表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い海  作者: こびき
5/5

黒い海の向こう側


スマホで、3年前のあの溺れた事件をすぐに調べた。

だが、被害者の名前はどこにも見つからなかった。

あの少女の記録は、どこにも存在していない。


確かに、記憶では近所の女の子だったはずだ。

不審に思い、近所中を聞いて回った。

だが分かったのは、この数年、この付近で溺れ死んだ少女はいないという事実だった。


どういうことなのか。


俺の記憶違いなのか。

いや、そんなはずはない。


その記憶が、俺の人生を変えた。

その十字架を背負って、今まで生きてきたんだ。


午後2時15分。

もう一度、海に入ろう。

そして、もう一度引きずり込まれてみよう。

そうすれば、何かが分かる気がした。


沖へ向かってパドルを漕ぐ。

ドルフィンスルーで波をくぐり、海面に顔を出す。


黒い海が広がっていた。


来た。


沖から波がくる

波が割れ、形が美しい。


方向転換してパドル。

テイクオフ。

またもロングライド。

気持ちのいい疾走感。

最後は、わざと吹っ飛んでみた。海に落ちる。


リーシュコードを自ら外す。


足首を掴む白い手が見えた。


来た。


そのまま、海の底へと引きずり込まれる。


永遠とも思えるほど、深く沈んでいく。


そして、意識を失った。


目を覚ます。




あの海だった。


時計を見ると、デジタル表示は「3年前」を示している。


サーフボードを掴み、寝そべり。

必死で漕いだ。

限界までパドルを漕ぎ続ける。


白い帽子の少女が見えた。


「絶対に死なせない」


パドルを続ける、もはや 限界は超えていた。


しかし少女は耐えることができず 海中へと沈んでいった。


少女の帽子が海面に浮かび、沈みかけたその瞬間――


少女の手を掴んだ。今回は、間に合った。


引き上げた少女は、3年前のさゆりだった。


「やっと間に合ったね、俊さん」


さゆりの笑顔が、まばゆいほどに輝いていた。



そして……


世界が、白く染まった。





目を覚ます。


白い天井。


首に違和感。


何かのチューブが繋がっているようだ。


目だけを左に動かす。

そこに、さゆりがいた。


「やっと帰って来たね、金子さん」


彼女は、笑いながら泣いていた。


「ここは病院だよ。3年寝てたんだよ」



溺れ死んだ少女のことを聞いて回ったとき、

溺れた少女を救おうとして死んだ青年の話を耳にした。


――もしかして、それは俺だったのかもしれない。


ループの度に、世界が変わる。


俺の知らない、もう一つの世界。


さゆりが死ぬ世界。


俺が死ぬ世界。


そして、二人とも助かる世界。







1年後の夏。

俊は、さゆりとともに再び海へ来ていた。

潮の香りが懐かしく、波の音が心地よいリズムを刻んでいる。


空は澄み渡り、雲ひとつない。

太陽は高く、海面は銀色にきらめいていた。

遠くでサーファーたちが波に乗り、笑い声が風に混じって聞こえる。


俊は、砂浜に座っていた。

ウェットスーツのジッパーを上げながら、隣に立つさゆりを見上げる。


「本当に、もう黒い海は見えないんだな」

そう言うと、さゆりは優しく微笑んだ。


「うん。あの日からずっと、海は綺麗なままだよ」


彼女の声は、波の音に溶けるように柔らかかった。


俊は立ち上がり、ボードを抱えて海へ向かう。

さゆりも後ろからついてくる。

二人の足跡が、白い砂に並んで刻まれていく。


「怖くない?」

さゆりが問いかける。


「少しは。でも、君がいるから大丈夫だ」

俊は振り返り、彼女に笑いかけた。


波打ち際で立ち止まり、二人はしばらく海を見つめた。

水面は穏やかで、陽光が揺れるたびに虹のような光が広がっていた。


「ねえ、俊さん」

さゆりがぽつりとつぶやく。


「うん?」


「もし、またあの海に呼ばれても――今度は一緒に戻ってこようね」


俊は頷いた。

「約束するよ」


そして、二人は海へ入った。

波は優しく、風は暖かかった。

あの日の黒い海は、もうどこにもなかった。


空は青く、世界は静かに、確かに前へ進んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ