表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、辺境で「魔力回復カフェ」はじめます〜冷徹な辺境伯様ともふもふ聖獣が、私のまかないご飯に夢中なようです〜  作者: 咲月ねむと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/41

第5話 開店! 看板犬と醤油の香りの誘惑作戦

 そして迎えた、カフェ『陽だまり亭』オープンの日。


 私は夜明け前から厨房に立っていた。


 今日のメイン食材は、昨日市場でハンスが見つけてきてくれた『オークのバラ肉』だ。

 魔物肉と聞いて最初は少し怯んだけれど、見てみると脂身と赤身のバランスが絶妙で、こちらの世界の豚肉よりも旨味が強そうだった。


 これを昨日の冒険者たちを見返すための「武器」にする。


「よし、下茹では完璧ね」


 たっぷりの湯で一度茹でこぼし、余分な脂を落とした肉は、プルプルと揺れている。


 それを一口大の角切りにして、再び鍋へ。


 ここからが魔法の時間だ。

 投入するのは、生姜、砂糖、お酒、そして――私の隠し財産である『醤油』だ。

 実は嫁入り道具の中にこっそり忍ばせておいたのだ。これがないと私の料理人生は終わってしまうから。


 鍋を火にかける。


 コトコト、コトコト。


 厨房に穏やかで幸せな音が響く。


『クゥ~ン……』


 足元でルルが私のエプロンを引っ張った。

 見下ろすと、口の端からよだれが垂れている。


「だめよルル。これはまだ『待て』の時間。味が染み込むまでじっくり煮込まないと」


『ワンッ!』


「ふふ、ルルは食いしん坊ね」


 鍋の中の煮汁が煮詰まり、照りが出てくる。

 醤油と砂糖が焦げる甘辛い香りが、湯気となって厨房からホールへ、そして窓の隙間から外へと漏れ出していく。

 日本人なら抗えない、あの暴力的なまでに食欲をそそる匂いだ。


「レティシア様……この香りは、一体……?」


 ホールで給仕の準備をしていたマーサが夢遊病者のようにふらふらと厨房を覗きに来た。


「これはね、疲れた男の人たちを一撃で虜にする魔法の香りよ」


 私は鍋の蓋を開けた。

 もわり、と上がる白い湯気の向こうに、飴色に輝く角煮が鎮座している。

 箸で突けば崩れそうなほど柔らかい。


「さあ、開店の時間よ!」


 私は店の表へ出て、手描きの看板を掲げた。


『陽だまり亭 オープン~本日のおすすめ:特製とろとろ角煮丼~』


 しかし――。


 一時間経過。お客様、ゼロ。


「……やっぱり、そう簡単にはいかないか」


 店の前を通る人はいるのだ。

 でも、みんな遠巻きにこちらを見て、


「元公爵令嬢の店だろ?」


「高いんじゃないか?」


「どうせ冷やかしだ」


 ヒソヒソ話して通り過ぎていく。


 昨日のギルドでの一件が噂になっているらしい。


 ルルが心配そうに私の足元で丸くなった。

 マーサも不安げにオロオロしている。


 でも、私は慌てない。

 鍋を温め直し、わざと厨房の換気窓を全開にした。うちわでパタパタと香りを外へ送り出す。


 ――いけっ、醤油の香り! 

 空腹の冒険者たちの鼻腔を直撃なさい!


 すると、数分後。

 店の前を行き交う人々の足がピタリと止まり始めた。

 鼻をクンクンと動かし、発生源を探している。


「な、なんだこの匂いは……?」


「甘くてしょっぱくて……腹の底が鳴るような……」


 効果はてきめんだ。

 ついに店の扉がガタンと乱暴に開かれた。


「おい! この反則みてぇな匂いはここか!」


 入ってきたのは、昨日ギルドで私を「おままごと」と笑った、あの大柄な斧使いの冒険者だった。眉間にシワを寄せているが、その視線は厨房の方へ釘付けになっている。


「いらっしゃいませ」


 私は満面の笑みで彼を迎えた。


「お腹、空いていらっしゃいますか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ