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就活中に彼女を後輩に寝取られたので、二人まとめて地獄に堕としてやった  作者: ledled


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第一話 最終面接の日に、彼女のスマホに届いた「会いたい」の通知

灰色のコンクリート壁に囲まれた大学のキャリアセンター。そこで俺、黒崎奏斗は、エントリーシートという名の自分を売り込むための作文用紙と、もう何時間も睨み合っていた。蛍光灯の白い光が、印刷された文字の羅列を無機質に照らし出す。


大学三年生の秋。周囲が内定を獲得し始める中、俺は未だ暗いトンネルの中を彷徨っていた。第一志望は、大手広告代理店。写真サークルで培ったセンスと技術を活かしたいという、少しばかり高尚な夢を抱いていた。だが、現実は甘くない。お祈りメールの数だけが、虚しく積み重なっていく毎日だ。


「……よし、こんなもんか」


推敲を重ねた自己PRを声に出さずに読み返し、小さく息を吐く。疲労で霞む目を擦ると、スマホのロック画面に設定された一枚の写真が目に飛び込んできた。


満開の桜の下で、少しはにかみながら微笑む彼女――白石莉緒奈。


経済学部に通う二年生で、俺が所属する写真サークルの後輩。そして、一年半前から付き合っている俺の恋人だ。この写真は、去年の春に俺が撮ったもの。ファインダー越しに見た彼女の笑顔は、どんな被写体よりも輝いて見えた。彼女の写真を撮る時間が、俺にとっては何よりの幸福だった。


だが、最近はその幸福を味わう時間さえ、ままならない。


『奏斗、今日も会えないの?』


数日前に莉緒奈から送られてきたLINEのメッセージを思い出す。その文面には、寂しさが滲んでいた。


「ごめん、今日も説明会で遅くなる。埋め合わせは必ずするから」


そんな紋切り型の返信しかできない自分が、歯痒くて仕方なかった。就活が終わるまで。その言葉を免罪符のように掲げ、俺は彼女からの愛情を当たり前のように受け取るだけになっていたのかもしれない。


俺が一人暮らしをしているアパートには、莉緒奈が頻繁に泊まりに来ていた。いつしか半同棲のような形になり、彼女の私物が部屋のあちこちに増えていくのを、微笑ましく思っていた。就職が決まったら、ちゃんとプロポーズしよう。そんな未来予想図を、漠然とだが確かに描いていたのだ。


「……集中しないとな」


莉緒奈の顔を脳裏から振り払い、再びパソコンの画面に向き直る。感傷に浸っている暇はない。来週に控えた第一志望の最終面接こそが、今の俺にとっての全てだった。



写真サークルの部室は、放課後の大学生たちの他愛ない笑い声で満ちていた。久しぶりに顔を出した俺に、後輩たちが駆け寄ってくる。


「奏斗先輩、お久しぶりです! 就活、順調っすか?」

「まあ、ぼちぼちだよ。そっちはどうだ? 新入生、たくさん入ったんだって?」


部長の座を後輩に譲ってから、俺はすっかり幽霊部員と化していた。それでも、この場所の空気は好きだ。薬品の独特な匂いが混じる暗室も、壁一面に貼られたOBたちの写真も、全てが俺の大学生活そのものだった。


輪の中心で、ひときわ華やかなオーラを放っているのが莉緒奈だ。明るく愛嬌のある彼女は、サークルのマドンナ的存在で、男女問わず誰からも好かれていた。俺の自慢の彼女。その事実は、就活でささくれ立った心を優しく癒してくれる。


だが、その莉緒奈の隣に、見慣れない男がぴったりと張り付いていることに気づいた。染めた明るい髪に、流行りのオーバーサイズの服。耳にはピアスが光っている。いかにも軽薄そうな見た目の男は、莉緒奈の肩に馴れ馴れしく腕を回しかけていた。


「あれが、今年入った一年生で一番の注目株、天羽玲ですよ」


俺の視線に気づいた後輩が、こっそりと耳打ちしてくれた。


「法学部で、実家がめちゃくちゃ金持ちだって噂です。口が上手くて、女子からの人気がすごいんですよ」

「へぇ……」


俺は曖昧に相槌を打ちながら、天羽玲と名乗った後輩を観察する。玲は莉緒奈に何か耳打ちすると、莉緒奈は楽しそうに声を立てて笑った。その距離の近さに、胸の奥が小さくざわめく。


「莉緒奈先輩って、本当に可愛いっすよね。彼氏さん、いるんすか?」


玲の大きな声が部室に響いた。一瞬、空気が凍り付く。サークル内の誰もが、俺と莉緒奈が付き合っていることを知っているからだ。莉緒奈は少し困ったように笑いながら、ちらりと俺の方に視線を送る。


「うーん、どうかな?」


悪戯っぽく微笑む莉緒奈。その答えに、玲は「じゃあ、俺にもチャンスあるってこと?」と畳みかけた。周囲が囃し立てる中、俺はただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。就活で忙殺されている俺に対する、莉緒奈なりの小さな当てつけなのかもしれない。そう思うことで、胸のざわつきに無理やり蓋をした。


その夜、アパートに泊まりに来た莉緒奈に、俺はそれとなく玲のことを聞いてみた。


「今日いた一年生、天羽ってやつだっけ? ずいぶん馴れ馴れしかったな」

「あー、玲くん? うん、面白い子だよ。奏斗がいない間、色々話聞いてくれたりして」


莉緒奈はスマホをいじりながら、悪びれるでもなく答える。


「あいつ、チャラそうだからあんまり関わらない方がいいんじゃないか」

「やだ、奏斗、嫉妬? 大丈夫だよ、ただの後輩だって」


「ただの後輩」か。その言葉に安堵するべきなのに、なぜか俺の心は晴れなかった。莉緒奈は俺の頬にキスをすると、「就活大変だろうけど、無理しないでね」と優しく微笑んだ。その笑顔は、いつもの愛しい彼女のもので、俺の疑念を霧散させるには十分すぎるほどの力を持っていた。俺は彼女を抱きしめ、不安を心の奥底に押し込めた。



運命の日。第一志望である広告代理店の最終面接は、重厚な雰囲気の役員会議室で行われた。ずらりと並んだ年配の役員たちの鋭い視線が、容赦なく俺に突き刺さる。緊張で喉がカラカラに乾いたが、俺は必死で準備してきた言葉を紡いだ。


写真サークルでの経験。被写体の魅力を最大限に引き出すための工夫。一枚の写真で人の心を動かすことの喜び。夢中で語るうちに、いつしか緊張は心地よい高揚感に変わっていた。役員たちも、興味深そうに俺の話に耳を傾けてくれている。


「……以上です」


最後の言葉を言い終えると、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。中心に座っていた社長らしき人物が、穏やかに口を開く。


「君の写真は、面白いね。被写体への愛情が伝わってくる。特に、この桜の下の女性の写真がいい」


役員たちの手元にある俺のポートフォリオ。その中には、莉緒奈を撮った写真が何枚も収められていた。俺の原点であり、自信作だった。


「ありがとうございます。私にとって、一番大切な人を撮ったものです」


俺は、胸を張って答えた。面接は、これ以上ないほどの手応えと共に終了した。高揚感を抑えきれず、俺はすぐに莉緒naにLINEを送った。


『最終面接、終わった。たぶん、うまくいった!』


すぐに既読がつき、返信が届く。


『本当!? お疲れ様! すごいよ、奏斗! 今日は私がご飯作って、家で待ってるね♡』


ハートマーク付きのメッセージに、俺の心は浮き足立った。この成功も、苦しい就活を乗り越えられたのも、全て莉緒奈がいてくれたからだ。早く会って、今日のことを報告したい。そして、今までの埋め合わせをするように、彼女を思いっきり甘やかしてやりたい。俺は逸る気持ちを抑えながら、自宅へと向かう電車のドアに体を滑り込ませた。


アパートのドアを開けると、キッチンからトントンと小気味良い包丁の音が聞こえてくる。だが、すぐにその音は止み、代わりにシャワーの音が聞こえてきた。どうやら何かを準備している途中で、シャワーを浴びることにしたらしい。


「ただいま」


誰もいないリビングに向かって声をかけ、革靴を脱ぐ。ふわりと、莉緒奈がいつも使っているシャンプーの甘い香りが鼻を掠めた。彼女がこの部屋にいる。それだけで、一日中張り詰めていた緊張が解け、全身の力が抜けていくのを感じた。


「お、先にシャワー浴びてんのか」


スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めながらリビングに入る。テーブルの上には、莉緒奈が持ってきたのであろうトートバッグと、見慣れたピンク色のスマホケースに収まった彼女のスマホが無防備に置かれていた。


自分のスマホの充電が切れかけていたのを思い出し、充電ケーブルを手に取る。コンセントにアダプタを差し込み、ケーブルの先を自分のスマホに繋ごうとした、まさにその時だった。


テーブルの上の、莉緒奈のスマホが、ぶぅ、と短く震えた。


そして、画面がふわりと光を放ち、一枚の通知が表示される。


ごく自然な動作で、俺の視線はその通知に吸い寄せられた。そこに表示されていたのは、俺が最も見たくなかったはずの名前。


【天羽 玲:莉緒奈先輩、今夜も会いたいな】


時間が、止まった。


シャワーの音が、やけに遠くに聞こえる。さっきまで感じていた高揚感も、安堵も、莉緒奈への愛しさも、全てが急速に凍り付いていく。


今夜も?


「も」……?


そのたった一文字が、毒矢のように俺の脳に突き刺さった。つまり、今夜だけではないということだ。俺が就活に追われ、莉緒奈をないがしろにしていた、あの時間。彼女は、別の男と「会って」いたのか。


頭が真っ白になり、何も考えられない。ただ、心臓だけが氷の塊になったように冷たく、重くなっていく。俺が信じていた世界が、足元から音を立てて崩れ落ちていく感覚。あの桜の下で見た無邪気な笑顔も、「奏斗しかいないよ」と囁いた甘い声も、全てが嘘だったというのか。


やがて、シャワーの音がぴたりと止んだ。脱衣所のドアが開く気配がする。まずい、戻ってくる。何食わぬ顔をしなければ。そう思うのに、体は鉛のように重く、指一本動かせない。


「おかえり、奏斗。面接、どうだった?」


バスローブを羽織った莉緒奈が、濡れた髪をタオルで拭きながらリビングに入ってきた。湯気でほんのり上気した頬。俺に向けられる、屈託のない笑顔。それは、ついさっきまで俺が世界で一番愛しいと思っていた笑顔のはずだった。


だが、今の俺の目には、それが得体の知れない化け物の擬態のようにしか見えなかった。


「……ああ」


俺は、かろうじてそれだけを喉から絞り出した。莉緒奈は俺の様子に気づくこともなく、「ご飯もうすぐできるからね」とキッチンへ向かう。


俺は、テーブルの上に置かれたピンク色のスマホを、ただ憎しみを込めて睨みつけることしかできなかった。俺の知らないところで、莉緒奈とあの男の間で、一体何があったのか。


絶望がじわじわと全身を侵食し、やがてそれは、燃え盛るような黒い怒りへと姿を変えようとしていた。悪夢は、まだ始まったばかりだった。

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