ループ
目を開けると、またあの海岸だった。
空は青く、波は穏やか。
まるで何事もなかったかのように、サーファーたちが波に乗っている。
ゆっくりと左側に目をやる。
そこには、さゆりがいた。
白いワンピースに濡れた髪。
海風に吹かれながら、静かにこちらを見ている。
「また戻ってきたね」
彼女はそう言った。
「……俺は、死んだのか?」
俊の声は震えていた。
さゆりは首を横に振る。
「まだ。でも、境目にはいる。あの“手”に触れた時点で、もう完全には戻れない」
「境目……?」
「この海には、引きずり込まれた人の“記憶”が残るの。あなたが助けられなかった少女も、ここにいる。ずっと、波の下で待ってる」
俊は言葉を失った。
あの日の記憶が、波の音とともに蘇る。
必死に漕いだパドル。届かなかった手。沈んでいく小さな体。
「でも、どうして俺は……助かった?」
さゆりは少しだけ微笑んだ。
「私が引き戻した。あなたが“まだ”戻れるように」
「じゃあ……君は?」
彼女は答えなかった。
ただ、海の方を見つめていた。
「でも、次はないよ。水に入ったら、もう戻れない。あの手は、あなたを覚えてるから」
俊は立ち上がり、海を見た。
さっきまで穏やかだった波が、どこか冷たく見える。
遠くの沖に、黒い影が揺れていた。
「さゆりちゃん……君は、誰なんだ?」
彼女は振り返らず、ただ一言だけ残した。
「私は、あの子の“代わり”なのかもしれないね」
そして、波打ち際へと歩いていき、海へと消えていった。
俊はその場に立ち尽くした。
風が吹き、波が寄せては返す。
だが、もうその音は、優しいものには聞こえなかった。