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婚約破棄されたので、辺境で「魔力回復カフェ」はじめます〜冷徹な辺境伯様ともふもふ聖獣が、私のまかないご飯に夢中なようです〜  作者: 咲月ねむと


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第13話 聖獣疑惑

『陽だまり亭』の看板犬、ルル。

 真っ白な毛並みに、赤い瞳。私の拾ったこの可愛い子犬は最近すくすくと育っている。……というか、育ちすぎている気がしないでもない。


「あら、ルル。また少し大きくなった? 首輪がキツそうね」


『ワフッ!』


 私の残り物を食べているせいか、拾った時は両手に収まるサイズだったのが、今では中型犬くらいの大きさになっている。毛艶もプラチナのように輝いていて神々しいくらいだ。


 そんなある日の昼下がり。

 ジーク様が珍しく部下を一人連れて来店した。


「いらっしゃいませ、ジーク様」


「ああ。……今日はこいつを連れてきた。魔導騎士のゲイルだ」


 紹介されたのは、眼鏡をかけたインテリ風の青年騎士だった。彼は店に入るなり、キョロキョロと挙動不審に周囲を見回している。


「失礼します。……ほう、ここですか。閣下の頭痛を治したという奇跡の店は」


「奇跡だなんて大げさな。ただの定食屋ですよ」


「いえ、油断はできません。何が潜んでいるか……ん?」


 ゲイル様の視線がカウンターの下でくつろいでいたルルに止まった。その瞬間、彼が眼鏡をズレ落としそうになりながら絶叫した。


「ひぃぃぃぃッ!!?」


 ガタガタッ!と椅子を倒し、彼は壁際まで後ずさった。

 ジーク様が眉を潜める。


「なんだゲイル、騒々しい」


「か、閣下! あれが見えないのですか!? あの圧倒的な魔力! 神聖なるオーラ! あ、あれは伝説の……フェンリルの幼体ではありませんか!?」


 ――シーン。


 店内が静まり返った。


「……え?」 


 私はルルを見た。

 ルルはあくびを噛み殺し、後ろ足で耳の後ろをカイカイと掻いている。


「……フェンリル? この子がですか?」


「そ、そうです! 魔導感知スキルを持つ私の目には分かります! あの白い毛並みは最高位の聖獣の証! 一国を滅ぼせるほどの魔力を秘めています!」


 ゲイル様は顔面蒼白で震えている。


 私は吹き出しそうになるのを堪えた。


「まさか。ゲイル様、働きすぎでお疲れなんじゃないですか? ルルはただの雑種犬ですよ。ねー、ルル?」


 私が同意を求めると、ルルは一瞬「ギクリ」とした顔をした。そして私の顔と青ざめるゲイル様、そして怪訝な顔をするジーク様を交互に見やり……。


 クルッ。


 ルルは突然、その場でお腹を出してゴロンと寝転がった。


『ハッ、ハッ、ハッ……』


 舌をだらしなく出し、尻尾をパタパタと振り、あられもないポーズで「撫でて~」とアピールを始めたのだ。

 本当にフェンリルなら、その姿に威厳のかけらもない。


「ほら見てください。聖獣様がこんな、おっぴろげな格好します?」


「む……確かに……」 


 ゲイル様が困惑する。

 さらにルルは自分の尻尾を追いかけてグルグル回り始め、最後にはテーブルの脚に頭をゴチンとぶつけて「キャン!」と鳴いた。


「……ドジな犬だな」


 ジーク様が呆れたように言った。


「ゲイル、貴様の目は節穴か。あれはどう見ても、少し図体がデカいただの愛玩犬だ」


「し、しかし閣下……あのオーラは……」


「黙れ。それより注文だ。レティシア、いつものプリンを二つ頼む」


 ジーク様の一声で聖獣疑惑は強制終了となった。


 私はホッと胸を撫で下ろす。


(よかったわね、ルル。変な誤解をされなくて)


 私は厨房に戻りながらルルにウインクした。

 ルルは額を前足で拭っていたけれど、やっぱり少し動きが人間臭い気がする。

 まあ、可愛いからなんでもいいか!


 ――なお、この時、ルルはなぜか冷や汗をかいていた。

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