表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、辺境で「魔力回復カフェ」はじめます〜冷徹な辺境伯様ともふもふ聖獣が、私のまかないご飯に夢中なようです〜  作者: 咲月ねむと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/40

第15話 具沢山のクラムチャウダー

 翌朝。

 布団から出るのが億劫になるほどの冷気が部屋に満ちていた。窓ガラスには氷の結晶が張り付き、外は一面の霜で真っ白だ。


「さむッ……! これは本格的に冬の足音が聞こえるわね」


 私はブルリと震えながら厚手のショールを羽織って厨房へと急いだ。

 こんな日は誰だって温かいものが恋しくなる。


 予定通り、今日のランチは『あれ』に決まりだ。


 まずは下準備。

 厚切りにしたベーコンを鍋で炒める。脂が溶け出し、食欲をそそる燻製の香りが立つ。

 そこへサイコロ状にカットした人参、玉ねぎ、じゃがいもを投入。野菜の甘みを引き出すように弱火でじっくりと炒めていく。


「ここがポイントよ」


 野菜が透き通ってきたら、バターと小麦粉を加えて粉っぽさがなくなるまで炒める。

 そこへ少しずつ牛乳を注ぎ入れるのだ。

 ダマにならないよう、木べらで丁寧に優しく混ぜ合わせる。とろり、とスープが白く色づき、濃度がついてくる。


 最後に主役の投入だ。

 昨日市場で仕入れた、殻付きの『北海アサリ』。ぷっくりと身が太った新鮮な貝を惜しげもなく鍋へ放り込む。


 コトコト、コトコト。


 貝の口が開き、濃厚な魚介の旨味が白いスープに溶け出していく。仕上げに黒胡椒をパラリと振りかけ、パセリを散らせば――。


「完成! 『特製・具沢山のクラムチャウダー』よ!」


 鍋からは、ミルキーで芳醇な湯気がもくもくと立ち上っている。


 味見を一口。


 ……んんっ! 濃厚! 貝の旨味と野菜の甘み、牛乳のコクが三位一体となって、冷えた体に染み渡る。


 ◇


 開店時間になると、寒さに肩をすくめたお客さんたちが次々と飛び込んできた。


「うぅ……寒い寒い。指先がかじかんで動かねぇや」


 一番乗りでやってきたのは、常連の新人冒険者、アンナちゃんだった。いつもは元気な彼女だが、今日は鼻先が赤く、少し鼻水をすすっている。どうやら風邪のひき始めらしい。


「いらっしゃい、アンナちゃん。今日はとびきり温まるものがあるわよ」


「あ、温かいもの……おねがい、します……」


 彼女は震えながら席についた。


 私はくり抜いた丸いパンを器代わりにして、そこに熱々のクラムチャウダーを並々と注いだ。


「お待たせ! パンを崩しながら食べてね」


 ドン、と置かれた湯気の立つボウル。

 アンナちゃんは、かじかんだ手でスプーンを握り、ふーふーと息を吹きかけてから、スープを口に運んだ。


 ズズッ……。


「……はぁぁ」


 一口飲んだ瞬間、彼女の口から真っ白な吐息と共に幸せな溜息が漏れた。


「お、おいしい……! とろとろで、すごく濃厚……」


 彼女の目が潤む。

 熱いスープが喉を通り、胃袋に落ちると、そこからまるで暖炉のような熱源が生まれたかのように、ポカポカとした温もりが全身へ広がっていく。


「じゃがいもがホクホクだし、貝を噛むとジュワッてスープが出てくるの。……なんだか、お母さんに毛布で包まれてるみたい」


 アンナちゃんは夢中でスプーンを動かした。


 スープが染み込んで柔らかくなったパンの器をちぎり、最後の一滴まで綺麗に平らげる頃には、彼女の額にはうっすらと汗が滲んでいた。


「ふぅ……! すっごく元気が出ました! 鼻づまりも治っちゃったかも!」


「それはよかったわ。風邪は引き始めが肝心だからね」


 彼女の顔色は、入店時とは見違えるほど血色が良くなっている。


 私の「美味しくなあれ」の効果もバッチリ効いたようだ。

 その後もクラムチャウダーは飛ぶように売れた。


「生き返る~!」


「体がポカポカして、コートがいらないくらいだ!」


 店内は笑顔と熱気に包まれた。

 そんな賑わいの中、いつもの席でジーク様も静かにスープを啜っていた。


「……悪くない。貴様の料理は、冬の寒さすら調味料に変えるようだな」


 そう呟く彼の表情もまたスープの温かさで柔らかく解けていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ