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魔女と来訪者   4

 それは、ある夜のこと。

 ロザは入浴中のため、男二人は会話する。

 今日の議論は、『ロザの魔女らしいところ』。

 ロザと出逢って既に一日にして気づいたが、彼女はおよそ魔女らしいところが見当たらないのだ。

 そこで、青年二人はなんとか知恵を絞ってみることにした。ちなみに、この絞った知恵の役立つ場所は、ない。

 それでも暇つぶしとばかりに、思いつくものを一人一つずつあげることにした。


「そういえば、よく怪しいもの開発しているな」

 フローは思いつくまま、あげた。

 イヴァンも彼の言葉を吟味する。

「…確かに、そこは魔女らしいね」

 二人は頷きながら、理想の魔女像を脳裏に描いた。

 イメージの中の魔女。それは、大きな壷釜でぐつぐつと異様な薬品を作っている。材料は人魚の涙やら、実在するのかも疑わしいものばかりだ。

 次いで、彼女の開発する様子を思い起こした。

 直後…双方共に斜め下を向いた。

 数日前の事を思い出す。

 立ち入り禁止札がぶら下げられた扉の部屋に、こもりきりになった魔女。

 食事と厠と入浴という、人間の最低限の行動範囲には姿を現すものの、それ以外は例の部屋に閉じこもっていた。

 あの甘党の彼女が、茶もせずに、というところが留意する点だろう。

 これは、よほどのなにかがあるのだと思った。

 やがて、その札がようやくはずされる。

 イヴァンとフローは、開かずの間の扉に駆け寄った。

 ――そこから現れたのは…なにやら誇らしげな魔女。手には、時計に見える物体があった。大きさは大皿程度ではあったが、妙に立体的なのが気になる。なにやら時計となっている盤面の上に、扉がついているが…。

 イヴァンは恐る恐る訊ねる。

「それは、なんだい?」

 魔女は、やっぱり誇らしげに何度も頷いた。よくぞ訊いてくれた! という心の声が聞こえたのは、気のせいではあるまい。

 そうして彼女は居間の壁にそれをひっかけ、使用説明を始めた。

「これは、時刻になるとこの時計の盤面上の扉が開き、人形が時刻を鳴き声の回数で報せてくれるのだ! お、丁度九時か!」

 カチリ、という分針と時針の音と共に、扉が開く。

 刹那、魔女が言った通り人形が現れた。

「……っっ!?」

 言葉を失い、顔面蒼白になるイヴァン。あのフローまでもが顔を引き攣らせている。

 扉から現れたのは、上半身はヤギ、下半身は魚という、人形だった。メルヘンでかわいらしいデザインだったならば、まだよかった。しかし、ロザは写実性にこだわった。それこそヤギの髭一本一本にこだわるほどに。

 結果…それは世にもおぞましい、「祟られる!」と叫びたくなるものとなった。一目見れば、人間を凍らせることくらいわけないだろう。

 青年二人は固まっていたが、半身ヤギのそれは、彼らにかまわず鳴いた。

『メェ、メェ…』

 声だけはまともだった。どうやら魔女にも、半身ヤギという謎の生物の鳴き声まではわからなかったらしい。彼女は、黄道十二宮を時刻の象徴にしたと言っていたが…どうしよう、時間の流れに恐怖を感じる。

 以来、青年二人はその時計の魔の扉に目を向けることはない。


 思い出しただけで背筋に震えが走る。イヴァンは気分を変えるため、次の提案試みた。

「ロザの魔女らしいところといえば! しゃべり方はどうかな!?」

 ある種の呪術道具のような時計を記憶から削除するため、青年二人は今度は脳裏に伝統的な魔女のしゃべり方を想像する。

 それは、事の他古臭かった。時々「ケケケ」という笑いも含んでいるが、彼女に期待してはいない。不気味だからだ。

「気にしてなかったが…確かにロザの口調も魔女っぽいな」

 フローの同意も得られたため、入浴済みの本人に、直接訊ねてみることにした。

 しかし、返ってきた答えは予想外のものだった。いや、もう彼女が予想外の存在であることを認めなければならない気がしてきた。

 いわく。

「この家にある本を御伽噺がわりに読んでいたら、自然とこうなったのだよ」とのことである。

 こうして、魔女特有のしゃべり方ではないことが判明した。

 彼女の家にある本は、薬学書や科学書が多くを占めている。つまり、彼女のそれは、論文調だったのだ。

 魔女は首を捻っていたが、とくに害がないとわかると、青年二人に入浴を促す。

「もうすぐ日が替わる時間だ。明日も早いし、水浴びしておいで」

 フローとイヴァンは魔女の言葉に顔をあげた。もう、そんな時間なのか、と思い――うっかり例の掛け時計を見てしまう。


 そして今日も、魔の扉が開き、時刻を告げた。

 無論、彼らがある種の呪いにかかったことは言わずもがなである。

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