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03

なーんて、決意したはいいものの。

実際問題、前世の記憶というバフなのかデバフなのかよく分からないおまけが付いているだけのガキンチョがすぐに手立てなんて見付けられるはずもなく。

気付けば私はバカデカい屋敷を出てバカデカい庭園を通り、これまたバカデカい温室に辿り着いていた。

ここは姉のお気に入りの場所で、ここにいたら姉がいつもの美しい笑顔で迎えに来てくれて私を抱き留め、先程の会話は白昼夢だったと思わせてくれるのではないか――なんて。そんな生ぬるくて甘ったれた気持ちになってしまうほどには、まだ私は姉のことが大好きでたまらないらしい。


「……う、」


気を抜くとまた涙が溢れそうで、だけど涙腺の締め方なんて分からないのでせめてもの抵抗で顔を上に向ける。陽の光を浴びたステンドグラスが夢みたいに綺麗で、それがまた切ない。だけど泣き言を零したところで何かが好転するわけでもないので、ひとまずは足りない頭を限界まで搾ってみることにした。


『セシルフォード王子殿下がエミリアを選んだらどうするか、ですって?』


姉は確かにそう言っていた。どうしてそんなあるはずのない可能性の話をしていたのかは分からないけれど、きっと会話の相手は姉付きの侍女であるシンディだろう。彼女は少し抜けているところがあるので、突拍子のない発言をしていたとしてもおかしくはない。


そして、姉はその場合は身の程知らずの私を殺すと言った。姉ほどの人が色に狂った女のような言葉を発するなんて…と未だに何かの間違いであってほしい心が囁いてくるけれど、相手が王子である以上そんな希望的観測は全くの無意味だ。むしろ大国の正妃の座という1枚しかない超プレミアチケットを掻っ攫っていこうとする輩を「身内だから」なんてくだらない理由でニコニコと見守る方が愚か者なので、我が姉リスクヘッジ能力高すぎてほんま最高LOVE。……いけない、変な人格が出てきてしまった。


と、とにかく、姉の不興を買わないためには王子から好かれなければいいわけだ。つまり王子を徹底的に避け続け、姉と王子のフラグ建築を陰ながらサポートし、王子にっこり、姉にっこり、カプ厨私もにっこりのハッピーセシリリルートを目指すべき!――という結論に至るのは、至極浅はかである。

オスという生物は狩猟本能が強い傾向にある。特に幼少期から全ての人間にチヤホヤされてきたであろう王子を露骨に避ければそれを刺激してしまうのは火を見るより明らかで、実際この手の転生モノで「巻き込まれないように傍観に徹するぞ!」と決意した人間は100%おもしれぇ女展開で巻き込まれると相場が決まっている。私はそういう展開が大好物だけど、命がかかっている以上見えている地雷を踏みに行くわけにはいかない。

ではどうするべきか。要するに、それを逆手に取ってしまえばいいわけだ。「逃げられると追いたくなる」の逆はズバリ、「追われると逃げたくなる」。もう絶対にこれ。小学生の頃好きだったタケルくんに毎日ラブレターを書いて渡したら本気で泣かれたことがあるので間違いない。


だけど王子狙い丸出しの行動をするだけでは姉にロックオンされてヘッドショット一発で沈められかねない。今表面上とはいえ姉が私に優しく接してくれるのはきっと、私のことを愚かでかわいい愛玩物か、自分を引き立たせる駒程度にしか認識していないからだろう。もしも私が姉の目の前に立ちはだかる脅威となれば徹底的に排除しにかかるはずだ。小学生の頃仲が良かったクラス1賢いミサキちゃんは私が一度だけテストで彼女よりいい点を取った日から口をきいてくれなくなったので間違いない。

……要するに、当面は今まで通り姉LOVE王子LOVEを全開にしておくのが一番ということだ。おい、なんの解決にもなってねーな。


頭を掻きむしりたくなる衝動をぐっとこらえ、ハンナが結んでくれたツインテールを指に絡めてくるくると回す。午後にはその王子と顔を合わせなければいけないわけだけど、果たして私はうまく振る舞えるのだろうか。こういうの、意識すればするほどうまくいかないんだよな〜。

子供のフリ、王子を好きなフリ、だけど今は恋心に自覚がないフリ、姉を怖がらないフリ、そして何より、無垢でおバカなエミリア・フォンテーヌのフリ。考えただけで鬱になりそうだ。この世界にメンタルクリニック的なものはあるんだろうか。


「ぜんせのきおくなんてないほうがよかった……」


独り言すらも満足に発声できない幼い体に少しだけ苛立ちを覚える。どうせなら前世の人格にそのまま挿げ替えられていたらどれほどよかったことか。ただの21歳女子大生としてこの世界に存在できていたら、きっと姉のことも賢くて綺麗な子供としか認識しなかっただろうし、家族や使用人、王子に対してもフラットな視点を持てるわけで……つまりは、彼らの元を去るという選択も大して心を痛めずにできただろう。だけど今の私はエミリアでもなければ21歳女子大生でもない、二つの人格をミキサーでドッキングさせたいわばキメラだ。精神年齢に関しても単純に足し算するよりもむしろ足して割った12歳程度が関の山だろう。何が言いたいかというと、ガチで心細い。マジで怖い。意味不明な状況すぎて萎える。何が悲しくて5歳児に心の底からビビり散らかさなきゃいけない? 姉、私ほんとに王子との恋路応援するから目の敵にしないでよ〜。

姉の聡明さを鑑みるに、下手に演技をするよりいっそ前世の記憶が蘇ったことを打ち明けて協力を申し出る方が平和的なのでは……いや、むしろ聡明すぎて私がおかしくなったと両親に訴えて田舎(ただでさえ田舎なのにさらにド田舎!)で静養ルート、ひどければ修道院送りルートに強制的に乗せられかねないか。


うんうん悩む私をよそに、外から正午を告げる鐘の音が聞こえた。1時間後には王子が来訪する予定なので、そろそろ姉の元へ行かなくては。

不安でいっぱいの胸に手を当て深呼吸を一つして、私は温室をあとにした。



***



「ようこそお越しくださいました、セシルフォード王子殿下」

「いらっしゃいませ、おうじさま!」


美しい淑女の礼を披露する姉の横で、見様見真似でぎくしゃくとぎこちない礼をする。13時きっかりに我が家の門を潜った王子は、明らかにマナーのなっていない私を見ても嫌な顔ひとつせず柔和に微笑んだ。


「お招き感謝する。二人とも、今日は揃いのリボンをしているのだな。よく似合っている」

「まあ、よくお気付きで……。いつもながら本当に、視野の広さを見習わなくてはいけませんわ」


女性の細かい変化に敏感な男はモテるという。そんな細やかさがなかろうが爆モテ街道まっしぐらであろう5歳にして完成しきったお顔をお持ちの、それも王子様がこの対応なのだから、リスキア王国の男児は相当頑張らなければ国中の女性という女性をこの少年に持っていかれてしまうのではなかろうか。

……まあそんな心配をするまでもなく、この王子様は我が姉リリアナ・フォンテーヌに夢中なわけですが。


姉と王子は何も婚約中の間柄ではない。にも関わらず月に一度ずつ互いの家を行き来するこの二人が恋仲でなくてはなんなのか。

あまり特定の家を懇意にするのはお貴族様的にはどうなのかと思わなくもないけれど、姉と王子のことだからきっとうまいこと理由をつけているんだろう。父は十中八九何の根回しもしていない。王子の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいには細やかさに欠ける男なので。


「エミリア嬢。床に臥していたと聞いたが大事ないか?」


おいおい、一体どこまで尾ひれがついているんだ。

姉同様に大人顔負けの美しい発音でこちらを案ずる言葉をかけてくれた王子に、「ただ階段から落ちただけですよ〜」と叫びたくなるのをぐっとこらえながらにぱっと笑顔を向ける。


「だいじょうぶ! エミリ、おうじさまにあいたくてげんきになりました!」


本当は王子が来ると聞いたのは今朝なので余裕で嘘だけど。

「そうか」と目を細め私の頭を優しく撫でる王子と「あらあら」口元に手を当て微笑ましそうに笑う姉はもはや夫婦の風格だ。こえーよ、この世界の5歳児の異常発達がよ。

さて、挨拶の後はいつもどうしていたんだっけ。幼子の記憶力はアテにならないもので、エミリアとしての記憶は結構曖昧なんだよな〜。なんていうのは杞憂だったらしく、王子が少し後ろに控えていた侍従に目くばせをすると彼は慣れた手つきで私に何かを差し出した。


「手土産だ。いつも通りハンナに読んでもらうといい」


王子の言葉とともに渡されたのはかわいらしい装丁の本だった。4歳の子供が読むには少し分厚いし、平易な絵本といった雰囲気でもない。そういえばいつもこんな風に本を渡されて、私は大はしゃぎでハンナの元に駆けていっては読み聞かせをねだっていたんだっけ。……王子くんってば、結構露骨!!!

邪魔なガキ(1歳しか変わんないっつーの)は物で釣ってさっさと追い払って、自分は本命のリリアナ嬢と蜜月をってか。王子くんってば露骨!!! しかししばらくは現状維持の姿勢を取ると決めた以上これにノらない手はない! なんてナイスなんだ王子くん、かなり年相応に稚拙な戦略だとは思うけど、私から王子への好感度は現在鰻登りだ!


「ありがとう、おうじさま!」


お礼もそこそこに侍従から本を奪取し、大はしゃぎで自室へと向かう。これは演技でもなんでもなくマジ大はしゃぎだ。本当にありがとう王子!


「セシルフォード王子殿下、いつも……」


背後で姉が王子に何か言っている声が聞こえたけど、きっと私には関係のない話だろう。あるいはバカな妹のご機嫌取りに対するお礼か。私は大して気にも留めず、令嬢らしからぬ大股で邸内を駆け抜けた。

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