聞こえなかったふり
聞くつもりなんて、なかった。
放課後の屋上なんて、普段は誰もいないから。
今日はたまたま、図書室が閉まっていて、
静かな場所を探していただけで。
「……好きなんだ」
その声を聞いた瞬間、足が止まった。
ドアの向こう。
聞き慣れた声。
君だった。
心臓が、嫌な音を立てる。
「ずっと前から」
相手の声は小さくて聞こえない。
でも、震えているのは分かった。
君が、誰かに告白している。
頭が真っ白になる。
聞いちゃいけない。
分かってるのに、足が動かない。
「俺と、付き合ってほしい」
はっきりとした声。
逃げるみたいに、階段を下りた。
息がうまく吸えない。
笑ってるかな。
頬、赤いかな。
ちゃんと、かっこよく言えたかな。
そんなことまで考えてしまう自分が嫌になる。
校門の前で、君が追いついてきた。
「おー、いた」
いつも通りの顔。
「待ってた?」
「ううん」
待ってない。
聞いてない。
知らない。
知らないふり。
「今日さ」
君が少し照れたみたいに笑う。
「俺、告った」
やっぱり。
心臓が静かに潰れる。
「……そうなんだ」
「うん」
「どうだった?」
声が普通に出たことが奇跡みたいだ。
君は、少し間を置いてから言った。
「オッケー、もらった」
世界が、遠くなる。
「よかったじゃん」
言えた。
ちゃんと笑えた。
君は嬉しそうに息を吐く。
「やっぱ最初に言うの、お前だよな」
どうして。
「緊張したわー。俺、ちゃんとカッコよかった?」
「うん。きっと」
見てないけど。
聞いてしまったけど。
君は歩きながら、楽しそうに続ける。
「なんかさ、やっと言えた感じ」
僕は思う。
僕は、きっと一生言えない。
信号待ちで、君がふと真面目な顔をする。
「お前、好きなやついねーの?」
一瞬だけ、息が止まる。
「……いるよ」
君が目を丸くする。
「マジ? 誰?」
言えるわけない。
今、隣にいる人だなんて。
「秘密」
笑う。
「なんだよそれ」
君は軽く肩をぶつけてくる。
その距離が、いつも通りで、残酷だ。
バス停に着く。
「また明日な」
「うん」
君の背中を見送る。
彼女の隣に並ぶ君を想像して、胸が痛くなる。
聞こえなかったふりをした。
何も知らないふりをした。
親友だから。
笑って祝福できるポジション。
でも本当は。
屋上で言ってほしかった。
その言葉を。
僕に。
夕焼けが、やけに赤い。
泣くには、ちょうどいい色だった。




