水の底で待つ声
目の前がオレンジ色に染まっていた。
眩しさに目を細める。太陽の光が容赦なく降り注ぎ、体は熱を帯び、汗が滲んでいる。
ガバッと上体を起こす。――生きている。そう思った。
海の方へ目を向けると、何人ものサーファーが波に乗っていた。
その光景に安堵しかけた瞬間、左側から声がした。
「気がついた?」
振り向くと、さゆりが座っていた。
「あ……」
「俊さん、死ぬところだったよ」
空は晴れ渡り、波は穏やか。海辺では家族連れが遊んでいる。
さっきまでの黒い海とは、まるで別世界のようだった。
「だから、一人で入っちゃダメだって言ったじゃない」
「え……?」
「もう、……にされてるかも……」
「……え?」
「じゃあ、そろそろ行かなきゃいけないから。水に気をつけてね」
そう言うと、さゆりは足早にその場を離れていった。
流されたはずのサーフボードは、すぐ隣に転がっていた。
「……さゆりに、助けられたのか?」
訳が分からなかった。
当然、もう海に入る気など起きず、俊はそのまま帰路についた。
自宅の庭でウェットスーツを洗い、陰に干す。
実家暮らしだからこそできることだ。
午後3時。風呂に入り、ビールでも飲もうかと思う。
シャワーで潮を流し、湯船に身を沈める。
今日一日の出来事が、頭の中で繰り返される。
確かに、あの時は死んでいた。
そして、あの白く細い手――。
怖い考えを振り払うように、湯船の中で顔を洗う。
顔を上げると、なぜか暗い。
風呂の水が、黒く濁っていた。
「……なんだこれは」
そう思った瞬間、左足に冷たい感触が走る。
引っ張られた。
もがいても無駄だった。
どんどん、どんどん、底へと引きずり込まれていく。
真っ暗な水中。
息ができない。
苦しい。
意識が遠のいていく。
「……んさん」
「……しゅんさん」
「俊さん!」
目を開けると、またあの海岸だった。
ゆっくりと左側に目をやる。
そこには、さゆりがいた。