01
頭を強く打ったら異世界に転生するだなんて、現代日本においてはもはや常識といっても差し支えないのではなかろうか。
ご多分に漏れず第一志望の企業の最終面接帰りに暴走したトラックに突っ込まれた絶賛就活中大学生の“私”の人生は実に呆気なく幕を閉じ、21年と数ヶ月の思い出を反芻する間もなく、瞼を開くなり続編とばかりに新しい人生の幕が上がった。
「きゃあああああああああ! エミリ、エミリが階段からっ!!!」
目に飛び込んできた見知らぬ豪奢な天井と、およそ現代日本とは思えない特大サイズのシャンデリアに驚く暇もなく、やけに説明口調な絶叫が轟く。一瞬前まで視界を占めていた大型トラックはどこへ行ったのかと辺りを見回すも、研修旅行で訪れたヨーロッパの古城の中に似通った景色が広がるばかりで疑問は解決しそうもない。
やけに冷静に回る思考のもと、私は一つの判断を下した。
なるほど、夢か。
夢だと思えばさらに冷静になるというものだ。私はかつて経験したことのないほどの痛みを訴えてくる体を何とか起こし―――…痛み? 夢なのに?
一抹の違和感にさっと血の気が引く。“血の気が引く”という感覚すら妙にリアルで、細胞全部がこれは夢ではなく現実だと告げてくるようだった。
「エミリ!」
受け入れ難い情報量の前に困惑し大の字で大理石の床に寝そべったままの私に業を煮やしてか、先程の叫び声とよく似た声が今度はごく近くで聞こえ、エミリとは誰なのかと考える暇もなく何者かに体を無理矢理起こされる。
「大丈夫!? 足を滑らせて階段から落ちるだなんて! 頭は打ってない!?」
私の肩を掴んでがくがくと揺さぶりながらやはり説明口調で語りかけてくるのはコスプレ以外で見た事のない銀色の髪を、これまた2次元でしか見たことのない縦ロールにまとめたお人形のような超絶美少女だった。歳の頃は4〜5歳といったところだろうか。宝石のように美しい紫の瞳の周りをまつパ帰りのようなCカールの睫毛が彩り、唇は紅を乗せたように赤い。
御歳21歳の私よりよっぽど大人びた美貌に大きな敗北感を抱きつつ、ひとまず脳が発酵しそうなので揺らすのをやめてもらおうと彼女に向かって手を伸ばし…そこで再び思考が停止した。
手が小さい。居酒屋の厨房スタッフとして日々洗い物に励みささくれだらけだったはずの手はどこへやら、野球ボールすら握れなさそうなほど小さな手は明らかに子供のそれで、つまりこれって、そういうこと?
夢ではない。だけど明らかに、自分がさっきまで生きていた世界でもない。その上幼児化までしているときた。インターネットに毒され切った私の脳が弾き出した答えは一つ。
「ちゅ、中世貴族モノ、か…」
まるで遺言のように口の端から小さくそう零した直後、ギリギリのところで繋いでいた意識の糸がぶつり、音を立てて切れた。