最終話 特大ウェディングケーキ
キッチンの大扉が開き、十人がかりで運び込まれてきた『それ』を見た瞬間、庭園にいた全員の動きが止まった。
鳥のさえずりさえも止むほどの静寂。
そして次の瞬間、地鳴りのような大歓声が巻き起こった。
「な、なんだあれはーッ!?」
「城か!? いや、塔か!?」
現れたのは、高さ3メートルはあろうかという、規格外の『特大ウェディングケーキ』だった。五段重ねの土台は、真っ白な生クリームで美しくコーティングされ、側面には銀色のアラザンと食用花が散りばめられている。
各段には、色とりどりのフルーツが宝石のように敷き詰められ、最上段には飴細工で作られた二人の人形――剣を持った騎士とフライパンを持った料理人――が飾られていた。
「すごい……! こんな巨大なケーキ、見たことないわ!」
「倒れないのか!? 魔法か!?」
ジークフリート様が呆れたように、けれど愛おしそうに私を見た。
「……やりすぎだと言いたいところだが、お前らしいな」
「ふふ、私の魔力で固定してあるので、絶対に倒れませんよ! これこそ、私たちの旅路を表したケーキなんです」
私はケーキを見上げて説明した。
「一番下の大きな段は、私たちを受け入れてくれた『大地』。真ん中の段は、ジーク様が守り抜いた『氷雪』。そして一番上は、これから私たちが築く『陽だまり』です」
ジーク様は目を細め、満足そうに頷いた。
「……完璧だ。では、最後の仕上げといこうか」
彼は腰の剣――ではなく、装飾された大きなケーキナイフを手に取り、私に渡した。そして、私の手の上から自分の手を重ねる。
彼の体温が背中から伝わってくる。
「準備はいいか、奥様?」
「はい、旦那様」
私たちは息を合わせ、ナイフを入れた。
――スッ。
ナイフが沈んだ瞬間、ケーキに込められた私の「幸せ魔法」が発動し、キラキラと金色の粒子が舞い上がった。
わあぁぁっ! とゲストから歓声が上がる。
「ファーストバイトだ。……覚悟しろよ?」
ジーク様がスプーンで巨大なケーキの塊をすくい取り、私の口元へ。
私は大きく口を開けて、それをパクッと受け止めた。
ん~っ! 甘い!
ふわふわのスポンジと、口溶けの良いクリーム。イチゴの酸味がアクセントになって最高に美味しい。
「次は私からですね!」
私はそれ以上の特大サイズをすくい取り、ジーク様の口へ「あーん」。
彼は一瞬怯んだが、意を決してガブリと頬張った。
口の端にクリームをつけたまま、彼は苦笑いして、それから世界で一番優しいキスを私の額に落とした。
「……甘いな。一生、忘れられない味だ」
◇
その後、ケーキはゲスト全員に振る舞われた。
聖獣ルルも、特大の一切れをペロリと平らげ、『美味い! この家の子になってよかった!』と腹を見せて寝転がっている。
誰もが笑顔でケーキを頬張り、笑い声が空高く響く。
かつて「無能」と捨てられた私が、こんなにも多くの人に囲まれ、祝福されている。
私の居場所は、ここにあったのだ。
「レティシア」
夕暮れ時。
宴もたけなわとなり、ジーク様が私の肩を抱いた。
夕日に染まる庭園を見つめながら、彼は静かに言った。
「私は、世界一の幸せ者だ。……お前と出会えて、本当によかった」
「私もです。……ジーク様、私を拾ってくれて、信じてくれて、ありがとうございました」
私たちは見つめ合い、ゆっくりと唇を重ねた。
遠くで、ルルが幸せそうに遠吠えを上げている。
王都での辛い記憶は、もう遠い過去のもの。
ここには、美味しい料理と、大切な家族と、あふれるほどの愛があるのだから。
◇
――そして、数年後。
辺境の町ノルドにあるカフェ『陽だまり亭』は、今日も大繁盛していた。店の前には行列ができ、店内からは香ばしい匂いと活気が溢れ出ている。
カウンターの中では、エプロン姿の私がフライパンを振るい、その横では。
「おい、レティシア。あそこのテーブル、水が空だぞ」
「あら、あなたが行ってあげてよ。元・氷の騎士様なんでしょ?」
「フン。……人使いの荒い妻だ」
エプロンをつけたジークフリート様(非番の日は手伝ってくれるようになった)が、文句を言いながらも水差しを持ってホールへ出て行く。
その足元には、相変わらず看板犬として愛想を振りまくルルと、そして――。
「ママ! パパ! 私がオーダー取ってくる!」
銀髪に紫の瞳を持つ、小さな女の子が元気に走り回っている。
私の作った料理でみんなが笑顔になる。
大切な人たちが、お腹いっぱい幸せになる。
それが、私の最高の魔法。
カランカラン。
ドアベルが鳴り、新しいお客様が入ってきた。
私はフライパンを置き、満面の笑顔でその言葉を告げる。
「いらっしゃいませ! ようこそ、『陽だまり亭』へ!」
私の、そして私たちの美味しい毎日は、これからもずっと続いていく――。
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