タイトル未定2024/06/01 12:46
せっかちな書き手による、せっかちな読み手に向けた、いきなりクライマックスのミステリーです
すなわち、いきなり推理シーン。推理小説の肝心要だけを描いた短編
適当気軽にお楽しみください
「私が犯人って、何を言っているの? 犯人は圭さんで、しかも自殺した…」
「いや、自殺じゃない。彼もまた殺された。君に、ね」
私の主張を、彼ーー爾代惣介は断ち切るように遮った。
彼の姿を見る。誤魔化しもなく、真っ向から。そして気づく。自信の漲る眼をしている。すべてを見通したような澄んだ眼。おそらく、いや確実に彼は気付いている。ーー私の罪に。
でも、それでも敢えて私は反論する。誰に認められずとも、私が成した事は正義であったと証明する為に。
「圭さんは鍵が掛かった部屋の中で、しかもその中央で首を吊ってたって話だったわよね? 私は現場に入っていないから口伝だけど、確かにそう聞いているわ」
「そうだな」
「しかも、あの部屋は倉庫代わりに使い始めたばかりで、仕損じた紙の束が幾つか平積みされている程度で、家具すら碌にない状態だった。あの人が首を吊るのに使った椅子ですら他の部屋からの持ち込みだったって話じゃなかった?」
「その通りだ」
「で、部屋には内側から鍵が掛けられていた?」
「そうなるな」
「なら、私にーーって言うより、誰にも彼を殺せないって事にならない?」
状況は、いわゆる密室。誰にも出入りが出来ない部屋の中で、首を吊る為の踏み台にされて倒されたと思しき一脚の椅子と、ぶら下がった首吊り死体。疑いようもない自殺のシチュエーション。しかも、動機も有るとなれば、誰もーー現に警察もこの件を自殺と信じて疑っていなかった。
ーーしかし。
「ならない」
彼は真っ向から否定してみせる。
「理由を聞いても?」
「あの部屋は一見密室だが、別に密閉された空間って訳じゃない。厳密には、出入りが出来ないように見えているだけだ」
「ーー同じ事じゃない?」
「いや、違う。密閉された空間と、出入りが可能な空間では話が異なる」
「入口がある以上、密室ではないっていう話? でも、それは屁理屈であって、結局、人が自由に出入り出来なければ、彼の自殺を覆せないと思うわよ?」
「勿論、分かっているし、そのタネも見当が付いている」
「ーーーー」
「あの部屋には、換気扇が取り付けられてた。君は、そこから部屋を出たんだ」
「そうだったかしら?」その部屋に入っていないという体の私はそう溢しつつも反論。「だとしても、換気扇からどうやって外に出るって言うの? 普通に考えて、換気扇自体が邪魔で人の出入りなんて無理そうなものだけど」
「換気扇自体は外付けの物なら取り外す事は可能だ。ドライバーさえあればネジを外して取り外せる。実際、あの部屋の換気扇もそうだった。換気扇を外してしまえば、換気口がぽっかり口を開けた状態になるわけだから、そこから出入りすることは十分に可能だよ。ついでに言うと、あの部屋の換気扇を調べてみたら、程度の差はあれ頭の十字部分が潰れているネジが数本あった。仮にもプロの業者が施工したならそんなミスはしないだろう。あれは工具の使い方に慣れていない者が無理矢理作業した結果、そうなったと俺は見ている。まぁ確たる証拠にはならないけど、俺の推測が可能性を帯びてきたという程度の材料にはなる物証だ」
「そこまで見てきているなら、そこはーーつまり何らかの事情で換気扇を外した事はあったのかも知れないわね。認めましょう。ーーで? だから、どうしたの? 換気扇っていうからには床に設置されてるわけないわよね? 天井とは言わないまでも部屋の高い所に設置される物でしょう。いくら出入り出来る箇所があったとしても、踏み台も無しに出入りが出来るものかしら?」
「確かにあの部屋には家具の類が一切置かれていない。唯一あった物と言えば、椅子くらいだ。しかも、あの椅子の高さでは換気口から出入りする踏み台としては若干心元ない」
「ーーなら」
「だから君は、別の踏み台を用意したのだろう? あの部屋に初めから有り、無くなっても誰も気にも留めない物を使用して」
「そんな都合の良い物なんて、どこに有ると」
「君がさっき言った事だ。仕損じた紙の束が幾つか平積みされている程度で家具すら碌にない部屋。裏を返せば、紙はいくらでも有る状況だ」
「馬鹿馬鹿しい。紙の束が有ったら何だというのよ。その束を踏み台にしたとでも? えぇ確かに踏み台にはなるでしょうね。何千枚何万枚と重ねれば踏み台としては十分でしょう。換気口からも脱出出来るかもね。その代わり、どんな馬鹿でも分かるような紙の束が現場に置き去りになる事を除けば、完璧な理論じゃないかしら」
「確かに換気口の下にそんな紙の束が放置されていれば怪しい事この上ない。誰だって疑問には思うだろうな。あの換気口に何かあるって。しかし、実際、そうなっていない。事実として、あの部屋の換気口の下にそんな紙束はなかったからだ。なくて当然だ。だって君はたった数枚の紙を拝借するだけであの部屋から脱出したのだから」
「ーーーー」
「そうだ。君は、厚さ1ミリにも満たないペラペラなたった数枚使うだけであの部屋から出た。方法は簡単だ。平積みするのではなく、丸めてやればいい。紙といのは面白い性質をしているよな。あんなペラペラの紙でも、筒状に丸めてやれば上方向からの力もある程度耐えうる強度を持たせられるのだから。つまり、あの件に関する君の動きはこうだ。まずは圭さんを殺害。次に換気扇を一旦取り外してから、部屋に戻ってあの状況を作り上げる。内側から鍵を掛けるのも忘れずに準備を整え、部屋にあった紙を拝借して筒状に丸めて足場を確保して換気口から外へ出る。おそらくこの足場に使った紙も、換気口から回収したんだろうね。紙束はどうにもならないけど、数枚の紙程度ならどうとでも回収できる。紐のような物を予めテープで張り付けておいて、君が外に出てから紐を引っ張れば回収は容易だし、いくらでもやりようはあるだろうさ。最後に、外した換気扇を元に戻せば、一見自殺にしか見えない密室現場の出上がりだ。何か反論は?」
「ーーーーそうね。もしその方法が使われたのだと仮定すれば、自殺じゃない可能性は在る、かも知れない。あくまでも、可能性の話。本当に彼の自殺という結論を完全には否定できないし、仮にその方法が正しくとも、それは彼を殺す事が出来たという証明であって、私の犯行という証明にはならない。違う?」
「そうだな。この件はあくまで、圭さんの他殺説の証明であり、あの日屋敷と工場に居た者なら誰でも犯行は可能だったという話に過ぎない。正直、さっき言ったネジの件以外、物証といえる物証はないしな」
「でしょうね。そもそもの話、やっぱり圭さんは自殺したんじゃないかしら? だって神谷さんが殺された事件で、犯行が可能だったのは圭さんだけ。神谷さんを殺した圭さんが良心の呵責に苛まれて自殺した。こう言っては何だけど、一連の流れとしてかなり自然に収まっていると思うのだけれど?」
そう。神谷を殺す機会があったのは、圭しか居ない。この状況があるからこそ、圭の自殺にも信憑性が生まれる。殺人を犯した者が、犯行を悔いて自ら命を絶った。この流れがある限り、私の罪は崩れない。ーーーーけれど。
「そもそも何故、圭さん以外に神谷さんを殺せないという結論に至ったか。この件に関して、そこが重要なポイントだ。理由は単純。犯行に使われたとされる凶器を、神谷さんの死亡推定時刻に持ち出せた者が彼一人だったから。言ってしまえば、根拠はそれだけだ。それ以外、明確に彼の犯行を示す証拠は出ていない。今のところは、ね。しかし、永久に出てくる事はないだろう。だって彼はこの犯行に関わっていないから」
「貴方がそう思うのは勝手だけど、現実はそうじゃないでしょう? 神谷さんの命を奪ったあの銃剣は持ち出す事自体は誰でも出来た。ただし、あの夜に限って言えば持ち出せたのはあの人だけよ。それは私も含めて4人もの証人が居る。貴方もそうじゃない?」
「確かにその点で言えば俺も証人の1人にはなる。なにせあの夜、俺と君、あとは古河と上條君がリビングルームで呑んでたわけだしね」
神谷殺害に使われたとされる凶器は、古い銃剣ーー戦時中の旧日本軍に配備された歩兵銃の銃身に装着して用いる短剣の一種ーーで、普段から屋敷の洋間に壁に掛けて飾られており、持ち出し自体は非常に容易な状況にあった。
だが、あの夜に限って言えば話が変わる。
あの夜、件の洋間のすぐそば、リビングには私達が居た。無論、そうゆう状況になるように私が場をセッティングした。
「ならーー」
「ただし、それが犯人イコール圭さんとなるわけじゃない。成程、たしかにあの夜、あの銃剣を手にする機会があったのは彼一人だった。それは事実だ。でも逆に彼を、圭さんを犯人たらしめる根拠はその一点のみなんだよ。そこで考えてみた。神谷さんは本当にあの銃剣で殺されたのだろうか?って」
「でも、それは検死結果が既に出てたじゃない。貴方のお友達もそんな事を言ってなかった?」
「いいや。検死で分かったのは、首元の刺し傷が致命傷になって失血性のショック死した事と、大まかな死亡推定時刻、あとは体のあちこちに付けられた傷は死後に付けられたという点であって、必ずしもあの銃剣が神谷さんにとどめを刺したと証明するものではないさ」
「それは屁理屈じゃない?」
「そうでもないさ。そもそもこの件は不自然な所が幾つかある」
「不自然な所?」
「例えば、何故、神谷さんを殺害した犯人はもう一度現場に戻ってまで彼の遺体を傷付けたのか? 単純に考えれば、それだけ殺意が高かったとも言える。だが、一度殺した人物に対して、時間を空けてもう一度引き返して遺体を滅多刺し? 普通ーーと言っていいかはともかく、一度犯行に及んだならそれ以降は関わらないものじゃないかと、俺は思う。少なくとも、わざわざ時間帯をズラしてする事じゃないだろうよ。捕まるリスクが無駄に高まるだけだ」
彼は人差し指を立ててそう言い切ると、次いで中指も立てて次なる疑問点を提示してくる。
「ふたつ目の不自然な点だが、やはりあの銃剣が気になった。そもそも何故、あの銃剣である必要があったのか? 単純に人を殺めるだけなら凶器はなんでも良い筈だ。刃物に限定したとしても包丁やナイフ、鋏にカッター。手軽に手に入る刃物は数多あり、ホームセンターでも百均でもコンビニでもどこでも買える上、どこに行ってもそれらの内一つくらいはその場で見繕う事も出来ただろう。その気になればありふれた刃物なんて五万とある中、犯人があの銃剣をセレクトしたのは何故か?」
チラリとこちらを見やる彼の目は自信に満ち溢れていて、事実、自らがたどり着いた結論を雄弁に語る。
「そこで先程の話に繋がってくるわけだが、この場合、銃剣はフェイクにじゃないかと俺は考えた。つまり、神谷さんを殺した凶器はあの銃剣ではなく、より細く鋭い何かであり、その細く小さな傷口に対して後から銃剣を突き立てる事で傷口を上書きしたのだ、と」
「ユニークな発想ね。話半分で聞いてる分には非常に面白いわ。それで? 貴方は犯人が私だと名指ししている訳だし、この際だからはっきり聞くけど、私がどうやって神谷さんを殺したというのかしら? あの夜、確かに席を立ったタイミングはあったけど、私が手ぶらだったのはあの場に居た貴方にも分かるでしょう? 道具もなしに人は殺せないわ」
私の反論に彼は悠然と返答した。
「紙、さ」
ギクりとした内心を隠して、私はそれを否定する。
「紙? それが何? そりゃ紙で指を切っちゃう事はあるけど、指が切れるからって人を殺せるのとではイコールじゃないわ」
「そりゃそうだ。言われるまでもない。指の皮を切れるからと言って人を殺す程の切断力もある、なんてのはいくら何でも暴論だ」
「ならーー」
「ただし、やり方次第で人の体を突き刺す事は不可能じゃない。先程の密室では紙を筒状にしたが、今度はより細く、長く丸めてやればいい。ガキの頃、よく細く丸めた紙の棒でチャンバラをやったものだが、アレは案外頑丈な代物だ。欲を言えば先端を斜めにカット出来れば尚良いが、仮にそのままだったとしても、眠っている相手の首に当てがい、体重を掛けて押し込んでやれば、充分、人体に突き刺さるだろうよ」
「ーーーー」
「あの夜のあんたの行動はこうだ。まず最初にやった事、それは被害者に、つまり神谷さんを早々に眠らせる事だ。おそらく彼の飲み物に薬でも混入させて飲ませたんだろう。首尾良く彼は強烈な眠気を感じて自室に引き上げていった。それを確認した次は、さりげなく俺たちも巻き込んでのあの飲み会をセッティング。これは目撃者確保の為だな。これには、予めリビングに陣取る事で例の銃剣を手にする機会があった人物を絞らせる狙いがあった。後は圭さんが洋間から出た頃合いを図ってトイレを装い離席したその足で神谷さんの部屋に行き、衣服の下にでも隠していた紙を細く巻いて簡易的な槍というか串を作って彼の喉元に突き立て殺害。そして何事もなかったかのように俺達と合流したんだ。最後の仕上げとして、お開きになって皆寝静まった頃を見計らって洋間に侵入し、盗んだ銃剣をもって再度神谷さんの部屋に行き、既に息絶えた彼の体に銃剣を突き立て、いかにもこの銃剣を使って殺人が行われたかのように偽装。以上の工程をやり遂げ、狙い通りに圭さんに疑いの目を向けさせる事に成功した。ーー反論は?」
「黙秘ーーいや時間稼ぎかな? あぁこの際だから言っておくが、火事は起きないぞ?」
「ーーーえ?」
「帰り際、紙で折り上げた箱に水を入れて、コンロに掛けて来ただろう? 中に水がある内は温度が上がらず燃えないが、やがて水が沸いて中身が蒸発して無くなれば紙の箱は簡単に燃え上がる。とても手軽な火種の完成だ。あとは周囲に可燃物をさり気なく配置しておけば、高い確率で延焼を引き起こし、あの屋敷が燃え落ちる。そんな所かな? 当然、コンロの火は止めてある」
「ーーーそう。あの家、無くならないのね。まぁ良いわ。肝心の奴らは始末したしーー」
「ーーーー」
「一応聞いておきたいのだけど、いつから私に目星を?」
「事件が起こって振り返った時、思い返すとやや不自然な所が見えてきた。そもそも、神谷さん殺しの際、俺達は偶々、貴方や上條君と遭遇し、同席する事になったわけだが、及び腰ーーと言うか不服そうな上條君に対して貴方の誘い方はやや強引だった。今だから思う事だが、アレは男女の付き合いを想定していた男のそれだったぞ。二人で一緒に過ごしましょう、とでも誘ったのか?」
「目撃者は多いに越したことはないと思って誘ったけど、裏目だったかぁ。でも、それだけなら大した根拠でもなくない?」
「まぁ後は消去法の結果でもある。もし俺が考えた方法で犯行が行われたと仮定するなら、実行可能な者が限られる。特に圭さんの事件。あの方法はガタイのいい体形をした人物はまず無理だ。それだけで想定される容疑者のおよそ半分は除外出来る。ついで神谷さんの件も加味した時、あの方法を使うメリットを考えた場合、あなたが真っ先に怪しいと踏んだ。いくら圭さんに疑いを向けさせる為とは言え、あの場で逐一状況を監視しながらでなければ犯行を完遂するのは中々に難しい上、あの場に居なかった者による犯行ならそもそも敢えてそんな小細工を実行する利もない。誰もが犯行可能な時間に普通に犯行に及んだ方がマシだろ。あの犯行は、状況を常に見ながら理想的なタイミングで犯行を行ったから意味を成したんだ。であれば、あとは自明だろ」
「神谷殺しで容疑者二人、そしてあの換気扇を潜り抜けられるのは私だけってわけね。確かに上條君って意外と筋肉質だし、あんな穴を抜けるのは無理でしょうね」
「認めるのか?」
「えぇ認めるわ。私があの二人を殺したの。ホントはあの家も消したかったけど、そこだけは残念でならないわ」
私の犯行はあばかれた。
後悔はしていない。私はやるべき事をーー報いを受けるべき者達に相応の報いを与えた。
……後悔など、してはいない。
人間関係であったり、犯行動機であったり。諸々排した結論オンリーの短編でした。
(存在しない)長編としての本編を各々想像しつつ、僅かでも楽しんで頂けたなら幸いです
ありがとうこざいました