◇15 凶刃
◇15 凶刃
赤黒い色の鎧が歩み寄ってくる。
「文明は生まれ、栄え、衰え、いつかは滅ぶ」
いつか見た帝都の赤黒パネルを想起させる、どこか有機的な外観。
「歴史は巡る。幾度も。幾度でも」
兜は顔を完全に覆う形状で、その中身は外から全く見ることができない。
だが、空気を震わせるその声が、現実のものである事は疑うべくもない。
よもやこれで鎧の中に人が入っていないなどということはあるまい。
「いくら怯え逃げようとも、来るべき終末を避けることは叶わない」
鎧は継ぎ接ぎもなく、隙間なく全身を覆う形状だ。
でもそこには武器を受け流すような洗練された機能美は無い。
すべてが有機的で、元からそういった生物であるかのような構造だ。
よく見ると、鎧の間接も隙間無く細い管と繊維のようなもので繋がっている。
「今も昔も同じだ。終末との戦いこそが人類の文明であり、歴史であった」
それらは生物の血管のように蠢き、脈打っているようにも見えた。
こう何と言うか独特な斬新さがあり、見る側の感性が試されている気がする。
装飾過多というより禍々しさの方が際立っていて、前衛芸術にも近しい。
「恐れたが故に考え、時を費やして、知り、そして備える」
備えたらしい赤黒鎧の人の台詞が長い。まだ続くのか。
その正体はどうやら自分のことを知っている人物のはずだけど。
こちらに投げ掛ける言葉の口調からして、初対面ではないことが推測できる。
だが自分にしてみれば、体型からすぐにそれと思い当たる人物がいない。
「終末への備え、万全を期すための対抗策。それこそが帝国のはじまりだ」
外見が外見なので、忘れている訳ではないはずだ。
だから話がぜんぜん分かっていない自分はなにも悪くないと思う。
なんでも双方の理解を前提で話し続けている相手が悪いに違いない。
「だからこそ、帝国に不可能などあってはならなかった」
……いや話は分からないけど、何か違う気がする。少なくとも、不可能ではないのと不可能が無いのは全然違うはずだ。話の要点を理解していない自分にも分かるよ。
そんなことよりもあんたいったい誰なんだとか、ここに居たんじゃなくて自分も今来たところですけどとか、無機物に血管通るはずないんだけど構造的にどうなってるのとか、それどうやって着たのとか、血管が剥き出しの外見って凄く痛々しいよねとか、むしろこういうデザインの装備を平然と身に付けるって別の意味でも痛々しいんじゃないかなとか、心の中でツッコミが止まらない。
「事の時機こそ曖昧だが、予見は正確だ。なればこそ、常に機を制すればよい」
だいたい心当たりの無い話が続いているから人違いを危惧しているわけだけれども、もしかしてこれって自分が口に出して言わなきゃ分からない流れなんだろうか。全部聞き終えた後で人違いだと分かった場合の徒労感と、口を挟んだ後で人違いじゃなかったことが分かった場合の徒労感とが互いのリスクをかけて綱引きがはじまる。いっそ言葉にしなくても察してくれればいいのにとは思うけど言葉にしなきゃ伝わらないかな。言葉にすれば伝わるというわけでもないけど、思っただけで伝わったら言葉なんていらない。まあ普通は伝わらないよね。
雰囲気を読んで、ここまでまったく口には出していないけど。
「しかし、どれほど手を尽くしても足りぬ、届かぬ」
自重を支えるだけでも大変そうな重武装に見える。
並大抵の筋力では、単に立っているだけでも難しいはずだ。
こんな大層な装備で東征討伐隊に同行していた人物はいなかった。
身に付けずに持参していただけだとしても目立つことこの上ないだろう。
なにせ人間ひとりをまるごと覆うような鎧である。
構造上、折り畳みも効きそうにない。大荷物だ。
「星の力が指し示す破滅は、宿命は、揺るがすことすら難儀であるらしい」
背丈から大賢者さん謎の大復活とかそういうサプライズではないのは明らかだが、他に条件を満たしていると思える人間など思いつかない。そこそこ背が高くて自分と面識のある人なんて、騎士団長さんの他には若干名しかいない。そのはずなのに、その誰とも声が違う。
意味深な単語。不足している説明。聞かせようという意志がまるで感じられない。
――いや、単に聞き取りづらいのか?
「誰の進言など聞くまでも無く、分かっていたのだ」
誰かの説明を聞くまでも無く、わかってしまった。
ああ、そうか。なるほど。そういうことだったか。
ようやく自分にも分かった。
ヒントは沢山あった。大荷物も、そうだ。あったね。
見ていないはずがない。もうとっくに、この目で確認していた。
背丈だって、立ち姿を一度も見せたことのない人物がいたじゃないか。
思っていたより背丈があったというのが正直な感想だ。
声を聞いた回数は片手の回数で数えられる程度だったが、だからこそ、その意思の強さと威厳を感じさせる声色がとてもとても印象深かったのだ。筋肉を補うことができるというなら、滑舌や肺活量に関わらず声量を補うことだって出来るだろう。目の前にいる人物の現状とも合致しているのだと理解できた。
「予見の理解に近づいたのは、それほど昔の話ではない」
というよりも台詞回しからしてもう明らかだったのだ。
他に該当者がいないのだから。台詞がそのまま立場を示している。
「そして予見の真意は、その道筋は、今こそ理解した」
なるほど、分かってしまえば思い当たることは多い。
その力で死体を捻じって変形させ、槍にしたのも記憶に新しい。
射出からの遠隔誘導、そして命中と同時に破裂もさせて見せた。
よく考えたら、あの一連の流れの全部が出鱈目で、無茶苦茶だ。
ひとつの能力であれほど応用が効くなんて話は他に聞いたこともない。
――死灰の王権とかいう能力を使っているのなら、納得できる。
鎧の形に固定して身体動作の補助に使うほうが簡単だろう。
何なら能力の適応が狭いほど操作が簡略化したり、応用範囲が広がるという要素もあるかもしれない。
死しても鎧の着用者は戦わせられ、骨になってなお働かせていたのだから。
立ち上がることさえ難しい重量という表現は、人一人の筋力で動かす前提である。
持ち上げようとする物体そのものが自在に動くなら何の支障もないだろう。
「やはり、お前こそ魔の領域の主だったか、聖剣使いよ」
つまり、目の前にいる人物は間違いなく、皇帝さんだ。
いや、だけど、ちょっと待って欲しい。
どうにも話が通じそうな気がしない。
これはいったいどういうことなんだ。
いや通じていないどころか話は最初から一方通行だったか。
まあ人との会話が成立しないのはいつものことかもしれないけど。
でも魔の領域の主とか何とか、勝手に断定されている事柄が理解できなくて困る。
皇帝さんは何やら勝手に思い込んで、決めて掛かっているんじゃないだろうか。
何か大きく深刻な、それも致命的な行き違いが前提にあるような気がする。
猫耳さんにしても皇帝さんにしても、どうして人の話を聞こうとしないのか。
どう説明したものかと迷っているうちに、皇帝さんの姿がかすむ。
強い衝撃を受けた。
足がよろめく。何歩も後ずさる。
視界が揺れる。
踏み込みだけで部屋の床面が揺れた、という訳でもないだろう。
部屋そのものはまったく動いていない。
何が起きた?
いや、何をされた?
皇帝さんが近い。
ほんの瞬きほどの間に踏み込み、間合いを詰めたのか。
認識できない速度。猫耳さんを想起させるほどの。
皇帝さんの腕は、こちらへ向けて突き出されていた。
先端には鋭利な鉤爪が備わった凶悪な形状。
やはり、不気味なデザインだと思う。少々グロテスクでもある。
その手の中には、何かが握られていた。
黒い。
魔素結晶にも似ている、ような気がする。
しかしそれは、魔物が体内に有するそれとは、決定的な違いがあった。
光沢のある黒いもの。それも、傷ひとつ無い綺麗な球体だった。
何それ。意味が分からないんだけど。わけが分からない。
全身を覆う甲冑姿から、皇帝さんの目だけが覗く。
表情までは窺うことが出来ない。
続く動きもよく見ることが出来ない。言葉のひとつすらも無かった。
意識が遠くなる。すべてが暗くなってゆく。
暗くなってゆく世界から、すべての輪郭が失われる。
皇帝さんの手が向けられていたその先を、ぼんやりとしたまま視線で辿る。
身に纏った外套の隙間。
未だ無防備なままだった、自分の胸部。
理解が及ばず、それを手で触れてみる。
無理やり何かを抉り取ったような、大きな穴。
な……なんじゃこりゃあ!?
声は出ない。
皇帝さんが放った何らかの攻撃の結果だろう。
自分が受けた損傷は大きく、心肺にまで及ぶものだ。
そして、事態はこの時点で終わらなかった。
鋭利に尖った金属塊が、胸部を突き破って覗く。
続くように、背後からの不意打ちだ。
剣の切っ先が、鎧ごと貫通していた。
――――皇帝さんの鎧を。
大剣が皇帝さんの背後から、皇帝さんを貫いたのだ。
「ふんッ!」
掛け声と共に、ひと息に大剣が引き抜かれる。
血飛沫が派手に飛び散った。
身体に開いた大きな穴から、腸が零れ落ちる。
皇帝さんの全身から力が抜け、膝を付き、崩れるように倒れ伏す。
一撃必殺と呼ぶに相応しい、強烈な攻撃だ。
……いや、武器の大きさを考えれば過剰攻撃だろう。
「見よ! これこそが星の予言に示された、旧き帝国の終末である!」
血糊が振り払われた大剣が、天に向けて掲げられた。
金色の刀身には何らかの紋様が彫金されていて、見た目にも華々しい。
ただし、魔物退治にも耐える実用品。全体的に肉厚で重厚だ。
それを片手で掲げているのは――なんと、騎士団長さんだった。
「己が生のために、魔物の討滅を疎かにした罪人、始祖アルカンドラ!」
剣を皇帝さんに向けなおす騎士団長さん。
殺人を犯した者というよりむしろ、断罪者の言動である。
威風堂々とした振る舞いに、大剣それ自体が輝いているようにも見えた。
騎士団長さんが後光を背負っているのではと錯覚してしまうほどだ。
堂に入った構えが体格と相俟って、一枚の絵画のような情景である。
この場面を切り取って『力の象徴』などと題じても、何ら違和感がない。
その姿は、まさしく王者の風格。
まるで、帝国の権威を誇示しているかのようだ。皇帝さんを差し置いて。
「新たな時代の礎として、その首を以って罪を償え!」
……あれ?
騎士団長さんって、帝国の主たる皇帝さんを守る役職じゃないのか。
騎士さんたちが帝国近衛兵だから、同じようなものだと思ってたのに。
いや、深く考えてなかったけど、騎士団長さんのことは名前しか聞いていない。
役職名だとか地位だとかいったものだって、一度も耳にしていなかったな。
自分の心の中で勝手に騎士団長さんと呼んでいただけだった。
一番体格が良くて、騎士さんたちを引き連れて指示を出す立場で、いかにも騎士団長な雰囲気だった騎士団長さんが……実は騎士団長ではなかった?
今さらだけど、騎士団長さんってどんな役割の人なんだ?
「旧き帝国の象徴は、滅びの運命と共にここで潰えよッ!!」
騎士団長さんは大剣を両手で上段に構え、床に叩きつける勢いで振り下ろす。
首が断ち切られる。皇帝さんの頭が跳ねて転がった。
やや遅れて騎士さんたちが到着していたが、二者に対する介入は無い。
突然の凶行を騒ぎ立てるような、あるべき反応が無いのが気になる。
理解が及ばず唖然としている……という様子でもない。
よく見れば、騎士さんたちも全員が揃っているわけではなかった。
つまり、この状況を理解して納得済みの者達だけなのだろう。
各々の思惑が絡み合って組まれた状況。
組織の頂点交代による、新たな支配体制の誕生。
原始的な王政に付随して自然発生する歴史の一場面なのかもしれない。
つまりは革命、あるいは最上位権力の簒奪。
東征討伐隊は最初から、帝国の民のためとかそういう類のものではなかった。
それどころか、帝国所属の軍隊という体裁すらもここには存在していない。
目的が何だったのか未だに知らないけど、思ったより人望が無かったんだな。
帝国も、皇帝さんも。
ああ、しかし、惜しむらくは。あと、ほんの一分ほど遅かった。
せめて十数秒だけでも速く、今しがたの展開があれば良かったのに。
この状況の変化も、もはや自分の状態を好転させるには足りていない。
たとえ皇帝さんが死んでも、この胸の隙間が埋まるわけではない。物理的な意味で。
人間にとって致命傷。手の施しようがない深手だ。もはやどうにもならない。
もっとも、仕方の無い事だとも分かる。
必殺の一撃を入れる隙を騎士団長さんなりに探っていたはずだ。
ただでさえ皇帝さんの力は汎用性が高く、それがなくとも単純に強力だ。
皇帝さんの赤黒ナマモノ鎧は、猫耳さん以外が戦ってどうにかできるとも思えない。
独白から察するに、余所者が殺された程度で大義名分は揺るがないだろうし。
騎士さんたちが一枚岩でないなら、逆説的に動員できる人員も限られるはずだ。
魔物の脅威を取り除いた後。邪魔の入らない状況。かつ、油断した瞬間。
皇帝さんを狙い打ちできるタイミングは僅かだ。
こんな機会を逃せば、二度と訪れはしないだろう。
他者の手とはいえ、早々に復讐は為されたのだと前向きに考えるしかないかな。
万事解決とは到らずとも、一応の解決には違いないのだ。
皇帝さんにとっては因果応報でもある。
巻き込まれた当人がそう釈明を受けたとして、納得できるかどうかはさて置き。
転がった皇帝さんの首から兜を外し、髪を掴んで掲げる騎士団長さん。
猫耳さんが危惧していた『何か』というのはコレだったのかな。
人類にとって本当の脅威は無差別に襲いかかる魔物ではない。
いつ裏切るとも知れない人間の心だ。
……とか、そういう感じの。
改めて問い合わせようとして気が付いた。
何を今さらって話ではあるけれども。
この場には猫耳さんがいないのだ。
今この場にいる面々では猫耳さんを止めることはできない。
だからこそ騎士団長さんは計算外の戦力を倦厭していたのだろう。
猫耳さんが皇帝さんの下に付く姿は想像も付かないが、それはつまり制御が効かないということでもある。
わずかな気まぐれのせいで趨勢が傾くことなど想像に易い。
強い弱いとかそういう次元ではなく、あそこまで行けばもう一種の災害だよね。
いやでもその肝心の猫耳さんが不在とかどうなってんの。
流れ的に主役っぽい猫耳さんが登場するべき場面じゃないのか。
すでに物語の終焉を迎えそうな雰囲気だけど、中途半端だろう。
この状況が、いったいどんな背景設定の上にあるのか気になって仕方が無い。
この続きのあるなしに関わらず、色々と幕間の解説とかそういうものが欲しい。
ただそういった知識欲が働く一方で、とりあえず差し当たって問題がある。
「……己が身に使うのは久しいが、やはり、よく馴染むな」
掠れるような声色。
皇帝さんの生首が何事もなかったかのように語りだしたのだ。
まさかのエンディング延期のお知らせ。アフターストーリー開始かな。
しかもまさかのホラー展開ときた。誰が得するんだコレ。
「な、なっ、なんッ……」
「他でも無いお前が――まさか伝え聞いておらぬとは言うまい、ホバーホーク」
生首を取り落とす騎士団長さん。
動揺のためか、台詞が変なしゃっくりみたいになっている。
対して生首の皇帝さんは取り落とされても動揺すらしない。
……いやしかし、喋る生首ってそんなに驚くことだろうか?
鎧を着た骨が動いてたわけだし、喋る生首くらいだと今更な感じもする。
喋る生首と動く骨のどちらが珍しいかと改めて問われても困るけど。
まあ、声帯とかバッサリに見えるのでどう喋ってるのかは気になるかな。
非常識だとか不条理だとかの界隈は、ちょっと自分の専門外なもので。
「自我の損失を恐れる者に、帝国の庇護は与えられぬ」
すごく抽象的な言葉を紡ぎ続ける皇帝さんの生首。
落とされた事を気にも留めないかのような余裕。
流石は大物。流石は皇帝さんの生首だ。
首から上だけであるためか、皇帝さんの声は非常に聞き取りづらい。
いや皇帝さんの声が聞き取りづらいのは元からだったか。
こういう聞き取りは猫耳さんが得意な分野だと思う。
猫耳さんに解説してもらうと今度は翻訳が必要になるかもしれないけど。
「死こそ、我が力。死こそ、我が本領。死こそ、我が帝国であるぞ」
生首が喋っているのを目の当たりにして、騎士さんたちは驚愕しているようだ。
死んでいないなら殺しなおせばいいのに、何を戸惑うことがあるのだろうか。
どこまでいっても人ってのは人でしかない。他でもない人がそう決めたんだから。
人である以上、殺せない道理など無い。なら殺せるまで殺せばいい。
いちいち動揺していたら殺せるものも殺せないんじゃないかな。
ツッコミ役がいないとかどうなってんの。
「じ、人外に堕したか、アルカンドラッ!!」
「堕した事などない。人であることを超越しているのだ、最初から」
皇帝さんと騎士団長さんによる、言葉の交わし合い。
……だが、どこか内容は噛み合っていない。
投げかけられる言葉は共通なのに論点がすれ違っているように感じる。
まだ対話の体裁は為しているが、平和的な交渉とはほど遠い。
どこまでも否定的なだけで、妥協や歩み寄りが感じられなかった。
もっとも武器より先に言葉を交えている時点でずいぶんと悠長な気もする。
魔物相手ならこんな猶予は存在しないだろう。
「常世の柵など些末なことだろう」
「人を欺く化け物による支配など、許されるものか!」
皇帝さんの首なし死体が動きはじめているのが気になる。
首から下の動き気が付いている人は、誰もいないようだ。
喋る生首のほうに気を取られているせいだろう。
いや、最初からよく考えてみれば生首が皇帝さんかどうかも怪しい。
まずは何らかのトリックを疑うべきなのではないだろうか。
もし本人の言う通りに人を超越した何かになっているのなら、そういうバケモノがいると考えて対処するべきだ。いつぞやの巨大な魔物ほどではない。
「べつに何に許されずとも、帝国は栄えていた」
「だが帝都は滅んだ!」
「滅ぼしたのは魔物だろう」
「化生が、詭弁をッ!」
さて。
うっかり忘れてしまいそうだが、そろそろ事実確認を進めたほうがいいだろう。
この現状を眺める自分自身の問題が勝手に片付いてくれるわけではないのだ。
「帝都を取り戻すだけなら容易いのだ」
何より、自分は皇帝さんに重要器官っぽい何かをほじくり出されている。
皇帝さんの首から下が倒れたときにどこかに転がっていった、謎の黒い球体。
もう見当たらないんだけど、あれって無くなっても大丈夫なのだろうか。
「だがそれは、我が帝国があればこそ」
記憶が間違っていなければ、あれは人の体内にあるような器官ではない。
もう十分に結構な問題が発生しているように思う。普通の人間なら最初の衝撃で普通に脊髄損傷で即死だ。仮に生きのこっていたとしても普通に出血多量で死んでいる時間である。だというのに、胴体に大穴を穿たれてなお未だに自分の足で立っているという驚愕の事実。これってわりと、結構やばい問題のような気もする。いや問題なく立っていられるのだから、問題のうちに含まれない問題なのだろうか?
「時が、富が、民が、我が帝国の礎となればこそだ」
確かに最初こそ少しばかり立ち眩みのような症状は出たけど、実はあのあと問題らしい問題がない。いやこれを問題のうちに含めていいのかという問題がまず問題だとでもいうべきか。
あと付け加えるなら、問題でゲシュタルト崩壊を起こしそうなこちらの内心を知ってか知らずか、騎士さんたちがこちらをチラチラと見て声を漏らし始めるようになった。
大事な話の最中に意識を逸らすのはあまり感心できないよ。
「このッ、生命の理を弄ぶ外道……め、が?」
少し遅れて騎士さんたちのざわめきに気付いたのか、騎士団長さんまでもがチラリとこちらを見た。怪訝な表情のまま、凍りついたかのように動きを止める。
皇帝さんに向けられていた台詞も尻すぼみで、最後には疑問系になってしまった。
話の途中なのに言葉を止め、視線をこちらと皇帝さんの生首との間で行ったり来たりさせ始めてしまったのも、問題と言えば問題かもしれない。
騎士団長さんの沈黙を不審に思ったのか、皇帝さんの生首までもが会話を止める。
どうやってかは知らないけど、器用に自分で転がってこちらを向いた。
目が合ってリアクションに困ったので、とりあえず手を振ってみる。はあい。
今まで感情を露にしなかった顔に、はじめて複雑な表情が浮かぶ。
ここまでの話の流れやら緊迫した空気やらが根こそぎ損なわれてしまった感がある。
大掛かりな舞台が台無しになってしまって、本当に申し訳ない。ごめんね?
騎士団長さんは顔を上げて口を閉ざした。
皇帝さんが隠し切れなかった感情の揺らぎを察したのかもしれない。
その大剣の刃を向ける先は皇帝さんではなく、自分の方向だ。
倣うように、騎士さんたちの剣も次々とこちらへと向けられる。
全員が、明らかに警戒して自分に目を向けていた。
皇帝さんよりもバケモノ認定度を高く見積もられた雰囲気だろうか。
喋る生首より、黙って静止しているほうが普通の死体っぽいと思うんだけど。
身体に穴開けて異物を通したくらいで人間やめたって言わないよね。
そういう考えは自分だけの物なのかな。孤独な戦いだ。少数派はつらい。
もしかすると自分が思うよりお互いの認識の差異は根が深いのかもしれない。
それも深い根の上に新たな問題が山積みされている予感もある。
ていうかどう解決すればいいんだろう、この状況って。




