◇26 ひとつの解
◇26 ひとつの解
痛みが眼窩を貫き、脳髄が蹂躙される。
闇を掃う光。
それは、全生命を死へと追いやる破壊の力でもある。
その熱量たるや凄まじく、おおよそ分解できない構造物は無い。
言葉通り光の速さである故に、逃げることも不可能。
個の力では防ぐことも、反らす事も出来ない。
かくも光とは速く、力強く、恐ろしいものなのである。
ああ、そうか。
これこそが大地を灼く炎が齎した、終末の熱波か。
あるいは、罪を犯したものを咎める裁きの光というものか。
まさしく今より審判が始まり、平穏な時間は失われてしまうのだ。
光による侵攻は止まらない。
こうして自分が独り語りに浸っている間にも。
瞼に覆われた視界に、日差しは容赦なくねじ込まれる。
目の奥に釘でも叩き込まれるかのような強い刺激に、苦悶が漏れた。
太陽光の攻撃によって意識が現世へと引き戻されてゆく。
現実とはいつでも辛く、痛痒を伴うものだ。
望むと望まざるとを問わず、精神の覚醒が促される。
心に刻まれた理想は遠く、肉体の現実からは逃れられない。
ふむ、何となくこの感覚は思い当たるものがある気がするな。
なんてことを考えていると、『知識』による情報案内が発生した。
二度寝に落ちてゆこうとする意識を、幼馴染の暴力系ヒロインによって半ば無理矢理に叩き起こされるシチュエーション。それはもしかするとこういった感覚なのではないか、という議題を含む情報提起だった。いやちょっと待てなんだそれ。なんでそんな話が始まるの。寝起きに対して色々と情報ぶっ込み過ぎじゃあないだろうか。
しかも、このあとパンを加えた転校生と激突するべきという謎の注文まで続いている。意味は分かるけど、意味が分からない。どういうことだろう。翻訳が必要ではないだろうか。
ああ、いや、でもちょっと待って欲しい。暴力系ヒロインという強烈な単語には何というか身近に心当たりがあったような気がする。むしろ若干の心因的外傷にも似た忌避感まで一セットになっているんだけど。具体的には、猫耳さんとか、猫耳さんとか、猫耳さんのことだ。そのくらい主人公主人公していた。実際に自分へ向けてまともに振るわれた直接的な暴力はたった一度だけのような気もするけど、そのたった一回であってもそれまで築いた関係性を致命的に変化させてしまうに足るものだった。実際に心臓を貫く一突きなんて普通の人間どころか生物全般にとって言葉通りの致命的である。そういう意味では暴力系ヒロインの資質を十分に満たして有り余るように思う。もちろん、有り余るというのはピッタリそのものである事とは全く意味が違う。不足よりは良いのかな。良いことではないよね。意識を失っている間にも精神的な痛みを伴った慟哭が続いてヒロイン力とやらに補正値が加算されているという情報がポップしたのも意味が分からない。こちらの世界の現状でも理解できるように解説が欲しい。などと議題に即した情報を整理しているうちに、なぜかここで自分の生まれというか発生の起源という要素を『記憶』による自動参照が実行され、その中に驚愕すべき事実が並べられていた。なんと猫耳さんはすでに幼馴染であるという驚きの新情報だ。やはり意味は分かるけど、意味が分からない。いや、すでに幼馴染って、それどういう理屈だよ。幼馴染は後天的に付加できる個体属性では無い。しかしそう考えている間にも『記憶』と『知識』のコラボレーションにより、少なくとも猫耳さんは幼馴染ヒロインであるという内容の証明が展開されている。そんなまさか。いらないでしょこの情報。驚愕の事実が明かされているけど、ちょっとキャライメージと違わなくね。これたぶんキャスト間違ってるよ。猫耳さんがあの超人的な体術を以って叩き起こすとか、絵面が絶対とんでもないことになる。注釈が必要かな。人間相手なら即死コース、自分だって再生成コースまっしぐらである。なるほど、猫まっしぐらとはこのことを指すのだろうか。猫ってミンチ好きそうですものね。戦慄を禁じえない。まあ、事実関係を言うなら猫耳さんの手で叩き起こされるどころか、逆に眠りについちゃってるんだけど。
と、ここで、回想の中に思わぬ罠があったことに気付いた。
剣聖が示して見せた人類の可能性の芽吹き。
そして、それを己の手で摘んでしまったという事実。
気付かなければよかった。
可能なことなら忘れたかった。
でも、自分はもう『記憶』を取り戻してしまっているのだ。
それを忘れようとしても『記憶』には忘れる機能が無い。
名前が示す通り、『記憶』という機能はあくまで記憶するだけである。
何があっても、どうやっても、決して忘れることなんてできない。
忘れることを恐れる必要が無い、という以外に利点は無い。
ああそうだ、本当に。まったくその通りだと思うよ。
自分が人類だったならそれは利点だろう。
だがこの『記憶』、どう考えても不良品である。
少なくとも自分にとっては需要と供給がかみ合っていない。
人類の脳のほうが機能的で優れていると思うのは、隣の芝生ってやつなのだろうか。青いなあ、隣の芝生。見渡す限り草の一本も生えて無いのが難点だけど。
忘れるふりで済む問題ならともかく、容量の限界みたいなものがあったらどうするんだ。いや無いか。存在原理的にもありえない。コップに入る水の容積より、コップが入ってる部屋に入る水の容積のほうが大きいのは常識以前の問題だ。もし逆転が可能ならもう最初からいろんな意味でどうしようもない事になっていると思う。
あと認識していることを条件に問題が発生する可能性もある。極めて稀なケースだったが、絶対に無いとも限らない。それを今回はじめて実感してしまった。
つまりは同様の案件が再発する可能性があるということだ。
いざとなったら、また記憶を物理的に切り離しフタをかぶせて、また同じように処理する必要があるかもしれない。
だが、次も上手くいくとは限らないのがネックだ。
できれば避けたい。
自分自身で自分自身の重要器官を切り離す行為は危険を伴う。
人類なら即死だが、自分ならその程度では死なない。
だからこそ、その程度では済まないとも言える。
むしろ自分は死なないが故に、犠牲になるのは自分では無いのだ。
他者に多大な犠牲を強いる覚悟を強いられるのである。やるせないね。
それに、次は元に戻ることができるという保証が無い。
まあ、誰のどんな保障だって、全く意味は無いんだけど。
なにせ人類が保障する程度の絶対は、だいたい覆すことが可能だ。
他でもない自分自身が、それを証明してしまったから。
似たようなケースが二度と起きないと楽観視もできないという事だ。
確かなものは存在しない事だけが確かだと、自分だけが知っている。
早急に何かしらの対策、対処法の構築が必要となるだろう。
これもだいたい自分のせいではある。自業自得なのか。
まあ反省はしていないけど。そんな余裕すら無い。
なにせこの世界には次なんて無い。
正確に言うなら、どんな世界にだってやり直しは存在しないのだ。
前の世界があったわけでも、そこから記憶を引き継いだわけでも無い。
世界そのものが滅びてしまえば、自分以外には何も残らない。
自分の記憶を、滅びた世界の記憶と共有しているだけ……というよりはむしろ、明確に隔てるものが無くなるから共有してしまうだけというほうが正しいか。
滅びた世界は、これからも滅びたままだ。
いっそ何も気がつかないまま受け入れれば良いのだろうか。
破滅後の孤独な世界で苦しみ続けていれば良いのだろうか。
根本的な問題は何も解決しないけど、新たな問題だって起きない。
自分にしかできない自分らしいジレンマである。
自分では絶対に問題を解決できない。そういった機能が無い。
現実に潜む闇に、思わず目を背けたくなってしまうじゃないか。
目を背けたところで光が生み出す陰が消えたりなどしないけど。
未来を照らす光は、自分にとって眩さに過ぎるのだ。
『おはようございます。もう、陽は高く昇っておりますよ?』
……それこそ、破滅的なほどに。
◇ ◇ ◇
いやほんと、どうしようもないくらい眩しいんだけど、直射日光。
片肘をついて上体を起こし、未だにぼんやりとした頭を振る。
舞い落ちる砂が日の光を受けて、きらきらと輝く。
座ったまま、手首や足首、膝や肩を軽く動かす。
特に関節が硬くなっているということもなさそうだ。
生まれたての子鹿のように膝が震える、などということもない。
ちなみに、生まれたての子鹿という比喩に他意は無かった。
他意は無かったのに、その表現に間違いは無いなどと記憶が他意を含めるかのように保障をしてきて、ついでに謎のOKサインを出している。特に意識をしているつもりは無いが、それでも意識せざるを得ないような信号を言語化して出力し続けている。べつに喫緊の必要性を感じる情報は無い気がするけど。
言語化と言っても、文字とも音声とも図形とも呼べないような不定形の情報群である。これを表現する的確な言葉が思い浮かばない。視覚や聴覚の邪魔にならないのはいいけど、思考の邪魔にはなりそうだ。おそらく人類のために用意された規格ではないのだろう。元来人類が扱う類の情報では無いのだから人類の言語には対応する語句も存在しないのだが、無理矢理こじつけて翻訳をすること自体は可能だ。まあ表現できる情報量が足りなくて、翻訳作業がいつまで経っても終わらない気もするけど。いっそ聞き手の脳の構造そのものを改造して読み取り専用にするほうが簡単かな。ていうか何気にここまでの言語思考の経緯みたいなものがサラッと混ざって出力されているから困る。だからそういう情報はいらないんだけど。何で考えないようにしることに話を戻そうとするから困る。あとさっきから出てるのは何の認証なんだろう。いったい自分はどこへ行くつもりなんだ。今はそういう確認が必要となるような場面じゃない。自分自身の性質というか機能に何とも言えない無駄を感じる。付加機能が多すぎて煩雑化するのも使用操作性に乏しくなる一因だと思う。
何はともあれ。
知識と記憶のリンクは正常だと分かった。
正常でないほうが良い部分も含めて正常なのが困りどころだ。
『今こそまさしく復活の時、というわけですね』
まあ、そういうことである。
意識を強く持たなければならない。
思考をフル回転させて現実を直視する必要がある。
立ち上がるには何の支障も無い……ああ、いや、そうか。
支障が無いのは当たり前なのかもしれない。
再生成の工程を考えると、不具合を残すほうが難しい。
そういうのは特殊なケースでしかありえないだろう。
意図的に支障がある状態に再生成させたのでもない限り。
今なら心臓を物理的に刺し貫かれても、機能停止すら出来やしない。
例えば、
自分の一部を物理的に切り離して、独立した生命として稼動するという機能を付け加えているのでもなければ。
猫耳さんにとっては残念だろうけど、一応は一部でも自分ではある。
ちゃんと自分が痛かったから、これは痛み分けというやつだろう。
皮肉かな。皮肉だね。
◇
何はともあれ。
座り続けていても、何も始まらない。
再び何かを始めるなら、再び歩き始める必要がある。
このままでは始まる以前に干乾びるのを待つだけだ。
干乾びた程度なら再生成も復元もしなくて歩けるけど。
どちらにせよ時間の無駄だろう。
何を気負うでもなく、立ち上がった。
特に奇をてらう事も無く、人間らしい自然さを心がけて演じる。
人間を模した外形における、身体構造上の機能性を重視して。
長いこと転がっていたためか、立ち眩みのような症状が出た。
立ち上がった勢いのままに倒れそうになる。
支障は無いはずじゃなかったのか。
いや、これは人間的に言うと支障のうちには含まれないのか。
経験が足りず、何が必要で何が不要かが分からなくて困る。
身体の動かし方に関する習熟が未だ不十分という事だろう。
『人はみな、誰しもが未熟な時期を通過しているものですよ』
じっとしていても、地面が揺れているような気がしてならない。
三半規管に相当する器官が自分の中にも存在しているのかもしれない。
まあ同じ構造の器官が同じ役割を果たしているとも限らないけど。
急に立ち上がるとふらつく、といった信号を出力をするだけの、全く別の役割を持つ器官が他の臓器の位置に備わっているだけ、という可能性もあるわけだ。
まあでも検証は無理かな。もし仮に自身の身体を誰かに解剖してもらっても、分解消滅から再生性までがセットで起動するだけだろう。
いやまあそれ以前に、人が五感を用いて認識している感覚と、自分が感じている感覚に、共通点があるかどうかというのも怪しいところではある。人の神経を抜き出して自分の身体に埋め込もうにも、入出力の規格そのものが違うのが分かっている以上、感覚の違いを比べる意味も必要性も無いけれど。
眩暈のような症状も、色々と余分なことを考えているうちに落ち着いてきた。
それにしても、あれからどれほどの時間が経ったのだろうか。
どのくらいの間、意識を失っていたのだろうか。
今回が再生成なのか、部位からの復元なのか。
それによってかかる時間も変わるだろうけど、自分では分からない。
何なら意識を失う前と後で同じ物質で構成されているとも限らない。
『信じることであなたの心が救われるなら、それは正しい道でしょう』
それらの進行具合も目安にはならないということだ。
なにせ再生資源の取得効率によって損傷の復元速度が違う。
目に見える再生資源は希少で、どこにあるかも分からない。
消費してしまうまでそれが再生資源かどうかもわからない。
それ以前に再生資源の消費量が時間ごとに一定とも限らないか。
いずれにせよ、後遺症が残るわけでも無い。結果だけ見れば同じである。
主観的な感覚では区別をつける方法が無いのだ。
時間感覚や体内時計は規則正しい生活の上に成り立つ。
睡眠や食事すら必要が無いような自分の肉体はその辺が全く信用できない。
単純に飛び抜けて個性が強いとかそういう話ですらない。
人の肉体とは仕組みも違えば枠組みも違う。
むしろ設計思想というか由来というか、そういう所から異なっている。
時間が物事に及ぼす影響さえ、自分にとっては意味が違うかもしれない。
『逆に、疑問を追究しても疑念は残ります。信仰に。人に。そして自分にも』
根本的に世界の法則に適合していないのだ。
時間という概念が曖昧なのはどうしようもない話である。
いっそ治外法権とでも自称するべきだろうか。
いや、法則性が無いわけでもないか。
ただ本来その法則が働くべき場所がこの世界ではないというだけだ。
世界法則の間隙から僅かに覗く、世界領域の外側の力。
人が形式だけ真似ただけの技術では、魔術では、及ぶべくもない。
魔術の、つまり凝象化魔性術式の、根源となっているもの。
魔物と同じ領域の道理、法則。
『つまりは、その疑念こそが魔道、魔法と呼ぶべきものの正体なのでは?』
……うん、独り語りに微妙に干渉されると邪魔なんだけどね?




