカヒトが答えることなど出来るわけもなかった・・・。
「何、やってんだよ!のろまぁ~。」
「かっ、返してよ!」
教室の片隅で体育の時間に着るはずの体育着を取られた男子は訴えるように言った。数人のイジメッ子はキャッチボールのように体育着の入った袋を投げ合ってはからかっている。イジメっ子のひとりが体育着を袋から出して二階の教室から窓の外に投げ捨てた。ゆっくりと体操着が校庭に落ちていくのをイジメッ子達はゲラゲラと笑っている。するとそこに担任の先生が入って来た。
「遊んでないで早く校庭に行きなさい!隆人くん、何やってるの?早く着替えなさい!」
先生に怒られると数名のイジメっ子は逃げるように教室を出て行った。隆人も一階に落ちていった体育着を取りに独り階段を下りていく。急いで体育着に着替えて校庭で行われているドッチボールに合流するとニヤニヤしたイジメっ子達がヒソヒソと会話をしている。嫌な感じがした隆人はビクビクしながらコート内に入るとすぐにイジメっ子の標的にされてボールを当てられ続けた。授業が終了すると泥だらけの体育着の入った袋を持ってトボトボと隆人はひとりで下校していった。
「オラ、隆人!」
イジメっ子のひとりが背後からそっと近づいていくと隆人の背中に飛び蹴りした。うつ伏せになって地面に倒れこみ苦悶の表情をする隆人の姿を見て彼らはゲラゲラ笑う。イジメっ子達は何事もなかったように笑いながら倒れ込んだ隆人を気にすることもなくその場を去っていった。
隆人の学校生活はいつもこんなものだった。小学校六年生の天川隆人は身体が小さく控えめな性格の男子だ。勉強がほかの子より出来るわけでもなく、運動がほかの子より出来るわけでもない。目立つこともなく、いるのか?いないのか?さえ分からないどちらかと言えば存在感の薄い子供だ。それがイジメの対象になった原因なのかもしれない・・・。
ある日の放課後、家に帰ろうと下駄箱を開けると靴がなくなっていた。必死になって靴を探すと近くにあったゴミ箱の中にそれはあった。そしてまた別の日、国語の授業の時、机の中から教科書を出そうとすると指に刺さる感触に驚いた。ゆっくり取り出してみると教科書が破かれていた。さらに「バカ アホ 生きている価値なし」と落書きまでされていた。度重なる暴力にはもちろん集団無視もあった。
小学生は無邪気で残酷なものかもしれない。隆人は涙を流しながら誰もいない放課後の教室で教科書の落書きを消しゴムで消して、セロハンテープで破れた部分をなおしている。別に隆人が誰かを傷つけたりしたわけでもない。ただ、おとなしくしていただけ・・・隆人は何故自分が苛められているのかが全く分からなかった。
「もう嫌だ・・・なんで僕ばっかりこんな目に遭うんだ!」
涙を流し破れた教科書を不器用ながらもセロハンテープでなおした。夕暮れの帰り道、隆人は後ろがいつも気になる。背中を蹴られないか?「バカ」と書かれた貼り紙を貼られないか?そんな事を気にする毎日だった。首に吊るした鍵で玄関のドアを開けると真っ先に隆人は二階に駆け上がる。ランドセルを降ろしてベッドに座るとお気に入りの本を取り出す。
ホッとする隆人だけの時間だ。誰もいない自分の部屋でおやつを食べながら物語本を読みその空想の世界に浸る。今読んでいるのは竜と戦士の物語だ。隆人にとって唯一の楽しみは誰からも危害が加えないこの瞬間だけだった。