第1話 断罪されたので、心置きなく厨房へ走ります
王城の大広間。
シャンデリアが煌めくその場所で、よく通る声が響き渡った。
「レティシア・フォン・アークライト! 貴様のような性悪女との婚約は、今この時をもって破棄とする!」
金髪碧眼、絵に描いたような王子様――私の婚約者であるフレデリック殿下が指を突きつけて叫んでいた。
その隣には、小柄で愛らしいピンクブロンドの男爵令嬢、ミナ様が涙目で寄り添っている。
「殿下……私のために、そんな……」
「安心しなさいミナ。君のような純真な女性をいじめるような悪女は、我が国の王太子妃にふさわしくない」
周囲を取り囲む貴族たちがヒソヒソと噂話を始める。軽蔑の眼差し。嘲笑。
本来なら、ここで私はショックのあまり崩れ落ちるか、あるいは身の潔白を叫んで泣きわめく場面なのだろう。
けれど。
(……やった)
私は扇子で口元を隠しながら、緩みそうになる頬を必死で抑え込んでいた。
(やった、やったわ! ついにこの時が来たーッ!)
心の中でガッツポーズを決める。
私、レティシアには前世の記憶がある。
前世は日本という国でカフェの店長をしていた。朝から晩まで仕込みに追われ、それでもお客様の「美味しい」という笑顔を見るのが何よりの幸せだった料理バカだ。
過労で倒れてこの世界に公爵令嬢として転生してからも、その情熱は消えていない。しかし、公爵令嬢という立場はあまりに窮屈だった。
料理なんてもってのほか。
厨房に入ろうものなら「はしたない」と侍女に止められ、王妃教育という名の地獄のスケジュールに忙殺される日々。
おまけに婚約者のフレデリック殿下は、私の作るクッキーよりも、ミナ様の涙のほうが好物という味覚オンチ(失礼)だ。
もう限界だった。
ドレスよりもエプロンをつけたい。
社交ダンスよりも玉ねぎを刻みたい。
宝石よりも、新鮮な卵と牛乳が欲しい!
「聞いておるのか、レティシア!」
「……はい、謹んで承りますわ」
私は優雅にお辞儀をした。
そのあまりに潔い態度に殿下が鼻白む。
「な、なんだその態度は。泣いて縋ってくるなら、側室くらいには……と考えてやらんでもなかったが」
「滅相もございません。殿下とミナ様の真実の愛、影ながら応援させていただきます」
私は顔を上げ、ニッコリと微笑んだ。
それは公爵令嬢の仮面ではない。
これから始まる「自由な生活」への希望に満ち溢れた、本心からの笑顔だった。
「つきましては殿下。婚約破棄の慰謝料として、北の辺境にあるボロボロの……いえ、使われていない別荘を一ついただけないでしょうか?」
「辺境? あそこは魔物も出るような田舎だぞ。そんなところで良いのか?」
「ええ、あそこが良いのです」
(あそこなら豊富な山菜! ジビエ! そして誰も文句を言わない私の城!)
殿下は気味悪そうな顔で「好きにしろ」と吐き捨てた。
「では、これにて失礼いたします」
私は踵を返す。
背後でざわめきが大きくなるが、もう関係ない。
待っててね、私の新しいキッチン。
待っててね、まだ見ぬ食材たち。
私は心の中でエプロンの紐をきゅっと結び直した。
さあ、第二の人生――美味しいスローライフの開店だ!
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